5後-14 蟻のよう
ドゴォォォン!!
音は聞こえども、姿は見えぬ。
まるでマフラーだけを改造した原付バイクの様・・・というわけではない。
度重なるワルツとルシアのレーザー攻撃のせいで、艦橋のモニターが半数ほど沈黙していたため、外の景色が見えなかったのである。
「町の様子が見えない・・・。テンポ、ステータスモニターに音源の方向のカメラをバイパスして」
「承知いたしました」
すると随分と広角の景色(望遠の逆)が、破壊されていなかった半透明のステータスモニターに表示される。
この頃には、雲も大分少なくなり、エンデルシアの首都全体が見通すことが出来た。
街は王城を中心に放射状に街道が広がっていく作りになっており、その真上にクレストリングが浮かんでいるという様子である。
ミッドエデンやメルクリオの町並みと違って大きく違うのは、街に壁がないことだろうか。
どうやら、飛行艇が発達したこの国では、街の壁がそれほど防衛に役立たないらしい。
そんな中で爆発が起ったのは、町外れに近い木造の住宅が立ち並ぶ地区の一角だった。
「黒煙が上がってるわね・・・ズームして」
「20倍で表示します」
そしてモニターに浮かび上がってきたものは・・・人同士が争っている光景だった。
どちらかが火魔法を行使したために爆発が起ったらしい。
だがそれも、一箇所だけの話ではない。
よく見ると、そんな光景が街中の至るところで展開されていたのである。
「・・・クーデター?」
「何を失礼な事を言う。これでも、善政を敷いていることで民からは信頼があるのだぞ?」
『・・・絶対嘘よね(だよ)(なのじゃ)(ですね)』
一同から白い目で見られる国王。
「全く・・・無礼な者たちだ・・・。まぁ、慣れてるがな」
(慣れてるって・・・人から信頼されてないのに、それに慣れるってどうなの・・・)
そんな状況に置かれたら、自分なら生きて(?)いけないんじゃないか、と思うワルツ達。
だが、実際、慣れているのか、国王は周りの者達の様子に気にすること無く言葉を続けた。
「・・・よく見てみろ。一方は普通通りに戦ったり逃げたりしているようだが、もう一方はまるで動きが生者のものではない。そう、ゾンビのように見えないか?」
「ゾンビねぇ・・・」
また、国王が妄言でも吐いたのだろうと、注意深く観察するワルツ。
しかし・・・
「・・・そうね。確かに、それらしい怪しい動きをしてるわね」
面倒なことこの上ない国王ではあったが、彼の言うとおり、『ア゛ァ〜〜』と言わんばかりの様子で、歩みを進める者たちの姿があった。
伊達に国王をしていないのか、観察眼はあるらしい。
(あれが『アンデッド』ってやつなのかしら・・・)
彼らゾンビ(?)の身体には、全身に斑点のような傷が無数にあって、一部は腕や足が無い者までいた。
それでも血が出ていないところを見ると、やはり血液が通っていないのだろう・・・。
(・・・えっと・・・あれ?気のせいじゃないわよね・・・)
ワルツは何かに気づいたらしいが、ここでは敢えて言わなかった・・・。
他の一部の仲間達も何かに気づいたらしいが、国王の前では言いにくいことだったので、皆、口は開かなかったようだ。
いや、むしろ、言ったら余計な問題が生じる、と言うべきか・・・。
・・・もちろん、彼のチャックが開いていたり、鼻毛が飛び出していたり・・・と言った話ではない。
ワルツは気づいた事を国王に悟られないよう、変に開いてしまった間をテンポ式無表情(?)で華麗にスルーして、自分の中の話題を切り替えことにした。
「・・・アンデッドといえば、やっぱり回復魔法よね」
『えっ?』
「えっ?違うの?」
アンデッドに回復魔法を行使するとダメージを与えられるという現代世界の常識(?)を口にしてみたワルツだったが、仲間達の様子は芳しくなかった。
「いや、聞いたことはないな・・・」
「聞いたことも試したこともないですね」
常日頃からアンデッドと戦っていそうな狩人とカタリナが返答する。
「・・・それに先程、ルシアちゃんが特大の回復魔法を使っていたではないですか。一体ゾンビたちがどこからやってきたのかは分かりませんが、あのゆっくりとした様子では殆ど移動できないはずなので、恐らくは回復魔法に巻き込まれていると思います。・・・やはり効果は無いのでは?」
「うーん・・・それもそうね。なら聖水をばら撒くとか?」
「えっと、確かに聖水はアンデッド達に効果的に効きます。ですが、大量に作れない・・・というか途方もなく高価なので、いくらでも湧いて出てくるようなアンデッド相手には普通使いませんね。これがアンデッドドラゴンなどの災害指定級の魔物なら話は別ですが・・・」
「ふーん・・・なら、一体一体叩いていくしか無いのね」
「そうですね。面倒ですが致しかたありません・・・」
カタリナはそう言いながら、死してもなお開放されることのない魂達に、悲しげな視線を向けるのだった。
(それにしても、どこから湧いて出たのかしら・・・)
ゾンビやスケルトンといったアンデッドが生じる条件は、死者をその土地の魔力が集中する場所に放置することである。
この世界では、基本的に火葬によって死体が処理されることもあり、正しく埋葬されているのなら、基本的にはアンデッドが生じる条件には当てはまらないはずである。
その上、墓地のある教会が建てられるのはそう言った魔力が集中しにくい場所である上に、土地は神官によって浄化されるのだ。
特に、国の中心とも言える首都でずさんな死体の処理が行われるなどといったことは通常考えられないだろう。
そして何よりも、
「・・・あそこって、結界内部よね?」
本来ならアンデッドを含めた魔物たちを遮断するはずの結界の内部でゾンビたちが暴れていたのである。
つまり、
「・・・ゾンビじゃない?」
ということになる。
もしかすると、回復魔法が効かないというのも、ゾンビではないから、なのかもしれない。
「なら、生きてる人間ってこと?」
「ワルツ?話がよく分からないんだが・・・」
ワルツの中だけで話が進んでいたので、理解できなかった狩人がたまらず声をかけてきた。
「えっとですね。あそこは結界の中なので、外からアンデッドが侵入したとは思えないんですよ。だからといって、町の中で大量のゾンビが湧くとも思えない。つまり、彼らは、実は普通の人間であって、町の外から普通に侵入した可能性が高い、ということです」
「なるほど。なら、どうしてあんなアンデッドみたいな動きをしてるんだ・・・?」
「そうですね・・・最悪、操られているか・・・あるいはバイオテロ・・・えっと、取り付かれるとゾンビになる生物に寄生されていたりとか・・・」
「寄生・・・」
その言葉に顔色を変える狩人。
どうやら、森の中で、何かトラウマになるほどの魔物と出くわしたことがあるらしい・・・。
「まぁ、寄生じゃなくて、感染してるだけってことも考えられますけどね」
「・・・感染?」
どうやら狩人には感染の意味が分からなかったようだが、代わりに・・・
「感染・・・」
今度はカタリナが顔色を変えた。
ただし、使命感を孕んだ表情である。
「なら、私の出番ですね」
「かもしれないわね」
カタリナとワルツがそんなやり取りをしていると、
「・・・もしかして、元勇者パーティーの僧侶のカタリナか?」
国王が、今更になって、カタリナのことに気づいたようだ。
彼女が僧侶の格好から白衣の女医の格好になっていたので、今まで気付かなかったらしい。
「えぇ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません国王陛下」
「ふむ。息災な様子で何よりだ。だが、以前とは随分と雰囲気が変わったのではないか?」
「いえ。そのような事は無いかと」
「そうか・・・。ところで、何故、勇者パーティーを抜けた・・・とは聞かん方がいいか。原因はリアだろうからな・・・」
「いえ・・・そのようなことは・・・」
「おっと、すまない。無粋な話題だったな」
一応カタリナの前では、国王は国王らしい対応をするようだ。
どうやら、国王としてもリアには何か思うところがあるらしい。
(アレが、リアの父親ってことになるのよね・・・ずいぶん若く見えるけど、一体何歳なのかしら・・・って、父親がエルフなのに娘がタヌキってどういうこと?)
意外に養子だったりして、などと思うワルツだったが、おそらくは母親側の遺伝なのだろう。
まさか、タヌキはエルフの派生種族・・・ということはあるまい。
ならキツネは・・・。
・・・さて、いつの間にか、国王の息の根を止める、というタスクが止まってしまったわけだが、状況が状況なので、仕方のないことだろう。
だが、どうやら、その必要も無くなりそうである。
「・・・やはり、この船は素晴らしいな・・・こうして浮かんでいるだけでも実に様々な情報を手に入れることができるのだからな。さて、私は対処があるのでここで失礼する。実に有意義な時間であったよ、お嬢さんたち」
そう言うと、ニカッ、というさわやかな笑みを浮かべた後、エンデルシア国王は転移魔法を使って颯爽と本来いるべき場所へと戻っていった。
恐らくは、王城の中に、笑みを浮かべたままの彼が、突如として現れることだろう。
「あっ、ちょっと!・・・結局、サウスフォートレスに派遣した兵士たちの事を聞けなかったわ・・・」
ワルツは、聞きそびれた、と言った様子で話すのだが・・・
「ですが・・・」
「えぇ、分かってるわ・・・。でも、まさかこのタイミングで出てくるとは思わなかったわね・・・」
「そうですね・・・」
ワルツの言葉に首肯するカタリナ。
「はぁ、帰りたい・・・でも、ダメよね・・・」
「そうですね・・・残念ながら・・・」
何故ワルツは帰りたいのに、帰れないのか。
本来なら、エンデルシアのイザコザはエンデルシアの者たちだけで解決すべきなのだ。
順当に行けば、そこに面倒くさがり屋のワルツが介入する余地は全く残されていない。
なのに、それを無視して帰ることが出来なかったのである。
・・・なぜなら、
「やっぱり、あの人達って、ルシアと一緒に返送したはずの80万の兵士の一部よね・・・」
そう、エンデルシア国王には言っていなかったが、彼らは前にサウスフォートレスに侵攻してきた者たちだったのだ。
身体中に無数の斑点のような跡が残っていたのは、恐らく、剣山の罠にかかって負った傷の跡だろう。
「えっ・・・あの時、確かにエンデルシアに戻したはずなのに・・・」
どうやら、ルシアは今の姉の一言で、ようやく彼らの正体に気づいたらしい。
「もちろん、私も見てたからそれは間違いないわ・・・」
それでも納得がいかない様子のルシア。
それはワルツを含め、皆が同じ気持であった。
「流石に、あんなゾンビが出てきたら『兵士さん達は元気ですか?』なんて脳天気に聞けないわよ・・・」
そのせいで、エンデルシアから80万の兵士を派遣した真意や天使たちとの関係についても聞きそびれてしまったのである。
・・・尤も、つい先程まで、話をする前に殺す気でいたのだが。
だが、ワルツ達から話題を振らなくとも、相手の方から話し出す可能性も十分にあった。
なぜなら、ここにはミッドエデン上下院議長のテレサがいるのである。
エンデルシア国王の方から、派兵についての話が無かったのは、やはり単なる暴君なのか、あるいはテレサのことを議長だと知らなかったのか、それとも・・・。
何れにしても、自国の侵略行為について謝罪が無いのは、おかしな話だった。
「ほんと、最後の最後まで面倒な国王ね・・・」
「・・・普段はもっと違う様子なのですが・・・やはり、こちらを探りに来たのではないでしょうか」
とカタリナ。
勇者たちとともに何度か国王に謁見している彼女からしても、普段と様子が違っていたようだ。
「まぁ、旗艦を倒しちゃったし、クレストリングや街にも色々と被害を出しちゃったからね・・・」
「えぇ。ですが、何事も無く帰っていったとなると・・・」
「・・・もしかして、恩赦を受けた・・・とか?」
「確定的なことは言えませんが・・・可能性としては低くないのではないでしょうか」
とはいえ、単に国王の独断である可能性も捨てきれなかった。
例え正式に恩赦が決まるとしても、今すぐに兵士たちに通達される、ということは無いだろう。
あるいはそれをひっくるめて、『今回はこの件から手を引け』と、副音声で言っていたとも考えられる。
まぁ、その程度の理由で帰れるなら、ワルツとしても楽なのだが・・・。
「・・・何れにしても、しばらくはエネルギアでクレストリングに乗り付けるのはやめておきましょう」
「・・・そうですね。その方が賢明かと」
というわけで、珍獣のような国王との邂逅は、まるで嵐が通り過ぎるかのように終わったのであった。
その後、ワルツ達は、一度エネルギアをクレストリングから遠ざけてから、ルシアの転移魔法を使ってクレストリングに歩いて侵入することにした。
国王以外に顔は見られていないので、地上からなら問題なく街へと入ることができるはずである。
「じゃぁ、転移させ次第直ぐに追いかけるから、今度はちゃんと待っててよね?この前みたいに、天使みたいなのに捕まったりしたら困るんだから」
チラッ、っと、国王が来た際は無言だったシルビアに視線を向けるワルツ。
彼女の場合は、勇者達誘拐の一件があったので、国王の前では何も言えなかったようである。
「いやっ、大丈夫ですよ。少なくとも私が襲うとかもう二度とありえませんから」
「そうです、大丈夫ですよワルツさん!後輩ちゃんは私がしっかりと見張っているんで安心してください」
「そ、そんなぁ・・・先輩、ひどいです・・・」
「・・・なんか、心配だけど・・・まぁ、任せるわ」
「らじゃーです!」
ビシッ!
っと敬礼するユリア。
エネルギア操船の際のワルツとテンポのやり取りを聞いていて真似たらしい・・・。
所謂、高二病、というやつだろう。
その後、首都から20kmほど離れた空中にエネルギアを停泊させてから、仲間達を首都の近くの街道へと転移させた。
なお、テンポは船番をするのでエネルギアに残った。
船内には目を覚まさないリアと僧侶の少女がいる上、いつエンデルシア空軍の攻撃を受けるか分からないのである。
船を操縦できるものが残るのは仕方ないことだろう。
というより、自分から残ることを願い出たのだが・・・。
そのため、ダガーの替え刃を必要とする狩人が、以降のアイテムボックスの管理担当となったのだった。
「さてと、なら行ってくるわね。何かあったら頼むわよ?」
「はい、お任せください」
まるでメイドのような雰囲気で恭しく礼をするテンポ。
・・・恐らくワルツ達のいない間、トリガーハッピーな彼女は、エネルギアの兵装を使って延々と試し撃ちをするに違いない。
皆が戻ってきた時には、辺り一帯がクレーターだらけになっていることだろう・・・。
「・・・じゃぁ行ってくるわ。準備はいい?ルシア?」
「うん!」
そして、ワルツとルシアはエネルギアのタラップから飛び降り、いつも通りに大空を舞ったのである。
1分ほど飛行した頃・・・。
「・・・ねぇ・・・」
とあることに気づいたワルツは、ルシアに声を掛けた。
「・・・何、お姉ちゃん?」
何となく嫌な予感がしながら恐る恐る姉に問いかけるルシア。
なぜ嫌な予感がしたのか?
「・・・地面って、こんなに黒かったっけ?」
「・・・ううん・・・もっと白っぽかった気がする・・・」
エンデルシアの首都の気候は、どちらかと言えば乾燥地帯で、白っぽい土の多い土地が広がっているはずだった。
だが、今では、まるで蟻が地面を覆い尽くすかのように真っ黒になっていたのである。
「・・・私この光景を見たことある・・・」
ルシアが呟く。
「・・・奇遇ね。私もよ」
ワルツがそれに答える。
一体、どこで見たのか。
・・・サウスフォートレスの空から80万の兵士を運んだ際である。
つまり、
「80万人のゾンビがエンデルシアの首都を取り囲んでるってこと?!」
・・・どうやら、サウスフォートレスではどうにか阻止出来た事態が、場所を変えて再び展開されようとしているようだ。