5後後-12 内緒話?
もしもワルツが同じようにしてアイテムボックスを壊していたなら、
『壊しちゃった!てへっ!』
・・・で済ませていたことだろう。
だが、狩人は深々と頭を下げて謝罪した。
故意ではないにせよ、アイテムボックスを壊してしまったのは、彼女が暴走したことが原因だったので、責任を感じているようだ。
ワルツ達が掲げられた狩人の手のひらに視線を向けると、確かに金色のリングには深い傷が入っており、今にも千切れそうな状態であった。
「んー・・・まぁ、仕方ないんじゃないでしょうか。わざとじゃないですし」
「本当にすまない。何なら弁償を・・・」
「いえ、大丈夫です。買おうと思えば、簡単に買えますから・・・あっ・・・」
そこまで言ってワルツはとあることに気づく。
(・・・やっぱり買えない・・・)
何故、買えないのか?
・・・ワルツの財産のほとんどがアイテムボックスの中にあったから、である。
この世界に来てコツコツと溜めた資産は、およそ2600億ゴールド。
ミッドエデンの年間国家予算の1/4に匹敵する金額である。
・・・ただし、貨幣ではなく、材料としての価値ではあったが。
なお、現在のワルツの手持ちはおよそ20000ゴールドである。
その他、サウスフォートレスの錬金術ギルドから2000万ゴールドを未だ受け取っていなかったが、現状を考えるなら、催促するわけにもいかなかった。
「ん?何かあったか?」
「い、いえ。何でもないです・・・」
(絶対言えない・・・数千億ゴールド分の材料を失った、なんて言ったら・・・)
・・・恐らく狩人の精神が色々と保たないだろう。
(・・・これは、面倒ね・・・)
材料の他にも、仲間たちの装備品や、旧バングルなどが入っていたのである。
ただし、既に皆が現在装備している分とエネルギアや工房の私室で保管している分の装備はもちろん無事なので、それほど大きな損害にはならなかったが。
(・・・まぁ、新しい装備を整えるためのちょうどいい機会、って考えましょうか・・・お金無いけど)
例えミッドエデン共和国(?)を半私物化しているとしても、公費には手を出さない。
それがワルツのスタンスである。
(・・・ま、みんなで魔物狩りとか鉱物採掘とかしてもいいんだけどね〜)
仲間が全員で取りかかれば、一瞬で数十〜百億の資産を取り戻すことが出来るだろう。
・・・つまり、何も問題はない、ということである。
「とりあえず、アイテムボックスのことは置いておいて、今はゾンビになった人たちへの対策を優先しましょう」
そんなワルツの言葉に、
「あぁ・・・」
と、答えた狩人は、やはり責任を感じているのか、複雑な表情を浮かべたままであった。
「それでなんだけど・・・」
仕切り直して、ワルツがエンデルシアへの移動の件について話し始める。
「・・・エネルギアを修理するのに2日欲しいんだけどいいかしら?」
サウスフォートレス上空に現れた粒子加速器(?)の攻撃によって主機を破損したエネルギア。
核融合炉2機の修復とオーバーホールを考えると、最低でも2日は必要であった。
「・・・2日ですか・・・なら、先にルシアちゃんの魔法でエンデルシアに乗り込んでいてもいいでしょうか?」
と、カタリナが少々考えてから口を開いた。
どうやら、彼女は身体を損傷しているゾンビ(人間)たちの事を心配しているようである。
では何故、彼女はゾンビたちを心配しているのか。
ゾンビでいる内はいいが、ゾンビではなくなった場合、剣士のように、ダメージが急激に身体を襲う危険があった。
つまり、ゾンビ化が長引いている内に身体への損傷が蓄積すると、一定ラインを越えたところで、ゾンビ状態でないと生きていけない身体・・・即ちゾンビそのものになってしまう可能性があったのである。
ゾンビが治療可能かどうかを含めて現在のところ不明なので、手遅れになる前に行動を起こしたい、ということらしい。
「・・・やっぱり、エネルギアの修復の話はこの件が終わってからね・・・私も行くわ」
カタリナの言葉に、急いで対策したほうがいいわね、と考えを改めるワルツ。
だが、
「いえ、ワルツさんは飛行艇の修復を優先してください。飛行艇が無いと、私もそうですけど、皆さん困りますので」
行くのは自分だけで十分、といった様子のカタリナ。
ゾンビ達を救うための時間が欲しいが、転移魔法が使えない以上、空飛ぶ移動研究室(?)が無いのも困る。
そんなせめぎ合いの中で出した苦渋の決断、といったところだろうか。
「・・・危なくない?」
ワルツがいるなら天使や神が現れてもどうにか対処が可能である。
だが、カタリナだけでは些か心許ないのも確かであった。
「では、狩人さんとテンポがいっしょに行くというのはどうでしょうか?」
「私は構わないぞ?」
カタリナの言葉に即答する狩人。
「私も否やはありません」
テンポも同じ様子である。
「・・・それでも心配ね。テンポ?左腕を貸すから、ちゃんとカタリナを守って頂戴」
「かしこまりました」
ワルツから腕の制御権を受け取りながら、恭しく礼をするテンポ。
「それと狩人さん。これ、替刃が無いんで大事に使ってくださいね」
そう言いながら、カーゴコンテナからサウスフォートレスで狩人が落としたダガー2本を取り出すワルツ。
両方共、刃の先端が折れて多少短くなってしまったが、使用には問題ないだろう。
「っ!・・・すまないワルツ。拾ってくれてたんだな」
「はい。ちょっと(ビーフジャーキーの)匂いが付いているかもしれませんが気にしないでください」
「なに。元々獣の匂いが染み付いているから、今更だよ」
そう言いながら、受け取ったダガーを手の上で回しながら、感触を確認する狩人。
・・・シルビアが反応していたようだが・・・まぁ、気のせいだろう。
「カタリナ?2日後に追いかけるから、それまで気を抜かないでね」
「はい。こちらもそれまでには対処法を探してみせます」
・・・こうしてカタリナ達は一足先にエンデルシア首都へとルシアの転移魔法で旅立っていった。
「それでコルテックス?サウスフォートレスのことなんだけど・・・」
カタリナ達が居なくなり、残った仲間たちによる雑談が始まっていた艦橋で、コルテックスに話しかけるワルツ。
「サウスフォートレスへの救援部隊派遣、及び救援物資搬送の件ですね〜?既に始まってますよ〜」
「相変わらず行動が早いわね・・・」
「予測は付きましたからね〜」
どうやら、昨日、ワルツ達がエネルギアを離れてサウスフォートレスへ向かった時点から準備を始めていたらしい。
「食料などの消耗品に関しては転移魔法にて輸送しておりますが、その他の人員などについては陸路での移動になるので、本格的な復旧作業が始まるまでには、2週間ほど掛かるかと〜」
「・・・そう」
飛行艇や飛行機、あるいは飛行船などがあれば1日以内に移動可能な距離ではあったが、徒歩では山脈越えや迂回などがあり、どうしても余分な距離を移動しなくてはならなかったので、到着に時間が掛かってしまうのである。
あるいは、エネルギアに乗せて人員を移動させるという手もあったが、一度前例を作ると、同様の事態が起こる度に、なし崩し的にエネルギアを派遣しなくてはならなくなるので、世界のバランスや今後のミッドエデンのことを考えるなら、その選択肢は無かった。
・・・ここではそう言った話がワルツ達の口から発せられることはなかったが、もしも、口にしていた場合、事前知識のない仲間たちの前で話すと、いらぬ誤解を生む可能性があることは言うまでもないだろう。
なので、これまでワルツは、自分と同じ知識を持つホムンクルスだけを集めて、国の方針や新しい技術の導入を決める会議を行っていたのである。
それでも仲間たちが、知識を出し渋ったり行動に消極的な自分のことを『人命を軽視している』と思うかもしれない、と彼女は分かっていたが、仕方がない、と割り切ることにしていた。
そして今回も、
「(・・・この際、鉄道引いちゃう?)」
パラメトリックスピーカーを使ってコルテックスとアトラスだけに伝わる様に話すワルツ。
鉄道の歴史自体はかなり古く、この世界でも鉱山のトロッコという形で存在はしていたが、それを長距離にわたって敷設するという試みは未だなされていなかった。
「(よろしいのですか〜?この世界に対する過剰な干渉を避けるはずでは〜?)」
声には出さず、口の形だけで会話を行うコルテックス。
「(動力車を作るんじゃなくて、馬車鉄道とかならいいんじゃない?)」
「(製鉄技術の過剰な発展に繋がる可能性がありますよ〜?)」
18世紀の産業革命時における製鉄技術の発展は、鉄道の軌道を始めとした鉄製品の大量生産が牽引したと言われている。
ならば、この世界に鉄道技術を持ち込むと、それが引き金になって産業革命が起こるのではないか。
コルテックスはそれを危惧したのである。
「(無駄に国土が広い割に移動手段が徒歩か馬しか無いって絶対におかしいわよ・・・)」
「(そりゃそうだけど、仕方ないんじゃね?そういう世界なんだし・・・)」
姉の嘆き(?)に呆れた表情を見せながら口だけを動かすアトラス。
「(確かに、国内の大量輸送について、何か良い方法を考える必要はあるかとは思いますが、鉄道を採用するかどうかについてはもうしばらく熟慮が必要かと〜)」
「(・・・分かったわ。近いうちに結論を出しましょう)」
「(承知いたしました〜)」
「(了解)」
こうして、簡易的なホムンクルス会議(?)は終わった。
・・・だが、ここで鉄道技術を発達させるという決定を行わなかったがために、ミッドエデンがおかしな方向へと歩み始めることを、一体誰が予想できただろうか。
まぁ、ワルツが王都へ来た時点で、既に事は進み始めていた、とも言えなくもないのだが。
さて、艦橋にいる仲間たちを差し置いて、数十秒という短い時間ながらも、音もなく話し合っていたワルツ達。
彼女達が、皆から奇異の視線を向けられたのは当然のことであった。
「・・・なんでコルちゃんたち、お姉ちゃんを見て、口をパクパク動かしてるの?」
ルシアが指摘する。
「それはですね〜、秘密のお話をしていたからですよ〜?」
それを言ってしまうと秘密ではなくなるのだが・・・。
「ルシアちゃんも秘密の会話ができるように練習しますか〜?」
「えっと?・・・そうすればお姉ちゃんとも話すことが出来る?」
「努力次第ですね〜」
「なら頑張る!」
どうにかルシアからの追求を交わすことに成功したコルテックス。
早速、読唇の方法についてレクチャーをしているようだが、果たして、ルシアが身につけることはできるのだろうか。
「・・・で、どんな会話をしておったのじゃ?・・・あ、いや、秘密なのじゃから聞かないほうがいいかのう」
とテレサ。
本来、信頼を寄せているはずの仲間に対して秘密を作るというのは、プライベートなことでもない限り失礼に当たるのではないか。
ワルツもそれは分かっていたので、
「・・・そうね、ミッドエデンの輸送網の整備について話し合っていただけよ。ただ、まだ不確実な事やちょっと高度な話があったから口に出して言わなかったけど」
どんな会話をしていたのか、さわりだけを説明した。
「そうじゃったか。気を使わせてしまったかのう?」
どうやらテレサは、ワルツ達がどういった類の話をしていたのか、話を漏らすことの危険性を含めて推測できたらしい。
「いえ、大丈夫よ。今度、ちゃんと決まったらゆっくり説明するわ」
「うむ。お願いするのじゃ」
そんなワルツとテレサのやり取りを見て、他の仲間達もおおよそ納得した表情を浮かべていた。
「・・・てつどう・・・って何でしょうか・・・」
・・・一部、読唇術が使える諜報部隊員もいたようだが、そもそも内容を理解できなかったようである。
「さてと、ルシア。エネルギアの修復を始めましょうか」
「うん!」
2人がそんなやり取りをしていると、
「あの・・・ワルツさん」
シラヌイが声を掛けてきた。
「見学していてもよろしいですか?」
どうやらシラヌイは、エネルギアに興味があるらしい。
「えぇ。構わないわよ?だけど、危ない作業もあるから、その時は離れててね」
「はいっ!」
というわけで、エネルギアの修復(の見学)にシラヌイも参加することになった。
一方、
「ではコルテックス。城に戻るとするかのう?」
「承知いたしました〜」
そんなそっくりな2人を見た水竜が、
「・・・どちらがコルテックス殿だろうか?」
全く同じ服装、仕草、表情を浮かべた2人を見て固まっていた。
「そういえば、水竜はまだ役割とか無かったわよね。この際だから、テレサ達の秘書でもやってみる?」
とワルツが水竜に話を振ると、
「秘書?」
頭にエクスクラメーションマークを浮かべる水竜。
水底の世界に、どうやら秘書はいないらしい。
「まぁ、手伝いみたいなものよ・・・っていっても、やることは何も無いと思うけど・・・」
そう言いながら自分よりも優秀な妹に視線を向けるワルツ。
「いえ、秘書が出来るのでしたら、色々お手伝いをしていただこうかと思っておりました〜」
「ん?手伝うことって、何かあったかのう?」
テレサがそんな疑問を顔に浮かべていると、
「お茶汲み、接客対応、書類回収、資料整理、スケジュール調整、根回し、情報収集・・・」
コルテックスが延々と仕事を列挙し始めた。
『・・・』
いくらでも湧いてくる秘書の仕事(?)に固まるワルツとテレサ。
だが、水竜は、
「儂にも出来ますかの?」
仕事の大変さが分かっていない様子だった。
「大丈夫ですよ〜?いつもテレサ様がやってくださっているので、半分こすればいいのではないでしょうか〜?」
・・・どうやら、テレサは国家元首ではなく、秘書だったらしい。
「・・・改めて考えると、色々仕事をこなしていたのかも知れぬのう・・・」
本人に自覚はないようである。
「ふむ。では、テレサ様。儂に仕事を教えてくれんだろうか?」
「うむ。妾は構わぬぞ?」
「・・・なら決定ね」
こうして、水竜はテレサ達の元で働くことになったのだった。
恐らくは、妙に時代を感じさせる謎空間を創りだすに違いない。
なお、そんな彼女達を尻目に、
「・・・コルテックスが言ってた仕事って、殆ど俺の仕事じゃん・・・」
とアトラスがぼやいていたことには、誰も気づかなかったのだった。




