5後-07 離別
デブリーフィングが終わった後の艦橋で。
「・・・すまん、ワルツ」
突如として勇者が謝罪した。
「助けた事?神を倒すついでだからあまり気にしなくてもいいわよ?」
まぁ、ワルツ達が助けなければもう少しでアルタイルに何かされていた・・・いや、あるいはもう既にされている可能性はあるのだが・・・。
「リアやリティア、それにビクトールやニコルの事も含めて、仲間達全員分の礼を言っておきたかったんだ」
どうやら、剣士たちかカタリナ辺りに、自分たちの身に何が起ったのか、その詳細な顛末を聞いたらしい。
「まぁ、その分は働いて返してもらうから覚悟しておきなさい」
「あぁ・・・」
とりあえず礼を言ったことに安堵する勇者。
だが、他にも言いたいことがあるらしい。
何か言い難いことのようで、眼を瞑って言おうか言うまいか悩んでいる様子だった。
「・・・エンデルシアのことでしょ?」
「!」
ワルツの言葉に顔を上げる勇者。
図星だったようだ。
そんな二人の様子を見て・・・
「はぁ・・・逢引のお誘いではなかったのですね。残念です」
と、テンポが口を挟む。
「あぁ。それはないグホァッ!!」
即答する勇者に8Gを付加するワルツ。
「その気は無くても即答されると傷つくものよね・・・まぁ、ブサイクだって自覚はあるんだけどね・・・」
この世界にきてから今までのことを思い出しながら、光のない眼を斜め下の方に向けるワルツ。
『・・・』
一方、周りにいた者たちが何か言いたげな様子だったが、地面に伏せながら痙攣している勇者を見て閉口していた。
「全く失礼な勇者ね・・・で、エンデルシアに行ってほしいんでしょ?」
「あ・・・あぁ・・・」
病み上がりで久しぶりに重力制御を喰らったためか、いつもより立ち上がりが遅い勇者。
それでも、数日後には元通りになっていることだろう。
それはさておき。
何故彼はワルツに頼んできたのか。
本来なら、彼はリアの転移魔法で一瞬で戻れるはずだが、実は、彼女の意識が未だ戻っていなかったのだ。
そこで、飛行艇を保有しているワルツに頼んだ、というわけである。
だが、神の元から救ってもらった上での頼み事だったので、中々言い出せなかったようだ。
まぁ、ワルツ自身も、現状を確認するために一度エンデルシアには行っておかなくてはないと考えていたので、彼女にとっても否やはなかったのだが。
「皆はどう思う?エンデルシアに行くべきだと思う?」
ワルツが仲間達に問いかけると、
「まぁ、いいんじゃないか?」
「ワルツの行くところならどこへでも付いていくのじゃ」
「同じく!」
といった様子で返事が帰ってきた。
なお、ルシアとカタリナはここにはおらず、リアや僧侶の少女の治療のために艦内の医務室に行っている。
テンポから返事が無いのは、いつものことだ。
だが、そうすると、1名から返事が無いことになる
「・・・」
シルビアだ。
彼女は、難しい表情、というよりも泣きそうな表情をしながら俯いていた。
「・・・シルビア。貴女の好きなようにしていいのよ?」
ワルツのその言葉でシルビアが同行に悩んでいることに初めて気づく仲間達。
最近彼女と行動を共にしているユリアは、シルビアの様子に気づいていたようだが、掛ける言葉に悩んでいたらしい。
「・・・すみません。私はここで降ろさせていただきます」
と目尻に涙を貯めつつも、何とか涙をこらえながらそう口にするシルビア。
「・・・そう。分かったわ」
ワルツは理由も聞かずに、シルビアのパーティー離脱をあっさりと承諾した。
「えっ・・・ワルツ様?!」
そんなワルツの言葉に驚いたのは、シルビアの次に難しい顔をしていたユリアだ。
彼女は、ワルツがシルビアを引き止めてくれるものだと思っていたのである。
だが、実際にはそうはならなかった。
「皆の時間を束縛してしまう以上、去る者は追わず来る者は拒まず・・・だからね」
「・・・そう・・・ですか・・・」
ワルツの言葉に消沈するユリア。
だが、反論するつもりもなければ、ワルツのそんなスタンスにも理解があったので、それ以上、粘るようなことはしなかった。
「ここで降りるの?」
シルビアの故郷はカロリスではなく、近くにある湖のほとりにある小さな村という話である。
それほど離れていないので、ワルツが直接連れて行っても良かったのだが・・・
「はい。この町で降ろさせて頂きます」
シルビアは自分で帰るつもりのようだ。
彼女自身、飛べば直ぐに着く距離なので、ワルツの手を煩わせるほどのことではない、と考えたのかもしれない。
「・・・分かったわ。・・・他に、エンデルシアに行けない者はいないわね?」
その場の空気はあまりいいものとは言えなかったが、努めていつも通りに口を開くワルツ。
仲間達も、シルビアが自分たちと共に行動するようになった経緯を知っていたので、それ以上口を挟むことはなかった。
そして結局、エンデルシアには、ここで国王を務めるカノープスとストレラ、それにシルビアを除いた仲間達で行くことになったのだった。
その日は、カロリスの王城に泊まることになった。
というのも、夕方に、メルクリオ国民に対して、カノープスの演説があったからである。
台本も何も用意せずに難なく演説を熟してしまうカノープスは、流石160歳のご老人・・・いや竜人であった。
演説の際、彼は王冠を被って城のテラスに立ったのだが、民が皆ありがたそうに拝んでいたので、恐らくはこれからも問題なく国王としてやっていくことだろう。
・・・まぁ、1ヶ月間の予定だが。
さて。
演説が終わって、夕日が沈み、空に星がまたたき始めた頃。
ワルツ達にはもうひとつイベントがあった。
・・・シルビアの見送りである。
城の正門や裏門はカロリス市民が殺到していたこともあり、城壁の上からの見送りとなった。
「・・・本当にいいの?こんなところからの見送りで」
「はい。飛ぶことが出来るので、空があるところならどこでも構いません」
今では落ち着いたのか、微笑を浮かべるシルビア。
「っていうか、こんな時間からだと宿とか大変じゃない?」
「・・・知り合いが城下町にいるので大丈夫です」
「そう・・・なら、安心ね」
そしてワルツは、
「はい、これ」
麻袋(?)に入った餞別を渡した。
「・・・えっと・・・?」
「短い間だったけど、色々助かったし・・・まぁ、私の正体の口止め料とかも入ってるから受け取ってもらえると助かるわ」
するとシルビアは少し考えた後に、
「・・・はい。ありがたく頂戴します」
素直に受け取ることにしたようだ。
「・・・皆?何か言いたい事があったら今の内よ?」
すると意外にも、
「シルビアちゃん・・・また会いに来てもいい?」
ルシアが最初に口を開いた。
どうやら、背格好が近いので、遊び相手になっていたようだ。
「・・・うん。もちろん」
「・・・必ず来るから」
それだけ告げるとルシアは王城の方へと走っていった。
涙を我慢できなかったらしい。
そんな彼女の様子を見て、シルビアは眼を細めていた。
他にも、
「寂しくなるが・・・元気でな」
と狩人。
「身体には気を付けてください。ちゃんと野菜も摂るように」
彼女の身体の心配をするカタリナ。
「残念ですね・・・雑用がいなくなると、私にも仕事が降ってくるんですよ・・・」
送り出すための言葉ではなく、小言を言うテンポ。
「・・・例のことは墓の中まで持っていくのじゃぞ?」
・・・ワルツの知らないところで、何かこそこそとやっていたらしいテレサ。
「後輩ちゃん・・・幸せになってね・・・ぐすっ・・・」
思わず泣き出すユリア。
まるで、結婚する友人に当てた言葉のようだった。
そして・・・
「・・・短い間でしたが、皆さん、お世話になりました」
仲間達の言葉に、居ても立っても居られなくなったのか、それだけ言うと、シルビアは王城の壁を飛び立ち、城下町へと降りていったのだ・・・。
「・・・ねぇ、私だけ別れの言葉を言ってない気がするんだけど・・・」
『・・・』
そういえば、そんな気もする・・・といった様子の仲間達。
まぁ、シルビア自身、泣き出す前にワルツ達の前からいなくなりたかった、というのもあるのだろう。
こうして、シルビアがパーティーから抜けていったのである。