プロローグ
今よりも少し先の未来。
コンピュータが発達して、人と同じように考えることのできるロボットたちが、数多く跋扈する世界で……。
日本のとある山奥に作られた研究所で、名も無きマッドサイエンティストが、12体の『ガーディアン』と呼ばれる戦闘マシンを作り上げた。
ガーディアンは一見すると普通の人間のようにも見えるのだが、その実は、人智を超えた力を発揮するヒューマノイドロボットで……。
時には途方も無い速度で地面を駆け、時には自由に空を飛び回り、時には水中を超音速で移動するという、いわゆる万能ロボットたちだった。
そんな彼らは、戦争をするために作られたわけではなかった。
なにしろ、兵器として致命的な欠点を備えていたのである。
そう。
心を持っていたのだ。
なお、この時代においても、確実性が求められる兵器に対し、不確実な"心"を搭載することは非効率的とされているため、兵器に心が搭載されている、などということはない。
では、彼らは一体何のために作られたのか。
それについては、彼らを作り出したマッドサイエンティストが、その理由を残すこと無くこの世を去ってしまっていた上、ガーディアンたちに搭載されていたデータベースにも、それに関する情報は残されていなかったので、知る術は無い。
つまり、誰も知らなかったのである。
それゆえに、何をすればいいのか分からず、途方に暮れたガーディアンたちは、自分たちが生み出された場所でありながら、創造主の故郷でもある研究所のある地を守ることに、自分たちの存在理由を生み出そうとした。
そして彼らは、名も無き自分たちの存在を、"ガーディアン"と呼ぶことにしたのだ。
殺戮兵器のように大きな力を与えられた彼らにとって、その力を有効的に活用するには、何かを守ることくらいしか、平和的にその力を行使できる用途が見つけられなかったのである。
とはいえ。
具体的に何かを守る活動をしているわけではなかった。
誰もいない山奥で、研究施設の周囲にあった森と湖の自然環境を見て回るだけの、ほぼニーt――穏やかな生活を送っていたようである。
なお、生活費は、マッドサイエンティストが残していった莫大な財産が資本だったりする。
そんな彼らのエネルギー源は、電力ではない。
人と同じく、食事によってエネルギー補給を行うのである。
しかも、凝ったことに、バランスの良い食事を怠って偏食ばかりを繰り返すと、病気のような症状を発症し……。
その上、腐ったものや食料に適さないものを口にすると、腹痛に襲われるという機能(?)まで搭載されていた。
そのため、自給自足ができない分の食料や消耗品の購入のために、彼らは人里へと降りて行くこともあったのだが……。
そんな彼らのことを、人間たちは、"ロボット"だと気づかなかったようである。
それほどまでに、彼らの見た目は、人間とそっくりだったのだ。
……しかし、そんな彼らの中に、一人だけ、例外的な人物がいた。
ズドォォォォォン!!
「あー、またやっちゃった……お姉ちゃんに怒られる……諦めよ……」げっそり
何かを壊した音と共に、研究施設の玄関で反省しているのか反省していないのか、良く分からない少女が一人。
彼女の名前はワルツ。
この物語の主役である。
金髪ショートの碧眼、身長155cm、15歳の少女で、顰め面で黙っていれば少年に見えなくもない容姿、と言えば、どのような姿をしているかは想像できるだろうか。
明らかに日本人離れたした名前と容姿ではあるが、彼女は一応、日本人である。
まぁ、中身は人間ではないが。
そんな、うなだれながら、ブツブツと呟きつつ、何やら後悔した様子で頭を抱えている彼女の周りには、なぜか玄関の部品が散乱していた。
どうやら、彼女は、何か大きなものを、玄関に勢い良くぶつけて壊してしまったらしい。
だが、彼女は何も手にしておらず、そればかりか、ぶつけたと思しき物体も、その場には無かったようである。
彼女は、一体、何をぶつけたというのだろうか。
ワルツが、玄関先でアタフタしていると……
「いい加減、家の立て付けがおかしくなりそうですね……ワルツ?」
建物の奥の方から、ワルツの姉に相当する女性が、呆れたように、そう口にしながら現れた。
彼女の口ぶりから推測するに、ワルツが建物を破壊するのは、これが初めてのことではないようだ。
そんなワルツの姉は、繰り返す妹の失態に対して、その柔和な表情を変えることなく……。
慣れた手つきで玄関の修理を始めて、3分と経たないうちに修理を終わらせてしまった。
「はい、これでおしまいです」
「ほんとっ、ごめん。お姉ちゃん……」
「いつも言っていますけど、修復用の部品さえ作ってくれれば、別に構いませんよ?カップラーメンができるよりも短時間で直せますし、何より、やることなくて暇ですからね……。でも、申し訳ないと思うのなら、装甲の隠蔽の練習を頑張ったらどうでしょう?」
彼女が口にした『装甲』――それは、『機動装甲』と呼ばれる、ガーディアンたちがそれぞれに持つ、彼らの本体の略称である。
ガーディアンたちは、それぞれ特有の機動装甲を有していて、『隠蔽』と呼ばれる技術を使って異相空間に機動装甲本体を格納し……。
そこから『人形』を出すことで、自分の姿を人の形に見せかけていた。
しかし、ワルツの場合は、ある事情でこの隠蔽ができなかったようだ。
それでも彼女が人間の姿をしていたのは、機動装甲の光学迷彩を用いて、本体の姿を隠し、そして人の姿だけを表示していたからである。
それは、つまり、彼女の本体である機動装甲自体は不可視なだけで、彼女の背後に、ずっと存在していることに他ならず……。
狭い通路や障害物に対して不用意に接近すると、先ほどの玄関のように削れてしまう、というわけである。
「無理無理。物理的に無理だと思う……」
「本体を異相空間に隠蔽すればいいだけはないですか?簡単ですよね?」
「いや、そんな機能、私に付いてないから。お姉ちゃんも知ってるでしょ?」
そう言いながら、顔の前でブンブンと手を振るワルツ。
予備知識がない状態で2人の会話を聞くと、まったくもって非常識な話をしているように聞こえるかもしれないが、前述の通り、この時代においては、異相空間へと出入りするというのも、不可能な話ではない。
……新東京ドーム5個分ほどの莫大な空間と、一国の国家予算にも匹敵するほどの資金があれば、の話だが。
つまり。
人とそれほどサイズの変わらないロボットの中に、異相空間アクセス用のシステムを搭載するのは、常識的にはありえない話だったのだ。
ところが、彼女たちを作ったマッドサイエンティストは非常識を超えた天才だったようで……。
ほとんどのガーディアンたちの身体には、その体内に内蔵できるほどに小型化された異相空間アクセスシステムが搭載されていたのである。
もしかすると彼女たちの製作者は、ガーディアンたちが人々の間で生活していく上で、このシステムが必要不可欠になる、と考えていたのかもしれない。
とはいえ。
機動装甲を異相空間に隠すことのできないワルツのように、一部の者たちには、このシステムが搭載されていなかった。
ただ、その代わり、彼女たちには、他の者達とは少々毛色の異なるシステムが搭載されていたようだ。
「でも……あなたには、私たちよりもずっと高度な、『空間制御システム』が搭載されているでしょ?」
「うん、それはそうなんだけど……」
「使い方が分からないなら、それこそ練習あるのみだと思うけれど?」
「うん……」
末っ子(?)のワルツは、これまでに作られてきたガーディアンの中でも、集大成と言って過言ではない存在のはずだった。
何しろ、身体の細部には、他の者達にはない様々な工夫が施されているほか、『空間制御システム』と呼ばれる、いかにも怪しげなシステムが搭載されていたのだから。
しかし、どういうわけか、彼女はこれまでの人生(?)の中で、一度たりとも、このシステムの起動に成功したことが無かったようだ。
結果、ワルツは、いつの間にか、それを使う練習自体をしなくなってしまったようである。
「本体を隠せないと……いつか大変な事になっちゃうかもしれませんよ?」
「うん……じゃあ練習してみる」
ワルツとしては、あまり乗り気ではなかったようだったが、常日頃から迷惑をかけっぱなしの姉の言葉を無下にするわけにもいかなかったらしく……。
彼女は、仕方なく、姉の言葉に従うことにしたようだ。
◇
それから昼食を摂った後。
再び玄関を壊さないよう、機動装甲を絶妙な体勢で傾けながら外へ出て……。
そして、研究所の庭までやって来たワルツ。
その際、彼女の練習に参加するためか、姉も一緒についてくる。
「無理しちゃダメですよー?」
「うん。まぁ、どーせ、何も起こんないと思うから、大丈夫だと思うけどねー」
柔和な表情で心配そうな言葉を向けてくる姉に対し、ワルツは適当な様子で頭の上で手を振ってから……。
システムの起動のテストを始めた。
「エネルギー充填開始……フライホイール接続、85、90、95、100%、完了。予備動力チェック……完了、システムオールグリーン。安全装置解除。……ふーん。良い感じじゃない?」
視界の中にあったシステムの状態を表す半透明な文字が、すべて緑色の"OK"という文字に変わっているのを見て、ワルツは成功を確信した。
今まで一度も成功することがなかった、空間制御システムの起動シーケンス。
これまではシステムへの動力伝達すらうまくいかなかったにも関わらず、今日は何の問題も無く成功したのである。
「(もしかして、15歳になったら使える、的な?)」
と、先日訪れたばかりの誕生日のことを思い出すワルツ。
彼女は、それと同時に、15歳で成人として認められる設定の物語のことも思い出していた。
――中世のヨーロッパの雰囲気を漂わせる、こことは違う世界の物語を。
そして彼女は、まるで誕生日プレゼントをもらった子供のような笑みを浮かべながら、エネルギー充填が完了した空間制御システムに、実行コマンドを送ったのである。
……だがこの時、彼女は大きな失敗を犯してしまう。
この失敗こそが、『事象の地平線』を跨いだ、すべての世界で始まる物語のトリガーであるとも知らずに……。
ブゥン……
「……えっ?ワルツ……どこ?」
突如として庭から姿を消してしまった妹を探す、ワルツの姉。
……そう。
この瞬間、彼女の妹は、機動装甲ごと、この現代世界から消え去ってしまったのだ。
書き始めて3年後の妾が修正したのじゃ。
もはや別人が書いた文としか思えぬのじゃ……。