5後-11 後悔?
「・・・なぁ。やっぱり臨検を受けて、普通に飛んでくればよかったんじゃないか?」
クレストリングの桟橋に横付けして、そこに降ろしたエネルギアのタラップ(の陰)から見える光景に、思わず後悔する勇者。
「・・・そんな今更後悔するとか、嫌ねぇ(・・・考えないようにしてたのに)」
「おまっ・・・今、何か言っただろ!?」
「え?気のせいよ。それより、これをどうするか。ソレが問題でしょ?」
無理矢理、論点をずらそうとするワルツ。
一体、何が起ったというのか。
『無駄な抵抗は止め、直ちに投降せよ!!』
・・・クレストリングに停泊したエネルギアを取り囲むエンデルシア空港職員の声だ。
桟橋にタラップをおろした瞬間に聞こえてきたのである。
・・・つまり、戦艦レオナルドを押しのけ、クレストリングに接岸(?)したはいいが、取り囲まれてしまい、船から降りることができなかったのだ。
そんな光景に
「やっちゃう?」
ルシアが強制排除を提案してくる。
「・・・うん。もう少し様子を見てからにしましょ?」
ワルツとしては、そのまま突撃も悪くないと思っていたのだが、その先どうするのかを考えていなかったので、下手に行動する事を避けたかった。
このまま、大規模な戦闘に発展すれば、彼女の大嫌いな『面倒事』に発展する可能性もあるのだ。
まぁ、旗艦を沈黙させた時点で、それは避けられないと思うのだが・・・。
「で、到着したわけだけど、勇者はここに着いてどうしたかったの?」
場合によっては、そのままここに勇者達だけ置いて逃げ帰るという選択肢も無くはないと考えるワルツ。
「それはもちろん、王たちの安全確認だ。80万もの兵士を派遣したとなると、只事ではないからな・・・」
そう口にする勇者の顔色はあまり良くはなかった。
「なら、兵士たちに捕まるのが国王に合うための一番の近道じゃない?」
「そのまま、国家反逆罪か何かで処刑されるだろうけどな・・・」
今もなお黒い煙を上げる旗艦と、一部がひしゃげたクレストリング、それに窓が吹き飛んだ様子の町並みの様子を視界に入れながら、頭を抱える勇者。
(勇者補正があれば、どうとでもなりそうだけどね・・・)
もしもそんなものがあるとするなら、例え街中で他人の家のクローゼットや引き出しを勝手に漁って現金やアイテムを持ち出すなどの窃盗を働いたとしても、魔王を倒すまで罪に問われることはないだろう。
もちろん、そんなものはこの世界にも存在しない。
「リアが起きていればなぁ・・・」
勇者の言葉に、そのままの表情で硬直するワルツとカタリナ。
そのリアは、今も意識を失っている状態である上、意識を取り戻したとしても、魔法を使えるかどうかは不明である。
ちなみにこの時点でワルツ達は、勇者にリアがどうして意識を取り戻さないのか、まだ説明はしていなかった。
それは、カタリナが簡単にリアを治療してしまうという見込みがあったから、ではない。
むしろ、その真逆であった。
だが、彼女達を助けだしてから、まだ1日である。
もしかすると、実はカタリナの診断ミスであって、急に元に戻るかもしれない、とワルツ達はそう願わずにはいられなかったのだ。
カタリナもワルツも、病状を判断する側にいるかもしれないが、同時に身内なのである。
2、3日は様子を見させて欲しい、と思うのは致し方ないことだろう。
「・・・なら、ルシアの転移魔法で送りましょうか?」
自分の中に生じた焦りをごまかすかのようにして、ワルツは勇者に提案した。
「・・・いいのか?」
まさか自分の言った言葉が、そのまま実現されるとは思っていなかったのか、驚く勇者。
確かに、取り囲まれた現状を考えるなら、馬鹿正直にタラップから降りるよりも、転移魔法で船から降りたほうが良いのは火を見るより明らかである。
その上、顔を見られる心配もないので、勇者がエネルギアに乗ってやってきたこともバレることはないだろう。
問題は、クレストリングが都市結界の外側だった場合、登録されていないルシアの転移魔法では結界に弾かれて入れない可能性があることだろうか。
「えぇ。結界に弾かれたらごめんなさい。その場合は、町の外に下ろすから、そこから歩いて行ってもらえる?」
「あ、そうか・・・結界があったんだったな。まぁ、最悪、外から歩いて入っても構わないさ」
「そう・・・。送るメンバーは、勇者と剣士、賢者さん・・・それと、ユリアとシルビアにも行ってもらっていい?」
『えっ・・・』
彼女たちは2人揃って驚きの声を上げた。
「えっと、ユリアは情報収集のために、シルビアはその補佐ってところね」
「りょ、了解でしゅ!」
「分かりました!」
突如として回ってきた諜報任務に驚いたのか、舌を噛みながら返答するユリア、そして重役(?)にやる気満々のシルビア。
「背格好を考えるなら、ユリアがリアに、シルビアが僧侶ちゃんに変身すればいいんじゃない?」
もちろん、ユリアの変身魔法で、である。
すると・・・
・・・
「こ、こんな感じですか?」
変身魔法を行使したのか、ワルツの眼には、突如としてリアのような魔法使い風装備に変身したユリアの姿が映った。
一方、シルビアの方は、全く姿が変わってない。
だが、勇者達の驚く視線を見る限り、僧侶の姿になっているのだろう。
「ごめんねー。私、変身魔法が見えないのよ。・・・で、どうなの勇者?」
すると、
「うん、リティアの方は完璧なんだが・・・」
勇者の表情は渋かった。
「ん?何か気に食わないことでもあるの?」
なお、変身前の体型を考えるなら、ユリアの方が幾分グラマラスだが、それ自体は大した誤差ではないだろう。
これが、もしもテレサやシルビアのように貧相な体型・・・いや、なんでもない。
とにかく、変身魔法には、そういった元の体型の影響は無いはずなのだが・・・。
「あのな・・・」
勇者は何かを言いかけたが、一旦口を閉ざした。
「・・・まさか、今更スパイを送り込むことを拒むわけではないでしょうね・・・」
「・・・そう考えれば、スパイだったんだな・・・いや、そうじゃない」
どうやら、言いにくいことがあるようだ。
その後、しばらく考えた後に、勇者はまさかのカミングアウトを口にした。
「実は、リアって、エンデルシアの第5王女なんだ・・・」
『はぁ?』
皆、一様に驚きの声を上げる。
特に驚いているのは、テレサ、それにカタリナだ。
「パーティーなどで魔法使い殿の顔は見た記憶が無いのじゃが・・・」
隣国の友好国である(過去形?)ため、少なからず、ミッドエデンとエンデルシアは繋がりがあった。
その一環として、王族同士の交流が持たれていたのだが、その際のパーティーに第5王女が顔を出すことは無かったようだ。
「まぁ、これには色々あってな・・・」
プライバシーが関わってくることなのか、やはり言い難そうな勇者。
「つまり、本人から聞けってことね?」
「・・・すまん。俺から言えるのはこれくらいが限度だ」
「そう・・・。分かったわ。それで、このまま変身したユリアを王城に連れて行くと、バレるから拙いと?」
「そういうことだな・・・」
リアとは長い付き合いなのか、勇者は変身したユリアに何か違和感を持ったようだ。
「・・・だからといって、リアがいない状態で王様に行くのって拙いんじゃない?」
すると、眉間に皺を寄せながら勇者は言った。
「いや・・・ところがそういうわけでもないんだ・・・むしろ、一緒にいられると困るというか・・・」
『・・・』
何となく、リアの複雑な人間関係が見えてきたような気がするワルツ達。
(これは・・・昼ドラ展開ね)
恐らく、エンデルシアの王城には、何かドロドロとしたものが渦巻いていることだろう。
「というわけでだ。王城には、俺達だけで行ったほうがいいと思うんだよ。もしもユリアさん達がついてくるなら、王城の外側までだな」
「そう・・・なんか色々と勇者も苦労してるのね」
「・・・あ、あぁ・・・」
どこか呆れた様子の勇者。
そして、そんな彼に向かって哀れみの視線を向けるワルツ以外の者たち。
だが、そんな様子に気づくこと無く、ワルツは続きの言葉を口にした。
「・・・なら、ユリアとシルビアは今回は無しね。王城の外側で情報収集しても仕方ないし・・・」
「えっと・・・はい・・・」
「残念です・・・」
やる気満々だった2人が消沈する。
「ま、今度、活躍の機会を考えるわよ(主にコルテックスが)」
『はいっ!』
そんな言葉に、2人は機嫌を直したようだ。
「じゃぁ、勇者と剣士、それに賢者さんを送ればいいのね?」
「あぁ、頼む」
そう言うと、勇者は2人の方を向いて、頭を下げた。
「ビクトールとニコル、前は済まなかったな」
自分とリア、そして僧侶の少女の3人だけで帰ったことを謝罪する勇者。
尤も、その際は、僧侶の少女に無理矢理連れて行かれたようなものなので、勇者のせいではなかったのだが、それでも彼にはどこか後ろめたい部分があったらしい。
「気にするな。俺だって狩人の姉さんと狩りを楽しめたんだからな」
「私もカタリナと共に、医学とやらについて色々学べたしな」
と、むしろ置いて行ってくれたことに感謝している様子の2名。
そんな2人に対して、
「ま、これからも頑張ってやっていけよ」
「賢者さん。短い間でしたけどお世話になりました」
狩人とカタリナが、今生の別れのような挨拶をするのだった。
・・・もちろん、意識のないリアや僧侶の少女を預かったままなので、そんなことは無い。
「・・・もっと、フラグは立てておくべきだと思うのよね」
『?』
ワルツの言葉が理解できずに疑問の表情を浮かべる3人。
なお、死亡フラグという言葉を理解できるのは、ワルツとホムンクルス、それに一部の仲間だけである。
「じゃぁ、ルシア。下に見える王城の広場に、3人を送ってあげて」
「うん、分かった。・・・勇者のお兄ちゃんたち・・・あのことは皆には秘密にしておくね」
『?!』
そして勇者たちは強制的に転移させられた。
どうやら、ルシアも死亡フラグを理解していたようだが・・・彼女の別れの挨拶は、どちらかと言うと生存フラグに近いのではないだろうか。
「どう?無事に転移できたみたい?」
「うん。問題なかったみたい」
どうやら、クレストリングは都市結界の内側だったようだ。
「ところで、勇者たちに言ってた『あのこと』って何?」
「えっとねぇ・・・」
や〜め〜ろ〜ぉぉっ・・・
そんな声がルシアだけに聞こえたような気がした。
「・・・ううん。なんでもない」
「・・・そう」
どうやらルシアは、勇者たちの弱みを握ったようである。
「さて、帰りましょうか」
『えっ?!』
せっかくここまで来たのに、帰るというワルツに戸惑いを見せる仲間達。
ワルツとしては、この国が正常に動いているようなら、別段介入するつもりはなかったのである。
「いや、ここから出てったら絶対危ないし、顔も見られるから後々面倒なことになると思うのよ」
ワルツがタラップの陰から外を覗いて、そんなことを言った時だった。
『白き船に乗船している者たちよ』
先ほど、投降を呼びかけていた者とは異なる男性の声が聞こえてくる。
『私はエンデルシア国王、アルコア=F=エンデルスである。そなた達の話が聞きたい。会話の場を用意するので、船から降りてきてくれないだろうか』
どうやら、ワルツの恐れていた面倒事が、相手の方からやってきたようだ。