5後後-05 通路
先ほどの神は、ワルツやルシアを標的としていたようだが、天使の方はあくまで足止めだけが目的だったようだ。
天使と1対1で対峙しているというのに、狩人が今もなお存命しているのは、それが理由なのだろうか。
「・・・承知いたしました」
戦意を喪失した狩人の前で、同じように行動を止めていた女天使が、いつの間にか取り出した透明な球体に向かって、そんな言葉を恭しく口にした。
「これより帰投します」
どうやら、主と魔法か何かで会話していたらしく、帰投命令が下ったようだ。
・・・つまり、彼女の言っていたタスクが完了した、ということだろうか。
そんな女天使が、転移魔法を使おうとした時であった。
「家族を・・・どうしたんだ?」
あまりの動揺のせいなのか、地面に落ちたダガーに気を向けること無く、何も得物を持たないまま、天使に問いかける狩人。
「申し訳ございませんが、そこまでは聞かされておりませんので、説明は致しかねます」
天使があくまで機械的に狩人の疑問に答えた。
そして、
「では、またの機会に・・・」
頭を下げて挨拶をしたまま、天使は転移して消えていった。
ドサッ・・・・
地面にへたり込む狩人。
すると、そこにワルツ達がやってくる。
「・・・狩人さん・・・」
眼に光がなく、どこか糸がキレたマリオネットのようにして座り込む狩人に、ワルツが声をかける。
なお、ワルツ達は遅れて来たわけではない。
狩人が天使と互角に戦っているようだったので、声を掛けなかったのである。
だが、今回はそのせいで、天使を逃してしまったようだ。
話しかけてきたワルツの声に反応を見せない狩人。
だが、そんな彼女に対して、
「狩人さん!!」
ルシアが大声で叫んだ。
「まだ終わってないよ狩人さん!みんなが無事かどうか、私達はまだ確認してないよ?」
すると狩人の眼に光が戻ってくる。
「・・・あぁ・・・そうだ。そうだな。まだ諦めるのは早いんだ・・・!」
ルシアの言葉を聞いた狩人は、この瞬間まで、自分が結果も見ずに諦めていたことに気づいたらしい。
「うんっ!みんなを探しに行こっ!」
ルシアは狩人に手を差し出し、そして狩人は彼女の手を握り返した。
そんな2人のやり取りを見たワルツは、
(ルシア・・・なんか、強くなってない?色々と・・・)
いつの間にか一皮剥けた様子のルシアに、疑問の表情を向けるのであった。
そして、ワルツ達はサウスフォートレスの町中を一周した後、伯爵邸へとやってくる。
・・・ここまでの道程は散々たるものであった。
燃え盛る家屋や、跡形も無くなった建物。
ぺしゃんこに潰れた屋台に、至る所に開いた大きな爆発痕。
最早、ワルツ達の知っているサウスフォートレスの姿は、そこに残っていなかったのだ。
特に、この街出身の狩人にとっては、故郷が滅茶苦茶になっている様子が耐えられなかったらしく、時折胸を押さえて、立ちすくんでいた。
唇や掌から血が滲み出ていたのは、町が破壊された事による悔しさからなのか・・・それとも、今にも立ち止まってしまいそうな自分を奮い立たせるためだったのか。
だがそれでも、そこで足を止めなかったのは、家族や知り合い、そして町の人々が無事かどうかを確かめたかったからなのだろう。
そして彼女は、己の家へと自分の足で返ってきたのである。
「っ!!」
だが、それが彼女の限界だったようだ。
「・・・」
その光景に言葉を失うルシア。
「・・・」
ワルツも、残念そうな視線を向けていた。
彼女達の眼に入ってきたもの。
それは、
「・・・うわぁぁぁぁ・・・!!」
・・・跡形もなくなった伯爵邸の姿だった。
大声を上げて泣き叫ぶ狩人。
そんな狩人に対して何と声をかけていいか分からないルシアは、両手の指の色が真っ白になるくらい力いっぱい組んで、歯をかみしめていた。
力があっても、助けることが出来ないもの。
それを目の当たりにして、無力感を感じているようだった。
そしてワルツも・・・狩人に話しかけられないでいたのであった。
それから1時間程経った頃。
眼を真っ赤にして膝を抱えながら蹲っている狩人に、ワルツはようやく声を掛ける。
「・・・狩人さん・・・」
何と切り出していいのか分からないワルツは、単に彼女の名前を口にした。
・・・すると、
「・・・何もかも無くなってしまった・・・」
掠れた声で狩人が話し始める。
「・・・昔はな、よく家を抜け出してたんだ・・・。父様も母様も過保護で・・・っ・・・」
両親を思い出したのか、言葉に詰まる狩人。
「・・・それに・・・門番の連中や・・・騎士のみんなも・・・っ・・・」
「えっと・・・あの・・・狩人さん?」
・・・何故か顔をひきつらせながら、ワルツが声を掛ける。
「一言だけ・・・聞いてくれませんか?」
「・・・?」
そしてワルツは意を決して言った。
「ルシアの言葉じゃないけど、みんな、まだ無事かも知れませんよ・・・?」
『えっ・・・』
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになった狩人が、思わずワルツの顔を見上げる。
「えっと、もう忘れてしまいました?前に私達が作った、緊急脱出用の通路のこと」
以前(2週間前)、サウスフォートレスに最初に80万の兵士たちが来た際に、地下空間とサウスフォートレスを繋いだ通路のことである。
その際、もしも、ワルツ達が80万の兵士たちを止められなかった場合は、その穴から地底に避難することになっていたのだ。
それが今回、天使たちの攻撃から逃れるために活用されていればいいのだが・・・。
「それに、狩人さんは見ましたか?誰か傷ついていたり、死んでいる姿を」
町を一周したというのに、瓦礫はあっても、死体は無かったのである。
どこかで生きているとしても、おかしくはなかった。
「そ、そうだっ!」
今更になってそのことに気づいた狩人は、よろめきながらも立ち上がって、時折、瓦礫に身体をぶつけながら、伯爵邸にあった脱出口の方へと走っていった。
(本当は、もう少し早く教えてあげればよかったんだけど・・・)
ワルツが精神的にボロボロになった狩人に眼を向けながら、そんなことを思うワルツ。
伯爵邸を見て落胆した狩人の様子に声が掛けられなかったということもあるが、何よりも、もしも皆が死んでいた場合、希望的な事を言っても責任が取れないという怖さから中々言い出すことが出来なかったのである。
「町が壊れちゃってたから私もすっかり忘れてた・・・」
(・・・そんなに印象が薄かったのかしら・・・)
狩人もルシアも、サウスフォートレスの地下に広がる大規模な罠のことを忘れていたことに、ワルツは頭を傾げるのであった。
「さてと、私達も狩人さんを追いかけましょうか・・・でも、その前に」
ワルツはそう言って、炎を吹き上げながら今も空に浮いているリングに目を向けた。
「ルシア?転移魔法を使ってアレを消すのって・・・やっぱり、難しいわよね?」
今、転移魔法を使えば、恐らくリングが再び戻ってくることはないだろう。
だが、ルシアは一度、完全に魔力を使い切って気を失ってしまっているのである。
「んーとね・・・無理じゃないかもしれないけど、どうなるか分かんない」
「そうよね・・・でも、私達が地下にいるときに、あのリングが落ちてくると対処できないし・・・」
(まぁ、落ちてきても守るべきモノはもう無いんだけどね・・・)
燃えさかる街の様子に眼を向けながら思うワルツ。
ただ、リングが落下した衝撃で地底の天井が崩落しないとも限らないので、地下に入る前に対処する必要があったのである。
「・・・ちなみになんだけど、ビームは撃てそう?」
ワルツは何かを思いついたようだ。
「ビームなら何発でも大丈夫だよ?」
・・・核兵器級の攻撃は何度でも出来るらしい。
「なら、あのリングをなぞるようにしてビームを撃ってもらえる?」
と真上を指さすワルツ。
「うん、いいよ」
そう言って空に向かって手を翳すルシア。
「えーっと。ちょっと待ってね」
そして、今にもビームを撃ちそうな妹を止めた後、ワルツはカーゴコンテナからビーフジャーキーを数本取り出して口に含んだ。
「・・・いる?」
どこか物欲しそうにしていたルシアに、ビーフジャーキーを一本だけ向けるワルツ。
「・・・でも、お姉ちゃんの大事なものなんだよね・・・」
いつも戦闘中に齧りついているのを知っているルシアは、遠慮気味に言った。
「大事って・・・いや、確かに無いと困るものだけど、まだ沢山あるし・・・」
と、ワルツはカーゴコンテナを開いて、中身をルシアに見せた。
「それに、狩人さんの持ってるアイテムボックスにまだまだ沢山入ってるしね」
なお、供給源は、ミッドエデンの乾物屋である。
・・・もちろん、税金で購入したものだ。
「・・・えっと・・・うん。じゃぁ、1本だけ」
そう言ってルシアはワルツからビーフジャーキーを受け取った。
・・・なお、必死になって瓦礫の中から地下に下るための入り口を探している狩人には内緒である。
そして食べ終わってから、改めてルシアは空に向かって手を翳した。
「いくよ!」
ドゴォォォォッ!!
・・・まるでワルツがノーモーションから荷電粒子砲を撃つかのように、掌から直径20mほどのマゼンタ色のビームを発射するルシア。
そして難なくリングを貫通していくビーム。
これがもしも、リングが健全な状態出会った場合、ここまで簡単にルシアの攻撃は通らなかっただろう。
(いや、そんなに強くなくてもいいんだけど・・・ま、折角撃ってくれてるんだし!)
ワルツも自分の作業を始めることにした。
反重力リアクターをブースト状態で起動した後、ワルツはルシアのビームの軸線上、特にビームがリングを貫通している部分に超重力を発生させた。
・・・すると、そこに向かって急激に流れこんでいく風、雲、飛行性の魔物、そして巨大なリングの破片。
(うわ・・・これ、早く方付けないと、この辺の空気が薄くなりそうね)
このままだと、自分たちの身を守った結果、天変地異を引き起こしてしまった・・・などということにもなりかねないだろう。
というわけで、急いで処理するために、重力制御の出力を更に上げるワルツ。
すると遂には、
ゴガガガガガッ!!
リングが自壊を初めて、ビームの方へと崩れ落ちていった。
「ルシア。なぞるように動かして!」
「うん!」
すると徐々に移動していくビーム、そしてそれに応じて動いていくワルツの重力制御。
まるで、リングの形をしたホコリを掃除機で吸っているかのような様子である。
(うーん・・・もっと速度を上げないと先にリングが落ちてきそうね・・・)
浮力(揚力?)を失ったのか、今ではリングとしての形を保っていない構造物が落下を始める。
「ルシア。もっと早く動かしてもいいわよ。墜ちてくる前に方付けたいからお願いね」
「うん、分かった!ならっ!」
すると、ルシアのビームの発射位置が彼女の掌から急激に離れていった・・・。
そして、彼女からは随分と離れた位置で、
ゴォォォォォ!!
・・・ビームが爆ぜた。
いや、正確には爆ぜたわけではない。
急激に太くなったのである。
そして、直径500mほどのビームが、上空の構造物を襲う。
「これをっ!」
そしてルシアは、そのビームを薙いだ。
・・・結果、
「ちょっ・・・」
(これ・・・私がいた意味無くない?)
一瞬で、半分以上残っていたリングが無くなったのである。
「こんなんでいい?」
「・・・そうね・・・完璧だと思うわ・・・」
やはり、気絶する前と比べてルシアの魔力が極端に強くなってる気がするワルツ。
「うん!」
そんなワルツの懸念とは裏腹に、ルシアは嬉しそうに尻尾を振るのだった。
ようやく姉の役に立てた、そう思っているのだろう。
というわけで、空の障害物も無くなったので、狩人のところにワルツ達は戻ってきた。
(それにしても、王都から転移魔法で送られてきた手紙って、一体、誰が返信してたのかしらね・・・)
伯爵邸がいつどうして崩れたのかワルツには分からなかったが、つい2、3時間ほど前まで、王都からこの建物に向かって転移魔法による手紙が配達(?)されていたはずである。
(しかも、異常無しって返信してたんでしょ?・・・通信手の気が狂ったか・・・あるいは・・・)
あまり考えたくない可能性だったため、ワルツは思考を一旦停止することにした。
しばらく瓦礫の中を進んでいくと、狩人の姿が見えてくる。
すると彼女は、埋もれた出入口を見つけたらしく、必死になりながら瓦礫を取り除いていた。
「狩人さん、手伝います」
そう言って、狩人とルシアを一旦浮かせてから、周囲の瓦礫を吹き飛ばすワルツ。
「・・・すまない」
地面に下ろされた狩人が地下へと続く鉄の扉をこじ開けた。
表から中の様子を伺う限りは、通路が崩落しているといったことはないようだ。
「・・・先に行く」
そう言うと、躊躇なく真っ暗な通路へと足を進める狩人。
「・・・真っ暗なのに、よく入っていけるね・・・狩人さん」
「・・・きっと、みんなのことが心配なのよ」
まるで、地面に空いた不気味な口へと自ら飛び込んでいくような姿の狩人に、思わず呟くルシア。
なお、この通路を作ったのは彼女である。
「私達も行きましょうか」
「・・・うん」
暗闇が苦手なのか、姉の腕を掴むルシアだったが、意を決したようだ。
そしてワルツ達もそんな地下への通路に足を踏み入れたのである。
地底に繋がる地下通路に魔物や罠の類は一切なかった。
尤も、作ったのはワルツ達なので、そもそも、そんなものがあるわけはなかったのだが。
ただ、設置したはずの明かりが消灯していたのは、ワルツにとって解せないことだった。
数キロほど進むと、嘗て設置した地上の罠を制御するための司令室があった場所までやってきた。
するとそこで、狩人がとあるモノを前にして立ちすくんでいたのである。
『・・・』
それを見て、ため息を付くワルツと、眼を伏せるルシア。
何があったというのか。
「・・・アルタイルね」
結界の外側かもしれないというのに、彼の者の名前を口にするワルツ。
・・・そう、まるで洞窟を塞ぐようにして、扉のような形をした大きな金属の塊がそこに鎮座していたのである。
試しに、ルシアのイラストを追加してみたのじゃ・・・?




