5後-19 赤い天使
「えっ・・・ちょっと・・・一体どういうこと?」
カタリナと狩人によるまさかの発言に、無線機を口の近くに持ってくることも忘れて、思わず声を上げたワルツ。
『この国の兵士たちについてなのですが・・・』
『実は天使に襲われそうになった時に・・・』
「・・・いや、ごめん、ちょっと待ってくれない?2人同時に話されると聞きとりにくくてかなわないわ」
2人が話しているというのに、ワルツは自分の言葉を無理矢理送信した。
秘密裏(?)に無線機に付けておいた、インタラプト機能を使ったのである。
『二人同時?私の他に誰かが喋っているのですか?』
『二人同時?こちらではワルツ以外に声は聞こえないが・・・』
(もう、全二重通信で、同時発話出来るようにしたほうがいいかしら)
・・・つまり、送信モード、受信モードの切り替えを無くそうというのである。
ただ、そうなると、四六時中音声が通信されることになるので、音のプライバシーは無くなるのだが。
「じゃぁ、カタリナのほうが早かったから、カタリナからで」
今頃狩人は、カタリナが喋っていたことに初めて気づいたことだろう。
『では、失礼して。・・・えっと、クレストリングでエネルギアを取り囲んだ兵士たちの姿を見ましたよね?』
「えぇ。見たわよ。みんなおそろいの制服を着ていたわね?」
空港で兵士たちは、制服・・・というよりは、同じデザインの軽甲冑を身にまとっていた。
「もしかして、ゾンビたちはその甲冑を着てないからこの国の者ではないっていうの?」
流石にそれは、こじつけの理由として些か乱暴すぎるのではないだろうか。
『ちょっと違います。問題は、彼らが普段通りに対応してきたことです』
そしてカタリナはエンデルシア兵について説明を始めた。
『エンデルシアは飛行艇を主体にして戦う国なので、歩兵は元々あまりいないんです。町に防衛のための壁が無いことから見ても、それは明らかですよね。その上で80万人の兵隊をサウスフォートレスに派兵するとなれば、絶対的に歩兵部隊だけでは足りなくなるんです。最初は、空軍兵士たちも駆り出されていたのかと思っていたのですが・・・』
ところが、空港でも、国境でも、エンデルシアの兵士たちはいつも通りに、不審機体に対処してきたのである。
まるで、最初から派兵などしていないかのように・・・。
『そして極めつけは、エンデルシア国王のあの反応です。ゾンビ化したはずの兵士たちを見て、まるで何も思っていない様子でした。ワルツさん達は国王の事をあまり良く思っていないと思いますが、彼は、誰よりも国民、そして兵士たちを大切に思っている方なんです。少なくとも、前に勇者様方と一緒に行動していた時はそうでした・・・』
「・・・それが間違いである可能性は?」
ワルツが逆に聞き返す。
彼女はゾンビたちがエンデルシアの兵士ではないということを理解したようだが・・・むしろ、そうであって欲しくない、と考えているようである。
『・・・もしもエンデルシアが、飛行艇技術を捨てて、ミッドエデンのように歩兵を中心とした軍備を進めているとするなら、その限りではないのかもしれませんが・・・』
つまり、ありえない、ということである。
「・・・そう・・・なら、兵站輸送用の飛行艇は何だったの?っていうか、もしもエンデルシアが攻撃したと思わせるためのブラフの飛行艇だとするなら、どうして国境警備隊に攻撃されなかったの?」
ワルツ達がエネルギアで国境を越えた時点で、攻撃を加えてきたエンデルシア空軍である。
何者かがブラフのために飛行艇を飛ばしたというのなら、カノープスが攻撃するまでもなく、撃墜されていたことだろう。
それとも、エンデルシア空軍を買収していたとでも言うのだろうか。
そんなワルツの疑問に対して、テレサが、はっ、とした表情で答えた。
「・・・ミッドエデンとエンデルシアの国境の話を覚えておるか?」
「確か、山脈が2つあるんだったわよね?」
「あの山脈、ミッドエデン側から見て、手前がミッドエデンの国境、奥がエンデルシアの国境なのじゃが、中間はどちらの国にも属さない・・・そうじゃな緩衝地帯と言えばいいじゃろうか」
あまりに険しすぎて、誰も住まないような山脈の谷間。
古くから友好関係にあった2国は、この地についてお互いに領有権を主張しなかったのである。
「つまり、そこを国籍不明機が飛ぶ分には、エンデルシアから攻撃されることはない、というわけね」
「恐らくじゃが。もしもそこに兵站を備蓄するための基地のようなものがあったとすれば、ミッドエデン側からすると、エンデルシア側から物資を運んできたように見えるじゃろうな」
やはり何者かがエンデルシアの攻撃であると見せかけていた可能性は十分に考えられるだろう。
頭のなかの雲行きが怪しくなってきたところで、ワルツは狩人の話に切り替えることにした。
「・・・なら、次は狩人さんが説明してもらえます?その・・・エンデルシア国王が神だっていう話について・・・」
『実はな、国王が自らゾンビを攻撃したんだ。自国の兵士なのかもしれないのによくやる・・・なんてさっきまで思ってたんだが、カタリナの話を聞いて合点がいったよ・・・。それで、その後に現れた天使たち相手に、国王達と一緒に戦ってたんだが、その際に国王が別の『天使』を使役していたんだ」
どうやら、狩人は、天使たちを使役していたからエンデルシア国王が神である、と考えたようだ。
「えっと・・・つまり、エンデルシア国王に仕える天使がいて、彼らが、他の天使たち・・・そうですね、狩人さんを襲った天使たちを攻撃したってことですか?」
狩人、ユリア、シルビアだけでは天使を相手に戦うのは大変である。
ならば、誰かが彼女たちを襲った天使を排除したということになるのだが、それがエンデルシア国王と彼に仕える天使たちだった、ということだろうか。
『あぁ。それで合ってる。お陰で命拾いした気分だ』
実際、命拾いしたのだろう。
「カタリナ・・・もしかして、エンデルシア国王がエネルギアに来たのって・・・」
『やはり、偵察を兼ねていたのでしょう。一体どうやって天使たちを使役しているのかは分かりませんが、狩人さんの言うとおり、神だったりするのかもしれませんね』
(エルフだから、何歳か分からないしね・・・)
彼の血を引いているリアも実はとんでもない年齢なのではないか、と考えているワルツ。
なお、エルフだから長寿命という話が正しいかどうかは、現時点で不明である。
「・・・2人共ありがとう。でも・・・あまりいいニュースとは言えないわね・・・」
『えっ・・・?』
ルシアとテレサから疑問の声が上がる。
無線機からは聞こえてこないが、恐らく他の仲間達も同じようにして声を漏らしたことだろう。
・・・どうやら、ワルツには何か嫌な予感があるらしい。
「狩人さん達も、一旦エネルギアに戻ってきてもらえます?・・・テンポもいつまでも逃げてないでさっさと戻って来なさい!」
『あぁ、住民達の避難は国王達がどうにかするみたいだから、今から戻るよ』
『いや、危ないところでした。もう少しでナトリウム漏れ事故を起こすかと・・・』
2人からそんな返事が帰ってくると、轟音を上げてエネルギアが戻ってきた。
・・・やはりテンポは逃げていただけらしい。
「さてと・・・なら天使たちは国王達に任せるとして、残る問題はゾンビたちをどうするか・・・よね」
天使たちに対処する手段がエンデルシアにあるのなら、わざわざ今もなお気絶している天使たちを堕天させる必要は無いだろう。
その結果、処刑されるのか、拷問されるのか、あるいは堕天されるのか・・・。
ワルツにはエンデルシアから天使たちを庇うつもりはなかった。
所謂、自業自得、というやつである。
そんな時、
「う〜ァ〜・・・」
剣士が目覚めた。
だが、勇者と違って、まだゾンビ化したままのようだ。
「お、おい、ビクトール・・・」
「ア゛ァァ〜・・・」
勇者が剣士に対して呼びかけるも、やはり反応は無いようだ。
仕方が無いので、治療の方法を模索するための検体にするために再び重力制御で(今度は優しく)拘束した後、ワルツは勇者に問いかけた。
「勇者。なんで貴方たちはゾンビになっていたわけ?」
「・・・あ!それだっ!」
「・・・何がよ?」
「俺が言おうとしていたこと!思い出せなくてすっかり忘れてたんだよな・・・」
・・・相当重要なことだと思うのだが・・・まだ、記憶に混乱が見られるようだ。
「えっとな、ルシアちゃんの転移魔法で王城の広場に降りたのは良かったんだが、その時、何かグラマラスな女性に声を掛けられて思わず<ドゴォォォ!!>グハッ!!」
「・・・つまり、女天使に誑かされて、何かされたのね」
勇者に重力制御を掛けながら、スタイル抜群の女天使の容姿を思い出すワルツ。
(世の中、不公平よ・・・どうして創造主は成長するように作ってくれなかったのかしらね・・・)
すると、彼女の髪色が、無駄に黒く変化していった。
そんな彼女の様子を見て、
「(やっぱりお姉ちゃんって・・・)」
「(ワルツ・・・お主やはり・・・)」
『(勇者のことが好きなんじゃ・・・)』
と思う、ルシアとテレサ。
なお、ワルツの中でドス黒い感情が渦巻いてはいたものの、その中に勇者に起因するものは一切無かった。
つまり、勇者に対して重力制御を掛けたのは、単に八つ当たりである。
ちなみに、
『・・・お姉さま。憎しみを抑えるのは身体によくありません。この際、思いのままに勇者様をサクッっと・・・』
「何?唐揚げか何かにすればいい?全然構わないわよ?もちろん、試食するのはテンポよね?」
『いや・・・えっと・・・』
いつもはワルツをイジるテンポだったが、真っ黒なオーラに取り付かれたワルツの前では、為す術はなかった・・・。
ルシアとテレサが何とかワルツを宥めて元の色に戻した後。
「今回のゾンビの一件は、間違いなく天使が原因なのは分かったわね」
今もなお、勇者にかけ続けている重力制御を解くことなく、ワルツは彼の説明から判明したことを口にした。
「うむ。それでなんじゃが・・・」
何か言いたいことがある様子のテレサ。
「もしもゾンビ化したのが天使たちの魔法によるものじゃとするなら、妾の魔法で対処出来ないか試してみたいのじゃ」
「言霊魔法で命令してみるのね?いいんじゃない?ここに丁度いい実験体もいることだし・・・」
「うむ。ならゆくぞ?」
そう言って、宙に浮かぶ剣士の前に立ったテレサ。
(あの尻尾って、どんな構造になってるのかしら・・・)
いつぞやの獣耳のように、尻尾の分岐部分の構造が気になって仕方が無いワルツ。
(そうね。今度、X線スキャンにかけてみましょうか)
そう、4ヶ月前とは違って、今はレントゲンが使えるのである。
これで、夜も眠れぬ(?)日々を過ごす必要は無くなるだろう。
「剣士殿・・・む?ところで、何と命令すればよいかのう?」
『・・・』
思わず苦笑いを浮かべるワルツとルシア。
意気揚々と剣士に向かって行ったテレサだったが、どんな命令をすれば天使たちに掛けられたと思わしきゾンビ魔法(?)を解除できるのか分からなかったようだ。
「えーと、なら、『天使の支配から開放されよ』・・・とか?」
「ふむ。では気を取り直して・・・。剣士殿、天使の支配から開放されるのじゃ!」
すると・・・
「がはっ!!」
突然血を吹き出し、もがき苦しみ始める剣士。
「ちょっ・・・る、ルシア!」
「うん!」
すかさず剣士に対して回復魔法を行使するルシア。
すると、剣士の容態が急速に落ち着いていった。
「・・・蓄積されていたダメージが、今になって一気にやってきたって感じかしらね・・・これでゾンビから戻ってくれればいいけど・・・これ、80万人分やるのは無理よね・・・」
それでも、時間をかければ何とかなりそうである。
だが、問題はそこではない。
もしも勇者のように、術を掛けていた天使が何らかの理由(この場所から距離を取ったり堕天したりした場合など)で兵士たちのゾンビ化を維持できなくなると、その瞬間にゾンビ状態から戻った者たちは、蓄積したダメージの大きさによっては絶命してしまうことだろう。
さらには、
バタッ・・・
・・・テレサが倒れた。
「えっ・・・、て、テレサ?!」
テレサに駆け寄って、仰向けにするワルツ。
すると、
「・・・魔力を使いすぎたのじゃ・・・」
どうやら、言霊魔法は随分な魔力を消費するらしい。
そのせいなのか、尻尾の本数も1本に戻っていた。
「尻尾が減ってるわね・・・」
「・・・ん?なんの話をしておるんじゃ?」
・・・どうやら、尻尾が増えていたことに、本人は気づいていなかったようだ。
「・・・いえ、今度機会を見て説明するわ。それに・・・」
ワルツはテレサの腕に眼をやった。
「バングルが壊れちゃったわね・・・」
嘗てテレサが自らの力でエンチャントを掛けたバングルが、まるでガラスが割れるかのようにして壊れてしまっていた。
まるで、何らかの役割を全うしたかのように・・・。
「そ、そうじゃったか・・・」
残念そうに眼を瞑るテレサ。
どうやら、腕を上げる力も残っていないようである。
「ま、今度、作り直しましょうか」
「う、うむ・・・ところでじゃ・・・」
どうやらテレサにはまだ何か気になることがあるようだ。
「・・・ひ、膝枕は・・・?」
「さてと、この際だから、勇者にお願いしようかしら。今回の天使とゾンビの関係をエンデルシア国王に届けてもらう役目。頑張ってゾンビたちと天使たちが命を失わないように説得してね」
テレサの言葉を軽く無視して、重力制御で彼女を宙に浮かべながら話を進めるワルツ。
ついでに勇者の重力制御を解除する。
・・・高重力の中で、背筋を鍛えていたような気がするが・・・気のせいだろう。
「・・・いや、何がなんだか・・・」
ゾンビ化していたせいか、テレサの言霊魔法の効果を知らない勇者は戸惑っていた。
「簡単なことよ。国王たちに対して、ここにいる天使を殺したり、堕天させたりしたら、80万人のゾンビたちが人間に戻ることなく死ぬってことを言えばいいのよ」
後は、勇者の正義感に任せる、といった様子のワルツ。
ここで気絶している以外のエネルギアに取り付いていた天使たちも、全身鏡のような見た目になったまま、近くを徘徊していることだろう。
なお、狩人達を襲った天使たちがどうなったのかは不明である。
「それだけかよ・・・」
「じゃ、私達はやらなきゃならないことがあるから、ここいらでお暇するわね」
遠くの方に自分たちの方に向かって走ってくる狩人たちを認めながら、ワルツは矢継ぎ早に勇者に告げた。
何故、そんなに急ぐ必要があるのか。
そんなワルツに疑問を持ったのは勇者だけではなかったようだ。
「お姉ちゃん?」
「・・・ワルツ?どうしたのじゃ?」
2人揃って疑問の声を上げるルシアとテレサ。
「ちょっと待ってね」
すると、面倒になったのか無線機すら手に持たずに、空に向かって呟くワルツ。
「・・・コルテックス。状況報告」
『王都には異常はありませんよ〜?』
「他の地域は?」
『今の所は問題無いですね〜』
「・・・可怪しい」
ワルツには何か引っかかることがあるらしい。
「・・・ストレラ。そっちで変わったことは?」
『お土産を頼み忘れたことくらいかしらね』
「・・・メルクリオも問題ない?」
(心配し過ぎかしら・・・)
残念ながら、お土産の話は、ワルツの頭には入ってきていないようだ。
とそんな事を考えていた時である。
「失礼します」
ワルツ達からすこし離れた場所から声が聞こえた。
・・・天使が空間を割いて現れたのだ。
ただ、先ほどの天使達が纏っていたローブとはデザインが異なり、赤地に金色の刺繍であった。
同時に、狩人たちもワルツ達のところに到着する。
「今、私は忙しいのよ。死にたくなければ、さっさと眼の前から消えてちょうだい」
ワルツは殺意を込めて天使に告げた。
すると、
「戦う意志はございません。我が主、エンデルシア国王からの伝言がございます」
どうやら、敵ではないらしい。
ワルツが狩人の方を向くと、
「(そうそう。彼らがエンデルシア国王に使える天使たちだ)」
と首肯していたので間違いないだろう。
そして、赤い天使は、主からの伝言を口にした。
「『うわっ、何する宰相!今、メッセージを覚えてもらってるところなんだから、邪魔するな!』」
恐らくは、宰相に命を狙われていたのだろう・・・。
「・・・それ、私達に向けたメッセージじゃないわよ?衛兵か騎士団のところに行ったほうがいいと思うわ」
「申し訳ございません。主様に記憶を命じられたのは、これよりも前だったので・・・」
随分と機械的な天使である。
「・・・なら、続きをお願い」
「はい、承知いたしました」
すると、天使が再び話し始める。
「『くそっ・・・土手っ腹に穴開けやがって・・・今度、粛清の対象にしてやるから覚えておけ!』」
『・・・』
・・・重傷を負っているというのに元気そうである。
「ごめんなさい。なんか長そうだから、要点だけ言ってくれない?」
「はぁ・・・畏まりました」
・・・今度こそ、何が言いたかったのか、天使の口から語られ始めた。
「神々の取り決めで、他国に対し天使を用いて侵攻することは禁じられているのですが、今回、それが破られたようです」
今もなお、地面に転がっている銀色の天使たちを一瞥して赤い天使は言葉を続ける。
「そのため、主様は、その報復措置として、魔神ワルツに『シナリオ』の一部を開示されることを許可されました」
「『シナリオ』・・・ね。最初から全部仕組まれていたって感じね。まぁ、何となくそんな気はしてたんだけど」
今もなお消えない不安に、ワルツはそんなことを口にした。
「それで?」
「魔神ワルツに公開される情報は2点です。1点目は神々が集う『天界』の存在についての一部情報開示。2点目はサウスフォートレスでの作戦についての、これも一部だけの情報開示です」
「・・・『天界』については知らなかったけど、サウスフォートレスって何?もう終わったことじゃない?」
だが、
「作戦は継続中です」
・・・どうやら、ワルツ達がメルクリオやエンデルシアにやってきた事自体が罠だったようである。