5後-10 クレストリング
『所属不明の飛行艇に告げる。即刻停船し、臨検を受け入れよ』
そんな言葉が風魔法に乗って、エネルギアの外部マイクロフォンに届いてきた。
ここはメルクリオから南下していくつかの小国を通過した先にある、エンデルシアの領地上空だ。
国境と思わしき山脈を越えた辺りで、直ぐにこの呼びかけが飛んできたのである。
対峙する飛行艇(艦?)は5隻。
その様子から察するに、国境を警備する部隊だろう。
なお、エネルギアの普段の飛行高度を考えるなら、彼らの声が届くことはない。
普段、彼らの船が飛行する高度は精々3000m、そしてエネルギアは10000mより上空を飛行するのである。
では、何故、彼らの声が聞こえてきたのか。
実は、雨だったので、エネルギアは高度を落として飛行していたのだ。
GPSの無いこの世界において、自分の居場所を確認する手段は目視のみ。
つまり雨雲よりも低い場所を飛ばないと、自分達がどこにいるのか分からなかったのである。
山脈を超える際は稜線ギリギリを通過していたので、ヒヤヒヤ物だった・・・主にワルツとテンポ以外が、だ。
「さすが、飛行艇の国ね。領空の概念があるみたい」
「どうします?」
テンポがワルツに対してどう対処するのか、と問いかけた。
「実はね、一度やってみたかったことがあるのよ」
「分かりました。VLSにAAM装填後、ハッチ開きます」
「いや、違うから」
いつも通りのワルツとテンポのやり取りに苦笑を浮かべる仲間達。
テンポをこのまま放っておくとどうなるのか、大体予想が付くらしい。
もちろん全機撃墜である。
一方、勇者は、エネルギアに装備されている武装について全く知らないので、何がなんだか、といった様子だ。
そんな周りの様子に気をかけること無く、ワルツは続きを口にした。
「それで、やりたいことっていうのは・・・警告の無視よ!」
「ほう?」
「カーチェイスじゃないけど、一回やってみたかったのよ。政府の狗との追いかけっこ」
「なるほど。では速度はどうしましょうか?」
と、乗り気のテンポ。
なお、エネルギアの速度は、呼びかけがあってから、一時的に50km/h程度まで落としていた。
何故こんなに速度を落としていたのかというと、実のところワルツ達はエンデルシアの飛行艇をまだ近くで見たことがなかったので、ゆっくりと見てみたかったのだ。
現代世界で言うなら、密入国した瞬間に自分のことを追いかけてきたパトカーを物珍しげにじっくりと眺めるようなものだろうか。
「かっ飛ばして振り切るっていうのもいいけど、ゆっくりとじわじわ王都に近づいていくっていうのも良いわよね・・・エイリアンの襲撃みたいに」
何がいいのかよく分からないが、恍惚な表情を浮かべてあれこれと想像する様子のワルツ。
なお、ワルツのいた現代世界に、宇宙人はいない。
まるでアクセサリーの選択に迷う少女のような様子で、ワルツが政府の狗にどう対処したものかと悩んでいると、
『やむを得ん。撃墜する』
そんな声が聞こえ、
ドォォン・・・
という音共になにか黒い物体が接近してきて、
・・・
船体が揺れた・・・ような気がした。
「・・・大砲?」
「まぁ、空飛ぶ船ですし、大砲ではないかと」
敵艦の形状は、まさしく空飛ぶ船だった。
大きな樽を両端に付けた、木製の帆のない帆船といった様子である。
もしも海に浮かんでいたなら、大砲を使って攻撃してきてもおかしくない姿だ。
ところで・・・
攻撃されたというのに驚いた様子も焦る様子も一切見せない彼女たちとは対照的に、半狂乱状態の者が1名ほどいた。
・・・勇者である。
「おい。そんなこと言ってる暇があるなら船を止めろ!落とされるぞ!っていうか普通に行けないのか?!」
自国の警備艇がどれほどの強さを持っているのか、十分に理解していた勇者は、いつ落とされるのかと気が気ではなかったようだ。
普通の人々は、彼と同じ反応をするに違いない。
そんな勇者に対して、
「まぁ、レオ。落ち着けって」
と剣士。
「勇者、お前は見なかったのか?この船が神の城に突き刺さっていた姿を・・・。そう簡単には落とされんよ」
と賢者。
そんな彼らのやり取りを聞いて、
「・・・なんか、死亡フラグを立てられてる気がする・・・」
ワルツがげんなりとした様子で呟いた。
「・・・やっぱり墜そっか」
「・・・そうですね。この前の一件で無闇に死亡フラグは立てないほうがいいと分かったので」
と、ワルツ達が話している時だった。
ドゴォォォォ!!!
船首が衝角のようなデザインのエンデルシア空軍(沿岸警備隊?)の軍艦が突っ込んできた。
どうやら、大砲ではどうにもならないと判断して、捨て身の特攻を仕掛けてきたらしい。
まぁ、それでも、エネルギアにはかすり傷すら与えられないのだが。
「操縦が荒いわね・・・そんなんじゃ、レディーに嫌われるわよ?・・・ねぇ、賢者さん。相手を墜落させずに無効化する方法ってある?」
墜す、と言っておきながら、一応相手のことも考えているワルツ。
「・・・ならば、機体の両端にある推進用大型魔道具を狙うんだ」
声には出さないが、よくぞ聞いてくれた、といった様子の賢者。
久しぶりに賢者らしい仕事ができて、嬉しいらしい。
「あの樽みたいなやつ?破壊しても、爆発したり墜落したりしないわよね?」
「あぁ、単なる魔道具だから破壊しても爆発することはない。それに、浮遊するための魔道具とは別だから大丈夫だ。・・・さきほど衝突してきた船を見るんだ。衝突して大破したとしても、軍艦には複数のリフターが内蔵されてるからそう簡単に墜ちる事はない。安心したまえ」
と、賢者らしい事を言う賢者。
彼の言う通り、先程エネルギアに衝突してきた軍艦は、船首が大きく拉げていたが、未だその姿を空中に残していた。
「おっけー。ならテンポ?両舷のレールガンを全砲門使って早打ちでやっちゃって。あ、狙うのは推進器だけね」
「アイアイサー!」
満面の笑みを無表情の中に浮かべるテンポ・・・。
どうやら彼女はトリガーハッピーらしい。
すると、エネルギアの両舷から、
ウィーン
というモーター音が聞こえてきた。
そして、
「発射」
バババババァァァンッ!!!
音の数は5発分だったが・・・。
実際には10発の飛翔体が極超音速で敵艦に向かって飛んでいき、
ドドドドドパァンッ!
と、一度に5隻の戦艦を沈黙させた。
賢者の言った通り、墜落すること爆発することもなく、ただ浮くだけの船になったようだ。
「ナイスショット」
「当然ですね」
テンポにはワルツと同じ火器管制システムが搭載されているのである。
体内に武器は内蔵していなかったが、FCSのおかげで、エネルギアに搭載されている武器の制御を完璧に熟すことができるのだ。
もちろん、それはテンポに限ったことではない。
他にストレラやアトラスはもちろん、コルテックスも同じことが可能である。
なぜ、彼女たちにそんな一見無駄とも思える機能が付加されているのか・・・それは後々判明することだろう。
「さてと。なら、先を急ぎましょうか」
「いいのですか?ゆっくり、焦らず、じっくり焦らしながら、王都に接近しなくても?」
相手からすると、自分たちの見方を片っ端に撃墜しながら徐々に接近してくる未確認飛行物体である。
そんなわけの分からないものが無言で接近してくれば、相当に気持ちの悪いに違いない。
・・・だが、
「えっとねー・・・何となく結果が予想できるから、別にいっかなーって」
先程とは打って変わって、ゆっくり接近していくことに否定的なワルツ。
勇者たちによる死亡フラグが、彼女の考えを修正させたらしい。
「まぁ、それもそうですね」
テンポもどうでも良くなったようだ。
「というわけで、そのクレストリングとかいう空港?に全速力で・・・は、民間機も巻き込んじゃうから拙いわね・・・ま、亜音速で近づいて、上から相手の出方を見てみましょうか」
「イエス・マム」
というわけ、エンデルシア首都上空へと向かうことになった。
ルートとしては、雨天であることを考慮して、低空で首都が目視できるところまで近づいた後にそこから一気に高度を上げる、といった感じだ。
・・・そんなワルツたちのやり取りを見て、
「・・・この船、くれないかな・・・」
勇者は嘗てワルツと交わした飛行艇を作ってもらうという約束を思い出しているのであった・・・。
その後、エネルギアは、30分ほど低空を飛行して、エンデルシアの首都であるクレストリング(首都の名前でもあり、空港の名前でもある)までやってきた。
そしてワルツは艦橋から見える景色に思わず呟く。
「・・・ねぇ、あれが空港・・・いえ、クレストリングなの?」
ここまでくると雨は上がっていたが、雲はまだ多く、空を仰ぎ見ることは出来なかった。
だが、雲の切れ間から覗くソレに、ワルツ達は眼を奪われたのだ。
「あぁ、そうだ。あれがクレストリングだ。」
と勇者が答える。
「・・・本当に・・・って、まぁ、本当なんでしょうね・・・」
ワルツは自分の眼が信じられなかった・・・。
なぜなら、
「クレストリング・・・そのままじゃない」
首都の上空に、直径10kmほどの真っ白で巨大なリングが浮いていたのである。
そんな巨大な構造物が雲の切れ間から見え隠れしていることに、皆眼を奪われていたのだ。
そして、一気に高度を上げるエネルギア。
雲を突き抜けて上から眺めると、無数の飛行艇が停泊しているのが見えてきた。
リングからせり出した桟橋の様な場所から、人が乗り降りしているところを見ると、やはり空港のようである。
「うわぁ・・・すごい・・・」
「妾も初めて見たのじゃ・・・」
「空に町が浮いているみたいですね・・・」
「町、というより、お城みたいです・・・」
初めてクレストリングを見て感嘆の声を上げる仲間達。
(前にあんなのあったかしら・・・)
嘗てルシアと共に80万の兵士を転移させるために上空からエンデルシア全土を望んだことがあったが、その際ワルツは、距離が離れていたためか、このリングに気づかなかったのだ。
あるいは、その巨大なリングをどこかに格納することが出来るのだろうか・・・。
「まぁ、いいけど・・・って、あれ?」
「?どうしたのですかお姉さま」
「いや、なんか妙に巨大な船が浮いてるな・・・って」
高度を上げたエネルギア。
その艦橋のモニターに映ったのは、雲すれすれに浮かぶ船だった。
だが、単なる船ではなく、そのサイズは全長200mを超えるエネルギアを更に倍近く上回る巨大なものであった。
「戦艦・・・」
そう、一目見て戦艦だと分かるデザインだったのである。
戦艦上部には幾つもの砲塔が2列に並んでおり、他にも、側面にはまるでヒレのような姿で、小型の砲塔が左右から飛び出していた。
そして、特筆すべきは、その全てがエネルギアを向いていたことだろう。
「うん、狙われてるわね」
「ちょっ?!」
勇者が狼狽えた瞬間だった。
ドガガガガガガァァァッ!!
まるで、ルシアの魔力粒子ビームのような攻撃が、敵艦のタレットというタレットからから飛んできた。
「・・・重粒子シールド展開。出力は念のため最大で」
「了解」
テンポがコンソールを操作し、シールドを展開した瞬間、エネルギアの艦橋にあったモニターに細かなノイズが走る。
プラズマ化した金属から外れた電子が、エネルギアの外部カメラにノイズを乗せたらしい。
そして、
ガガガガガ・・・
船体表面を何か硬いものが擦っていくような音が聞こえてきた。
だが、全く揺れが無かったところは、流石、ワルツの知識を活用して作り上げた戦艦なだけのことはあるだろう。
「まぁ、予想したほどじゃなかったけど、中々の威力ね。ルシアの10分の1ってところかしら」
ステータスモニターに表示されたシールドの負荷変動率を見て判断するワルツ。
なお、エネルギアの重粒子シールドは、ルシアの魔力粒子ビームにも耐えられる造りになっているので、この程度のことで損傷を受けることはない。
「あれって・・・やっぱり、エンデルシアの旗艦よね・・・」
「あぁ。あれはエンデルシア空軍旗艦レオナルド。俺の名前の由来だな」
こちらが狙われているのでドヤ顔ではなかったが、今にも『どや?』と言いそうな勇者。
「普通、逆じゃないの?」
勇者から名前を取って旗艦に名付ける普通ではないかと思うワルツ。
「・・・それは名づけた親に言ってくれ」
(ふーん、勇者にも親がいたのね)
ワルツはそんな当たり前のことに、妙に感心するのだった。
「・・・で、あれ、墜としちゃっても・・・」
「頼むから、それだけはやめて欲しい・・・」
「なら、いつ撃たれるか分からないけど、無理矢理、空港に乗り付ける?」
「・・・」
ワルツの言葉に沈黙する勇者。
「まぁ、撃墜しなきゃいいんでしょ?」
「・・・あぁ、それなら」
勇者の返事を聞いたワルツは、早速テンポに指令を出した。
「テンポ、VLSにAAM装填。標的は敵艦全タレット。それと敵艦推進器をレールガンで破壊。あと細かな砲門はメーザー砲とレーザー砲で沈黙させて。それが終わったら、墜落させない程度に、単発でショックソナー(音で作り出した壁のようなもの)を発射してちょうだい」
「了解!」
どうやらテンポは、そんなワルツの命令に大喜びらしい。
まぁ、無表情だが。
彼女がコンソールに高速で何かを打ち込んでいくと・・・
ウィィィーーーン・・・
そんなモーター音が、エネルギアの至るところから聞こえてきた。
そして、
「斉射します」
ドドドドドッ!!!
ミサイル、レールガン、メーザーにレーザー・・・
それらが一斉に戦艦レオナルドを襲う。
ゴゴゴゴゴッ!!!
空中なのに、まるで土煙を上げるかのようにバラバラになっていく敵戦艦。
だが、爆発したり墜落したりしないのは、テンポが外すことなく、ピンポイントで武装や推進器だけを狙っているからなのだろう。
そして最後に・・・
ポォォーーーン・・・
まるで潜水艦のアクティブソナーのような音がして、衝撃波が放たれた。
すると、
ドォォォォンッ・・・!!
敵戦艦の上半分の外装が大きく拉げる。
ついでに、空港の一部と、町にも被害が及んだようだが、それほどエネルギーを持った攻撃ではなかったので、死人は出ていないようだ。
・・・まぁ、けが人は出ているかもしれないが。
「あとは・・・ルシア?一応、回復魔法を全力で放ってくれる?」
げが人に対する後処理をルシアに依頼するワルツ。
「えっ?全力でやっていいの?」
「・・・うん。回復魔法なら・・・ね」
「えっと・・・分かった!」
そして、表に出ること無く、艦橋で魔法を使おうとするルシア。
「ちょっ、ルシアちゃん。こんなところで、魔法使っても・・・」
「勇者は黙って見てなさい」
ワルツの言葉に口を閉ざす勇者。
そして、
「じゃぁ行くよ?」
ルシアがそういった瞬間だった。
エネルギアの外部カメラにまるで青く輝く太陽のような何かが写ったと思うと、ゆっくりと首都に向かって落下していった・・・。
どうやら、艦橋内で生成した魔力塊を、転移魔法を使って、艦外へと移動させたらしい。
「・・・あれ、本当に回復魔法よね・・・」
「うん。そうだよ?」
ワルツはゆっくりと降下していく魔力の塊を眼にしながら、怪訝な表情を浮かべていた。
なぜなら、その様子が、以前無人島を吹き飛ばした魔力弾と同じだったからだ。
もしも落ちていった魔力弾が回復魔法ではなかったのなら、この瞬間、クレストリング共々、エンデルシアは滅びていたことだろう・・・。
だが幸いにも、そうはならなかった。
チュドォォォン!!!
といった様子を見せながら、首都全体に広がっていく回復魔法。
(なんか、嫌な回復魔法ね・・・)
もちろん、回復することはあっても、死人やけが人が出ることはない。
「ありがとう、ルシア」
「うん!どういたしまして」
するとルシアは尻尾を振りながら自分の座席へと戻っていった。
「・・・で、何か問題でも?」
唖然としていた勇者にドヤ顔で問いかけるワルツ。
「・・・いや、何でも無いです」
勇者は閉口するしかなかった。
「さてと。じゃぁ、クレストリングに乗り込みましょうか!」
そして、ワルツ達を載せたエネルギアは、クレストリングに向けて回頭を始めたのである。
大変な1週間だった・・・
そしてこの休日にまた1週間分を書き溜めなくてはならない・・・
更には、例のプロジェクトも・・・