5後-09 目覚めない理由
仲間達を連れたまま、正門を避けて城壁を垂直に歩き、エネルギアまで戻ってきたワルツ。
すると、
「えっと・・・ワルツさん、シルビアさん。おはようございます」
簀巻きにされたカタリナが目を覚まして、口を開いた。
「うん、おはようカタリナ」
その挨拶を皮切りに・・・
「おはよう、お姉ちゃん!それに、シルビアも」
「うーん、よく寝た。さてと、狩りに行ってくるか」
「おや、城に着きましたか。お姉さま、タクシーご苦労さまです」
「やはり、ワルツ特製のベッドは寝心地がいいのう・・・」
といった様子で目覚める仲間達(?)。
そんな彼女たちに、
「えっと・・・皆さん!お手数をおかけしました!」
シルビアは謝罪した。
だが、
「うん?何も手数なんてかけてないぞ?」
「えぇ。私達は湖が綺麗だったので桟橋にいただけですから」
「うむ。その通りじゃ(一晩中、ワルツの膝枕とか羨ましいのう・・・)」
「ねーっ?」
皆、昨日のことは気にしていない様子である(?)。
「・・・助かります」
そんな小さな言葉を呟くシルビア。
皆、返事はしなかったが、微笑を浮かべていたところを見ると、やはり彼女のことを心配していたらしい。
そもそも、目覚めた時点で、ここがどこなのかと問わなかったところを見ると・・・まぁ、色々な事情があるのだろう。
「さてと。じゃぁ、狩人さん。朝食の準備をしてもらっていいですか?」
「あぁ。ならちょっと行ってくる」
なお、コンビニに、ではない。
カロリス近くの森へ狩りに、行ったのである。
尤も彼女にとって、果実や山菜、それに魔物の宝庫である森は、ある意味コンビニよりも手軽で便利な場所なのかもしれないが・・・。
「では私はリアや僧侶ちゃんの様子を見てきます」
カタリナもエネルギアの前から離れていった
「ところで・・・」
ワルツには気になっていることがあった。
いや、ワルツだけではない。
その場にいた皆が気になっていただろう。
「zzz・・・」
・・・まだ1人だけ寝ている者がいることに、である。
「・・・先輩・・・」
先輩に残念そうな視線を向けるシルビア。
だが、目元に隈ができているところを見ると、彼女はもしかすると一晩中泣いていたのかもしれない。
「・・・シルビア。ユリアを任せてもいい?」
「えっと・・・はい」
雑用2に雑用1を任せるワルツ。
シルビアの体格ではユリアを運ぶことは大変そうだったが、仲間達に手を借りながらどうにか自室まで彼女を運んでいったようだ。
テンポ辺りに頼めば簡単に運んでもらえたものを、どうにかして自分で運んでいったのは、やはり、彼女にとってユリアは特別な存在だったから・・・なのだろうか。
そんなシルビアの奮闘を見ることなくワルツが向かった先は、
「カタリナ?どう?様態は」
エネルギアの医務室だった。
実は、未だに意識を戻さない2人の様子が気になっていたのである。
「・・・僧侶ちゃんの方は、単に体力的な問題で眠っているのは間違いないのですが・・・」
ベッドの上で横たわる2人を前に、難しい顔をするカタリナ。
「問題は、リアの方ですね」
僧侶の少女とは違い、手術台のような物々しいベッド(?)に横たわっていたリア。
一見すると、単に寝ているだけのようにも見えるのだが・・・
「体内から魔力が常に抜けていっているみたいなんです・・・」
そう言いながらカタリナは、今もなお抜け続けているリアの魔力の様子を聴き取ろうとしているのか、獣耳を小刻みに動かしていた。
「そればっかりは、私の管轄外ね・・・」
さすがのワルツでも、魔力に関する心身の異常は全くのお手上げ状態である。
カノープス曰く、ルシアからも魔力が漏れているらしいが、彼女の場合は単に膨大な魔力が溢れだしているのであって、リアのような状態とは根本的に違っていた。
例えるなら、ルシアは蛇口を開けっ放しにした湯船で、リアは穴の空いたバケツ、と言ったところだろうか。
「原因は解ってるの?」
「・・・知っている限りでは、一つしか考えられませんでした・・・」
そして眉間にしわを寄せつつ、カタリナは告げた。
「・・・魔力生成疾患です」
「・・・なんか、魔力が漏れ出ると言うよりは、魔力そのものが作れなくなるような響きの名前ね」
「えっと、魔力が作れなくなる場合も、溜められなくなる場合も総じて、魔力生成疾患と呼ばれています。・・・つまり、原因不明なんです」
本来身体の中にあるはずの魔力がたまらない。
その原因が、『供給』にあるのか、『貯蔵』にあるのか、あるいは『消費』にあるのか・・・。
原因が異なっていても、起こる結果は同じ。
ならば、一括りの名前にしても問題はない、と、この病を最初に発見した者は思ったのかもしれない。
「ふーん・・・それで、治るの?」
尤も重要な事を今更になって聞くワルツ。
だが、それを最初に聞かなかったのは、カタリナの言葉を聞く前から、
「・・・恐らく、彼女は二度と魔法が使えないでしょう」
彼女がなんと答えるか分かっていたからだろう。
魔法使いが魔法を使えなくなる・・・。
飛べる鳥から羽を奪うようなものだろうか。
「・・・そう」
「ですが、問題はそこではありません」
言葉を続けるカタリナ。
「このままだと、意識を覚ますこと無く、命を落としてしまうことでしょう」
「・・・」
どうやら、魔力を生まれ乍らにして持って生きてきた者にとって魔力とは、血液などと同じく生命活動に不可欠なものらしい。
それが失われれば、当然行き着く先は死である。
「・・・勇者は大丈夫なの?」
「はい。検査したのですが、全く問題はありませんでした。恐らくは女神の加護の影響かと」
「そう・・・。ちなみに、このことは勇者に?」
「いえ。まだです」
「・・・」
まるで不治の病を患っていると医者に告げられた患者の家族のような表情を見せるワルツ。
そして告げた本人であるカタリナも、どうしようもない無力感に苛まれていた。
だが、
「・・・ほんと、神とかいう連中は、面倒なことしか残していかないのね・・・」
ワルツの眼は諦めていなかった。
「・・・カタリナ。これから大変なことになるかもしれないけど、それでもリアを救いたい?」
常に大変なことしかしてこなかったワルツ自身が『大変』と言うのである。
想像を絶した困難が待ち受けているに違いない。
だが、カタリナは、
「はい。この世界に救える命がある限り」
迷うこと無く即答した。
「・・・愚問だったみたいね」
「いえ、そんなことはありません。ワルツさんに付いていくと決めた時に、心は決めていたのですから」
「そう・・・なら、覚悟しなさい。これからやろうとすることは、生命の創造と言っても過言ではないことよ」
「はい!」
そしてこの日から、リアを治療すべく、ワルツによる分子生命科学のレクチャーが始まったのだ。
その後、
「さてと、それじゃぁ、行きましょうか」
斜め45度の角度で城に突き刺さったエネルギアの艦長席で、宣言するワルツ。
「重力制御、後方0.05G偏向開始」
「了解。重力制御偏向開始」
ワルツの言葉に復唱するテンポ。
ストレラがメルクリオに残ることになったので、急遽、テンポが操縦することになったのである。
彼女が告げた瞬間、
ゴゴゴゴゴ・・・
急に後方に引っ張られるかのような感覚生じて、エネルギアがバックを始める。
普通、加速する場合、進行方向とは逆の方向に身体が引っ張られるものだが、エネルギアの重力偏向による加速は、逆に進行方向側へ身体を引っ張られる感覚を与えてきた。
つまり、船体が、後ろに向かって落下を始めたのである。
「・・・何だこの船・・・」
初めてエネルギアに乗った勇者は思わず呟いた。
「レオ、俺は思ったんだ・・・疑問を持つべからずってな。これはこういうのものだと思わないとやってけないぜ?」
剣士は悟りを開いたらしい。
「・・・奇遇だなビクトール。私もそう考えていたんだ・・・」
そう賢者が呟いた。
「・・・なんか、しばらく見ない間に、2人とも大人になってる気がするんだが・・・」
2人について行けない様子の勇者。
なお、賢者は30代半ばである。
「回頭、方位180度。目標、エンデルシア首都クレストリング」
「了解。クレストリングに向け回頭」
そしてエネルギアの旋回が終わった。
「じゃぁ行きましょうか。・・・エネルギア、発進」
こうして、ワルツ達は、勇者を派遣した国、エンデルシアに向けて旅立ったのだ。
なお、余談だが・・・
「・・・あ、お土産頼むの忘れてた・・・」
「お嬢さん・・・それどころじゃないと思うんだが・・・」
シルビアの見送りの際には気にしていたというのに、ワルツは、ストレラやカノープスに対して掛けるべき別れの挨拶を忘れているのであった。