5後-16 無線機
「ア゛ァァ〜〜・・・」
「えっ?痒い?」
「ウ〜・・・」
「・・・反応無しね」
勇者のゾンビを前に、実は反応があるんじゃないかと期待しながら、ワルツは適当な翻訳(猿轡をつけたシルビアの時とは違って本当に適当)をしてみたが、やはり反応が無いようだ。
もしも、単に言葉が発せない状態なら、何らかの反応があっても良さそうだが、それがないところを見ると、本当にゾンビ化しているらしい。
「・・・これで、この世界は魔王たちのモノになったわね。もしも私が本物の魔神だとするなら、喜べばいいのかしら・・・冗談だけど」
必死になって、ゾンビ化した者たちを救う方法を調べようとしているテレサと、傷つけないようにしてゾンビたちを落とし穴へと転移させているルシアを見て、失言だった・・・と人知れず後悔するワルツ。
「さて、どうしましょうね・・・」
流石に勇者をこのままゾンビ化して放置しておくのは、色々な意味で拙かった。
とは言え、現状ではワルツにもどうしよう無いのもまた事実である。
彼女の知識で言うなら、ゾンビ化した人間は元に戻す術は無いのだ。
現代世界の映画やゲームから取り入れた知識で言えば、つまり勇者達は死んだも同然の、まさに生きる屍だったのである。
(ま、最悪、新しい勇者の1人や2人くらい、その内湧いて出てくるだろうけど・・・。なんだかんだで世話になってるし、原因くらいは突き止めてあげるわよ)
ワルツの頭の中では、勇者たちは『生きる屍』ではなく、単なる『屍』になっているようだ・・・。
「・・・テレサ?とりあえず、集中的に勇者たちの様子を見て欲しいんだけどいい?もちろん、動かないように押さえておくから」
というわけで、勇者たちを実験台として使うことにしたワルツ。
「・・・う、うむ。周りのゾンビたちに耳を傾けるよりも、少数だけに絞ったほうが何か分かることもあるやもしれんからのう(勇者思いなんじゃな・・・)」
内心で無駄に嫉妬するテレサ。
するとワルツは勇者と剣士のゾンビを宙に浮かべて、嘗てのシルビアのように重力制御で拘束した。
(やっぱり、筋力のリミッターとかって外れてるのかしらね・・・)
宙に浮いてピクリとも動けない状態の彼らの様子を見る限り、そういったことは無さそうだが・・・。
ワルツは念のため強めに重力制御を掛けておくことにした。
「ア゛ーー!」
「ガーーー!」
・・・勇者も剣士も何やら唸っているようだが・・・気のせいだろう。
「そういえば、賢者はどうしたのじゃろうな・・・」
と、勇者や剣士に流れる魔力を調べ始めたテレサが呟く。
眼を瞑ったまま、獣耳を文字通り傾けたり、頭を振ったりして、魔力の流れを読み取ろうとしているところは、キツネが得物を探している様子にそっくりである。
「やっぱりそこは賢者だし、危機管理能力をフルに活用して逃げ果せたんじゃない?」
死亡フラグを考えるなら、一番最初にやられたかあるいは黒幕という可能性が一番高いが、フラグはそうそう当てはまるものでもない・・・はずなので、恐らくはワルツの言う通り、何処かで無事に隠れていることだろう。
「それにしても、何でこんなところに勇者たちは居たんでしょうね・・・」
今ワルツ達がいる場所は、エンデルシア首都の外縁よりも、更に外側の大豆(?)畑である。
どうやら、乾燥地帯なので、農作物も乾燥した気候に合わせて栽培されているらしい。
そんな畑の上を80万の人々が歩きまわって踏み荒らしたのだから、これからのクレストリングの食物事情は、相当大変なものになることだろう・・・。
それはさておき。
王城に向かったはずの勇者たちが、街の中心ではなく、何故こんな郊外に居たのか。
ゾンビになった勇者達の移動速度を考えるなら、色々な意味で辻褄が合わなくなる。
例えば、王城で感染(?)してゾンビになった場合。
移動速度を加味すると、走らない限り、どうやってもここでワルツ達と鉢合わせになるはずがなかった。
一方、逆算した場合。
一体彼らはどこでゾンビになってここにやってきたというのか。
少なくとも、王城でも、クレストリング(空港)でも無いことは確かである。
(市民を守ろうとして、やってきたけど、誤って攻撃を喰らってゾンビ化したとか?)
だが、そうなると、先行していた狩人たちと鉢合わせになるはずである。
それとも、ゾンビ密度が高すぎて気づかなかっただけなのか・・・。
その他にも、ゾンビ化して意識のないはずの2人が、共に長い距離を歩いてきたのか、という疑問も生じるだろう。
そんなこんなで、偶然、ワルツ達と出会ったにしては、不自然な点が多かったのである。
「・・・ルシア、テレサ?念の為に周囲を警戒しながら進みましょう」
「えっと、どうしたの?」
「急にどうしたんじゃ?」
「んー・・・思い過ごしならいいんだけど、何か不自然なのよ・・・色々と」
出口の見えない迷路の中を彷徨っているような、そんな嫌な感覚に囚われながら、ワルツは2人の疑問に対して、答えにならぬ言葉を返すのだった。
その後も、勇者たちを浮かべながら、町の外周を周って、ゾンビを隔離していくワルツ達3人。
しばらく歩いて、畑が大豆畑からオリーブ(?)畑に変わった辺りで、ワルツは口を開いた。
「・・・休憩しましょうか」
ずっと魔法を行使し続けているルシアや、魔力の解析に集中し続けているテレサのことを考え、そう提案したのである。
そして何より、暑かったのだ。
湿度はそれほど高くはないが、乾燥地帯であるクレストリング周辺の気候を考えるなら、適度な休憩と水の補給は欠かせないだろう。
『えっ?!』
「・・・そんなに驚くこと?」
ルシアとテレサは、ワルツの口からまず発せられるはずのないその言葉に、心底驚いたようだ。
「まだ、大丈夫だよ?」
そう言ったルシアの体力は、実際のところ、まだまだ何の問題も無さそうだった。
「確かにルシア嬢はずっと魔法を使っているから疲れそうじゃが・・・妾は特に問題は無いぞ?」
「疲れた頃に休憩しても、手遅れなのよ」
熱中症は症状が出てからでは遅いのである。
「ふむ。そういうものかのう・・・」
「まぁ、お姉ちゃんがそういうなら・・・」
納得いかない様子の2人だったが、ワルツの提案に同意することにした。
「それに、休憩しながらでもできることはあるしね」
近くにあった岩に腰掛けながらワルツはカーゴコンテナの中から無線機(?)を取り出した。
ちなみに、ワルツ自身は本体に無線通信システムが搭載されているので、アナログでもデジタルでも、好きな帯域で通信することが可能である。
だが、それでも無線機を取り出した理由は、無線機の使い方に慣れていないルシアやテレサ達に使い方を教えたかったからなのか、あるいは無線機を取り出さずに話すと独り言のように見えるから嫌なのか・・・。
なお、無線機の見た目は厚み5mm、幅50mm、長さ100mm程度のポケットサイズである。
ただし、画面などは無く、単に電源ボタンとPTTスイッチ(送受信を切り替えるスイッチ)が付いているだけだった。
つまり、周波数は選べずに単一で、誰かが無線機を使うと、無線機を持っている全員に聞こえるようになっていたのである。
・・・そう、全員に無線機を配ってあったのだ。
だが何故か、誰も使おうとしなかったのだが・・・。
どうやら、機械に向かって話すという行為に、何か違和感を感じていらしい。
その辺は、電話が普及を始めた頃の現代世界と同じ状況なのかもしれない。
『狩人さん、狩人さん。こちらワルツです。どうぞ』
無線機(実はダミー)に向かって話しかけると、しばらく経って・・・
『これで、ワルツ様と話が出来るのですね・・・』
と、(ワルツ内通信システムから)何故かユリアの声が聞こえてきた。
『あれ?狩人さんは?』
『ん?なんかおかしくないですか?何で私のからワルツ様の声が聞こえてこないんでしょう・・・』
『あのねユリア。スイッチを押しっぱなしにしてるから聞こえないのよ。話を聞きたいときはスイッチから手を離すの。それで話したいときは押すの。もう忘れちゃった?』
『あぁ、なるほどな』
今度こそ、狩人の声が聞こえてきた。
どうやら、無線機の使い方が分からなかったらしい。
『それでどうです?避難の状況は?』
ワルツが改めて問いかけると、
『あぁ。それなんだが、首都の防衛隊が中々に優れている者達らしくて、次々とゾンビたちを駆逐していってるみたいだぞ?おかげで、私達の仕事は殆ど無いな』
今度はちゃんと返事が帰ってきた。
そんな彼女の言葉の中に、気になる言葉があったため、ワルツは眉を顰める。
すると、
「仲間かもしれないのに攻撃するなんて・・・」
ワルツの代わりに、話を聞いていたルシアが呟いた。
そう思ったのは、どうやら、ワルツやルシアだけではないようで、
『あの、ワルツさん?』
狩人ではない者の言葉が聞こえてきた。
どうやらカタリナらしい。
『・・・何か進展があったの?』
『いえ、まだ・・・ただ、狩人さんの言葉を聞いていて気づいたことがあったので、先に言っておこうかと』
何かを悩んだような間があって、カタリナが言葉を話そうとした・・・そんな時だった。
『実は・・・』
ザーー・・・
突然の聞こえてきたノイズのために、カタリナの声が途切れた。
「ん?壊れたのじゃろうか?」
そう言いながら、手にしていた無線機をヨコにしたり、逆さにしたり、振ってみたりするテレサ。
「私のもそうだから、壊れたってことはなさそうだよ?」
ルシアも突如として使えなくなった無線機に戸惑っているようだ。
そんな中で、ワルツの顔色は最悪と言っていいほどに悪かった。
「ジャミング・・・」
電波を利用した通信が発達していないこの世界にあるはずのないもの、ジャミング。
ワルツがこの世界に来てにこれまで検出することのなかった強力な電波が、無線機の通信を妨害したのだ。
何故分かったのか。
彼女に内蔵された無線通信システムが、悪化する通信状態に警告を発し続けていたのである。
「ありえないわ・・・」
まさかの事態に、思わず座っていた岩から立ち上がるワルツ。
・・・そして、
「禁止ワードを検出したため対象と接敵しました」
彼らはやってきた。
何もない場所から、まるで空間を引き裂くようにして、人が現れたのだ。
それも一人ではない。
ワルツ達を取り囲むようにして20人ほどいるだろうか。
「神に仇なす魔神ワルツをこれより排除いたします」
「・・・天使・・・」
どうやら、今回の一件にも、天使が関わっていたようである。