5後-20 大破?
「作戦は継続中です」
天使は短く告げた。
一体、どういった内容の作戦が継続しているというのだろうか。
「・・・他に情報は?」
「主様は魔神ワルツが一人で向かえと仰られておりました。その間、仲間達の安全は保証するとも・・・」
「・・・それ、情報じゃなくて、降伏勧告か、脅迫じゃないの?」
「そこまでは聞かされておりません」
「・・・はぁ・・・」
ワルツは眼と口を閉じて、ホムンクルス達と相談することにした。
『・・・というわけだけど、どう思う?』
今までの出来事を、無線機を使った高速データ通信で伝達した後、ワルツは秘匿回線で問いかけた。
『お姉さま自身のことはともかく、皆様がエンデルシア国王に利用されないかどうかを疑っていらっしゃるのですね〜?』
『だって、あの国王よ?危なくない?・・・っていうか、コルテックス。サウスフォートレスは本当に無事なの?』
『はい。今のところ、転移魔法による手紙の伝達は恙なく行われていますよ〜?』
『実は天使が代筆して返信してる・・・なんてことはないわよね?』
『サウスフォートレスの通信手の筆跡に変わりは無いので、恐らくそれはないかと〜。現在、サウスフォートレスに向けて偵察のための転移魔法使いを派遣しているので、少々お時間をいただけましたら、詳しい情報が提供できるかと思います」
『無事に帰ってくればいいけど・・・。それで、どう思う?罠だと思う?』
すると今度はストレラから返事が帰ってきた。
『今、カノープスのおじさんに聞いてみたんだけど、エンデルシア国王は、一応それなりには信頼できる人みたいよ?ただ、国に仇なす者の場合はその限りじゃないみたいだけど・・・』
『・・・うん。つまり、信用出来ないってことね』
『日頃の行いじゃない?』
『・・・うん・・・後悔してる・・・』
今更になって、普通に臨検を受けて国境を越えればよかったと思うワルツ。
『なら、全部無視してサウスフォートレスに特攻かければいいんじゃね?』
一見すると乱暴とも取れる提案をしてきたのはアトラスである。
『それも手なんだけど、もしもエンデルシア国王が本当に厚意で言ってた場合ね。つまりその場合って、サウスフォートレスに何か罠のようなものがあって、他の皆には行かせたくないって考えたってことでしょ?』
何れにしても、恐らく神々にとっての討伐対象になっているワルツに、安全は無いだろう。
『うーん・・・なら、一旦王都に戻ってくるとか?』
『現時点で一番有効なのはそれかなって思うんだけど・・・王都って安全なのかしら・・・』
『ちょっ・・・』
エンデルシア国王が開示したのは、飽くまでもサウスフォートレスに関してのことだけである。
ミッドエデンの王都について、天使は何も言っていないので、襲われる可能性は否定出来なかった。
『・・・まぁ、冗談だけどね。王都には例のシステムも実装できたわけだし・・・全世界のどの場所よりも安全でしょ』
今ではワルツ達の本拠地になってしまっているミッドエデン王都。
前回、天使たちに襲われてから、王都防衛について考え直したのである。
その結果、どうなったのか。
・・・その詳細はいつか王都が何者かに襲われるような機会があれば、語られることだろう。
『では、戻るのですか?』
エネルギアの現操縦士であるテンポが問いかけた。
『・・・戻りましょうか』
やや間があってから、ワルツは決定を下した。
『じゃぁ、また後で。何か詳細が分かったら連絡してねコルテックス』
『承知いたしました〜』
そして、ワルツは再び眼を開けた。
周りで見ていた者にとっては、彼女が何か難しいことを考えていたように映っていたことだろう。
「分かったわ天使さん。でも、この国のお世話になるつもりは今のところ無いわ。今回は帰らせてもらうわね」
「そうですか。主には強制的に従わせるようには仰せつかっていないので、それでも構いません」
強制的に従わせるような選択肢も存在していた・・・ということだろうか。
「・・・そう。さてと、みんな?帰るわよ?」
ワルツが空を見上げると、いつの間にか太陽が地面に沈もうとしていた。
今朝まで降っていた雨も、この地方にとっては一過性のものだったらしく、随分と夕日がキレイに輝いている。
上空のジェット気流が日本と同じように西から東へ流れているとするなら、恐らく明日は朝からカンカン照りの残暑に見舞われることだろう。
・・・まぁ、この乾燥地帯に四季があればの話だが。
「それじゃぁ、勇者。国王たちへの対応は任せるわね」
「マジかよ・・・」
「えぇ、マジよ。それにゾンビ化してて、国王に会えてないんでしょ?ちょうどいいじゃない」
「いや・・・んー・・・まぁ、いいけどな・・・」
どうやら遂に勇者も諦めたようである。
「ところで剣士はどうするんだ?そのままここに置いて行かれても、回復魔法が使えるわけじゃないから困るぞ?」
「・・・ここに置いていって死なれても寝覚め(?)が悪いから、今回は私達が預かるわ」
「そうか・・・助かる。申し訳ないが、リアたちのことも頼んだ」
ワルツはすっかりリアや僧侶の少女の事を忘れていたが、勇者はしっかりと覚えていたようだ。
やはり、仲間が大切なのだろう。
「・・・あと、ニコルを知らないか?」
「知らないわよ。最初からいなかったから、王城の何処かに隠れてるんじゃない?」
ワルツ達が勇者ゾンビたちを見つけた時点で、賢者はいなかったのである。
彼女たちが賢者の行方を知っているはずもなかった。
すると、
「あぁ、賢者様でしたら・・・」
どうやら天使が何か知っているようである。
すると彼(?)は羽織っていたローブのフードを外した。
・・・その姿は、
『賢者(様)(殿)(さん)(ニコル)・・・?!』
「はい。私が顕現するための素体として利用させて頂いております」
髪が真っ白になってしまっていたが、天使の顔は紛れも無く賢者だった。
「ちょっ・・・エンデルシア国王が、賢者のことを天使化させたってこと?!」
「はい。私達天使は言わば霊体。そのままでこの世界に実体化出来ませんので・・・」
天使の言葉を聞いてシルビアに視線を向けるワルツ。
「いや、私も初めて聞きました」
「・・・つまり、貴女はいつの間にか天使の魂(?)に操られてたってことね・・・」
「そうなるんでしょうか・・・」
シルビアはまじまじと天使化した賢者の顔を眺めた。
天使だった頃の自分はこんな様子だったのだろうか、などと思い出しているのかもしれない。
そんな時、上空にいたエネルギアからテンポの声が飛んでくる。
『おや、ちょうどいい実験体が手に入りそうですね?』
実験体・・・つまり、堕天(除霊?)させる為の実験体として、賢者が使えるのではないか、というわけである。
「なるほどね・・・」
ちらっ
「・・・!」
ワルツが視線を向けた瞬間、天使は眼を大きく開いて、一瞬にして姿を消した。
命の危険(?)を感じて、転移魔法で逃げたようである。
「残念だったわね。カタリナが居れば、転移防止結界も張れたんだけど・・・」
「頼む・・・仲間を実験材料にしないでくれ・・・」
切実な様子で訴えかけてくる勇者。
「なら、今度は勇者が天使になることね。そうすれば、勇者の仲間達が犠牲になることは無くなるわよ?」
「それ、無理だろ・・・っていうか、天使ならその辺にたくさんいるだろ。そいつらを使えよ」
「あ、なるほどね・・・。もう実験台になってもらったけど」
『えっ・・・』
思わず声を上げる一同。
そう、既に実験は終わっていたのだ。
例えば、パラメトリックスピーカーを使った実験である。
試しに、天使自身が喋っているかのように見せかけて寝ている天使の声帯を振動させてみたが、結局何も起こらなかった。
その他にも堕天使そうなことを試しては見たものの、何れの方法でも堕天させることは出来なかった。
一部の天使が全身に何やら血のようなもので謎の紋章が書かれていたり、世紀末な感じで髪の毛がウニのように尖っていたり、『神』と書かれた木の板が足の裏に貼り付けられていたりするのは、その実験の犠牲になったためである。
どうやら堕天する(させる)には、自分の意志で禁句を喋るか、あるいはテレサの言霊魔法を使うしか無いようだ。
・・・なお、もちろんのことだが、背徳的なことについては試していない。
「いつの間に・・・」
「えっ・・・それはもちろん、勇者に八つあ・・・いえ、何でもないわ」
「お前、今、俺に八つ当たりとか言わなかったか?」
「さてと、そろそろ帰るわね。なんか、国王達が来そうだし」
ワルツには遠くの方から何やら人が大勢やってくるのが見えていた。
「あ、狩人さん。テレサをお願いしますね」
そう言って既に剣士を担いでいる狩人に、テレサのことも任せるワルツ。
いつの間にかテレサは宙に浮いたまま眠ってしまっていた。
「あぁ、分かった。任せてくれ」
「じゃぁ、ルシア。皆をエネルギアの艦橋に転移させてもらえる?」
「うん!」
すると、一瞬で姿を消す仲間達。
「じゃ、後はよろしく。テンポ出発よ!ハッチを開けておいて!」
『承知しました』
「ルシア、行くわよ?」
そう言ってルシアの身体を掴むワルツ。
すると、
「ばいばい、勇者のお兄ちゃん」
勇者に向かって小さく手を振るルシア。
「そういえばルシアちゃん?『あのこと』って何のことぉぉぉぉぉ・・・」
地面に置き去りにされ、遠ざかっていく勇者の声。
何か叫んでいたようだが・・・気のせいだろう。
そしてワルツは、エネルギアが超音速飛行に移る前に、空いていたタラップから乗り移ったのだった。
「さてと、まずは王都に戻りましょうか」
艦橋の艦長席に着いたワルツが、同じく艦橋に揃っていた仲間達に声をかけた。
すると、
「ワルツさん、リティアちゃんが眼を覚ましましたが、どうします?」
ワルツ達が外でゾンビたちや天使たちに対応していた間、エネルギアに残って、兵士たち(?)がゾンビ化した原因を探っていたカタリナが話しかけてきた。
「そうね。何があったのか、時間がある内に聞いておいたほうがいいわね」
というわけで、カタリナと共に、ワルツは艦橋を出て、医務室への通路まで来た。
「どうなの?アル○○ルに操られてた頃の記憶とかありそう?」
「えっと、そのことなんですが・・・そうですね。直接会ってもらったほうがいいかと思います」
そして、医務室の扉の前まで来た時の事だった・・・。
ドゴォォォン!!!
爆音とともに船体が揺れる。
そう、揺れたのである。
本来なら重力制御で常に一定の重力が掛けられているはずのエネルギアが。
「っ!テンポ!操縦可能なら高度を可能な限り落として!速度はそのまま!」
『りょっ、了解!』
声から察するに、テンポにも余裕が無いようである。
恐らく、エネルギアの操縦系か動力系に致命的な障害が生じているのだろう。
「・・・一体どこの誰よ!シールド破って、直接エネルギアにダメージを与えたやつ!」
どうやら、ワルツの想定を大きく上回る高出力の攻撃が飛んできたようである。
浮かべられた後のテレサを忘れてたので追記
おや、剣士のことも忘れていたようじゃ・・・。