6序-04 ユリアとシルビアと温泉? 3
「・・・詰め所まで来てもらおう」
『えっ?!』
兵士の言葉に、身構える2人。
「な、何でですか?」
あまりに唐突過ぎたので、ユリアが理由を聞いてみると、
「そんな怪しい格好をしているんだ。何か人には言えないことを隠しているのだろう?」
とシルビアの姿を見ながら答える衛兵。
『ちょっ・・・』
・・・どうやら、彼女の怪しげな黒いコートが原因だったらしい。
「(コルテックス様ーーー!!)」
思わず心の底から叫んでしまいそうになるシルビア。
「(あぁ・・・コレが因果律・・・)」
先程、門番の事を疑ったせいでこうなった、と思っているユリア。
なお、因果律は全く関係ない。
ちなみに、コルテックスが黒いフード付きコートを渡してきたことに、シルビアの翼を隠すため以外に他意は無かった。
しいて言うなら、
『世の目、人の目を忍んで行動する者は、やっぱり黒いコートに身を包むものですよね〜』
という先入観があったくらいだろうか。
・・・彼女の頭脳も、所詮はワルツのコピーなのである。
それはさておいて。
問題は、衛兵に囲まれてしまった現状をどうするか、である。
とは言え、情報部のマニュアルには、こうした場面に対処する方法がちゃんと存在していた。
「・・・」
眼を瞑るユリア。
そして、
シュタッ!
後ろにあった噴水の縁に飛び乗って、兵士たちの視線を自分に引きつけてから言った。
・・・ただし、眼を真っ赤に光らせながら。
『私たちは普通の町娘。だから、怪しくもないし、危険でもない。兵士達よ。元の場所へ戻られよ』
サキュバス特有の能力である魔眼の力を行使するユリア。
なお、情報部のマニュアルにはシンプルにこう書かれていた。
『窮地に陥った場合、己が力で離脱せよ』
・・・最早、マニュアルとすら言えない文言であったが、彼女達が所属する情報部には、特異な能力を持った者たちばかりが集まっていたので、その言葉は特別な意味合いを持っていた。
要するに、自分の能力をフルに駆使して必ず生き残れ、ということなのである。
これが出来ない者は、そもそも情報部に所属することすら出来ないのだから・・・。
・・・そもそも、敵に捕まるような人材は、情報部にはいないのである。
「あぁ・・・戻るか」
「そうだな・・・」
「次の巡回は・・・」
噴水に立って、怪しげなポーズを取っているユリアを前にしていながら、180度後ろを向いて立ち去っていく衛兵たち。
その様子を見る限り、ユリアの魔眼はちゃんと効果を発揮したようであった。
なお、テレサの言霊魔法との違いは、その永続性である。
ユリアの魔眼は、文字通り眼が光っている間だけ。
テレサの言霊魔法は、一度行使すれば効果が切れることはなかった。
もしも、ユリアたち夢魔(淫魔)の魔眼に永続的な効果があったなら、今頃世界は夢魔によって支配されていたことだろう。
・・・というわけで、
「ちょっ!後輩ちゃん!今すぐ別の服に着替えないと!」
ユリアが声を上げる。
魔眼の効果が切れる前に、シルビアの怪しげなコートをどうにかしないと、再び衛兵たちのお世話になる可能性が残っているのである。
・・・だが、シルビアの反応はユリアの予想とは少々異なるものであった。
「・・・先輩・・・私、コルテックス様に嫌われているんでしょうか・・・」
そう言いながら、コートの袖を握りしめるシルビア。
衛兵に怪しまれるコートを渡してきたり、報告書を見せてくれなかったりと、自分に対するコルテックスの態度に棘があると感じているらしい。
その上、
「・・・だって、私、他のみんなと違って特別な能力があるわけでもないですし・・・」
と思っているようである。
確かにシルビアは、ユリアのように窮地を切り抜けるため使える魔眼などの特殊な能力は持ち合わせていなかった。
だが、ユリアは否定する。
「んー、それだけは無いと思うな。だって、空を飛べる人って、十分過ぎるほどに特別だと思うし」
「そうでしょうか・・・」
普段からワルツやユリアの近くにいるシルビアにとっては、空を飛べること自体に、それほど特別な感覚は抱いていなかったようである。
「だって、空さえ飛べれば、高い塀を何の道具も無しに登ったり、空から情報集したり出来るでしょ?他にもやろうとすれば、暗殺したり、逃げたり、焼いたり・・・」
「・・・ん?焼くってなんですか?」
「ともかく、後輩ちゃんは、もっと自分に自身を持ったほうがいいと思うのよ。飛ぶ速度だって私よりも遥かに早いんだから」
「は、はぁ・・・」
半ばまくし立てられるかのように、元気付けられるシルビア。
「・・・はい。分かりました!」
そして彼女は、自分の中にあった懸念を振り払うかのように、いつも通りの明るい表情を浮かべるのであった。
・・・ただし、
「おい、お前たち!動くな!」
『あっ・・・』
そのための対価を払う必要があったのだが・・・。
その後、今度こそ衛兵たちを撒いた2人は、『セキユ』なるものの調査を行うための拠点となる宿を確保した後、休憩もそこそこに、町へと繰り出した。
ちなみにシルビアは、黒いコートをやめて、今は明るめのレインコートを着ている。
ただし、空は晴天なので、やはり少々怪しくはあったが、衛兵に声を書けられないギリギリの許容範囲内といえるだろうか。
「なーんか、あの噴水の周辺だけ、妙に警備が厳しくないですか?」
屋台で買った少し早めの夕食(ワルツに倣い鳥串)を口にしながら、すこし離れた場所から噴水の方に眼を向けるシルビア。
「確かに・・・。衛兵たちに声を掛けられたのって、それが原因かもね」
後輩の言葉に同意するユリア。
「何なんでしょうね?あの噴水。なんか変な匂いがしましたけど・・・」
「汚水って感じではなかったよね。透き通ってたし・・・」
2人がそんなやり取りをしながら噴水の方を眺めていると、一人の老人がバケツ(木の樽)を持って、噴水へと歩いて行く姿が眼に入ってきた。
そして、衛兵に何やら木の板で出来たカードのようなものを見せた後、バケツを噴水の中に入れて液体を汲み、大事そうに抱えて、そのまま近くにあった家の中へと入っていった。
そんな老人を皮切りに、1人、また1人と、町の人々が噴水の水を汲みに来る。
その際、全員が衛兵たちにカードを提示していたので、どうやらカードは噴水の水を組むための許可証のようである。
「・・・みんな持って帰りますけど・・・何に使うんでしょうね?」
「すっごく、大事そうに持って帰ってるよね・・・」
恐らく高温だというのに、大切そうにバケツを抱えながら持って帰る町人たち。
皆、とても嬉しそうな顔をしているのは、一体何故なのだろうか。
「はっ!これはもしかして・・・」
「ん?テンポ様みたいな声を上げてどうしたんですか?先輩」
「あの水が『セキユ』なんじゃない?」
「あ、なるほど!」
実際に石油を見たことのない彼女達は、噴水に蓄えられていた液体を石油だと思ったようである。
・・・
・・・というわけで、某潜入工作員張りのステルスミッションを命からがら成功させて、噴水から液体を汲んできた2人は、宿の部屋まで戻ってきた。
まぁ、ユリアが魔眼を使っただけだが。
「うーん・・・やっぱり臭いな・・・」
そう言いながら、バケツ(拾ってきたやつ)になみなみに蓄えられている液体に顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅ぐシルビア。
彼女が猫や馬だったなら、フレーメン反応を起こすに違いない。
「・・・前から言おうと思ってたんだけど、後輩ちゃんって・・・危ない人なの?」
「何を言ってるんですか先輩。そういう言葉は、先輩を含めて、ワルツ様の周囲にいる人達を見てから言って下さい!」
失礼な!、といった様子のシルビア。
「あ、うん・・・なんか、ごめん・・・」
ユリア自身にも自覚があったらしいが・・・まぁ、それは置いておいて、である。
「じゃぁ、早速、火を着けてみよっか?」
「はい!」
すると徐ろにバッグの中から小さな棒と布、それに針金(ワルツ製)とマッチを取り出すユリア。
所謂、松明セットである。
そして即席の松明を作った後、何の躊躇もなく汲んできた液体に松明の先端を浸し、床に垂れないよう余計な水分(?)を切る。
「じゃぁ、私が持ってるから、後輩ちゃんが火を付けて?」
「えっ?良いんですか?じゃぁ・・・」
そう言うと机の上にあったマッチを漆喰の壁に擦り付けて添加するシルビア。
「・・・いきますね?」
そして、彼女は松明にマッチの火を近づけた・・・。
ジッ・・・
「あれ?着きませ」
ドゴォォォン!!
ドォォォォン!!
・・・そして、1件の宿屋が、ノースフォートレスの町から消し飛んだ。
どうやら、噴水の液体は温泉では無かったようである。
硫化水素臭のする液体が、温泉だけじゃと思うてか!
なお、文中の『松明』という表記を実は『まつあき』と入力して変換しておるのは、ここだけの秘密じゃ。




