5後後後-14 剣士とエネルギア2
『おにいちゃん!!』
意識無く横たわる剣士に向かって必死に呼びかけるエネルギア。
「・・・」
だが、半身を失ったにも等しい剣士から、返事が帰ってくることはなかった。
そもそも剣士は、何故これほどまでに大きなケガを負ってしまったのか。
どうやら、エネルギアに対する砲撃の衝撃が、重力制御効果範囲外にあった剣士の腕に集中し、引きちぎられてしまったらしい。
そんな傷ついてしまった剣士に駆け寄って手当をしてあげたい。
エネルギアは切にそう願った。
だが、手を伸ばそうにも、伸ばすための手はなく、近寄りたくても、近寄るための足がないのである。
仮想的な眼と口と、そして巨大な身体しか持たないエネルギアが、今ほど自分の身体をもどかしく感じたことはこれまでに無かったことだろう。
『ど、どうすれば・・・』
持てる知識をフル稼働させて、なんとか剣士を救う手段を探そうとするエネルギア。
『・・・そうだ』
そして彼は無線を使うことを思いついた。
『おねえちゃん!たすけて!』
飛行艇に搭載された無線通信システムに介入して、言葉を電波に載せるエネルギア。
すると、
『・・・どうしたの?』
すぐにワルツから返事が戻ってくる。
『ビクトールおにいちゃんが、おおケガしてうごかないよ・・・』
『ビクトール・・・あ、剣士さんのことね。何?また碌でもないことでもしてたのかしら?』
留守番があまりに暇すぎて、なにか余計なことをやった拍子にケガでもしたのか、と思ったワルツ。
一方、
『ちがうよ!ぼくをたすけようとして、ケガしたの!』
必死になって訴えるエネルギア。
『エネルギアを助けようとして・・・?』
ちょっとエネルギアが何を言っているのか分からない、といった様子のワルツ。
彼女の頭の中では、飛んできた榴弾に身を挺してエネルギアを守ろうとする剣士の姿が浮かんでいた。
『もう、おねえちゃんのいじわる!』
『えっ、ちょっ・・・』
こちらは必死だというのに中々理解してくれないワルツに、思わず一方的に通信を切断してしまうエネルギア。
『うぅ・・・』
そして、半べそをかきながら、再び剣士に視線を向けた。
だが、状況は悪化する一方で、剣士の顔色が白くなっていく様子が否応無しに見えるだけであった。
この時、もしもワルツではなく、カタリナを呼べば、すぐに駆けつけたことだろう。
だが、エネルギアとカタリナは、この時点では未だ出会っていなかった。
残念なことに、今のエネルギアには縋る相手がいなかったのである。
しかし、エネルギアは諦めなかった。
『・・・ぼくがたすける・・・!』
そして彼は、残された最後の手段に出た。
カサカサカサカサ・・・
まるで無数の虫が地面を行進するかのような音を立てて、第一核融合炉のあった部屋の隙間という隙間から、黒っぽい何かが殺到してきた。
・・・飛行艇修復用のミリマシンである。
そんな彼らの行き先は、言うまでもなく、瀕死の状態の剣士のところであった。
『とにかく、ちをとめなきゃ・・・』
ワルツたちとは違って、現代世界の知識を持っていないエネルギアではあったが、剣士から流れ出てくる血液を止めることが重要だと、誰に教わるでもなく理解していた。
なので直ちに血管をマイクロレーザーで焼き、止血を行う。
・・・それも、切断された血管の1本1本を、無数のミリマシンを駆使して慎重かつ丁寧に・・・。
『つぎは、けつあつ?』
数秒で止血を終えたエネルギアは、医務室で寝ているリアのバイタルサインを参考に、剣士のバイタルサインの何が異常で何が正常なのかを判断していく。
結果、血圧が非常に低いことが分かった、というわけである。
通常、血圧が低い場合、輸血をしたり、生理食塩水を点滴したりするのだが、エネルギアには分け与えられる血も無ければ、生理食塩水を作ることも出来なかった。
そもそも、輸血の原理すら知らなかったのである。
では、どうしたのか。
『おにいちゃん、ごめんなさい!』
エネルギアがそう告げると、剣士の足や腕にミリマシンが集中し、
ギューッ・・・
末端から圧迫し始めたのである。
結果、残っていた手や足が犠牲になったものの、身体本体の血圧はある程度回復した。
そんな時、
ドゴォォォン!!
再び、容赦無い砲撃がエネルギアを襲う。
『・・・おにいちゃんがたすけてくれたから、いたくないもん!』
そしてエネルギアは、レールガンタレットを操作してエネルギアに攻撃をしてきた複数のエンデルシア空軍機へと照準を定め、
ドパァァァン!!
ドパァァァン!!
ドパァァァン!!
容赦なく撃った。
最早、助けてくれない姉との約束を守る必要は無かったのである。
しかし、彼がレールガンを撃ったのはこれが初めてだったせいか、レールガンの弾頭は1発も敵艦に当たること無く、そのまま後ろへと通り抜けていった。
まぁ、それでも、衝撃波に巻き込まれ、全ての敵艦が沈黙したようであったが。
そんな敵艦に、エネルギアは必要以上の攻撃を加えることは無かった。
いや、仕掛ける暇が無かったと言うべきだろうか。
血圧が安定したからと言って、自分を救ってくれた剣士は、未だ危篤状態。
攻撃してくる敵にかまけている程、余裕は無かったのである。
『あとは・・・ふたをしなきゃ』
剣士のちぎれてしまった右肩にミリマシンが集中し、周辺の皮を引っ張っていく。
そして、すこし大きめのホチキスの針のような金具を肉に食い込ませて固定した。
まさに、切って貼って、といった工作にも近い処置ではあったが、回復魔法や医療の知識を持たないエネルギアにとっては、最善の行動であったと言えよう。
『こんなところかな・・・』
バイタルサインや血色を確認しても、医務室で寝ているリアと殆ど変わらなかった。
後は、感染症に対する懸念くらいだろうか。
ただ、エネルギアにとって、感染症を理解することは出来なかったので、それ以上の処置を思いつかなかったのは、仕方のないことだろう。
そんな、エネルギアができる処置が全て終わった時のことであった。
ドゴォォォン!!
再びエネルギアを爆音が襲う。
だが、先程までの砲撃とは少々異なる点があった。
『・・・いたい!』
エネルギアが痛みを感じたのである。
彼が痛みを感じた区域の監視カメラをハッキングすると・・・
「エネルギア!剣士さんはどこ!」
ワルツが外部ハッチを無理やり吹き飛ばして、入ってきていたのである。
もちろん隣に、カタリナを連れながら。
『・・・ここ』
嫌々ながら、ハッチ横にあった情報端末をハッキングして、子供の落書きのような飛行艇の絵を表示するエネルギア。
「・・・第一核融合炉?!なんでこんなところに・・・いや、理由は後でいいわ。行くわよ、カタリナ」
「はい」
そして、ワルツ達は、件の部屋へと急行するのであった。
彼女達が部屋についた時、あまりの凄惨さと、あり得ない光景に己が眼を疑った。
・・・なぜなら、
『おねえちゃんの、ばか』
そう言いながら、真っ黒な粒で構成された少女が、剣士の隣に座り込んでいたから、である。
どうやら、彼女を構成する黒い粒はミリマシンらしい。
「・・・もしかして、エネルギアなの?」
エネルギアがワルツをハッキングした際に映る姿は、どちらかというと少年といったような風貌であった。
だが、今のエネルギアの姿は長髪であるためか、どう見ても少女にしか見えなかったのである。
『・・・』
ワルツの問いかけに無視を決め込んだエネルギア。
どうやら、拗ねているようである。
「・・・剣士さん!」
眼の前で起こっている不可思議な現象に、思わず言葉を失っていたカタリナだったが、自分がここに来た理由を思い出して、直ぐさま剣士に近づき、容態の確認を始める。
「・・・粗方の処置が終わってる」
「えっ・・・?!」
部屋の中に飛び散った血液と、駆けつけるまでにかかった時間を考えて、既に剣士が事切れていると思っていたワルツとカタリナだったが、彼が未だエネルギアの膝の上で呼吸を続けている姿を見て驚愕する。
「・・・もしかして、ミリマシンを使って処置したの?」
『・・・うん』
ワルツの問いかけに頷くエネルギア。
「ありえない・・・」
ワルツは思わず呟いた。
何故あり得ないのか。
そもそも、ミリマシンには人を治療するようなプログラムは搭載されていないからである。
彼らには飛行艇の設計図がプログラムされており、船体が損傷を受けると、修復のために行動を開始するのである。
そこには人体の構造などの飛行艇と関係のない情報は、一切含まれていないはずであった。
例えるなら、足し算の機能しかない電卓で、割り算が出来てしまうことにも等しいだろう。
まぁ、それを言い始めると、エネルギアの思念体の存在そのものが非科学的なのだが。
(ハッチを壊した時に修復が始まらなかったのは、エネルギアが修復用プログラムを弄ったから、ってことかしら・・・)
ワルツ達がエネルギアに無理やり乗り込んだ際、壊れたハッチが修復される気配は全く無かった。
ワルツとしては、勝手に直ると分かっているからこそハッチを破壊したのだが、このままではワルツ達が修理するか、エネルギアがミリマシンの制御権を返さないかぎり、永久に壊れたままになってしまうことだろう。
それはさておき。
ワルツがそんな事を考えている間も、カタリナは剣士の診察を続けていた。
「腕と足は・・・まだ使えそうですね」
圧迫されている為に血色が悪くなっている手足だったが、組織が死んでいる、ということは無さそうである。
「・・・血圧を上げるために、圧迫したんですね・・・」
今もなお、剣士に纏わりついているミリマシン達の動きから、エネルギアが剣士にどんな処置を施したのか、確認していくカタリナ。
「ワルツさん。えっと・・・、彼女の処置は完璧だったのですが、やはり絶対的に血液が足りません。誰か、輸血をしてくれる人を探さないと・・・」
と言いつつ、真っ黒な少女に視線を送るカタリナ。
結局、診察して分かったことは、応急処置は完璧だったが、それでも失ったものを補えた訳ではないので、どうしても輸血が必要である、ということだった。
「ふーん・・・同じ血液型って言ったら、やっぱり勇者?」
「ですね・・・。でも、どこにいるのか分かりませんよ?」
「なら、その辺の兵士に(強制的に)献血をお願いしようかしら」
飛行艇とデータリンクを確立して、近くを飛んでいるエンデルシア空軍機を探すワルツ。
すると、
『その、ゆうしゃってひとがいたら、おにいちゃん、たすかるの?』
目の前にいるミリマシンの塊・・・ではなく、飛行艇本体のスピーカーから、そんなエネルギアの声が聞こえてきた。
「はい。何か宛でもあるんですか?」
『うん。このまちにいるんだよね?』
「恐らくは・・・」
『じゃぁ、やってみる』
すると、
ゴゴゴゴゴ・・・
エネルギアの下部ハッチが開いて、ショックウェーブジェネレータが顕になった。
そして、
『『ゆうしゃさん!たすけてーっ!!』』
ショックウェーブジェネレータを細かく制御することで、超大音響の声を発するエネルギア。
「っ!」
「耳がっ・・・!」
マイクロフォンの入力レベルを抑えるワルツと、耳を抑えるカタリナ。
更に、
ドゴォォォン!!
何やら船内から爆発音が聞こえてきた。
・・・ショックウェーブジェネレータを本来の用途ではない使い方で駆動させたために、壊れてしまったらしい。
その代わり、エネルギアの声は、エンデルシア首都だけでなく、周辺の町や村にも届いたことだろう。
『いたい・・・いたいけど、がまん・・・』
ミリマシンで作った表情を、痛みに顰ませるエネルギア。
(ほんと、船体が自分の身体、って感じね・・)
そんなエネルギアの様子を見て、自分のあずかり知らぬ不可解な現象に、ワルツは頭を悩ませるのであった・・・。
それから2分ほどして、
『お姉ちゃん、勇者さんと賢者さんが来たよ?』
クレストリングで、残りの仲間たちと一緒に、飛行艇の到着を待っていたルシアから無線連絡が入った。
どうやら勇者たちはクレストリングへとすぐに来れる場所、すなわち王城にいたらしい。
『そう、分かったわ。今行くから、発着所周辺の掃除をお願いね』
周囲の戦艦が、国王の命令を無視してエネルギアに攻撃を仕掛けてきているのである。
一般兵たちも攻撃をしてこない、とは限らなかった。
ならば、先手必勝、というわけである。
『えっ・・・やっちゃっていいの?』
『死なない程度にね』
『うん、分かった』
そしてルシアから連絡が途絶えた瞬間、
ピカッ・・・
ドゴォォォン・・・
・・・クレストリングの外周部で、突如として地上に太陽が現れたかのような眩しい輝き生まれたかと思うと、爆ぜた。
(・・・うん、誰も死んでないはず・・・)
そう自分に言い聞かせながら、
「・・・エネルギア。勇者が到着したらしいから、今、光ったところに接岸して頂戴」
おそらく自分が使っているのと同じカメラから外を見ているだろうエネルギアに、指示を出すワルツ。
『・・・うん』
ヘソを曲げていたエネルギアだったが、剣士を救いたいという一心からか、ワルツの指示に、素直に従った。
それから1分ほどして、エネルギアが目的地である少し煤けたクレストリングの桟橋に横付けすると、
「勇者!ちょっと来なさい!」
ゴォォォォォ!!
「う、うわぁぁぁぁ・・・」
エネルギアの壊れた昇降口の中へ、まるで掃除機がホコリを吸うかのようにして、勇者が吸い込まれていった。
もちろん、ワルツの重力制御によるものである。
・・・というわけで、勇者から1000cc近い血液を採取した辺りで、剣士の容態は完全に安定した。
まだ、失われた腕は治っていはいなかったが、それも時間の問題だろう。
『おにいちゃん、これでなおるの?』
「えぇ、もう大丈夫よ」
『よかったぁ・・・』
投薬の調合をしながら回復魔法を行使しているカタリナの代わりにワルツが答えると、エネルギアは安堵した声を上げた。
ワルツと普通に会話しているところを見ると、どうやら剣士の容態が安定したおかげで、機嫌を直したらしい。
「・・・で、なんでこんなところに剣士さんがいたの?」
頃合いを見計らってワルツが問いかけると、
『いたかったから、あれをおにいちゃんになおしてもらったの』
真っ黒なエネルギアが、とある装置を指した。
「ん?重力制御用のセンサーボックスが痛い?」
そんな言葉を呟きながら、ワルツがボックスへと近づいていくと、
「・・・固定用のボルトが全部緩んでるじゃない!」
剣士が手で締めたボルトの一部が、再び緩んできている様子が眼に入ってきた。
なので、危なっ!、と思いつつ重力制御で増し締めするワルツ。
「やっぱり、スプリングワッシャ入れないとだめね」
シミュレーション上では緩むはずはなかったのだが、実際には思い通りにいかなかったらしい。
「そう・・・なら、剣士さんは、命の恩人ってことね」
ボルトに、不自然に締めた痕跡があることから、剣士が締めたのだと察するワルツ。
もしも、センサーボックスが外れていたなら、エネルギア内の重力制御は効かなくなるのである。
そうなると、核融合炉が再び壊れ、最悪墜落していたことだろう。
『うん』
ワルツの言葉に頷くエネルギア。
そんな彼女(彼?)に、ワルツは言わなくてはならないことがあった。
「ごめんなさい」
エネルギアに頭を下げるワルツ。
「?」
エネルギアは何故、ワルツが謝ってくるのか理解できなかったようである。
「・・・すぐに駆け付けられなくて」
あるいは、エネルギアの言葉をすぐに理解できなかった、というべきだろうか。
「・・・おねえちゃん?」
どうやらエネルギアもワルツの言葉の意味を理解したようだが・・・
「・・・ゆるさないから」
真顔でそう答えた。
「・・・」
その言葉に、申し訳無さで何と返していいのか分からなくなるワルツ。
剣士が危篤だというのにすぐに理解してあげられなかったことも然ることながら、彼が大怪我を負った原因を作ったのも、また彼女なのである。
ゆるさない、と言われても、返せる言葉が無くて当然であった。
だが、ワルツにとって幸いな事に、エネルギアの言葉は続いていた。
「・・・だから、ゆるしてほしかったら、ぼくをちゃんとなおして」
「・・・え、えぇ。もちろんよ」
エネルギアの言葉に安堵するワルツ。
「やくそくだよ?おねえちゃん」
エネルギアがそう言うと、彼女(?)を形作っていったミリマシンは元の虫のような小さな黒い粒子になって、四方へと散らばっていった。
おそらく、飛行艇本体へと戻ったのだろう。
「・・・ふぅ・・・参ったわね」
「まぁ、大事に至らなくて良かったじゃないですか」
腕がちぎれ、出血多量で先程まで死にそうになっていた剣士の治療を続けるカタリナが返答する。
「・・・うんそうね・・・」
遠くに視線を向けていそうな言葉を返すワルツ。
「ところで、彼女、誰なんですか?」
「いや、それなんだけど・・・すっごく説明が大変なのよね。・・・彼女、エネルギアよ?」
「えっ?」
・・・理解力のあるカタリナにとっても、真っ黒なミリマシンで構成されていた少女(?)がエネルギアの思念体だということは、理解できなかったようである。
そんなカタリナの様子を見て、これから仲間たちにエネルギアの紹介をしなくてはならないワルツは、内心で頭を抱えるのであった。
ところで大量の血を抜き取られた勇者はどうなったのか。
「・・・」
無言で天井を眺める勇者。
茫然自失というやつだろうか。
「(・・・俺、何のために生きてるんだろう・・・)」
自分の存在意義について考える勇者。
カタリナにとっては、貴重な血液袋(輸血用)。
ワルツにとっては、避雷針(政治用)。
といったところだろうか。
「(ま、いっか)」
真っ黒ではあったが、満面の笑みを浮かべる少女の顔を思い出しながら、勇者は満足するのであった・・・。
自分のおかげで、剣士の命が助かったとも知らずに・・・。
ようやく5章が終わりそうじゃのう・・・




