5後後-18 リモコンロボット?
明くる朝。
「ワルツ=A=アイの※分クッキング〜♪」
「うわぁー」
心底、嫌そうな顔を浮かべるルシア。
なお、3分では終わらない模様である。
「いや、ルシア?別に食べ物を作るわけじゃないんだから、そんな反応をしなくても・・・」
「おねえちゃん、りょうりができないの?」
「おっと少年。それ以上言うと手元が狂って女の子になってしまうわよ?」
「えっ・・・」
そして少年は困った表情を浮かべた。
・・・一体ワルツは何をしようとしているのか。
直後、
ウィィィィィィン!!
キィィィィィィン!!
チュウィィィィン!!
そんな音が辺りを包み込んだ。
・・・もちろん、料理ではない。
ワルツ謹製のマシニングセンターが、マグネシウム合金塊を削り始めたのだ。
要するに、ワルツが少年のための身体を作っていたのである。
エネルギアである少年には、ニューロチップが搭載されていないので、身体の生理機能を調整することができないためにホムンクルス化は出来なかった。
そこで、ワルツが考えたのは、リモコンロボットである。
構造としては非常にシンプルで、アンテナから入ってきた信号を、中枢制御回路で処理して、身体の各所に搭載されたアクチュエータを動かすというものであった。
そしてエネルギアがこのロボットをハッキング(?)することで、自由に動かせる身体を手に入れる、というわけである。
但し、見た目はメカメカしいものではなく、ワルツのカメラに映った少年の姿をそのまま再現するつもりであった。
とはいえ、ソフトスキンのような高分子材料を生産する設備が無かったので、しばらくは硬い肌のままだろう。
恐らくは、カタリナと合流した後に、皮膚を生体部品に変える処置を施すことになるのではないだろうか。
・・・ところで、材料はどこから来たのか。
エネルギアを直す際に在庫が底をついたので、工房にはまともな材料が無いはずだった。
・・・まぁ、世の中、不要なものを再利用すれば、どうにかなるものである。
例えば、エネルギア船内にある剣士たちの部屋などを・・・。
「ねぇ、おねえちゃん?」
1回目の部品の切削が終わり、静かになった工房で、少年がワルツに問いかけてくる。
「おんなのこって、なに?」
「えっ、何?哲学?」
「えっ・・・」
どうやら、少年には性別が理解できないらしい。
「そうねぇ・・・例えば、ルシアは女の子ね」
「うん?女の子だよ?」
少年の言葉が届かないルシアは、ワルツが突然、自分の性別について話し始めたので戸惑いの表情を見せていた。
「あ、ごめんねルシア。こっちの話よ」
「あ、そうだったんだ」
ワルツの言葉に納得した表情を見せるルシア。
昨夜の一件があって、ワルツが壊れたわけではないことを知ったためか、彼女の表情はどこか晴れやかだった。
「で、あそこにいる目付きの悪い愚弟が男の子ね」
「ちょっ・・・誰が愚弟だよ!」
エネルギアのオーバーホールを手伝いに来ていたアトラスが、急にやり玉に上げられたために憤慨していた。
なお、彼もワルツが正常であることを知って、安堵した一人である。
・・・まぁそれを言うなら、仲間たち全員が安堵していたのだが。
「なら、ぼくは?」
そんなことを口にする少年。
ワルツは『男の子』と答えようと思ったのだが・・・
(・・・でも、エネルギアって性別無いわよね・・・)
基本的に船は女性、という習慣は、現代世界でも異世界でも同じである。
ならば、少年はやはり『少女』なのではないだろうか。
(見た目はどっちつかずなのよね・・・。まぁ、喋り方は少年だけど)
結局ワルツは、少年が『男の子』なのか『女の子』なのか決めることが出来なかった。
「うん、中間でいっか。つまり、どっちでもないってことよ」
『?』
迷った挙句、ワルツはどっち付かずの中性にすることにしたようだ。
・・・まぁ、結局ロボットなので、男女で身体の構造が変わるわけではないのだが。
「それじゃぁ、じゃんじゃん作っちゃいましょ〜」
そしてワルツはその言葉通りに、高速で部品の製造を始めた。
・・・1時間後。
「・・・で、完成」
マグネシウム製の骨格にステンレスの外装とモータ。
そして制御回路と無線通信機。
その他、各種センサーにバッテリーを搭載しただけの簡素(?)なロボットが完成した。
ただし、人間と同じような動きを出来るようにするために、関節の数は100を超えていたが。
「もう、しばらく、モータなんて見たくないわ・・・」
単純作業も度を過ぎれば苦痛でしか無いのである。
「さてと、少年・・・いえ、エネルギア。このロボットに乗り移るのよ!」
ワルツは作業台の上で横になっている、電源が入ってスタンバイモードになったロボットに視線を向けながら、少年に告げた。
・・・のだが、
「のりうつる?」
どういうわけか彼は、セキュリティーが万全のはずのワルツをハッキングできるにもかかわらず、セキュリティーなど一切考慮していないロボットのハッキングの仕方が分からないらしい。
人間でも新しく買ってきた電化製品をいきなり使いこなせる者がいないのと同じで、エネルギアにとってはワルツが作ったロボットがそもそもどういったものなのか分からなかったようである。
「・・・どうやって教えましょ?」
電波でロボットを制御する方法をどうすれば教えられるのか悩むワルツ。
電波には形がないので、手取り足取り教えるわけにもいかなかったのである。
「ま、何事も試しよね」
というわけで、まずはワルツがロボットを操作することにした。
すると、
「あ、うごいた」
やはり男の子なのか、ロボットが動いた様子を見て、目を輝かせるエネルギア。
「・・・あー・・・マイクのテスト中ー」
・・・ワルツの操作によってロボットから発せられた第一声である。
「うーん、やっぱり、皮膚の感覚が無いっていうのは違和感あるわね・・・」
単なるステンレス製の外装にセンサーなどは付けていないのである。
後は、カタリナに頼んで、触覚神経を埋め込んでもらうしかないだろう。
「・・・って感じで操作するんだけど、どう?分かった?」
機動装甲側に意識を戻したワルツが口にする。
「おもしろそう。やってみる」
どうやら、ワルツの思惑通りに、理解してもらえたらしい。
そして・・・
「・・・消えたわね・・・」
ワルツの視界から少年が消えた。
彼女の認知システムへの介入を止めたのだろう。
そして、しばらく待っていると、
ピクリ・・・
ロボットが少しだけ動いた。
「あー・・・」
ロボットが少しだけ声を漏らす。
そして彼は眼を開いた・・・。
「あー・・・?」
「・・・うまく喋れないのね」
恐らく、エネルギアとロボットとの間で、運動制御系のマッチングが上手く取れていないのだろう。
あるいは、身体マップの形成ができていないのか・・・。
例えるなら、生まれたばかりの子供のような状態である。
流石に、『画像』や『音声』としてワルツの目の前に現れた時のようにはいかなかったようだ。
なお、ワルツが容易に操作できたのは、製作者だからということもあるが、機動装甲の運動制御系が似たような構造になっていたためというのが大きな理由である。
「眼と耳は普通に使えるはずだからこのまま言うけど、練習をすれば、上手く動けるようになるはずよ?簡単じゃないかもしれないけどね・・・。ま、疲れたら、また私が話し相手になってあげるわ」
「あーうー?」
そんな言葉でも非分節音でもない、意味も持たないような声を発するロボット。
直後、
『ありがとう、おねえちゃん』
そんな言葉が、無線通信システムを介して、ワルツに伝わってくるのであった。
「・・・さてと」
今もなお、身体を動かす練習をしているエネルギアをそのままにして、ワルツは飛行艇の方を振り向き、話し始めた。
「さっさとオーバーホールを済ませて、カタリナ達のところに行くわよ」
「いいの?・・・えっと、エネルギア君?のこと放っておいて・・・」
ルシアは、意味もなく動いているようにしか見えないエネルギアが心配のようであった。
「えぇ。こういうものだから仕方ないわ。赤ちゃんみたいなものよ?」
「赤ちゃん?」
「そうよ。ま、ルシアに時間があるときに、一緒に運動を手伝ってあげてくれると助かるわ。例えば、立つ練習とか、ね」
「立つ練習・・・」
作業台の上で横になりながら、ひっきりなしに手足を動かしているエネルギア。
ルシアにはそんな彼がどうやったら立って歩けるようになるのか、よく分からない様子だった。
「急ぐ必要はないわ。ゆっくりと少しずつ教えてあげて?」
「えっと・・・うん。やってみる」
こうして、ルシアとエネルギアの特訓の日々が始まったのである。
時間は一気に飛んで夕方頃。
「・・・ようやく終わったわ・・・腰痛い・・・」
エネルギアの下で、中腰状態で作業をしていた機動装甲。
どうやら、機動装甲にも腰痛があるらしい。
『カタリナ?今いいかしら?』
無線通信システムを介してカタリナの無線機に話しかけるワルツ。
もちろん、カタリナだけではなく、全員に聞こえていた。
『はい。構いません』
ワルツの問いかけに対し、すぐにカタリナから返事が帰ってくる。
『こっちの準備は大方終わったわよ?』
『思ったよりも早かったですね。てっきり、明日になるかと思っていました』
『ま、愚弟とかに助けてもらったし』
『いや愚弟じゃねえし!今に見てろよ・・・絶対見返してやっかんな!』
近くにいるのに、わざわざ無線機で返事を返すアトラス。
『はいはい。・・・それでカタリナ?現在の状況は?』
そんなワルツの問いかけに対するカタリナからの返事は、少々遅れてやってきた。
『・・・芳しくありませんね。一応、抗体を特定して血清の抽出には成功したのですが・・・』
そこで言い淀むカタリナ。
『量産に時間がかかりそうです』
『そう・・・でも上出来よ』
血液の一成分である血清を量産するためには、つまり大量の血液を量産すれば良いのである。
だが問題は、その血液をどうやって量産するのか、ということである。
それも数十万人分を。
例えその問題が解決したとしても、免疫血清の製造には設備が必要なのである。
カタリナが持って行った機材(遠心分離器など)では、到底間に合うような規模ではなかった。
その上、である。
『ワルツさん・・・』
カタリナが声のトーンが一段階下がる。
そして彼女は言った。
『・・・エンデルシア軍から患者たちを守ってくれないでしょうか?』
『・・・もしかして、面倒なことになってるとか?』
『はい。明日の昼ころ、大規模な掃討作戦が始まるみたいです』
・・・どうやら、勇者がエンデルシア国王を説得出来なかったためか、ゾンビたちが皆殺しになる流れになっているようである。
5章が終わらぬのう・・・9月中には終わらせたいのじゃ・・・。




