5後-05 ケチャップ
エネルギアまで勇者、カタリナ、僧侶、そして神(?)を浮かべて戻ってきたワルツたち。
すると、カノープスや剣士たちが、潰れてしまった部屋(恐らく謁見の間)で、エネルギアによって崩された王城の瓦礫を一つ一つ取り除いていた。
彼らは勇者たちを発見したことを知らないので、今も勇者や神たちが下敷きになっていると思っているのだろう。
「ゆうしゃぁ・・・」
号泣状態で瓦礫を取り除く剣士。
「・・・ビクトール、まず落ち着け・・・」
そう言いつつも、どこか悲しげな表情の賢者。
「・・・神よ・・・存外に儚かったな」
瓦礫を前に、どこか哀愁を漂わせながら立ちすくむカノープス。
ワルツ達が出発した際は、こうした反応を見せていなかったので、別行動になってから何かあったのかもしれない。
そんな彼らの様子を見て・・・、
(・・・)
ピコーン!
ワルツの頭の中に、とある閃きが浮かんできた。
「(皆待って!)」
後ろから付いて来ていた仲間達に小さく声をかけて制止させるワルツ。
「(テンポ、ケチャップある?)」
「(赤い塗料なら)」
「(・・・準備がいいわね)」
すると、アイテムボックスからまるで血のように赤い無臭の塗料(ヘルチェリーを原料とした染料)が入った瓶を取り出して渡すテンポ。
「(で、これを勇者の身体中に塗ったくって・・・)」
そう言いながら、腰布一つの勇者の全身に、適度な量を塗付していくワルツ。
「(・・・おっけー。あとは剣士たちに気づかれないように・・・)」
そして、剣士たちの死角になるところにあった瓦礫の中に、勇者を隠した。
その際、勇者の上に重ねた瓦礫は、ワルツの重力制御を使って発泡スチロール並に軽くしているので、彼が怪我をすることはないだろう。
最後に、
べちゃぁ・・・
残っていた塗料を瓦礫の隙間にぶちまける。
これで、城の崩落に巻き込まれた勇者の図が完成した。
「(それじゃぁ行くわよ?)」
「(えぇ、行きましょう)」
そんなワルツとテンポの悪巧みに、仲間達は終始苦笑いを浮かべていたが、そのままだとバレてしまうので、一芝居打つ事にする。
皆、疲れたような、悲しいようなそんな表情を浮かべたのである。
そんな様子でワルツ達は、空中に浮かべたリアや神(?)の死体をホログラムで消した後、剣士たちの方へと足を進めていった。
剣士たちに声が届く所まで来た頃、ワルツは憔悴しきった様子で口を開いた・・・のだが。
「今戻っ」
「うぉぉぉぁぁああ!!」
ワルツが戻ってくると同時に、地面に膝と手を付いて、声を上げて号泣し始める剣士。
『えっ・・・』
仲間達もドン引きである。
「ゆうしゃぁぁぁぁ!!!うわぁぁぁぁ!!」
(・・・うわぁ・・・言いにくい・・・)
剣士のあまりの状態に、近くの瓦礫の中に勇者を埋めたことを言い出せないワルツ。
「ビクトール・・・!!泣くな!!じゃないと俺も・・・俺も・・・うわぁぁぁ!!」
賢者も号泣しはじめた。
「くっ・・・神めっ・・・」
カノープスも瓦礫を前に、膝をついて項垂れ、心底悔しそうに目を瞑って唇を噛んでいた。
『・・・』
そんな剣士たちを前に、先ほどまで彼らを陥れることに肯定的だった仲間達は、戸惑いの表情を見せ始めていた。
・・・ただし、ワルツを除いて。
「・・・うん。3秒数える内に元に戻らないと、6Gね」
『はい』
ドゴォォォォッ!!
『えっ・・・』
いったい何が起ったのか。
要約するとこうである。
1、ワルツの言葉に、急に普段通りの返事を返した剣士たち。
2、そして3秒経たずに行使される重力制御。
3、そんな意味不明な展開について行けず、呆気にとられる仲間達。
といった具合だ。
『ぐぁぁぁ!!!』
30秒ほど6Gを体験してもらった後、重力制御を解除するワルツ。
「・・・嘘泣きでしょ?」
「はぁはぁ・・・すませんでした・・・」
とまさに息も絶え絶えの剣士。
賢者は息絶えていた。
そんな中、カノープスは、
「・・・おい・・・剣士。なんとかなるんじゃ・・・なかったのか?」
片目だけを開けた状態で、ギョロッとした視線を剣士に向け、問いかけた。
「・・・いや・・・まさか・・・こうなるとは・・・」
2人のやり取りを見たところ、どうやら訳ありのようだ。
「ん?どういうこと?」
ワルツが問いかけると、
「いや、ワルツ殿が帰ってきたら・・・なんとなく罠に嵌められる気がして・・・事前に対策を考えたんです・・・」
彼曰く、こういうことだった。
ルシアがトラップを破壊する際に使用した魔力や、アルタイルが使用したと思われる遠隔操作(?)魔法や転移魔法の痕跡を、カノープスが感じ取って3人でワルツ達の戦況を判断していた。
その際、神と思わしき者の魔力(この場合、アルタイルのもの)が殆ど振るわれること無く消えてしまったため、ワルツ達が勝利したことを確信したらしい。
その後、真っ直ぐエネルギアに帰ってくる皆の様子(主に普段から漏れ出るルシアの魔力)から、ワルツ達が勇者たちを無事発見したと判断したのだという。
だが、ここで剣士が言い出した。
このまま、普通通りに帰ってくるだろうか、と。
その上、自分たちは実質何もしていないのだ。
何らかの悪戯をされてもおかしくはないのではないか。
ならば、こちらから打って出るというのも悪くない・・・そう考えたようだ。
なので、号泣しながら勇者たちを探すフリをしていたのだという。
これならば、悪戯される隙を与えないだろう、と考えたらしい。
まぁ、その結果、6Gの重力制御を受けたのであるが・・・。
「・・・」
まるで汚い物を見るかのようなワルツの視線を受けて、
「ひぃっ!!」
恐縮する剣士。
なお、彼女の内心では、
(うわっ、先読みされてた・・・。そんな読まれるような行動パターンをしてるつもりはないんだけど・・・)
テレサの部屋に訪れる方法についてもそうだが、最近、ワルツの行動が仲間達に読まれているようだ。
某ホラーゲームで、妙に窓の多い部屋や、シミの付いた天井を見ると、なにか起こるのが何となく分かる。
そんな感覚に近いのかもしれない。
「・・・まぁ、いいわ」
剣士の言う通り、騙そうとしていたことは間違いないので、余計に追求することをやめたワルツ。
「さてと、じゃぁ、デブリーフィングをやるから、エネルギアの会議室に集合ね」
そう言ってワルツは足を進めようとした。
すると、
「あの・・・すまない。勇者たちは?」
「え?・・・あ」
剣士の指摘に固まるワルツ。
そう、すっかり忘れていたのだ。
・・・主に、勇者にのしかかる瓦礫にかけた重力制御のことを。
ゴシャァッ・・・
近くにあった瓦礫の山が突如として崩壊する。
どうやら、ワルツの重力制御を失ってからもちょうどいいバランスで積み上がっていた瓦礫が、タイミングよく崩れて、勇者を圧し潰したようだ。
すると、瓦礫の中から、赤色の塗料ないし本物の血液が流れ出てきた・・・。
『・・・』
あぁ・・・、といった残念な表情を瓦礫に向ける仲間達。
そんな仲間達の様子を見て察したのか、
「えっ・・・ま、まさか・・・レオ・・・?!」
勇者とは言わず、レオと言う剣士。
洒落にならなくなって地が出てきたらしい。
そんな彼が、辿々しい足取りで瓦礫の方に向かって行くと・・・
ドゴォォォォッ!!
瓦礫が爆ぜた。
弾け飛んだ瓦礫にぶつかって昏倒する剣士。
そして、
「はぁはぁ・・・何で、俺、瓦礫の中に・・・って、何だこの血の量は・・・」
瓦礫の中から、意識を取り戻した勇者が現れた。
さすが、勇者だけあって、身体が頑丈だったようである。
「・・・あら、おはよう。元気そうね」
「うぉっ?!・・・なんだワルツか・・・ワルツ?!」
二度見する勇者。
「何でここに・・・ってか、ここどこだ?」
現状が飲み込めない様子なので、ワルツが現状について簡単に説明する。
勇者がリア達とエンデルシアに戻ったことや、それを救出するためにここまでやってきたこと。
そして、無事救出したことを、だ。
「・・・すまん。理解が追いつかん・・・」
ワルツ達が過ごしてきた3週間の出来事をたった数十秒で説明することは困難だったらしく、やはり勇者は理解できずにいた。
尤も、何故勇者たちが神(?)の下に召還されて、シリンダーの中に入れられていたのかは、ワルツたちにも分からないのだが。
「ま、話は会議の・・・前にゆっくりと聞かせてもらうわ。エネルギアの中でね」
「エネルギア?」
「・・・まぁ、来れば分かるわよ」
こうしてワルツ達は、勇者からの事情聴取(?)とデブリーフィングを行うために、エネルギアへと戻るのだった。
・・・初めてエネルギアを見た勇者が小刻みに震えている様子を見ながら。