13.7-37 茶会37
制御不能に陥ったマイクロブラックホールは、周囲のものを吸い込みながら次第に大きくなっていった。幸いだったのは、無限に大きくなるというわけではなかったことだ。重力場の有効範囲が限定的で、マイクロブラックホールから少し離れれば、引力が急激に落ちていたので、本物のブラックホールのように何でもかんでも吸い込み続ける訳ではなかったのである。
周囲300mほどの範囲を吸収した後、マイクロブラックホールは安定して宙に浮かんでいた。ワルツは、その様子を、人の姿に戻って観察する。
そして一言。
「ちょっと、あれ、何……」
流石のワルツにも、不可解な現象だったらしい。
そんな彼女の言葉を聞いて、周囲の者たちは一斉に同じ事を思う。……ワルツに分からない事が、他の者に分かるわけが無いだろう、と。
「マイクロブラックホールだって質量があるんだから、放っておけば惑星の引力に引っ張られて、地面にめり込んでいくのが道理のはずなんだけど……なんで浮いてんの?」
ワルツが誰に向けるでもなくそんな疑問を口にすると、その場において唯一ワルツの問いかけに答えられるだけの知識を持っていたコルテックスが返答する。
「ようするに、自然の摂理に反する力が働いているからではないでしょうか〜?」
「……誰かがマイクロブラックホールを制御している、ってこと?」
「そうとしか考えられません」
ワルツでもルシアでもなく、重力を制御出来る第三者が、マイクロブラックホールを維持しているのではないか……。では一体誰が……。ワルツとコルテックスがほぼ分かりきったことで頭を悩ませていると——、
「うわー、何ですか?あれ……」ばっさばっさ
——背後からユリアが現れる。
「えっと……ユリアって、ルシアとテレサと一緒に帰ったんじゃなかったっけ?もしかして……貴女が……」
「はい?何の話です?まぁ、確かに帰ろうとはしていましたけど、一緒にいたはずのルシアちゃんとテレサ様が急にいなくなっちゃうんですもん、そりゃ戻ってきますよ。爆発とか爆発とか、あと爆発とかあったので、すっごく戻りたくなかったですけど……」
「まぁ、そうよね……」
「で、アレは何ですか?アルなんとかさんの新しい攻撃、とか?」
ユリアがそう口にした瞬間だった。空中に出来た真っ黒な穴にしか見えないマイクロブラックホールに変化が生じる。綺麗な球状だったマイクロブラックホールに5つほど突起のようなものが増えたかと思うと、それがウネウネと伸びていき、次第に人の手足、頭部を形作ったのだ。
空中に出来た真っ黒な穴のような人型の何か……。その禍々しい物体を見て、ユリアが顔を青ざめさせる。
「わ、私、用事を思い出したので帰りますね?!っていうか、冗談抜きに、あれ、どうにかならないんですか?!」
「んー、無理ね。さっき、ブラックホールを作って消し飛ばそうとしたけど妨害されたし……多分、アレ自体がブラックホールみたいなものなんだと思うわ?試しに総攻撃を加えても良いけど、何も起こらないと思うわよ?」
「じゃ、じゃぁ、どうするんですか?!」
「そんなの……逃げるに決まってるじゃない!」
ワルツには、どうやったらブラックホール人間のような存在を消せるのか、想像出来なかった。マイクロブラックホールが制御出来なかった以上、今までやってきたように、重力制御システムを使った力技では歯が立たないのは明白だったからだ。
今のワルツに出来る最善のことは、尻尾を巻いて逃げる事。逃げ延びた先で、対策を考えるしかない……。
ワルツはそう考えて、コルテックスに対して退却の指示を出そうとするのだが——、
「ダメだよ、お姉ちゃん。ここであれをどうにかしないと、この先どんな事になるのか分からないよ!」
——ルシアには退却という選択肢が、悪手にしか思えなかったようだ。




