5後後-19 多分たそがれている
『明日の昼ころ、大規模な掃討作戦が始まるみたいです』
カタリナのそんな言葉には、どこか悲痛な感情が含まれていた。
恐らく彼女自身も、エンデルシア国王に対して進言したのだろう。
しかし、彼女の願いは届かなかった・・・、といったところだろうか。
『そう・・・。それで、ゾンビたちを守ってほしいって、つまりエンデルシア軍と戦って欲しいってこと?』
『・・・最悪の場合は。他に何か良い案があるといいのですが・・・』
人を助けるために、誰かが犠牲になっていては意味が無いのである。
『エンデルシア軍を足止めしている間にどうにかする・・・っていうのは無理よね』
『はい。本当は数週間ほど時間を頂きたい位ですね・・・』
恐らく、ルシアの膨大な魔力や、ワルツの技術を使えば、理論上は短時間で血清の生産を終えることが出来るだろう。
だが、それは飽くまで理論上であって、製造過程で必要になる様々な操作や管理をどうするのか、といった問題を考慮しなかった場合である。
実際にやろうとすれば、カタリナの言うとおり、最低でも数週間は掛かるだろう。
『ですが、先日お話した通り、余り悠長に構えていては手遅れになってしまいます。なので長くても1週間が限度かと』
1周間が限度。
それはカタリナが必要とする時間というよりも、ゾンビたちが人間に戻れなくなる文字通りデッドラインであった。
つまり、否が応でも、1週間以内にケリを付けなくてはならない、ということである。
それに、リアの治療についても取り掛からなくてはならないのである。
いつまでもゾンビたちばかりに時間を取られている余裕はなかった。
『そう・・・。なんか、空からバラ撒けるくらいの量の抗菌剤があれば一瞬で終わりそうだけどね・・・』
『?』
『いえ、何でもないわ。・・・じゃぁ、こうしましょう。明日の昼までに、ミッドエデン国内国内に収容所を作って、ゾンビたちをそこに移送する。そうすればエンデルシアも手は出せないでしょう?』
主にルシアがメインの仕事になるだろう。
『それで1週間。何が何でも血清の量産を進めて、ゾンビたちに片っ端から投与する。これしかないわ』
問題はどうやって投与するのか、であるが、恐らく全自動ゾンビ処理設備(?)の様なものを作って、投与していくことになるだろう。
『ルシアも手伝ってくれるわよね?』
ワルツが無線機越しに問いかけると、ルシアはぎこちない様子で無線機を操作しながら・・・、
『えっと・・・これでいいのかなぁ・・・。分かったよ、お姉ちゃん』
隣りにいる姉を見上げて返事を返した。
彼女にとっては、初めて無線機を使った会話であった。
『ごめんね、ルシアちゃん。お願いね』
カタリナにも、ちゃんと届いたようである。
『なら・・・明日の朝、そっちに行くわ。カタリナ?貴女、また寝てないんでしょ?』
『えっと・・・はい』
『ダメよ?ちゃんと寝ないと。最低1日3時間。可能なら7時間は寝ること。そうじゃないと病気にもなるし、一気に老けるわよ?』
『えっ・・・』
・・・カタリナに対して注意したはずなのに、何やら色々なところから声が上がっていたのは気のせいだろうか。
『・・・分かりました』
そんな言葉を返してくるカタリナは、恐らく無線機の向こう側で苦笑を浮かべていることだろう。
さて、とりあえず明日の朝まで時間的な余裕が生まれたワルツ達。
ワルツがルシア、そしてすこし離れたところから様子を伺っていたシラヌイを呼び寄せて、共にエネルギアの運動を手伝っていると、
「ワルツ殿」
剣士から話しかけられた。
「少し時間が欲しいんだが・・・」
「えーと、逢引・・・ってわけじゃないわね。分かってるわよ。リアのことでしょ?」
「そうだ」
昨日は、エネルギアの一件があったので『後で説明する』ということになっていたのである。
エネルギアの整備が終わったので、頃合いとしては丁度いいとも言えるだろうか。
尤も、ワルツにとってはこの手の話は余り得意ではないのだが。
「・・・分かったわ。余り聞かれたくない話だし、まだ確定したことじゃないから、艦橋に行きましょう。ルシアとシラヌイ?エネルギアのことはお願いね」
「うん」
「分かりました」
そしてワルツは剣士を連れて艦橋へと移動した。
「・・・それ・・・本当なのか?」
ワルツがカタリナから聞いた話を説明すると、剣士は顔を青ざめさせながら椅子から立ち上がった。
「嘘だったり、誤診だったりしたらよかったんだけど、カタリナはそういうの嫌いだから・・・」
「・・・そうか・・・」
ドン・・・
力が抜けたようにして椅子に座り込む剣士。
「放っておくと死んじゃうからあんな風に点滴だらけになってるけど、その辺は理解してよね?」
ワルツの言葉に、『点滴?』といった疑問の表情を浮かべた剣士だったが、すぐにリアに繋がれた細いパイプのことだと気づいたようである。
「・・・この話は勇者にしたのか?」
「・・・教えていたなら、貴方にも伝わってるはずよ?」
「それもそうか・・・」
剣士は、まさにどうしていいのか分からないといった様子で俯いた。
ただ、幸いな事は、落ち着いてワルツの話を聞いていたことだろうか。
これが勇者だったなら、こうはならなかっただろう。
「・・・どうすればいいんだろう・・・」
「まぁ、治療の方法が無い・・・というわけでも無いんだけどね・・・」
「えっ・・・」
ワルツのそんな言葉に、何故か驚く剣士。
そして、
「治る可能性はあるんだな?!」
ガタン!
再び立ち上がって、ワルツに詰め寄ってきた。
「えっと、飽くまでも可能性の話よ?絶対とは言い切れないわ」
「いや、それでも0では無いんだろ?」
「え、えぇ・・・」
恐らく、剣士の知っている限りでは、リアが患っている病気は完全なる不治の病なのだろう。
「まぁ、カタリナ次第だけどね」
(なんか、カタリナばっかりに負担を掛けてる気がするわ・・・)
なお、言うまでもないことだが、ルシアや狩人やテレサも相当な負担を強いられていたりする。
「それで問題は、このことをどうやって勇者に話すかなんだけど・・・」
ワルツが危惧していることは、この話を聞いて勇者が半狂乱にならないか、ということであった。
なにしろ、勇者とリアは幼なじみの上、長く一緒にやってきた仲間なのである。
冷静でいられないのは間違いないだろう。
「そうだな・・・俺が仲介してもいいが、レオのやつ、多分相当取り乱すだろうな・・・」
「でしょうね・・・。やっぱり、打ち明けるのは、この一件が方付いたらかしらね」
「それについては、俺からは何とも言えないな」
「じゃ、後でってことで。その時は、ちゃんと協力してもらうわよ?」
「あぁ、分かった」
というわけで、勇者への報告はゾンビの件が方付いて一段落した後、行うことになった・・・。
「ところでワルツ殿。もう一件聞きたいことがあるんだが・・・」
どうやら剣士は、リアのことを聞きたかっただけではないらしい。
「ん?手短にね?」
「あぁ。一言で終わるから教えてくれ」
そして剣士は、何やら難しい顔をしながら真剣な眼差しをワルツに送りつつ、言った。
「・・・俺達の部屋、知らないか?」
・・・こうしてワルツ達は、エネルギアの試験飛行を終えた後、必要な物資を搬入し、明日の出撃に備えるのであった。
・・・その間、体育座りで椅子に腰掛けながら、艦橋から外の景色を呆然と眺める青年がいたとか、いなかったとか・・・。
そして、翌早朝。
「んじゃ、いってくるから、王都はお願いねコルテックス」
「ふぁ〜、わはりはひは〜」
朝が苦手なのか、随分と眠そうな様子のコルテックス。
「愚弟も頼むわよ?」
「愚弟じゃねぇし・・・」
イラッっとしながら返事を返すアトラス。
「アトラス君、いつも留守番ばっかりでごめんなさい」
そう言ってルシアが頭を下げる。
「ん?気にすんな。俺にはコルテックスの補佐っていう仕事があるからな」
「コルちゃんもごめんね。ちゃんと2人・・・えっと3人分、お土産買ってくるから」
一瞬、メルクリオにいるストレラのことを忘れかかったルシア。
「楽しみにしてますね〜」
「食べ物がいいな・・・」
「うん。じゃぁ行ってきます」
そう言ってルシアはエネルギア(飛行艇)に乗り込んでいった。
「・・・ねぇ、アトラス?なんか、ルシアと仲良くなった?」
「ん?いや、あんまり気にしてなかったけど・・・何かあったか?」
「・・・いえ、何でもないわ」
そんな話をしていると、
「ワルツ!早く行こうぞ!」
「主様、皆様がお待ちでございます」
そう言って機動装甲の両足にへばり付いてくるテレサと水竜。
どうやら水竜は新しい服が出来たらしく、割烹着を着ていた。
和式メイドと言ったところだろうか。
「テレサ様、いかがですかの?儂は悪く無いと思うのですが・・・」
「うむ。少々硬い感じは否めないが、確かに匂いはワルツのものじゃ・・・」
そう言いながら頬ずりをしてくるテレサ。
「・・・何をしているかと思いきや・・・」
2人を恨めしそうに見ている腐女子(?)と匂いフェチが寄ってくる前に、くっついている彼女達を重力制御で浮かべるワルツ。
その際、何故かシラヌイも羨ましそうにしていたのだが・・・やはり、仲間たちから悪い影響を受けているのだろうか。
「じゃぁ、行ってくるわね」
「いってらっしゃいませ〜」
「今度こそお土産忘れんなよ!」
そしてワルツはテレサと水竜を連れながら、エネルギアに乗り込んだのであった。
「席に付いていない人、手を上げて?よし、いないわね」
何やら既に席についているはずのルシアとテレサが手を上げようとしているみたいだったが、間髪入れずに確認を終える。
「さてと、行きましょうか・・・って、テンポがいないから、私が操縦することになるのね・・・」
そう言いながら、コンソールを遠隔操作しようとするワルツ。
・・・だが、
Permission denied
何故か操作が受け付けられなかった。
「えっ・・・昨日、テスト飛行してた時はちゃんと出来てたのに・・・」
まぁ、原因は一人しかいないだろう。
「・・・エネルギア。聞こえてるんでしょ?」
艦橋にロボットの方のエネルギアも運び込まれていたが、今日は静かだった。
つまり、ロボットの中に彼はいない、ということである。
ならば、中身はどこにいるのか。
「えっと、おねえちゃん見える?」
そんな声と共に、不意にワルツの目の前に、少年の姿が現れた。
皆が特に気にしていないところを見ると、どうやらまたワルツの認知システムにハッキングをかけているらしい。
「えーと、みんな?ちょっと独り言を喋るけど、気にしないでね」
『えっ?』
そんなワルツの言葉に、一瞬耳を疑う仲間たちだったが、どうやら事情を察したらしい。
その様子を確認したワルツは早速話し始めた。
「貴方、コンソールの権限を書き換えたわね?」
「けんげん?よくわからないけど、おねえちゃん、このひこうきをとばしたいんだよね?」
「えぇ、そうよ」
「じゃぁ、ぼくがとばしてあげる」
少年がそんな声を口にした瞬間。
キィィィィィィン・・・
主機の出力が上昇し、エネルギアの浮上が始まった。
それと同時に、大工房上部のハッチも開放される。
「貴方・・・ちゃんと飛ばせるの?大丈夫?」
『えっと、ぼくのからだだから、じゆうにとべるよ?』
そして、ゆっくりとハッチの方へ移動したエネルギアは、テンポやストレラが操作した際と同じようにして、外へと飛び出した。
「ロボットは操作できないのに、エネルギアは操作できるのね・・・」
「?」
「気にしないで。じゃぁ、エンデルシアの首都、クレストリングに向かって頂戴・・・って言っても分からないわよね・・・」
「うん、わかんない」
「・・・じゃぁ、まずは右の方に向かって飛んでくれる?」
というわけで、ワルツがナビゲーションをすることになった。
・・・のだが。
何故か左に向かって旋回を始めるエネルギア。
「みぎってこっちだよね?」
「・・・うん、逆」
・・・こうしてエネルギア少年の操縦による前途多難な空の旅(?)は始まったのであった。
5後後後に手を出すしか無いのじゃろうか・・・




