5後-18 急転直下?
ドサッ・・・
地面に落ちるワルツの首。
同時に身体自体も崩れ落ちる。
「おね・・・いやぁぁぁぁ!!」
「ワル・・・ツ・・・ワルツーっ!!」
ルシアとテレサは、つい数秒前までいつも通りの様子を見せていたワルツが、今では首と胴体に別れて地面に伏せている様子を見て、叫び声を上げた。
そして、
ドゴォォォ!!
ルシアを中心に、暴風・・・いや、小さな魔力の粒子が吹き荒れ、辺り一帯の全てを蹂躙し始める。
周りにいたゾンビ、天使、家屋、畑、雲、大地・・・全てを飲み込まんとする勢いで彼女から魔力の濁流が流れ出たのだ。
・・・暴走状態である。
彼女だけではない。
もしもルシアだけが暴走していたなら、彼女の真横にいたテレサは彼女の魔力の奔流飲み込まれ、無事では済まなかったことだろう。
・・・しかし、そうならなかったのは、テレサもまた、通常とは異なる状態になっていたからである・・・。
「ころす・・・殺してやる・・・お前たちも同じようにして殺してやるっ!!」
普段とは全く違う口調で声を上げるテレサ。
それだけでなく、2つの眼がまるで縮退炉を起動したワルツのように真っ赤に輝き、本来1本であったはずの尻尾が3本に増えていた。
そんな2人の様子を聞き取った天使は、
「・・・エクセプション。魔神級獣人2名を確認しました。これより対処に移ります」
持っていた水晶にそう呟いた後、ワルツの首を切り落としたその鎌を、2人に向けたのである。
・・・そのとき、
バァァァンッ!!
極超音速の何かが空から飛んできて、そして容赦なくワルツの亡骸に直撃した。
・・・エネルギアのレールガンである。
流石にルシアとテレサ、それにエネルギアを一度に相手にするのは難しかったのか、攻撃のために2人と距離を詰めようとしていた天使は、たたらを踏んだ。
『いつまで寝てるつもりですか?お姉さま?』
いつの間にか近くまで接近してきていたエネルギアから飛んで来るテンポの声。
そんな声が向けられたのは、レールガンが直撃したはずなのに、全くその場から動かないワルツの屍に対してだった。
そんなテンポに対して、
「・・・やっぱ、ダメかなぁ・・・このまま2人に任せるのって・・・っていうか、今、眼を開けたら辺り一面がひどいことになってそうで起きたくないんだけど・・・」
首と胴体が別れたままの状態で、ワルツが言葉を発した。
『レディーを泣かせて何も思わないんですか?』
「いや、泣かせるつもりはなかったけど、ちょっと出来心ぐはっ!!」
言葉の途中で、急に奇声を上げるワルツ。
超高密度の魔力を纏ったままのルシアと、同じく得体のしれない何かを纏ったテレサがワルツの屍(?)に全力で抱きついてきたのである。
「おねぇぢゃぁぁぁん・・・」
「わるつぅぅぅ・・・うわぁぁ・・・」
「・・・ごめんなさい2人共・・・」
天使の持っている鎌にどんな能力があるのか試したくて、ニューロチップのバックアップを取った後、わざと攻撃を受けたワルツだったが、ルシアとテレサがそこまで半狂乱になるとは思ってもいなかったのだ。
これがもしもカタリナだったなら、今のテンポのような反応を見せたに違いない。
だが、精神的にも肉体的にも幼い彼女たちにとっては、ワルツ式冗談が通じなかったようである。
・・・尤も、普通の人間は冗談で首が飛んだりしないのだが。
一旦ホログラムを解いて、再構成すると、ワルツは元の通りの姿に戻った。
「・・・魂を刈るはずの鎌を受けてもなお起き上がるとは・・・流石、あの方が眼を付けるだけのことはありますね」
全身が銀色になりつつも、音と魔力だけを頼りに、3人の様子を伺っていた天使が口を開く。
なお、他の天使たちは、ルシアの魔力にあてられたのか、皆気を失って倒れていた。
どうやら、下手に攻撃を加えるよりも、単に魔力を当てるだけの方が、天使を効果的に無効化出来そうである。
というわけで、戦意のある敵は残り1名になった。
ただし、相手は相当の手練なのか、視覚に頼らずに行動できるらしい。
(こうなったら、パラメトリックスピーカーを使って、音も奪っちゃおうかしら・・・。それともルシアの魔力で・・・って、さっきので倒れてないんだから、そんなんじゃ無理よね・・・)
などとワルツが対処を考えていた時だった。
「・・・お主、目障りじゃ。消えるがよい」
テレサが普段と違う様子のまま、天使に鋭い視線を向け、そんな言葉を発した瞬間だった・・・。
・・・忽然と天使が消えたのである。
『えっ・・・』
思わず眼を疑うワルツとルシア。
一方テレサは、当然じゃ、といった雰囲気を出しているが・・・おそらく、本人にも何が起ったのか分かっていないことだろう。
「・・・言霊?」
テレサの言葉がそのまま現実に再現されたのである。
可能性としては、彼女の言葉が世界の事象として再現された、と言うことも考えられるが・・・それは、魔法というよりも、まさに神の領域に入っていると言わざるをえないだろう。
(流石にそれはないわよね)
というわけで、少し試してみることにするワルツ。
「テレサ。そこ転がってる石に浮け、って命令してみて?」
「む?うむ・・・分かったのじゃ。石よ、浮くのじゃ」
・・・
何も起こらない。
(とりあえず、テレサがまさかの神になった、ってことはないわね。後は・・・)
物言わぬ石ころではなく、人ならどうだろうか。
「じゃぁテレサ。次は、ルシアに一歩進めって言ってくれる?ルシアは絶対に動いちゃダメよ?」
「えっ?う、うん・・・分かった」
「ならゆくぞ?・・・ルシア嬢よ、一歩進むのじゃ」
すると、
「えっ?あれっ・・・」
ルシアは一歩だけ足を進めた。
・・・つまり、
「テレサ・・・貴女、恐らくアル○○ルと同じような言霊魔法を使えるようになってるわよ・・・」
「うぬ?それは、水竜に掛けられていたという、情報隠秘の魔法じゃったか?」
「えぇ。もしかすると、その上位版かもしれないけど・・・」
現時点では可能性の話でしか言えないが、テレサの言霊魔法(?)を受けると、服従せざるをえなくなるようである。
先ほどの女天使も、恐らくは自分の力で転移魔法を使用して、テレサの前から姿を消したのだろう。
一国の王を目指す者にとっては、この上なく便利な魔法である。
「ふむ・・・では、好きなように人を操れる、ということじゃな?」
・・・やはりテレサは、自分の魔法について理解していなかったようだ。
「悪用しちゃダメよ?」
「うむ。・・・じゃが、一つだけ試させてくれないじゃろうか?もしもうまくいったとしても、必ず元に戻すから安心して欲しいのじゃ」
すると、何故か、怪しい笑みを浮かべながら眼を光らせて、テレサはワルツに向かって告げた。
「妾と結婚するのじゃ!」
「無理」
即答である。
どうやら、機械であるワルツには効かないらしい。
「ぐはぁっ・・・こ、この魔法に失敗すると、心に傷を負うようじゃな・・・」
「いや、それは無いと思う・・・」
だが・・・そこで問題が起こった。
ドサッ・・・ギューッ・・・
突然テレサに抱きついたのである。
・・・ルシアが、だ。
「うん。結婚してもいいよ」
・・・どうやら、ルシアがテレサの魔法にかかってしまったらしい。
「ちょっ・・・テレサ!早く戻しなさい!」
「えっ・・・この魔法、聞いていた他の者にもかかるものじゃったか!?」
少なくとも、女天使がいなくなった際には、彼女にしか効いていなかったはずである。
つまり、
「えへへっ、嘘だよ〜。さっきのお返し」
言霊で操られた時のお返しらしい。
「へっ?・・・そ、そうじゃよな・・・びっくりしたのじゃ」
テレサは、尻尾は増えたというのに、相変わらず無い胸をなで下ろすのだった。
その直後。
ドサッ・・・ギューッ・・・
今度はワルツに抱きついてくるルシア。
・・・だが今度はテレサの時とは違って、ルシアは無言のままだった。
「・・・本当にごめんね。今度やるときはちゃんと教えるから」
「・・・お姉ちゃんが強いって信じてたよ・・・でも・・・それでも怖かった・・・」
(・・・下手に、死んだふりは出来ないわね・・・)
ワルツはそう考えながら、無言でルシアを抱きしめ返すのであった・・・。
なお、
「(妾も妹なら良かったのに・・・ん?そうなると結婚できなくなる・・・?)」
ワルツから抱きしめられるルシアの様子を見たテレサが、新しく習得した言霊魔法の無力さを悔しがっていたのは、彼女だけの秘密である・・・。
さて。
気絶した天使たちを前に、ワルツは困っていた。
「・・・どうやって堕天させようかしら・・・」
気絶させたはいいが、堕天させないと、天使たちの完全な無力化は期待できなかったのである。
『やはり、背徳的な方法が・・・』
「・・・なら、テンポがそれをやるの?」
『・・・おや、核融合炉の調子が悪いようですね。ちょっと点検してきます』
そう言うと、エネルギアごと、ワルツ達から離れていくテンポ。
「どこの核融合炉よ・・・」
なお、彼女が飛んでいった方向で、ワルツが核融合炉を建設した記憶はない。
まぁ、それはさておきである。
どうやって天使たちを堕天させればいいのか。
「一人ひとり脅して秘密を吐かせるっていうのも面倒よね・・・」
シルビアの時のように拷問するというのは、ワルツの趣味ではない上に、時間がかかるので直ぐには出来なかった。
まさか、全員の拷問が終わるまで、全ての天使が気絶し続けるように、ルシアにひたすら魔力の奔流を浴びせかけてもらう、というわけにもいかないだろう。
「前に試してみようか考えていたパラメトリックスピーカーの件でもやってみるかしら・・・」
と、先日の会議の内容を思い出すワルツ。
すると、
「なら、妾の魔法を使ってみるというのはどうじゃろうか」
テレサが現時点で最良とも思える答えを口にした。
「そっか、なるほどね!・・・なんか、頭が回ってないわ・・・」
そう言いながら、先ほどまで離れ離れになっていた頭をブンブンと振ってみるワルツ。
なお、首は離れても問題はないが、故意に首を回すことは出来なかったりする。
と、そんな時、
「うぅ・・・く、苦しい・・・」
浮いたままの勇者がゾンビ語(?)ではない言葉を発した。
・・・なお、ワルツが首を切断されていた際も、勇者と剣士は宙に浮いたままだったので、よく考えれば彼女が死んではいないということは分かるはずだが・・・それでも、2人が取り乱していたのは、ルシアの言葉通りの理由なのだろう。
それはともかく。
「え?苦しい?やっぱり何か危ないものに感染してるのかしら・・・」
「ちょ・・・早く・・・解け・・・解いて・・・」
ピクピクと痙攣しながら、勇者が虫の息のような声を吐き出した。
彼の隣にいた剣士は泡を吹いて息をしていなかったが・・・まぁ、そういうものなのだろう。
一体、何を解けというのか。
「・・・あ、ごめんなさいね。忘れてたわ」
重力制御を使って、必要以上に彼らを拘束していたことを思い出すワルツ。
そして直ぐに重力制御を解除し、2人を地面におろした。
ついでに、剣士の心臓マッサージもしておく。
「何で急に元に戻ったのかしら・・・」
直前に起ったことの中で、いつもと大きく違ったことは、ワルツが死んだふりをしたことか、ルシアが暴走したことか、あるいはテレサの尻尾が増えたことか・・・。
「普通に考えたら、ルシアの魔力を浴びたからか、それか親玉っぽい天使がいなくなったからでしょうね・・・」
(もしも後者だとすると、場合によってはゾンビたちを閉じ込めた穴の中で正気を取り戻すってことになるのよね・・・笑えないわね・・・)
目覚めたら、無数のゾンビたちと一緒に徘徊していた・・・。
・・・この場合、目覚めた者はゾンビ達に襲われる対象になるのだろうか。
だが、ワルツの眼には、まだゾンビから戻っていない人々の姿が映っており、かつ、目覚めたのは勇者だけのようなので、事はそう単純ではないのだろう。
勇者が目覚めたのは、所謂女神の加護もあってのことではないだろうか。
まぁ、何れにしても、彼が眼を覚ましたのはそれなりの理由があってのことだろう。
恐らくゾンビたちを元に戻すには、ワルツの考えている通り、ルシアの魔力か、天使の存在にヒントがあるに違いない。
(ま、勇者に聞けば何か分かるでしょ)
ワルツが勇者に何故ゾンビ化していたのか事情を聞こうとした時だった。
いつの間にかノイズが消えていた無線機から、カタリナの声、そして狩人の声が同時に聞こえてきた。
『ワルツさん』
『ワルツ』
「えっと、なんだっけ?2人ともなんか言いたいことがあったんだっけ?」
2人とも会話の途中で通信が途切れたことを思い出すワルツ。
『えぇ、やはり言っておきたいことが・・・』
『途中で途切れたようだからもう一度言っておくな?』
カタリナと狩人はそれぞれ同時に喋っているので、お互いにお互いが喋っていることに気づかないらしい。
送受信を切り替えるタイプの無線機の性である。
そして2人は同時に言った。
『このゾンビたち、エンデルシア人ではないと思います』
『エンデルシア国王が、まさかの神らしい』
『はぁ?』
・・・事態はどうやら混迷の度を深めてきたようである。
なお、ワルツに血は通っていない模様・・・