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5後-08 陰のイタズラ

たまにはシルビア視点で

城からカロリスの町中へと降りたシルビアは・・・行く宛が無かった。

実は、街に知り合いがいるというのは嘘だったのである。


(これからどうしよう・・・)


天使として大陸中を移動していた頃、何度と無く経験したはずの野宿や外泊。

それが堕天してしまうと、そういった知識や記憶も失われてしまうのか、彼女は宿に泊まることすらできなくなってしまったのである。

ある意味、今でも一人で宿に泊まれないワルツと同じ、と言えるのかもしれない。


(あぁ、そっか・・・悩むことなんて無かったんだった)


一瞬悩んだシルビアであったが、これから自分が何をしようとしていたのかを思い出したようだ。

そして彼女は、翼を使わずに、ゆっくりと町の中をとある方向に向かって歩いて行った。


この町はミッドエデンの王都のように真っ平な場所に作られているわけではなく、窪んだ湖の縁にある斜面に作られた街である。

なので、町の中を低い方低い方へと歩いて行くと、辿り着く先は必然的に湖となる。

城からずっと下り坂を歩いてきたシルビアは、迷うこと無く、その湖の(ほとり)へとやってきたのだ。


そして彼女は細長く伸びた桟橋の先端に腰をおろした。


周りに誰もいないのは、カノープスの演説を聞いて皆王城に殺到しているためか、それとも単に夜だからか。

だがそのおかげか、風が無く、波も無い、そんな湖の水面(みなも)に映る大きな月と、その月が照らし出す山々の景色は、静かでとても美しいものだった。


そんな風景をシルビアは、膝を抱えながら眺めていたのだ。

・・・ただし、光のない虚ろな眼を向けながら。

何かを考えていたのか、それとも何も考えていなかったのか・・・。

彼女はずっと同じ態勢のまま、夜に溶けこむようにして、その場でただ呆然と(うずくま)っていたのである。


しばらくして彼女が再び動き出した頃には、月も大分傾き、地平へとその姿を沈めようとしていた。


「・・・っあ」


自分の声がちゃんと出るか確かめるように、小さく音を漏らすシルビア。


そして誰もいない夜空に向かって、彼女は小さな言葉を放ち始めた。


「神さま・・・本物の神さま・・・どうか私を許してください」


すると、今まで我慢していたはずの涙が溢れでてくる。


「勇者様方を拐ってあんな風にしてしまったのは私みたいです・・・そして、僧侶の女の子のことも・・・」


天使として何をしてきたのか。

記憶が曖昧だったシルビアだが、勇者や僧侶の少女と会って一部の記憶を取り戻したのだ。

だが、内容は決して許されるものではなく、今では単なる少女でしか無い彼女の心を容赦なく切り裂いていたのである。


天使として神に選ばれた際は、それは喜んだものだった。

神の使いになることはこの国で生きる者たちにとって、(ほま)れである。

両親も親戚も、そして村の人々も喜んで彼女を送り出した。

なにより、シルビア本人がこれから訪れるであろう明るい未来に、胸を踊らせていたのだ。


・・・だが、実際は思い描いたような未来にはならなかった。

いつの間にか両手は汚れ、正義の代名詞とも言える勇者たちを手に掛け、挙句の果てに堕天した。


そんな中で、唯一安定した居場所とも思えるワルツ達と出会ったのだ。


・・・だがそれも(つか)の間の話。

たった数週間分の記憶が蘇っただけで、その居場所も失ってしまった。


「皆さん・・・ごめんなさい」


シルビアは強く、自分の膝を抱きしめた。


・・・しばらくの後、


「今、御下に参ります」


消え入りそうな言葉でそう呟いたあと、シルビアは履いていた靴を脱いで桟橋の端に揃えた。


そして、


「っ!」


・・・湖へと飛び込んだのである。




湖へと飛び込んだシルビアを待ち構えていたのは水・・・では無かった。

もちろん、水が無くなったわけではない。

今もなお、彼女の足元に存在し続けている。


だが、水がシルビアを飲み込むことは無かった。

むしろ拒んでいると言うべきか・・・。

つまり、彼女は水の上に立っていたのである。


「えっ・・・」


彼女自身、湖へと飛び込んだはずの自分の身に何が起こっているのか、全く理解できなかった。


そんな折、ふと視線を足元から前の方に向けると・・・


「・・・何かいる?」


湖の沖の方に何かが鈍く輝きながら浮かんでいるのが眼に入ってきた。


(・・・怖いけど・・・行ってみよう)


実はもう死んでるんじゃないか、などと考えていたシルビア。

それならもう怖いものなど何もない、と、遠くの方で輝いている物体の方に足を進めることにした。




そしてしばらく歩いた後に見えてきたものは・・・


「・・・ワルツ様」


夜だというのに、湖面にビーチパラソルを立てて、寝そべっているワルツだった。

辺りは暗かったが、ビーチパラソルがほんのりと輝いていたので、彼女の姿を確認することができたのである。


「・・・一緒に湖面に寝転がって星を眺めるとか、いかが?」


静かにワルツは問いかけてきた。


「・・・どうしてですか?」


彼女がいることで、何故自分が湖面に立っていられるのかを理解したシルビアは、何故ここにいるのか、と問いかけた。

あるいは、何故死なせてくれないのか、という意味も込められているのだろう。


「どうしてかって?簡単なことよ」


そんなワルツの言葉に、自分を監視していて救いに来たのだろうと予想するシルビア。

だが、


「だって、今日は空が最高に綺麗じゃない。そんな空を眺める意外に湖に浮かんでる理由なんてあると思う?まぁ、汚い空なんて見たくないけどね」


ワルツはそんなことをケロッとした様子で言い放った。


「ま、たまにはいいものよ。誰もいない静かな場所で、意味も無く空を眺めるっていうのも」


彼女の誘いにどうするかを悩むシルビアだったが・・・


「・・・そうですね。付き合います」


結局シルビアは、ワルツとはビーチパラソルを挟んで反対側に寝そべることにした。

・・・いつぞやの海で、必死になりながらワルツの横に寝そべろうとした時のように。


すると不思議なことに、ビーチパラソルの内側はまるで何もないかのように透明であることに彼女は気づく。

そして何より、満点の星々が空で輝いている様子に眼を奪われた。

歩いている内に、いつの間にか月が沈んでいたらしい。


そんな輝く星々を見ていると、自分の目から勝手に涙がこぼれてくることに気づいたシルビア。

抑えようとしても、決壊したように流れ出てくる涙を止めることはできなかった。

だから、せめて声だけは出すまいと、口を固く閉ざして我慢しているのであったが・・・


「・・・バカねぇ・・・誰もいないんだから、大声を上げて泣いてもいいのに」


「ーーーーー!!」


遂に抑えるものが何も無くなったのか、彼女はあらん限りの声を上げ、泣き始めたのであった・・・。




シルビアが気づくと、ワルツに膝枕をされた上で、湖面に浮かんでいる状態だった。

いつの間にか寝ていたらしく、空が白ばんで来るのが眼に入ってくる。


「あら、お目覚め?」


「ふぁっ?!す、すみません!」


ワルツの声に、思わず羽をばたつかせながら、飛び起きるシルビア。


その様子を見る限り、普段通りの調子を取り戻したようである。

そんな彼女に対し、


「はぁ・・・貴女、色々隠してるでしょ?」


ため息を付きながら問いかけるワルツ。


「えっと・・・はい・・・すみません・・・」


そして彼女は思い出した事柄を漏らすこと無く話し始めた。


自分が勇者達をエンデルシアから連れてきたこと。

そして、彼らをシリンダーの中に入れたこと。

更には、勇者パーティーの僧侶の少女もまた、天使の一人だったと知っていたこと・・・。


ワルツとしては特に目新しい情報は無かったが、シルビアにとっては、今回の一件に加担していたという自責の念が強く心を締め付けていたのだ。


だが、洗いざらいを吐露したお陰で随分とスッキリしたのか、彼女の表情はこの湖に来た時に比べ、随分と晴れやかな表情になっていた。


「全く・・・最初からそうやって話していれば、辛い思いなんてしなくても良かったのに・・・」


「はははは・・・」


ワルツの言葉に苦笑するシルビア。


そんな彼女の様子に、もう大丈夫、と判断したワルツは、


「さてと、戻るわよ」


太陽が山の陰から姿を現し始めた様子を見ながら、そう告げた。


「あ、拒否権無いから。それと、後で餞別返してね」


「え・・・あ、はい」


そんな横暴を前にしても、シルビアがどこか嬉しそうな顔をしていたのは言うまでもないだろう。




そして、ワルツとシルビアが、カロリスの桟橋まで戻ってくると・・・


『zzz』


仲間達が全員、一箇所に固まって、毛布を被って寝ていた。


「・・・風邪引くわよ、貴女達」


そう言いながら、一人ひとり毛布で簀巻きにした後、重力制御のベッドに寝かせていくワルツ。


「もしかして、皆さん・・・」


「さぁ・・・ね。まぁ、皆、似たもの同士みたいなものだから・・・」


ワルツはそう言って微笑を浮かべた。

そんな彼女や仲間達に、


「・・・ありがとうございます」


シルビアは小さく呟くのだった。


・・・その際、仲間達の口元が少し動いていたのは、朝日が作り出した陰のイタズラだったのかもしれない。


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