5後後-07 尻尾・・・?
「・・・曲者か!」
そんなことを言いながら槍を構える、黒髪長髪のグラマラスな全裸女性に、
『・・・誰?』
そんな声を漏らしてしまう3人。
そんな中で、ワルツは真っ先に反応を返した。
「・・・まさか、ホムンクルス?!」
アルタイルの作ったと思わしき壁の中から出てきた、見知らぬ女性を直ぐにホムンクルスと関連付けるのは、過去2度の経験を踏まえるなら致し方ないことだろうか・・・。
だが、そんなワルツの声に、
「ぬ、主様!?」
全裸の女性がそんなことを言って、持っていた槍を地面に落とした後、
「ぬーしーさーまー!!」
泣きながらワルツに走り寄ってきたのである。
「ちょっ・・・ほんと誰・・・?!」
ガンッ!
機動装甲の腕をワルツの前に持ってくると、避ける素振りもなく衝突する全裸女性。
「がはっ・・・」
バタッ・・・
そして、後頭部から地面に倒れ込んだ。
「えっと・・・」
(やり過ぎちゃったかしら・・・)
痛そうに蹲っている女性に哀れみの視線を向けるワルツだったが、
「はっ、そ、そうだ。あまりの嬉しさに姿が変わったのを忘れておったわ。主様、儂です。水竜でございます!」
と、自称水竜は、上体だけを起こし、ワルツにウルウルとした視線を向けてきた。
そんな彼女に、
「・・・あ、そっか、なるほど!」
ワルツは一人、何かを納得したように頷いてから言った。
「ちょっと待ってね。今、狩人さんの大切なシーンだから、雰囲気を変に台無しにしないでもらえる?っていうか、水竜ってオス・・・えっと男性よね?そもそも、魔物が人間になれるわけないじゃない?それとも私の認識システムがおかしくなったかしら?」
・・・納得したはずなのに、絶賛混乱中のワルツ。
どうやら、現れた全裸女性を変態か何かだと納得した、ということらしい。
一方狩人は、最初こそ全裸女性に対してどう反応していいか分からない様子だったが・・・
「・・・みんな!無事だったんだな!うぅ・・・わぁぁぁぁ・・・」
彼女の後ろに広がっていた暗い穴の中で、膝を抱えながら、急に現れたワルツ達(ルシアの光魔法)に眩しそうな視線を向けていた町の人々の姿を見つけると、声を上げてまた泣き始めた。
すると、
「団長!・・・いや、今の様子では、まだ小さな女の子だった頃と変わりありませんね・・・」
ワルツも見かけたことのある30台前後の騎士が、狩人に声を掛けてきた。
「ふく・・・ちょう・・・ぐすっ・・・」
ただでさえ、泣きすぎて酷い顔だというのに、更に涙と鼻水まみれになっている狩人。
そんな泣きじゃくる彼女の顔を見ながら、まるで昔から見慣れているような表情を向けている彼が、サウスフォートレスの騎士団の副長・・・つまり、彼女の剣の師匠らしい。
「安心してください。住民の避難は無事終えています」
「そう・・・か。・・・よかった・・・本当に・・・」
狩人はそう言って、ひどい顔のまま、笑みを浮かべた。
そんな二人のやりとりを見て、
「(彼が狩人の想い人かしら・・・)」
「(なんか、そんな感じだよね・・・)」
と、ワルツに今にも抱きついてきそうな水竜(?)を機動装甲の腕で押さえながら、恋話談義を展開するワルツとルシア。
そんな2人がいることに気づいたのか、彼女達に副長が視線を向けてくる。
(あ、やっば・・・!)
すると、急いで機動装甲を不可視モードにするワルツ。
その後に、
「・・・ん?何かしら?」
何食わぬ顔で副長に対して言葉を掛けた。
「・・・い、いや、なんでも・・・」
ぎこちなく返事をした後に、視線を逸らす副長。
周りにいたサウスフォートレスの住人たちも、一斉にワルツから眼を逸らした。
・・・何か見てはならないものでも見たのだろうか。
その中に武具屋の店主や錬金術ギルドの受付嬢もいたようだが・・・まぁ、今更だろう。
そんな時、
「・・・そうだっ!」
落ち着きを取り戻した狩人が声を上げた。
「父様方は?!」
夜目の効く狩人が辺りを見回してみるが、視界の中には、伯爵達の姿はなかった。
すると、狩人の言葉に、表情を曇らせる副長。
そして、
「・・・そのことですが・・・申し訳ございません隊長」
彼は狩人に頭を下げながら言った。
「見失いました!」
「えっ・・・見失った?」
副長の表情に、てっきり戦死してしまったのかと無念な表情を浮かべかけた狩人。
だが、どうやら事はそう単純ではないらしい。
「・・・歩きながら説明いたします」
「・・・頼む」
すると、通路を奥の方へ進んでいく副長。
皆が生きていたことに安堵した狩人は、すっかりといつも通りの調子を取り戻した様子で、彼の横に並んで歩いていった。
そんな狩人たちに、ワルツも一緒に付いて行きたかったのだが・・・
「これが主様の腕・・・なんとも逞しいものですのう・・・」
機動装甲のゴツゴツとしていてヒンヤリとした金属質の腕に頬ずりをしている自称水竜を、一先ずどうにかしなくてはならないだろう。
「・・・ちょっと副長さん待って。コレ・・・何ですか?」
機動装甲の腕だけを顕現させながら、彼女を指すワルツ。
「そうですね・・・なんと答えたらよいのやら・・・」
どうやら副長にも答えるのが難しいらしい。
彼が苦笑いを浮かべていると、
「主様。儂から説明させていただきます」
と、自称水竜が自ら申し出てきた。
・・・ワルツが敢えて彼女から聞かないようにしていた、というのにである。
ただ、一番手っ取り早いのは、やはり本人の口から直接聞くことなので、ワルツは彼女の話を聞くことにした。
「・・・なら、手短にお願い」
そう言いながら水竜を機動装甲の腕から開放するワルツ。
「では、何故このような姿になったのか、手短に説明させていただきます」
そして水竜は、嬉しそうに説明を始めた。
「・・・何者かに襲われた際、噴水の水を被ったら、人間の姿になったのでございます」
「・・・」
「・・・」
「・・・それだけ?」
「はい、手短に、と言う話でございましたので・・・」
「・・・うん、ありがとう。大体分かったわ」
魔法の仕組みが分からないワルツにとっては、一応、十分な説明だったようだ。
・・・ただし、何故人の姿をしているか、ということに関してだけだが。
「・・・で、何で、裸なの?」
人間になった理由はいいとして、そのままでは水竜が『変態』であることに変わりはないので、裸になっている理由を聞くワルツ。
普通に考えれば、天使に襲われて服を着る暇も無く命からがらここまで逃げてきた・・・といったところだろうか。
だが、
「服・・・服ですか・・・」
何故か何度も『服』と呟きながら、斜め下の方向に遠い視線を向ける水竜。
辺りはほとんど明かりがないというのに、彼女の顔に陰が差しているのは、魔法か何かの効果だろうか。
「儂・・・生まれてこの方、服を着たことが無かったもので・・・。何か拙かったでしょうか?」
どうして人間が服を着ているのかも分からない、といった様子の水竜。
(確かに、人魚とかがいたとしても、水中で服を着てるとも思えないし・・・そういうものかしらね・・・)
水中で服を着たために、身体が重くなって沈んでいく人魚を想像するワルツ。
「・・・まぁいいわ。ここは暗いからいいかもしれないけど、裸で辺りを出歩くのは犯罪(?)だから、私が服を着せてあげる」
そう言うとワルツは、水竜の身体にホログラムで服を表示した。
「・・・?!なんと!」
突如として変わった自分の姿に驚く水竜。
見た目としては、道着のような白い上衣と紺色の袴といった様子である。
どうやら、槍を構えていた水竜の様子がワルツの中に印象深く残っていたらしく、武術を嗜む女性の格好に仕立てあげたらしい。
「・・・服とは、重さが無いものなのですな。なるほど。これを着飾る、と・・・」
どうやら、水竜は、ファッションに目覚めたらしい。
「・・・いや、そういう訳じゃ・・・って、それはいいのよ。何よりも問題は・・・」
そしてワルツは、自身の中にあった一番の問題を水竜にぶつけた。
「・・・あなた、オス・・・だったわよね?」
「えっ・・・」
ワルツの言葉に、ピシッ・・・っと固まる水竜。
「わ・・・儂が、男に見えていたのですか?!」
「えっ・・・違ったの?!」
なお、水竜のオスメスの判別が付けられないワルツは、彼女(?)の喋り方だけで判断していたようである。
「これでも、ミス竜宮の最終候補に選ばれたこともあるので、それなりの美貌だと自負しておったのですが・・・」
(竜宮・・・美的センスが、人間とは違うのでしょうね・・・きっと)
水底で(深海魚を含む)水性魔物たちが繰り広げる宴を想像するワルツ。
特殊な性癖でも無い限り、あまり見たくはない光景ではないだろうか・・・。
「そう・・・」
ワルツが、なんとも煮え切らない表情を浮かべていると、
「実は水竜殿には随分助けられたんですよ」
副長が口を開いた。
「多分、水竜殿がいなければ、我々は今頃、襲撃者達にどうにかされていたでしょうね・・・」
「・・・えっと、天使たちのことね」
副長も水竜も天使に襲われていたことを知らない様子なので、ワルツが指摘する。
「・・・天使?」
「えっと・・・見た目の便宜上そう呼んでるだけよ」
流石に、神(?)からの使者とは言えなかったワルツ。
「それで、もしも襲われてたら、どうされてたわけ?」
「そうですね・・・まぁ、そのことについては歩きながらご説明しましょう」
というわけで、今度こそ、ワルツ達は通路の奥に向かって歩き始めたのであった。
・・・もちろん、水竜を連れて。
副長の話ではこういうことだった。
天使が街を襲撃してきたのは今朝早く(既に夜半を過ぎていたので、正しくは昨日の早朝)で、巨大なリングが空に押し寄せると共にやってきたらしい。
その際、ワルツ達がかつて用意した避難マニュアルを元に、街中の人々を地下の避難経路へ誘導することには成功。
だが、押し寄せる天使たちを足止めするために、何名かの騎士が犠牲になった・・・いや、誘拐されたのだという。
「その際、まだ若かった通信手や、門番が皆を庇って・・・」
『・・・』
その言葉を聞いた3人はそれぞれ別の理由で沈黙した。
狩人は知っている者がもういないことに対する悲しみから。
ルシアは誘拐された彼らが人工ブラックホールに吸い込まれて死んでしまったかもしれないということに対して。
そしてワルツは、そんな彼らが全て自分に対する『贄』という理由で犠牲になった可能性があることを思い、閉口したのである。
だが、そんな胸の塞がるような話を聞きながらも、ワルツは状況を整理していた。
(なら、王都からの転移通信が夕方になっても滞りなく行われていたのは、通信手が天使にされたためなんでしょうね・・・)
結局、ワルツが想定した最悪のパターン通り、天使化されて操られ、『問題無し』と返信していたのだろう。
この分だと、コルテックスが派遣した転移魔法使いも犠牲になっているかもしれない。
だが、そうなると・・・
(もしかして、ミッドエデンの通信網の役割が神側に漏れてる・・・?)
ミッドエデンの各地に転移魔法使いを使った通信網を整備した理由は、敵の侵略に対して迅速に対応できるようにするためである。
早期警戒通信網とも言えるだろうか。
それがもしも真っ先に潰されたとすれば、神側にミッドエデン内部の危機管理に関する情報が漏れている可能性があるのではないか、というわけである。
(・・・もしかして、スパイがいる?)
王都の教会にいた天使の普段の様子は人間そのものだったので、王城や王都に一般人に成りすました天使が潜んでいてもおかしくはなかった。
その場合、仲間たちの命が常に危険にさらされている、ということになるだろう。
(やっぱり、諜報機関とか整備したほうがいいのかしら・・・魔王シリウスみたいに)
結局ワルツは、王都に戻った際に、ホムンクルス会議(?)にこの件を報告することにしたのだった。
・・・そして、副長の話に再び戻ってくる。
「もしも水竜殿が現れてくれなかったら、私や他の者達も、今ここにいることはなかったでしょう」
そう言いながらも、眼を瞑りながら、苦々しい表情を浮かべる副長。
「儂は己のすべきことしたまでございます」
水竜は、胸を張ること無く、謙遜しながら言った。
「・・・って、つまり、天使と戦ったってこと?!」
彼女の持つ槍に眼を向けながら、ワルツが問いかける。
もしもそうだとすれば、狩人並か、それ以上に強いということになるのだが・・・
「はい。我々の退避が完了するまで、一切、天使たちを寄せ付けませんでした」
副長の言葉に驚くワルツ達。
「・・・水竜殿。実は強かったんだな・・・」
一度は水竜と戦ったことのあるはずの狩人が呟いた。
(あれ?水竜を狩ってサウスフォートレスに連れてきたのは狩人さん・・・あ、テンポか・・・)
そうだとすれば、『水竜』だった頃の彼女の強さを狩人が知らなくても仕方が無いだろうか。
だが、狩人やワルツ達の予想に反して、
「いや、まだこの身体の使い方がよく分からんので、強い、ということは無いかと。魔法は使いまえすが・・・」
と話す水竜。
彼女の言葉に、先程、避ける素振りもなく機動装甲の腕にぶつかっていた彼女の様子を、ワルツは思い出した。
果たして、魔法だけで天使とやりあえるものだろうか。
「・・・じゃぁどうやって戦ったの?」
ワルツが水竜に問いかけると、
「・・・コレのおかげでございます・・・」
ゴゴゴゴゴ・・・(ワルツ以外の視点)
「こ、これは・・・」
「?!」
・・・水竜が掲げた槍に狩人とルシアが見せた反応である。
どうやら、魔術的な効果が付加されているらしい。
・・・まぁ、ワルツには分からなかったが。
「・・・へぇ。この槍が天使に効いたってことなのね。・・・ちょっと見せてもらうわよ」
一体どこから持ってきたのか、そして何で出来ているのか。
ワルツには疑問が尽きなかったが、とりあえず実際に触って調べてみることにした。
そして、ワルツが水竜の持っている槍に触れた瞬間、
「ひゃん!」
そんな声を上げて水竜がへたり込んだ。
『・・・え?』
突然の彼女の反応に3人+1人が驚いていると、
「・・・も、もう少し優しく扱っていただけると・・・」
水竜が何故か顔を赤らめながらワルツに上目遣いの視線を送ってくる。
(・・・うん!間違いないわね)
・・・そしてワルツは確信する。
「変態ね」
「ちが、違います!」
ワルツの発言を直ぐさま否定する水竜。
「その槍は、儂の尻尾でございます」
『えっ・・・』
再び驚きの表情を浮かべる3人+1人。
「・・・尻尾って外せたっけ?」
当たり前過ぎる質問を仲間たちに問いかけるワルツ。
もちろん、誰かの首と違って、生物の体の部位が簡単に脱着できるなどということはありえない。
「その・・・噴水の水を浴びた際に、外れたと申しますか・・・外れてないと申しますか・・・」
どうやら、水竜にも何が何だか分からないと言った様子のようである。
「・・・つまり、今でも感覚があるわけね」
「はい」
「で、何かよくわからないけど、これを振り回すと天使が近づいてこなくなると」
「そうでございます」
「ふーん・・・」
どうやら、蚊取り線香のようなものらしい(?)。
(まぁ、竜の骨で作った武器って考えるなら、天使とかに効いてもおかしくないのかしらね?)
ドラゴンを乱獲して、対天使用弾頭を大量生産しようか思うワルツ。
そんなやり取りをしていると、
「・・・着きました」
副長が短く告げた。
どうやら、彼がワルツ達(主に狩人)を案内したかった場所に到着したらしい。
「また扉?」
再び現れた金属の塊を見て呟くルシア。
「反対側に来たのね」
地底空洞とサウスフォートレスを繋ぐトンネルは、仲間達が迷子になることを避けるために、ほぼ一本道になっていた。
つまり、トンネルの中に人々を隔離したい場合、入り口と出口(?)にそれぞれ扉を設置しなくてはならないのだが、眼の前の扉はその出口側(?)ということらしい。
「・・・で、誰がこの蓋をしたわけ?」
普通に考えるなら、アルタイルか、その配下の者ということになるのだが・・・
「・・・分かりません。私達が来た時には既にこうなっておりました」
「えっ・・・じゃぁ、入口の方の扉は?」
「勝手に塞がるのではないのですか?」
「・・・うん、多分手動」
つまり、副長や町の人々は、この扉がワルツ達によって設置されたものだと思っていたらしい。
ワルツ達が中に入ってきても、閉じ込められているはずの皆が落ち着いた様子だったのは、それが原因だったようだ。
「・・・それで、伯爵はどうしたわけ?」
すると、副長は扉の方を見ながら、口を開いた。
「・・・キャロル様とご一緒にこの扉を透き通るようにして、消えてしまわれました」
・・・どうやら、眼の前の壁は、出口を塞いだ単なる壁ではないようである。
減らそうと思うと増える文量。
・・・ダイエットのようなものじゃな。




