5後-21 説得失敗
急速に高度を落としていくエネルギア。
「テンポ?アンコントローラブル?」
『いえ、辛うじて。ですが、核融合炉3機中2機が停止しました。分子ポンプが振動で損傷を受けたため、炉内の真空状態が保てなくなったようです』
「・・・そう。なら、飛行状態維持のための機能と出力は確保できているのね?」
『はい。今のところ飛行自体には問題ありません。ですが、王都に到着し次第、現在稼働中の炉も含めて点検が必要かと』
どうやら、墜落という最悪の事態は免れそうである。
「そう・・・。今は、とにかく高度を落として、これ以上攻撃されないようにして」
『分かりました』
敵の攻撃はどうやら水平に近い場所から飛んできているようなので、高度を落とせば山や森の死角となって当てられないはずである。
例えそれらを貫いてきたとしても、障害物によって十分に減衰されていれば、重粒子シールドでどうにかなるだろう。
「艦橋で怪我人が出てたりはしないわよね?」
『はい。皆さん、シートベルトを着けていたので、問題はありませんでした。自室で眠っておられるテレサ様にも問題はございません』
現代世界の風習が今回は役立ったようだ。
「了解。なら、王都までの経路とかは任せるから、とにかく安全を優先で飛んで頂戴」
『畏まりました』
「あとは、リアと僧侶ちゃんね」
・・・なお、剣士のことはすっかり忘れているようである。
ワルツは突然の揺れから重力制御で守っていたカタリナを地面に下ろした。
「ありがとうございます。えっと、2人・・・いえ3人のことですが、念のためベッドにベルトで固定してあるので問題はないかと」
そう言いながら医務室の扉を開けて中に入るカタリナ。
すると彼女の言った通り、3人共ベッドに縛り付けられていたので、急な揺れで怪我を負うことは無かったようだ。
だが、
「ひっ・・・あ、貴女たちは誰ですか!こ、ここはどこですか!?何で揺れてるんですか!!??」
ワルツ達のことを知らない、といった様子の僧侶。
エネルギアの中にいることを知らないのは気絶していたので仕方がないとしても、ワルツたちのことすらも分からない、というのは、一体どういうことなのだろうか。
「カタリナ?もしかして、さっきの話って・・・」
「・・・はい。ですが、記憶喪失では無さそうです。あまり考えたくないことですが、勇者様方と行動されていたころからずっと魔王アル『ピー』ルが取り憑いていたのではないでしょうか?」
ピーの部分を声で表現しようとするカタリナ。
なお、ワルツの場合は完全な電子音である。
「カタリナ・・・かわいいわよ」
「・・・」
どうにか無表情を保ちつつも、顔を赤らめるカタリナ。
どうやら、本人も言っていて恥ずかしかったらしい。
「・・・なるほどね、事情は分かったわ」
そう言うとワルツは、エネルギアが十分に高度を落としていて、揺れなくなったことを確認した後、重力制御を使わずに素手(?)で僧侶のベルトを外した。
そんなワルツの様子に、何故かぽーっとした表情を向ける僧侶。
「・・・ごめんなさいね。何点かお話を聞いたら、故郷に帰れるように手配するから」
「えっ・・・えっと・・・すみません・・・」
何故か大人しくなった僧侶に対し、ワルツは苦笑を浮かべるのだった。
そして、彼女をベッドの縁に座らせて、カタリナの視診を受けさせながら、ワルツは問いかける。
「勇者って、知ってる?」
勇者パーティーに居たことを覚えている?とは聞かない。
もしも、覚えていなかった場合、単に混乱するだけだからである。
「えっと、悪い魔王や魔神を倒す人間の味方ですよね?」
「・・・そうね。そうだと思うわ」
むしろそうであってほしいと思うワルツ。
彼女の脳裏では、イラッとする某国の王がニヤリとした笑みを浮かべていた。
「何かあったんですか?その・・・勇者・・・様と私が」
後付けで、『様』を付ける僧侶。
そんな僧侶の反応を見る限り、彼女は勇者たちと共に行動していたことすらも覚えていないようだ。
「・・・その表情だと、勇者に何か思うことでもあった?」
何故か『勇者様』、と言い難そうな彼女に問いかけるワルツ。
すると、僧侶は意外なことを口にした。
「私・・・実は勇者様のことが嫌いなんです」
「・・・どうして?」
「えっと・・・これから言うこと、秘密にしてくれます?」
「えぇ。もちろんよ」
(・・・もう少し、人を疑ったほうがいいわね僧侶ちゃん・・・)
などとワルツが考えていると、彼女は髪留めを外した。
すると、とあるものが顕になる。
「・・・鬼ね」
僧侶の髪の陰から現れたのは、2対の小さな突起・・・つまり、角だった。
「はい。故郷に戻してくれると聞いたのでお見せしました。私の故郷は、魔王ベガの領地にある、とある隠れ里です」
「ベガ・・・いたわね。そんな魔王」
一輪の立派なバラを身代わりにして転移した魔王を思い出すワルツ。
(ということは、僧侶ちゃんがミッドエデン出身だって話は、やっぱり取り憑いていたアルタイルの嘘だったって事でしょうね)
この話をしていたのは、賢者だったので、やはり最初から勇者を含めてアルタイルが騙していたのだろう。
そして僧侶は話を続ける。
「私の故郷には、勇者によって傷つけられた仲間達がたくさんいます。私の父上や兄もその一人なんです」
「そう・・・ちなみに何で勇者と戦いになったとかって聞いてる?」
「はい。勇者は我らの領地を理由もなく犯す侵略者で、父上達は彼らから領地を救おうとしたのだと・・・」
「そうね・・・そうなんでしょうね・・・」
見る方向が変われば、見えるものも変わってくる。
そのよい例だろう。
「なんか、すみません」
僧侶の話を聞いて、小さく謝る元勇者パーティーメンバーのカタリナ。
恐らくは、勇者たちと一緒に、鬼退治をした記憶でもあるのだろう。
「ま、何事も見る角度の問題だから、そんなに難しく考える必要はないと思うわ」
僧侶に謝罪するカタリナのフォローをするワルツ。
「?」
僧侶には一体何でカタリナが謝っているのか分からなかったようだ。
「・・・いいわ。そこまで貴女を送りましょう」
そんなワルツの言葉に、
「・・・でも・・・やっぱりいいです」
と、眼を伏せながら答える僧侶。
「私、一人前になるために、里を抜け出してきたんです。だから、本当は故郷に返していただかなくても構いません。いえ、今帰ってはいけないんです」
・・・もしかすると、彼女は、家出同然で里を抜け出してきたのかもしれない。
そんなところをアルタイルに攫われた(?)のである。
運が無かったとしか言いようが無いだろう。
「えっと・・・なら、ミッドエデン・・・って分かるかしら?」
「ミッドエデン・・・?」
「私達の国よ。そこの王都で下ろす、というのはどうかしら?」
「・・・下ろす?」
医務室を含めて、エネルギアには一切窓がないのである。
僧侶はそもそも自分が空を飛んでいることすら知らなかったのだ。
「そうね・・・説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いでしょうね。でもその前に・・・」
そしてワルツは僧侶に対して、実は3、4ヶ月ほど、とある魔王に取り憑かれていた、ということを説明した。
「・・・信じられません」
彼女が昨日だと思っていた記憶は、実は数カ月前の話なのである。
受け入れられなくて当然だろう。
「ま、今すぐ受け入れる必要はないわ。なんだったら、そんな事実は無かったんだって思ってもいいと思う。時間はあるんだから、ゆっくりと考えればいいのよ」
「・・・はい」
そんなワルツの言葉に、僧侶は目を瞑って深く深呼吸をした。
「・・・さてと」
記憶のない僧侶には、色々説明しなくてはならないことがあった。
例えば何故、この部屋が揺れたのか、などである。
「カタリナ?私はこれから彼女をつれて艦橋に戻ろうと思うけど、貴女はどうする?」
するとカタリナは、
「そうですね。私はまだ、兵士がゾンビ化した原因の調査が残ってるので、ここに残ろうと思います」
内部でブクブクと泡が踊る怪しげなシリンダーに視線を向けながら、カタリナはそう口にした。
「あまり、根を詰め無い方がいいわよ?」
「えぇ。大丈夫です。好きでやっていることですので」
「そう・・・ほどほどにね」
シリンダーに浮かぶ肉塊に対して鋭い視線を向けるカタリナを、ワルツはそのままにしておくことにした。
というわけで、艦橋に戻ってきたワルツと僧侶。
・・・さて、今まで空を飛んだことのない(記憶のない)者が艦橋から見える景色を望むとどうなるのか。
「・・・うわぁ・・・」
思わず、艦橋の壁に張り付く僧侶。
「リティアちゃん元気そう」
ルシアが、座席に座ったまま、僧侶の方に近づいた。
ちなみにだが、艦橋にあった座席は床に設置された重力制御装置の効果で浮かんでおり、艦橋の中であれば自由に移動することが出来た。
そして緊急時には、超重力で床に固定されるため、先ほどのような急な揺れにも即座に対応出来るのである。
最悪、エネルギアが墜落して大きな衝撃が発生した場合でも、広い艦橋の空間を利用して、可能な限り衝撃を吸収するダンパーとして機能するので、上から物が落ちてこない限り、椅子に座ってベルトをつけている状態がエネルギア内では最も安全であった。
雰囲気としては、タイヤの無い車椅子、といったところだろうか。
さて、ルシアが僧侶の方に近づいていくと、最近の記憶がない僧侶は当然の如くこんな言葉を口にした。
「・・・すみません。どなたですか?というか、リティアって誰ですか?」
・・・どうやら、僧侶の名前はリティアではないらしい。
恐らくは彼女は僧侶ですら無いのだろう。
「えっ・・・」
彼女の記憶が無いことに、思わず閉口するルシア。
「えっと・・・ルシア?それにみんな。言っておかなければならないことがあるんだけど、いいかしら?」
すると、皆、ワルツの方に視線を向けた。
「実は・・・ずっと彼女にアル○○ルが取り憑いていたみたいなの・・・。それで今は抜けたから問題ないんだけど、そのせいで最近の記憶が無いみたい。だから、彼女と接するときはその辺ちゃんと考えて接してね」
(なんか、そう考えると、アルタイルって、天使みたいなものなのかもしれないわね・・・)
賢者やシルビアに取り憑いていたという天使を思い出しながら、ワルツはそんなことを考えるのだった。
ワルツの言葉に最初に反応したのは、僧侶(?)に近づいていたルシアである。
「えっ・・・ええ?!」
・・・まさに混乱真っ只中、といった様子である。
「じゃぁ、私、ずっとアル・・・『ピー』ルと遊んでたってこと?」
もう少しで『アルタイル』と言いそうになっていたルシア。
だが、『アル』まで言って、その後に『例の魔王』と言えなかったらしく、ワルツのように『ピー』を使うことにしたようだ。
(うん・・・この辺は歳相応って感じね。やっぱり、カタリナの方が見た目とのギャップがあってかわいいわね)
と思いつつも、ルシアの言葉に答えるワルツ。
「んー、まぁ、そういうことになるのかしら・・・」
ドサッ・・・
ワルツの言葉を聞いて、へたり込むルシア。
「・・・騙された?」
そして、ルシアから可視できるほどの魔力が漏れ出し始める。
「ひぃっ・・・!?」
これまでに、これほど莫大な魔力を見たことが無かったのか、僧侶(?)はこれ以上バックできないというのに、艦橋の壁の方に後退りを始める。
「ルシア。驚いているのは、貴女だけではないわ。多分ここにいる皆がそうだと思うの。もちろん、私だって同じよ。だから、まずは落ちつきましょう?」
そう言いながら、魔力が漏れだしているルシアの髪を撫でるワルツ。
すると、徐々に彼女の魔力が収まっていった。
「・・・なんか悲しい・・・それに悔しい・・・」
「そうね・・・私もよ・・・」
(・・・でも、最初から僧侶ちゃん(?)に取り憑いていたとするなら、何でアルタイルは皆に手を出さなかったのかしら。命を狙うなら、いくらでもチャンスはあったはずなのに・・・)
本当に暇だっただけなんじゃ・・・などと思いながら、ワルツは僧侶(?)の方に眼を向けた。
すると、
「・・・す、すごい・・・凄いです!」
・・・何故かルシアに熱い視線を送る僧侶(?)。
どうやら、彼女の圧倒的な魔力に、関心したらしい。
そして、今度は、視線をワルツの方に向けて言った。
「貴女が、このパーティーのリーダーですね?」
「・・・えっとー、そうみたいね・・・?」
そんなワルツの言葉に、周りの仲間達が『えっ、違うの?』といった様子で視線を送ってくる
「なら、お願いがございます。私を仲間にしていただけませんか?」
「・・・でも、あなた、勇・・・いえ、何でもないわ」
あなた勇者パーティーのメンバーじゃない、とは言えなかったワルツ。
いつかは言わなくてはならないことだが、今言う必要は無いだろう。
「・・・みんなはどう思う?」
ワルツが仲間達に問いかけると、
「ワルツが考えているようにすればいいさ」
「ワルツ様の決定に従います!」
「先輩に同じく!」
「お任せします」
そして最後に、
「・・・新しく、お友達になってくれる?」
ルシアは、ワルツではなく、僧侶(?)に問いかけた。
「えっと、はい。私で良ければ」
そして微笑を浮かべる僧侶(?)。
「うん!」
ルシアもそんな僧侶に満面の笑みを返すのだった。
「・・・なら、貴女を歓迎しましょう。でも・・・いいかしら?」
そしてワルツは難しい表情を僧侶(?)に向けた。
僧侶(?)の方も、実は何か難しい試験があるんじゃないか、などと構えたのだが・・・。
「・・・貴女、名前は?っていうか、名前が分からなくてさっきから呼びかけ難かったんだけど・・・」
「えっ・・・あ、すみません!名乗るのを忘れていました」
そう言うと僧侶は姿勢を正して言った。
「皆様、私の名前は『シラヌイ』と申します。今後共、よしなにお願いします!」
そう言って深々と例をするシラヌイ。
(不知火ね・・・まぁ、日本語がある世界なんだから、そういう名前があって当たり前なんだけど、いざ出てくると、なんとも違和感があるわね・・・)
・・・完全に、先入観である。
「分かったわ。シラヌイ。これからよろしくね」
「はい。えっと、よろしく願いします!」
ところで、である。
「・・・ちょっと聞きたいんだけど、貴女、口癖で『ふえぇ〜』とか『はわわ〜』とか言ったりする?」
「えっ・・・いえ、そんな子供っぽいことは言いませんが・・・」
と、ルシアよりも背が小さいシラヌイが返答する。
どうやら、『ふえぇ〜』や『はわわ〜』はアルタイルの口癖らしい・・・。
「もう一つだけ・・・失礼かもしれないんだけど、貴女何歳?」
何故ワルツはそんなことを聞いたのか。
・・・彼女の受け答えが、どう考えても、見た目相応ではなかったからである。
「お姉さま。レディーにそういったことを聞くのは失礼では?」
「失礼かもって言ったじゃん・・・っていうか、私もレディーなんだけど?」
「えっ・・・初めて知りました」
「ちょっとまって。それは私の体型に対する挑発と考えていいのかしら?」
ゴゴゴゴゴ・・・
いつも通りに始まったワルツとテンポのやり取りに対し、
「いや・・・あの・・・別に年齢を隠すつもりはありませんよ?」
と、シラヌイ。
「私は今年で、15歳ですね」
その言葉を聞いた瞬間。
『・・・』
ワルツとテンポが固まる。
「ん?どうしたんだ2人共?」
「いえ・・・何でもないわ」
「はい。お騒がせして申し訳ありません・・・」
狩人の問いかけに、どこか反省した様子で答えるワルツとテンポ。
どうやら、思っていたよりも随分年齢が低かったようである。
(・・・同い年なのに、なんか、私のほうが幼い気がしてきた・・・)
人知れず、心にダメージを受けるワルツ。
どうやらそれはテンポも同じのようである。
「さて、テンポ。現状を報告して頂戴」
シラヌイの一件があったが、ワルツ達は今、攻撃を避けて、低空を飛行している最中なのである。
深い森の上空数百mの場所を、山と山の隙間を縫うようにして飛行してくエネルギア。
入り組んだ谷間を、まるでレールの上を走るようにして飛ぶためには、相当な操縦技術が必要になるのではないだろうか。
しかも、主機に損傷を受けた状態で、である。
だが、そこはワルツのコピーであるテンポ。
ワルツの質問に受け答えしながらエネルギアを操縦する彼女の姿は、まさに『片手間』といった様子であった。
「攻撃は右舷推進用タービン吸気側ダクトに直撃し、重粒子シールドを貫いた後、機体表面で爆発した模様。その際、機体本体に過剰な負荷がかかり、重力制御の制御範囲を超えたため、揺れを生じさせたようです」
「攻撃の種類は?」
「詳細は不明ですが、破片等が見つかっていないところから、HE等の実体弾ではなかった可能性があります。恐らくは、ルシア様の魔力粒子系攻撃魔法と同様の攻撃ではないかと」
「計算上はルシアの攻撃にも耐えられるのに・・・」
だが、今回はその想定を超えた攻撃を受けたのである。
一体どういう攻撃だったのかはさておき、エネルギアを脅かすような攻撃があることを認めざるを得ないだろう。
「それで、どこから攻撃されたかは判明してるわけ?」
「はい・・・ですが・・・」
どこか言い難そうな表情で狩人の方を向くテンポ。
「・・・いや、もう何となく解ってるんだ。だから言ってくれ」
「・・・サウスフォートレス方面です」
「・・・そうか」
そう言って、月が浮かぶ空を仰ぎ見た後に、眼を閉ざした狩人。
賢者天使(?)の言葉からも推測できる通り、何者かがサウスフォートレスの方向で何らかの行動を起こしているのは間違いないだろう。
ただ、現時点で、サウスフォートレスに何かがあったとは断定することは出来なかった・・・。
いや、したくなかった、と言うべきか。
「・・・コルテックス。聞いているわね?」
ワルツが艦橋の中で声を上げた。
すると、
『はい。ですが、まだ転移魔法使いからの連絡は入ってきておりません』
間髪入れずにコルテックスが返答してきた。
実は、賢者天使からの情報について相談した際から、緊急事態ということで、エネルギアと音声通信を繋いだままにしていたのである。
「えっ・・・コルちゃんとも話が出来るの?」
『はい。ちゃんと会話できますよ〜』
『もちろん、私も聞いてるわよ』
「レラちゃんも・・・凄い・・・いつでも話せるんだね」
今になって、無線機の重要性に気づいた様子のルシア。
(・・・どうしようかしらね・・・プライベート通信にも対応した方がいいのかしら・・・)
子供が通信機を持つ事のリスクを考えるワルツ。
とはいえ、現代世界とは違い、不特定多数と繋がる訳ではないので、それほどリスクがあるわけではないのだが。
「・・・サウスフォートレスにも、あればよかったんだがな・・・」
『狩人様〜。その件ですが〜、現在、配備に向けた試作通信機の製作中です。もう1ヶ月ほど時間をいただければ、ミッドエデン全土を繋ぐ通信網が出来上がるかと思います』
「そうか・・・助かる・・・」
コルテックスの言葉に、力なく答える狩人。
彼女にとって問題は、今、サウスフォートレスがどうなっているか、なのである。
「エンデルシア国王・・・の使いの天使が言っていた『国にいれば皆の安全を保証する』っていう言葉が、今回のエネルギア攻撃にあったとするなら、サウスフォートレスに向かうのは私一人がいいんでしょうね・・・普通は」
どう考えても、無理をしている様子の狩人に向かって、ワルツは言った。
すると、堰を切ったように狩人が話し始める。
「・・・ワルツ、私を連れて行ってもらえないだろうか?そのせいで私が死んでも構わない、なんて馬鹿なことは言わない。ワルツを信じてるからな。だが、その結果、私がどうなろうとも、ワルツのことを憎んだりしない。だから、頼む。この通りだ」
そう言って頭を下げる狩人。
そんな彼女の言葉に、
「・・・ふふっ」
思わず笑みを零すワルツ。
「なんか私の安全が入っていない気がするんですが・・・。まぁ、エネルギアを沈める程度の攻撃では、私はびくともしませんから連れて行くこと自体は構いませんよ。・・・むしろ、直ぐにサウスフォートレスへ向かえなくてごめんなさい、狩人さん」
「いや、仕方の無いことだっていうのは解ってるんだ。人口を考えても、80万のゾンビ化した人々や、エンデルシアの人々を助けることを優先するのは仕方ないことだと思う。それに普通なら、こんな短時間でエンデルシアやメルクリオ、それにミッドエデンを行き来できないからな。1日や2日程度待ったくらいで文句なんて言わないよ」
そう言って、苦笑を浮かべる狩人。
心中では穏やかではないが、焦っても仕方が無いと自分に言い聞かせているのかもしれない。
「・・・というわけだから、ちょっとサウスフォートレスに行ってくるわね」
「えっ・・・私は?」
今度はルシアから声が上がる。
彼女と離れて行動するというのは、ワルツにとっても初めての事だった。
だが、先ほどのような攻撃が頻繁に飛んでくる戦場に、大切な妹を連れて行くわけにはいかなかったのである。
「・・・えっと、ルシア?」
ワルツはルシアを説得するための言葉を紡ごうとした。
だが、その前に、ルシアが口を開く。
「・・・絶対、追いかけるから。お姉ちゃんがどこに行っても、絶対に追いかけるからっ!」
「・・・」
(間違いなく、地の果てまで追いかけてくるでしょうね・・・というか、次元の壁くらいなら簡単に超えて来そうよね・・・)
さてどうしようか、と考えるワルツ。
カタリナに頼んで無理やり薬物で眠らせたり、狩人に頼んで気絶させたり・・・など、どうにかしてルシアをエネルギアに置いていくことは出来ないか、と考えて見たものの・・・
(・・・無理。絶対、無理・・・。どう考えても、ルシアを無力化出来ない・・・)
バングルなどの装備や彼女自身の魔力をどうにかしない限り、どうしようもなさそうである。
最早、並みの魔王よりも遥かに強くなっているのではないか、などと思うワルツ。
少なくとも勇者には、瞬殺で勝てることだろう。
「・・・分かったわ。一緒に行きましょう。でも、絶対に離れたりしちゃダメよ?」
「うん!私がお姉ちゃんを守るんだから!」
「そ、そう・・・お願いね・・・」
・・・結局、ワルツは、ルシアを説得できなかったのだった・・・。
エネルギア絡みて、サウスフォートレスの方向が完全に山の陰に入った際に一旦停泊させ、ワルツ、狩人、ルシアの3人は、そこから飛び立つことにした。
開かれたタラップの前に立った3人に対し、別れの挨拶(?)をする仲間達。
「テンポ。後はお願いね」
「ご武運を・・・というか、皆殺しにしないようにお願い致します」
「・・・前向きに検討するわ」
といつも通りのやり取りで見送るテンポ。
ユリアとシルビアも、
「ワルツ様!情報収集は私達にお任せください!」
「・・・でも先輩・・・どうやって情報収集するんですか?一緒に行けないのに・・・」
「・・・気合?」
「・・・気合ですね。分かりました!」
ゴゴゴゴゴ・・・
「いや、あまり力みすぎると、頭の血管切れるわよ?」
時折、意味不明な事を口走る2人。
だが、何だかんだ言って諜報活動をしているようなので、今回もまたどこからか情報を仕入れてくるのだろう。
「ワルツさん。ゾンビの件はお任せください。戻るまでに原因を突き止めてみせます」
「・・・うん。お願いねカタリナ。リアのこともね」
「もちろんです」
・・・やはり、剣士のことは忘れているワルツ。
「なんか・・・凄いパーティーですね・・・」
「ま、いつもこんな感じよ。貴方も早く慣れたほうがいいと思うわ」
「はあ・・・」
果たして、自分にできることはあるのか。
ワルツパーティーに入って誰しもが最初に悩むことを、参加初日から悩み始めた様子のシラヌイ。
「じゃ、テレサが眼を覚ます前に帰ってくるから、そのつもりで・・・」
そしてタラップに立ったワルツは大切なことを思い出したかのように、振り向いて言った。
「・・・フラグは立ってないわよね?」
こうしてワルツ達はサウスフォートレスへと飛び立ったのである。
・・・その際、
「うわっ・・・、ワルツさん達が飛び降りて・・・えっ・・・」
宙に浮かぶ機動装甲と仲間達を見て、シラヌイが閉口していたのは言うまでもないだろう・・・。
5章が終わらないので圧縮した模様。