5後-12 猿?
『私はエンデルシア国王、アルコア=F=エンデルスである。そなた達の話が聞きたい。会話の場を用意するので、船から降りてきてくれないだろうか』
『?!』
これには仲間だけではなく、空軍兵士たちも驚いたようだ。
「うわぁ・・・無理・・・」
まさかの大物の登場に、ワルツも思わずたじろいだ。
その上、会話の場を用意するというのである。
見知らぬ目上の者とそういった機会をもつことが苦手なワルツにとっては苦痛でしかないのだ。
『陛下!いけません!それ以上前に進まれては・・・!!』
『えぇい!俺に構うな!あんな船、そうそう見られるものではないぞ!』
・・・どうやら国王は、エネルギアを近くで見たいだけらしい。
一方、
「うん、全力で逃げましょう。もう、勇者たちが何のために王城に行ったとか、そんなのはどうでもいいわ。テンポ行くわよ?」
「アイアイサー」
そう言ってエネルギアの昇降口から離れ、艦橋へと向かおうとするワルツ達。
それも走って。
「・・・話を聞くだけならいいんじゃないか?」
「いえ全力で逃げます。誰が何と言おうと、逃げるときは逃げるんです」
「えっ?・・・う、うん。分かった。そこまで言うなら・・・」
ワルツの剣幕に、折れるしか無い狩人。
彼女の父のように仲間の身内の親戚や知り合いならまだしも、今回の相手は完全に赤の他人である。
最早、会話をする余地すら残されていなかった。
「仕方ありませんよ狩人さん。ワルツさんは徹底的にこういうのが苦手なんですから」
これまでに何度もワルツに付き合わされているカタリナにとっては、慣れたことだった。
「そうか・・・まぁ、苦手って言うのなら仕方ないよな・・・」
「でもまぁ、損じゃよな・・・こういった出会いもまた、何かの縁じゃというのに・・・」
ワルツと違って、仲間達は会話の場を持つことに前向きなようだが・・・既にワルツとテンポは、エネルギアを発進させようと艦橋へと向かっていたのだった。
「昇降ハッチクローズ。それが完了したら、即座に離岸開始」
「了解。ハッチ閉じます」
艦橋の操縦席に着いたテンポに指示を出すワルツ。
そして、それに答えるテンポ。
ちなみに、テンポは、とりわけ人見知りが激しいわけではない。
それでも、何も文句を言わずにワルツに付き添っているのは、自分たちに声を掛けてきた相手が男性だったから、だろうか。
どうやら、彼女が認める男性像には、相当に困難な条件がつけられているようだ。
少なくとも、大国の王、では適わないらしい・・・。
「ハッチクローズ確認。エネルギア後退します」
そしてクレストリングの桟橋を離れ、徐々にエネルギアがバックを始めた・・・
そんな時である。
「わ、ワルツ!」
狩人が血相を変えて艦橋に駆け込んできた。
「あ、動き出すときはシートベルト・・・は、要らないわね。重力偏向してるわけじゃないし」
普段から艦内の振動や加速度を打ち消すようにして働いている重力制御と、エネルギア自身の莫大な質量のお陰で、通常の飛行では艦内でデリケートなピ○ゴラスイ○チをしても問題なくらいに揺れることはなかった。
これがメルクリオの王城から飛び立ったた時のように、重力制御の方向を変える『重力偏向』をして加減速を行うとなると話は変わるのだが、今は単に推進器のリバーサー(逆噴射のようなもの)を使ってバックしているだけなので、仲間達が艦内を歩き回っても問題は無いのである。
まぁ、いつもは仲間達にシートに座ってベルトを付けてもらっているのだが、それは現代世界での風習をワルツが踏襲していたためであって、特に必要というわけではない。
そもそも、エネルギアの重力制御システムの制御範囲を超えるような大きな衝撃が船体にかかった時点で、デリケートな核融合炉が壊れて、墜落は免れないのだから。
「で、どうしたんですか?狩人さん」
「いや・・・とんでもないことに・・・」
彼女がそんなことを言った時だった。
「ほう?!ここが操舵室か・・・」
狩人の後ろから艦橋に入ってきた綺羅びやかなローブと、立派な杖、そして王冠を被った20代前半ほどの見知らぬ男性が入ってきたのだ。
そう、(自称)エンデルシア国王が何故かエネルギアに乗り込んでいたのである。
普通の人よりも大きく耳が尖っているところを見ると、エルフなのかもしれない。
「・・・あ、すみません。ここ、関係者以外立ち入り禁止なんで。・・・ルシア、お帰りになるらしいから送ってあげて?」
なお副音声は、
(ちょっと、何考えてるのよ!ルシア、直ちに強制排除して)
である。
ところが・・・
「えっとね、転移魔法を何度も掛けてるんだけど・・・逃げられちゃって・・・」
と獣耳を残念そうに倒しながら答えるルシア。
そう言っている間にも、転移魔法を行使しようとするが・・・
「ほほう?これは窓ではないのだな・・・」
ルシアが転移魔法を行使する前に、自身が転移しているのか、艦橋内の別の場所に瞬間移動する国王。
どうやら、転移魔法発動までの時間は、ルシアのよりも、国王の方が早いらしい。
「・・・ボッシュ○ト付けとけば良かった・・・」
もちろん、構造的に不可能である。
もしも実装できたとしても、恐らくは転移魔法で回避されることだろう。
「・・・で、何しに来たんですか・・・たしか、国王陛下?」
相手は招かれざる客とはいえ、一応国王のようなので、敬語を使うワルツ。
「もちろん、見学だよお嬢さん」
そう言いながら、宙に浮かぶ半透明なステータスモニターを物珍しげに見上げる国王。
「すみませんが、帰ってもらえません?」
「そうだなぁ・・・見学が終わったら退散させてもらうよ」
「いえ、直ちにです」
すると、今度はワルツが動く。
ホログラムの表示場所を変えて、国王の真後ろにつき、羽交い締めにしようとしたのだ。
だが、
「中々に立派な椅子だ・・・俺のよりも座り心地がいいな・・・」
ワルツが立った艦長席に、代わりに座る国王。
「んな・・・猿みたいな・・・」
避けられるとは思ってなかったワルツ。
どうやら、国王は相当な反応速度と魔法のを持っているらしい。
流石は、魔術大国の王といったところだろうか。
そんな彼の行動にワルツが対策を考えていると・・・
「っ!!」
・・・ルシアから青白い魔力が漏れ出てきた・・・。
尻尾だけでなく、獣耳の毛も逆立っているところを見ると、相当怒っているようだ。
原因は、国王がワルツの席に断りもなく勝手に座ったことだろう。
「えっと、ルシア?!お願いだから、艦内を荒らさないでよ?!」
「うん、分かった!」
すると、容赦なく細いビームのようなものを発射するルシア。
・・・本当に分かっているのだろうか。
そのビームが相当な速度で国王に向かっていったかと思うと・・・
「おわっ?!おチビさん、危ないじゃないか」
国王は再び瞬間移動した。
だが、彼女の攻撃がそれで終わるはずもなく、国王を捉えきれなかったビームが、
ギュン!
といった様子でそのままの速度で180度反転して、再び国王を追い始めたのだ。
ルシアは、一応、船内を傷つけないように考えているらしい。
「ちょっ・・・危ない。危ないからやめなさい」
と国王。
今度はルシアの真後ろに立った・・・。
「・・・おや、レディーの後ろに断りも無く立つとは失礼な人ですね」
今度はワルツの知らないうちに、ルシアのことを機動装甲の腕で守っていたテンポが口を開く。
そして、容赦なく、国王のことを機動装甲の腕で切り裂こうとした・・・。
が、
「うわっ・・・びっくりした。この船もそうだが、貴女達は一体何者なんだ・・・」
例によって例のごとく、転移によって避けられてしまった。
徐々にワルツ達の攻撃の密度が上がっているがまだまだ余裕のある様子の国王。
・・・実は勇者よりも強いのではないだろうか。
そんな国王の言葉に、誰かが答えることもなく、容赦の無い攻撃が続く。
今度は、転移した先で、気配を消した狩人が待ち構えていた。
「申し訳ないのだが、ここで足止めさせてもらう」
そう言いながら、彼女は国王にダガーの峰打ちを繰り出した。
同時にルシアのビームも国王を狙う。
・・・だが、
「ふむ。中々に興味深い者たちだ・・・」
それでも攻撃を当てることが出来なかった。
まるで、ワルツのように全方位に眼があるような身体の捌き方である。
「・・・もういいわ。これ以上やったら、お互いに怪我をするかもしれないし、船に危害が出るかもしれないから、ここまでにしましょ」
ワルツは、遂に折れることにした・・・。
一応、対処が無いわけではなかった。
皆に座席に着いてもらって、艦橋の重力制御を切った状態で超加速する。
そうすれば座席に着いていない者は必然的に、後ろに吹き飛ばされることになるのだが・・・。
その結果、国王に大きな怪我を負わせてしまうことにもなりかねなかった。
流石に、一国の王をエネルギアの情報を隠すという理由で殺害するわけにはいかなかったのである。
「で、見学したら、降りてくれるのよね?」
「あぁ、もちろんだとも。また見たくなったら、ミッドエデンに行けばいいだけの話だからな。その際はおねがいしますよ、テレサ姫?」
「・・・す、すまぬワルツ・・・」
国王はテレサのことを覚えていたらしい。
だが、彼女のことを議長と言わないところを見ると、ミッドエデンで何が起ったのかまでは把握できていないようだ。
「・・・はぁ。こればっかりは、仕方ないわね」
一日に何度ため息を付いているのかワルツ自身にも分からなくなってきていたが、なかなか上手くいかない現状に彼女は頭を抱えるしかなかった・・・。
と、そんな時である。
『白き飛行艇に告ぐ!ただちに国王を解放し、乗員は投降せよ!』
・・・どうやら、ワルツ達には国王の誘拐犯になったようだ。