5後-17 切断
「神に仇なす魔神ワルツをこれより排除いたします」
まだ天使だったシルビアがミッドエデン王都の地下大工房に来た時のように、白地に金色の刺繍が施されたローブを纏った天使達。
中でも、隊長格と思しき真っ白で立派な翼を持った女性(?)が、手にした水晶のようなものに向かって、そんな言葉を放った。
どうやら水晶には遠隔で会話できる機能があるらしい。
電波は出ていないようなので、恐らく、魔術的な方法によって通信しているのだろう。
「・・・天使・・・いえ、死神というべきかしら・・・」
現れた20人の天使たちが皆、自身の背丈ほどの鎌を持っていた。
これまでの天使たちは誰一人として持っていなかったので、恐らくは魔神を狩るための何か特殊な効果を付加させた武器なのではないだろうか。
(パターンで考えるなら、魂か魔力を刈り取る為の道具なんでしょうね・・・)
自分に魂はあるのだろうか、などと思いながら、ワルツは、ルシア、テレサ、そしてゾンビ化した勇者たちを自分の手の届く場所に引き寄せ、相手の出方を探る。
「・・・状況開始」
あまり大きくはなかったが、透き通るような声で、女天使が開戦を告げると、
「転移防止結界」
『物理遮断結界』
『魔法遮断結界』
・・・
というように、補助魔法を展開していく天使たち。
これまでの戦闘で、事前準備をすること無くワルツ達に戦いを挑むのは危険であると判断したようである。
そんな彼らに対して、
「残念だけど、私達は戦うつもりなんて無いわよ?必要以上に怪我をさせても可哀想だしね」
ワルツはそんなことを呟いた後、無線機を耳に当てた。
・・・そう、敵のジャミング(?)で通信できないはずの無線機を、である。
だが、先程までと違うのは、ワルツから低出力の赤外レーザーが出ていたことだ。
そして、その行き先はエネルギアである
どうやら、レーザー通信を行うらしい。
(電波が使えないなら、光を使えばいいじゃない・・・ってね)
なお、ワルツにはジャミングを無効化するほどの高出力の電波が使えないわけではなかったが、近くにルシア達がいたので、人体に影響が出るような出力で電波を飛ばすわけにはいかなかった。
もしも、近くに仲間達がいなければ、攻撃の意味を込めて、超大出力の通信波を発信していたことだろう。
『テンポ。航空支援要請』
『・・・了解。ですが、こちらにもお客様がいらっしゃっているので、対応のために火力が落ちますが、それでもよろしいでしょうか』
と、ワルツからの通信に対して、すぐに回答するテンポ。
どうやら、エネルギアの方にも天使たちが行っているようだ。
ワルツがエネルギアに眼を向けると、船体の表面が光ったり、煙を上げたりしていたので、おそらくは天使に取り付かれているのだろう。
『構わないわ・・・っていうか、火力なんて必要ないし・・・。逆に支援いる?』
『いえ、シールドの耐久度は常に100%なので、問題はありません。お姉さまの方こそ・・・いえ、心配する必要はありませんね。・・・では、攻撃を開始します』
テンポがそんなことを言った瞬間だった。
シュボッ!
そこにいた全ての天使たちが地面ごと炎上する。
・・・エネルギアからレーザーが飛んできたのだ。
「ぎゃあっ?!け、結界が効かん・・・?!」
「くそっ・・・水だ!だれか水魔法を!」
「火属性を吸収できない・・・だと・・・?!」
天使たちを炭化させないように随分出力を絞っているはずだが、エネルギアのレーザーは軽々と天使たちの結界を貫いた。
そんな燃え上がる天使たちを見ながら、
「エネルギアの大出力レーザーを浴びて、即死しないなんて、流石は天使ね。褒めてあげるわ」
と、悪役を演じるワルツ。
言うまでもないことだが、ワルツにしてもテンポにしても、いつも通り、殺すつもりは無かった。
何事も、雰囲気が重要でなのである。
・・・なお、下手な雰囲気だと自分の挙動がおかしくなるので、それをごまかそうとしているというのは、ワルツだけの内緒である。
直後、
「・・・対応完了」
「慣れるまでに時間がかかったが、大した問題ではないな」
「光属性だったか・・・」
天使たちは皆、エネルギアからの攻撃に耐性を身に付けたらしい。
次の瞬間には修復魔法を行使して、元通りの姿になっていた。
普通であれば、次は、学習されていない別の方法で攻撃する所だが・・・
ワルツはニヤッと笑みを浮かべた後、再びテンポに指示を出した。
『手筈通りに、追加のレーザーをお願い。それも断続的に、ね』
すると再び、高出力でコヒーレントな光エネルギー(レーザー)が飛んできた。
先程と違う点は、少し出力が上がったことだろうか・・・。
シュボッ!
「ふん、そんなものきか・・・熱っ!」
「何だと・・・対応が間に合わ・・・くそっ・・・」
「※※※ではないというのか?!」
再び燃え上がる天使たち。
なお、天使語(?)でレーザーは※※※である。
だが、同じことの繰り返しで、
「無駄だ」
「少し強くなっただけのようだな・・・」
「だが、一撃で沈黙させられない以上、貴様らに勝ち目はない」
直ぐに対応して、修復してしまった。
だが、対応される事が分かっていて同じ手を使って攻撃してきたワルツ達を前に、
「皆様、気を抜かぬようにお願い致します」
リーダー格の女天使がそう口にした。
意図までは理解していないようだが、何か企んでいると見抜いたらしい。
「ま、私の視界に入ったが最後、貴女達の負けは決まってるけどね」
そして、再び飛んでくるレーザー。
どうやら、レーザーに対応している間、天使たちは防御に徹するためか、攻撃も移動もできないようである。
確かに、このままいけば、エネルギアのレーザーが最大出力になるまで同じことを繰り返して、時間をかせぐことができるだろう。
だが、果たして、足止めすることがワルツやテンポの目的なのだろうか。
すると、
「あれ?気のせいかな・・・」
ルシアが口を開く。
天使の様子で何かに気づいたことがあるらしい。
「いや、妾も何か変だと思っていたのじゃが・・・」
テレサも気づいたらしいので、ルシアの気のせい、ということは無いだろう。
いったい何が起ったのか?
「・・・黒くなって・・・る?」
ルシアの眼には、自分たちを取り囲んだ天使たちの姿が、レーザーを受けるごとに徐々に暗く(?)なっていく様子が映っていた。
なお、堕天しかかっているわけではない。
するとワルツが種明かしをする。
「・・・攻撃を中和するようにして学習するなら、やっぱりそれを活用しない手は無いと思うのよ。今回は、強い光を何度も当てて、光に対して過剰に防衛するように仕向けたんだけど、それがようやく効果を見せてきたみたいね」
なお、補足すると、それだけではない。
実は、不可視の赤外レーザーで攻撃した際に、一瞬だけ、可視の白色光を当てていたのだ。
照射した白色光自体はレーザーではなく単なる光だったので、当たってもただ眩しいだけだが、赤外レーザーと共に照射することで、あたかも白い光自体が殺傷能力を持っているように見せかけることが出来る、とワルツは考えたのである。
天使たちの学習防御能力は、彼女の思惑通り、その白い光を攻撃として認識したようだ。
白い光は、目で見ることの出来るすべての色を内包しているので、それに対処しようとすると・・・
「銀色になっちゃった・・・」
と、ルシア。
10回ほどレーザーを当てた辺りで、天使たちの姿は光を反射する金属光沢へと変化したのだ。
このまま動かなければ、鏡面コーティングが施された趣味の悪い銅像といった見た目である。
さて、こうなると何が起こるのか?
「くそっ・・・真っ暗で何も見えん・・・」
「ダメだ・・・一体どうなってる・・・」
「罠か!」
つまり、天使たちの眼には、外からの光が届かなくなるのである。
可視外の光を見ることが出来ない限り、完全な闇が彼らの視界を支配していることだろう。
『テンポ。状況終了』
『了解』
どうやら、排除されることになったのは、ワルツ達ではなく、天使たちの方だったようだ。
「さてと。一段落ついたことだし、狩人さん達が無事か確認してみましょうか」
特務機関に所属する某眼鏡男性張りに眼を押さえながら辺りを徘徊する天使たちをよそに、ワルツはルシア達に振り向きながら言った。
自分たちの所だけでなく、エネルギアにも天使たちが取り付いているというのなら、狩人たちのところにも出現していてもおかしくは無いだろう。
「えっと、無線機、だっけ?壊れちゃったみたいだけど、大丈夫なの?」
天使達を完全に倒さなければならないのか、それともそういった魔道具があるのか。
未だにジャミングは健在らしく、無線機からはノイズ聞こえ続けていた。
「えぇ。2人とはちょっと離れる必要があるけど、問題は無いと思うわ」
そう言って、ルシア達と10mほど距離を取ったワルツ。
そして、無線通信システムの出力を上げる。
『狩人さーん?聞こえます?』
すると、すぐに、
『ワルツ!無事だったか!』
狩人からの声が帰ってきた。
『その口ぶりだと、天使たちが襲ってきた感じですね?』
『あぁ、突然現れたから驚いたよ』
だが、天使たちに襲われた割に、それほど焦った様子は感じさせない狩人。
既に戦闘が終わっているのだろうか。
『えっと、もしかして、支援に行かなくても問題なかったりします?』
『実はな・・・とんでも無いことが・・・』
・・・狩人がまだ話している最中のことだった。
「お姉ちゃん!」
ワルツを呼ぶルシアの叫び声の後、
ザンッ!
ごく近くで、何かが切られたような音がした・・・。
「・・・最後の最後まで、気を抜くな。それが戦場の鉄則です」
そんな声がワルツの真後ろから聞こえてくる。
ワルツが自分の首に手をやると・・・・・・天使が持っていた鎌が中程まで切り込んでいて・・・
ザンッ
・・・遂には完全に切り落とされてしまったのだ。
週末中に・・・