5後-15 ア゛ァァ〜?
エネルギアを飛び出した後、イラッ、とする国王の事を忘れるために、仲間達のところまで短いながらもゆっくりと空中散歩を楽しみたかったワルツ。
だが、状況がそれを許さないのは、日頃の行いが悪いのか、それともこれもまた国王の嫌がらせの一環なのか・・・。
というわけで、ワルツはルシアを連れて、全速力で、真っ直ぐに、最短距離を、仲間達のところへ向かって飛行するのだった。
「やっば・・・取り囲まれてる!」
ワルツは自分の眼に見えてきた仲間達の様子に声を上げた。
「えっと、大丈夫そう?」
姉の焦る声に、心配そうに安否を問いかけるルシア。
「えぇ、今のところは狩人さんが頑張ってるから大丈夫そう。でも、狩人さんってスタミナが無いから・・・まぁ、私達が到着するまでは問題ないはずよ。それよりも、一番の問題は、ゾンビ展開にありがちなパターンよね」
「えっ?何それ」
「・・・ゾンビに噛まれたり、怪我をさせられたりしたら、襲われた者もゾンビになっちゃうっていう話よ」
・・・例に漏れず、現代世界の常識である。
この世界でも同じとは限らないのだが、ありがちなパターンとして警戒しておくことに越したことはないだろう。
「えっ・・・じゃぁ、狩人さんもゾンビになっちゃうって事?」
どうやらルシアは、単に襲われただけでゾンビになると思っているようだ。
鬼ごっこならそうなるのかもしれない。
「えーと、怪我をしない限りは大丈夫のはずよ。ここから見た感じだと、狩人さんはまだ無傷のようね」
「よかった・・・なら、援護する?」
援護・・・彼女の場合、即ち、殲滅である。
「・・・少し待ってもらえないかしら。もしもゾンビ化した人達を元に戻す方法があるなら、できるだけたくさんの人達を救いたいし・・・」
「うん、分かった!でも、狩人さんたちがやられそうになったら、助けるよ?」
「えぇ。その時はお願いね、ルシア」
「うん!」
そして、間もなく2人は、仲間達のところに到着した。
エネルギアからの所要時間は2分もかかっていない。
ドゴォォォン!!
質量兵器張りに、到着した衝撃で周りにいたゾンビたちを吹き飛ばすワルツ。
なお、仲間には重力制御の障壁を張っているので、全員無傷である。
「ごめんなさい!敵の真ん中に送っちゃって・・・」
到着した途端、ルシアが謝った。
「大丈夫?怪我してない?」
狩人が怪我を負ってゾンビ化したら自分のせいだ、とルシアは考えているようだ。
「えっ?あ、あぁ。かすり傷一つ負ってないよルシア。心配してくれてありがとう。あんなとろい連中に遅れなんてとらないから安心してほしい」
取り乱した様子のルシアに狩人が微笑みながら答える。
もちろん、狩人だけではない。
周りの仲間達も同じようにして笑みを浮かべていた。
「・・・うん。よかった」
さて、何故ルシアが謝らなければならなかったのか、その補足をする必要があるだろう。
「・・・皆に言っておかなければならないことがあるの」
ワルツは神妙な面持ちでゾンビたちと戦う際の注意事項を告げようとした。
これが単なるアンデッドのゾンビなら、攻撃を受けたとしても、単に怪我するだけで済んでいたことだろう。
だが、相手は半死半生の者たちである可能性が極めて高いのだ。
もしもウイルス性の感染症だとすると、攻撃を受けて怪我を負えば、出来た傷からウイルスが入り込み・・・あとは某ホラーゲームのように感染が蔓延していくのではないだろうか。
ワルツがそのことについて注意をしようとしたのだ。
だが・・・
「えっと、もう皆さんには私から伝えました。感染のことですよね」
カタリナが先に注意を喚起していたらしい。
「えっ・・・そ、そう・・・。流石カタリナね」
何も言わずとも考えて行動できる弟子に、ワルツは喜ぶ・・・と言うよりは純粋に驚いた。
現代世界の物語や映画、あるいはゲームなどの事前知識があるなら、当たり前のように気づくことが出来ることだが、彼女にはそれがないのである。
持てる知識を活用して短時間で感染の可能性について言及する。
普通、出来ることではないだろう。
「それでこれからどうするのじゃ?アンデッド達の薄い場所を、2人に探してもらっているのじゃが・・・」
そう言って直上を旋回しているルシアとシルビアに視線を向けるテレサ。
どうやら皆、ワルツが不在であっても、今できる最善を行っていたようである。
「・・・そうね・・・」
緊急時においても的確な行動が出来る仲間達に、そのまま任せるのも悪くはない、と考えるワルツ。
だが、
(80万もいるとなれば話は別ね・・・)
仲間に完全に任せきりにした結果、多くの人々の命を失ってしまうと元も子もないので、今回は自らも行動することにした。
(まずは、人命救助かしら。問題は首都に防壁が無いことだけど・・・)
そう、エンデルシアの首都には、文化的な背景のためなのか、防壁が無かったのだ。
壁があれば、内部に籠城して、ゆっくりとゾンビたちを処理していくということも出来たのだが・・・
(防壁が無いなら、ゾンビたちを壁の中に隔離しちゃいましょう)
というわけで、ワルツは壁を作ることにした。
・・・ただし、王都を取り囲む壁でも、ゾンビ達を取り囲む壁でもない。
「皆、一度、飛ぶわよ?ユリアとシルビアはセルフサービスね」
『了解です!』
「うん」
「お願いします」
「あぁ、分かった」
「頼むのじゃ」
そして、ワルツは飛ぶことの出来ない4人を宙に浮かべた。
高さは20m程度。
それほど高くは無かったが、飛ぶことの出来ないゾンビたちを避けるには十分な高さである。
そこまで退避してから、ワルツはルシアにとある頼み事をした。
「ルシア。ここに、深さ200m、幅3kmくらいのおっきな穴を作ってくれない?できればゆっくり、ゾンビたちをできるだけ傷つけないようにね・・・」
「えっと・・・大きさがよくわからないけど、やってみる」
「首都に被害を出さなければ多少大きくても問題はないわ」
「それなら・・・」
・・・普通、それなら、と言って簡単に出来るものではない。
質量にしておよそ2.6Mt。
それを彼女は土魔法で・・・
「えいっ!」
ゴゴゴゴゴ・・・
・・・いとも簡単に消去してしまったのである。
(本当、どこに消えてるんでしょうね・・・)
なお、それらが全てエネルギーに変換されたとすると、現代世界に換算して全世界のおよそ3200年分の電力に当たるだろうか。
そんなエネルギーが突如として惑星表面で爆ぜたとするなら、下手をすれば空に見える月ごと消えて無くなることだろう。
ちなみに、ワルツのエネルギー質量変換は、適当にやっているように見えて、実は緻密な計算がなされた上で行っているので、エネルギーが放出されることによる惑星の公転軌道への影響や自転速度への影響が出ないように調整されていたりする。
もしも単に宇宙にエネルギーを放出するだけなら、ミッドエデンの王都地下に大工房を設置した時点で、この惑星の軌道は大きく変わっていたことだろう。
(転移魔法みたいに、どこかに移動させてるんでしょうね・・・)
恐らく、海中か、あるいは異空間のような場所に、投棄されているのではないだろうか。
さて、それはともかくである。
まるでゆっくりとエレベータが降りていくかのようにして、巨大な落とし穴が出来上がった。
ルシアは、ワルツの言った通り、ゾンビたちを出来るだけ傷つけないようにして土魔法を行使したようである。
中にいたゾンビたちからすると、高さ200mの壁が突如として現れたように見えるに違いない。
「完璧よ。ルシア。体力はまだ大丈夫?」
「うん。全然平気だよ?」
「そう、なら次は、街の周りを取り囲んでいるゾンビたちをこの穴の中に転移させてくれない?」
「うん分かった」
すると空中に浮いたままのルシアは、二つ返事で、見える範囲のゾンビたちを穴の中へと転移させ始めた。
その間に次の指示を飛ばすワルツ。
「あと、狩人さん、ユリア、それにシルビアは町の人達の安全を確保しに行ってもらえるかしら?」
「分かった。まかせろ」
「ガッテンです!」
「頑張ります!」
そう言うと、狩人の両手を掴んで持ち上げながら飛んでいこうとするユリアとシルビア。
だが、
パタパタパタ・・・
パタパタパタ・・・
・・・殆ど動く気配が無かった。
「・・・無理するなよ?まだ落ちたくないからな・・・」
と、ゾンビが蠢く奈落の底のような落とし穴を眺めながら呟く狩人。
「・・・いや、そんな無理しなくても・・・穴の外まで送るわよ・・・」
「えっと・・・すみません」
「やっぱり、完全に持ち上げるのは大変です・・・」
以前、海でルシアとテレサをどうにか持ち上げていた2人だったが、それは彼女らが軽いためであったようだ。
とはいえ、狩人が重いというわけではない。
どうやら、体勢的な問題も相まって、持ちあげられなかったらしい。
・・・その後、穴の縁まで移動すると、狩人たち3人は普通に歩いて街へと向かったのだった。
「さて、カタリナ?やることは解ってるわね?」
「はい。病理検査ですね」
「そゆこと。で、どうする?一度エネルギアに戻る?」
いつの間にかサンプル(ゾンビの腕)を瓶に詰めていたカタリナに問いかけるワルツ。
「えっと、そうですね・・・ここでは細菌の検出は出来ますが、ウイルスの場合だと検出も観察も出来ないので、できればエネルギアに戻ったほうがいいですね」
「分かったわ。電子顕微鏡の使い方は分かるわよね」
「はい、大丈夫です」
と、この異世界にあってはならないものの名前がワルツから飛び出したが、カタリナにとっては最早あって当たり前の道具と化していたようだ。
なお、この電子顕微鏡は、本来はウイルスの観察に使うものではなく、ワルツが自分の補修部品を作り出すために使っているものである。
「何か分かったら、無線機で連絡して」
「分かりました」
ゾンビの腕が入った瓶を大事そうに抱えながら、彼女はワルツの言葉に頷いた。
「ルシア、カタリナをエネルギアに返してあげて。今なら動いてないから大丈夫でしょ?」
動いてはいないが、時折、ピカッ、と輝く何かを放出しているエネルギアを横目に見ながら、ルシアに問いかけるワルツ。
「えっと、艦橋でいいの?」
「えぇ。それで構わないわ」
「なら行くよ?カタリナお姉ちゃん」
「うん。お願い」
するとカタリナが消えた。
「えっと・・・大丈夫。無事に送れたみたい」
「そう・・・。なんとかゾンビ化した原因をカタリナが突き止めてくれればいいけど・・・」
「うん」
「うむ・・・」
だが、そう応えたテレサの表情はあまり優れなかった。
「妾は・・・妾にはできることが何もないのじゃ・・・」
一体、自分に何が出来るというのか。
テレサはそれを悩んでいたようだ。
そんなテレサに対して、ワルツは微笑を浮かべながら言った。
「ならヒント。カタリナは小さな生物がゾンビの原因じゃないかって探ってるけど、本当に原因はそれだけかしら?」
「む?他にも原因が・・・?」
ワルツの言葉を聞いたテレサは少し考えた後、ハッ、とした様子を見せ、口を開いた。
「・・・妾は魔法的な切り口から、皆がゾンビ化した原因を探ればいいのじゃな?」
「そういうこと。それも、テレサが得意な幻術魔法にを中心にしてね」
ここは異世界なのである。
原因が生物学的なものとは限らないのだ。
むしろ、魔法が存在する以上、精神を支配する何らかの魔術的な要素が原因である可能性のほうが高いだろう。
それを探るのがテレサの役目である。
「うむ!わかったのじゃ!・・・もう少し考えればよかったのじゃ・・・」
眼の前のゾンビたちに気を取られ、いつの間にか視野が狭くなっていたことに、テレサは気づいたようだ。
そして、振り向きざまに、
「妾はちゃんと活躍の機会を考えてくれたお主のことが大好きなのじゃ!」
そう言って、尻尾をブンブンと振り回しながら、彼女はその頭にある獣耳で、辺の魔力の流れを感じ取り始めた。
(・・・殆ど、自分で見つけてたじゃない・・・)
ワルツは微笑を通り越して、苦笑を浮かべるのであった・・・。
そんなこんなで、ワルツ達は出来上がった落とし穴の周囲で、情報収集をしながら、未だ地上に残るゾンビたちの転移処理を行っていると、
「・・・私の眼が壊れたのかしら?」
いつもならテンポに言われて機嫌を悪くする言葉を、ワルツ自身が口にした。
「・・・いや、正常じゃと思うぞ?あるいは、妾の眼も腐った可能性は否定できんがのう・・・」
テレサも目の前に現れたとあるモノの存在に、自分の眼を疑っていた。
「・・・この際だからやっちゃう?」
ルシアは違ったようだが・・・。
「いや、止めましょ、ルシア。いくら日頃の恨み辛みがあるからといって、こんな状況で発散するのは良くないわ・・・」
「えっと・・・うん。分かった(別に恨みつらみがあるわけじゃないんだけど・・・)」
さて、一体何がワルツ達の前に現れたというのか。
「ア゛ァァ〜?」
「ウ〜〜・・・」
・・・ゾンビである。
それも、
「短い使いだったわね・・・勇者と剣士・・・」
そう、王城へと降り立ったはずの勇者たちのゾンビが現れたのである。
5章を終えるために、あと20話は必要なる予感