5後後-13 分子ポンプ
「お、お姉ちゃん・・・」
エネルギアを修復するための作業を始めようとワルツ達がエネルギアの船外に出てくると、何故かルシアが顔を真っ青にして小刻みに震えながら、ワルツの顔を見上げてきた。
「っ?!ルシアちゃん、何かあったの?!」
先ほどまでとは随分異なる彼女の様子に、心配そうな声を上げるシラヌイ。
ルシアはそんな彼女の呼びかけに、
「・・・狩人さんにやられた・・・」
と呟いた後、
がっくり
といった様子で項垂れた。
・・・今は昼時。
そして、アイテムボックスごと、中身が無くなってしまったのである。
つまり、
「お寿司成分が足りないのね・・・」
ということである。
「えっ・・・」
一体何が何なのか、シラヌイには分からないようで混乱していた。
・・・まぁ、ルシア以外にその気持が分かる者もそうそういないだろう。
「私、買ってくる!」
キランッ!
・・・ルシアがものすごい勢いで走っていった。
100mを7秒代で駆けるその脚力は、最早人間のものではないだろう。
結局、エレベーター待ちの時間があるので、あまり急ぐ意味は無いのだが・・・。
(あれ・・・ルシアって、身体強化魔法って使えたかしら・・・。ま、いっか)
彼女の魔法ならなんでも出来そうな気がするワルツは、深く考えるのをやめた。
「じゃぁ、ルシアが戻ってくるまで、壊れた部品を外しておきましょうか」
ルシアを見送った後、エネルギアの下を歩いて核融合炉の真下まで来たワルツは、一緒に付いて来ているシラヌイにそう声を掛けると、早速作業を始めた。
ワルツがエネルギアの外装を見上げると、
ウィィィィィン・・・
外装板を固定していた皿ネジ数百個が一斉に回って外れた後、空中で浮遊を始める。
直後、一番薄いところでも厚み500mmはありそうな分厚い外装が音もなく外れ、10cmほどずり落ちてきた。
「あ、シラヌイ?外装を下ろすから、ちょっと退けてくれる?」
10m四方のほぼ平たい外装を浮かべながら、言葉をシラヌイに向けるワルツ。
・・・だが、
ぽかーん
と口を開けた状態で見上げるシラヌイからは返事が帰って来なかった。
どうやら、ワルツの作業に完全に魅入っているらしい。
魂が抜けた状態とはこのことを言うのだろう。
「・・・はい、ちょっとごめんね〜」
そう言いながら、シラヌイの身体を右腕で掴み、ワルツは外装が落ちてくるだろう場所から移動した。
すると、
ゴォォォォォン・・・
と低い音をたてて地面に落下するエネルギアの外装。
その内側は、フレームの隙間を走るようにして様々な太さの配管が走っており、ある意味、金属で出来た生物の腸といった雰囲気であった。
そんな配管が数本つながっている直径2m、高さ4mほどの円筒形の物体が、分子ポンプ。
即ち、極高真空生成用改良型ターボ分子ポンプである。
真空を作り出す原理はこうである。
内部では動翼と呼ばれる超高速回転のタービンブレードと静翼と呼ばれる動かない羽根が超高精度で組み合っており、動翼が動くことで空気分子を弾き飛ばし、静翼でそれを捕まえる。
更に、分子吸着用の重力制御システムを組み合わせることによってより、通常の真空ポンプでは作り出せないほどの高品質な真空を作り出す、というものである。
ただ、この分子ポンプは、サイズの割に、動翼と静翼が髪の毛1本分程度の距離しか離れていないくらいに密接しており、少しの振動を与えただけでも動翼と静翼が接触し、途端に内部で部品が弾け飛んでしまうという欠点があった。
つまり、普通は地面に固定して使うものであって、乗り物に搭載することを想定した造りにはなっていなかったのである。
それでもワルツがこのタイプの分子ポンプを採用したのは、構造が比較的シンプルであるため製造が容易であること。
そして何より、振動の問題さえクリアすれば容易に使うことが出来る、ということが理由であった。
要するに、エネルギアに搭載されている乗員保護用の重力制御システムによって、外部からの衝撃を一切キャンセルできていれば、問題はなかったはずだったのである。
しかし、今回、ポンプが破損してしまったのは、このグラビティースタビライザーの振動吸収効果を超える衝撃がエネルギアを襲ったことが原因であった。
設計上、このグラビティースタビライザーは、核兵器級のルシアの攻撃による衝撃も難なく吸収できるはずだった。
だが、それは飽くまでも、一回の攻撃で受ける総エネルギー量であって、瞬間的に高出力のビームを撃ちだすようなサウスフォートレス上空の粒子加速器(?)の攻撃には対応していなかったのである。
例えるなら、ルシアの攻撃魔法が超高層ビルからゆっくりと階段で下った場合に近く、粒子加速器(?)の攻撃が住宅の2階から飛び降りた場合に近い、といった感じだろうか。
前者は膝がガクガクになるだけで済むかもしれないが、後者なら半月板を粉砕することだろう・・・。
「さて、どうしたものかしらね・・・」
・・・つまり、今後、同じようなことがあると踏んで、改良を行うか、あるいは応急処置(元の通り)で済ませるか、ということである。
「・・・えっと、ワルツさん?」
ワルツが考えていると、シラヌイの声が聞こえてきた。
「あの・・・下ろしてもらえないでしょうか?」
・・・ワルツは考える事に集中しすぎていて、シラヌイを掴んだままだったらしい。
巨人に捕まった小人の図、といったところだろうか。
「あ、ごめんごめん」
そう言って、優しくシラヌイを地面に下ろすワルツ。
「・・・飛行艇の中身って、初めて見たんですけど、何か生き物みたいですね・・・」
エネルギアの外装内部を眺めて感想を漏らすシラヌイ。
「生き物ね・・・。まぁ、近いのかもしれないわね」
外装裏に設置されたミリマシン格納用巣箱(?)に目をやりながら、ワルツは同意した。
今、彼女が停止信号を送っているので彼らが動き出すことはないが、もしも対策せずに外装を外したのなら、蟲のような姿をしたミリマシンがエネルギアを修復しようと動き出すことだろう。
ある意味、生体を外敵から守る免疫システムに近いのかもしれない。
「さてと、じゃぁ、ポンプ外すから、ここで待っててもらえるかしら」
「あ、はいっ!」
すると、外した外装に上り、ポンプ下までワルツがやってくると、
ウィィィィィン・・・
という音が鳴って、配管やポンプ本体を止めていたボルトが一気に外れ、外装を外した際と同様に落ちてきた。
「・・・どうやってやってるんですか?というか、これ、何ですか?」
そう言いながら宙に浮いたボルトを指でつまむシラヌイ。
「どうやって外してるかって?魔法よ?で、貴女が手に持ってるのは、ボルトあるいはネジって呼ばれてるもので・・・えっと、何か装置を固定するための部品ね」
ボルトをどう説明していいのか分からず、一瞬迷ったワルツ。
なお、ボルトを外しているのも、ポンプを宙に浮かべているのも、ワルツの重力制御である。
もちろん、魔法ではない。
「面白い形状をしていますね・・・釘みたいなものでしょうか?」
指先でボルトを弄びながら、まじまじと観察をするシラヌイ。
「これと組み合わせて使うのよ?」
ワルツはそう言って、ポンプを固定していたナットをシラヌイの前に浮かべた。
そして、重力制御で器用に回しながら、シラヌイの持っていたボルトにネジをはめ込んでいく。
「すごい・・・複雑な形状をしてるのに、ちゃんと噛み合ってる・・・」
「まぁ、そうじゃなきゃネジとして使えないしね・・・」
噛み合っているネジとボルトを色々な方向から観察しているシラヌイに対して、苦笑を浮かべるワルツ。
・・・但し、表情は分からないが。
「・・・で、今回、修理(交換)しなきゃならないのが、これね」
ドスン
ワルツは浮かべていた分子ポンプを地面に置いた。
そんな時、
「おねぇぢゃぁぁぁん!!」
稲荷寿司を買いに行ったはずのルシアが手ぶらで、しかも泣きながら返ってきて、機動装甲の足に抱きついた。
・・・何があったのかは、ルシアに説明を受けなくても分かるだろう。
「休業日だったのね」
「ぐすっ・・・うん・・・お寿司・・・食べれないよぅ・・・」
(偏食は良くないわよ、ルシア・・・)
まぁ、野菜さえ摂れば、色々な具材が入っている稲荷寿司だったので、偏食にはならなそうではあるが・・・。
そんな時、
「お寿司ですか?」
シラヌイがお寿司という単語に反応を示す。
「・・・もしかして、シラヌイの故郷では、お寿司を食べる文化があったりするの?」
「えぇ。お祝いごとがあった時とかには」
どうやら彼女の故郷は、より日本に近い食文化らしい。
(・・・あれ、そういえば、寿司屋の店主って、いつも頭に鉢巻着けていたわよね・・・)
その下には角が隠れていたりして・・・、などとワルツは思うのだが、果たしてどうだろうか・・・。
「もしかして、ルシアちゃん、お寿司が好きなんですか?」
「えーと、生寿司じゃなくて稲荷寿司が・・・ね」
今もなお、足にへばり付いているルシアの頭を撫でながら、答えるワルツ。
「そうですか。なら、私が造りましょうか?「ほんと!?」」
・・・シラヌイが言葉を終える前に反応を返すルシア。
「う・・・うん・・・いいけど、口に合うかどうかは分からないよ?それでもいい?」
「うん!」
彼女はつい数秒前までしょぼくれていたというのに、今ではブンブンと尻尾を振りながら喜びの表情を浮かべていた。
「ごめんね、シラヌイ。本当は狩人さんが居れば作ってもらえたんだけど、彼女、今エンデルシアだし・・・」
「いえ、構いませんよ。私も稲荷寿司は大好きですから」
どうやら今晩の夕食は稲荷寿司づくし(?)になりそうである。
「さてと、ルシア。お寿司は夜の楽しみにして、私達はエネルギアを直しましょうか」
「うん!」
こうして、外した一つ目の分子ポンプの再製造が始まるのであった。
ちなみに、
『ユリアー?昼ごはん買ってきてー?』
『いつもの串焼きですかー?』
『そうそう、よく分かってるじゃない?』
『ワルツ様も飽きませんねー』
ワルツもルシアのことを言えないくらい、偏食だったりする・・・。
さてと、明日の朝食のために、稲荷寿司の仕込みでも始めるかのう・・・。




