5後-01 カロリス
ミッドエデンから西に向かって、高度1万mの雲の上を滑るようにして飛行するエネルギア。
その様子を見る限り、雲に浮かぶ船、と言っても過言ではないのかもしれない。
「そろそろメルクリオの国境上空だけど、いつ攻撃を受けるのかしら・・・」
現代世界であれば、領空を侵犯した時点で攻撃されるはずだが、異世界では領空という概念はあるのだろうか。
まぁ、国境を超える超えないに関係なく、いつ攻撃されてもおかしくはないだろう。
「カロリス到着まで、あと30分ほどです」
艦橋に備え付けられた巨大なステータスモニターを見ながら、操縦席に座ったストレラが報告する。
ところで、1週間前のテスト飛行の際に比べ、艦橋は大きく変わっていた。
まず、バッテリーの山が無くなったこと。
核融合炉の起動に成功したので、船内から不必要な分が撤去されたのである。
一度起動した核融合炉は、メンテナンスでもしない限り止めることはないので、バッテリーを必要としないのである。
その他には、艦橋内の壁という壁にワルツ製の曲面モニターが設置され、あたかも艦橋が空中に浮いているかのように見えていた。
ワルツやストレラとしては、窓など必要はないのだが、仲間のことを考えて設置した結果だ。
さらにその内側には、後ろ側が透けて見えるステータスモニターと呼ばれる楕円形の巨大な画面があり、そこにレーダー、高度、速度、そして兵装の残弾数などのステータスが一挙に表示されていた。
それはもう画面いっぱいに、小さな文字でびっしりと、である。
人間であれば、どこにどんな情報が表示されているのか、混乱するところだろう。
それこそ、大型船舶の艦橋のように、複数の人々が役割分担をして処理するレベルである。
だが、そこはガーディアンと同じニューロチップを内蔵するストレラ。
彼女はそれらの膨大な情報を一人で受け持ち、処理していたのだ。
「重粒子シールド展開」
「イエス・マム」
シールドを張らずとも相当な防御力を誇るエネルギアだったが、一応念の為にシールドも張っておく。
ちなみに仲間達は、ワルツ達が何をやっているのか全く理解できないのか、彼女たちのやり取りを気にすること無く、外の景色へと視線を向けていた。
「美しい景色ですね・・・」
「曇って、乗れるんですね・・・」
「曇って食べれるんでしょうか・・・」
カタリナ、シルビア、ユリアが船外の景色にそれぞれ感想を呟く。
一方、
「飛行艇ってこんなに速かったっけ・・・」
「いや、そもそも、こんな高さまで来れないだろう・・・」
「何だこの船は・・・」
剣士、賢者、カノープスは、船自体に興味が有るようだ。
他、ルシアとテレサは、モニターとも知らずに、食い入るようにして外を眺めているようである。
そんな中、怪訝な顔をしながら、
「うーん・・・このまま攻撃されなかったらどうしよう・・・」
と呟くワルツ。
彼女にとって、この艦は言わば『天使ホイホイ』。
集まってきた天使達に死なない程度のダメージを与えて無効化するための巨大装置なのである。
これが無視されると、敵の根城に乗り込んだワルツ達が直接天使たちを倒さなくてはならなくなる。
つまり、死人が出る可能性が上がる、ということだ。
(天使を上手くおびき寄せる方法とか無いかしら・・・頭の上からレールガンを浴びせかける?)
と、ワルツがそんな身も蓋もないことを考えた時だった。
「対空レーダーに反応多数」
ストレラが声を上げる。
「・・・よーしよし」
思わずニンマリとした笑みを浮かべるワルツ。
一方、仲間達は、
「遂に始まるのか・・・」
「神に喧嘩を売るサキュバス・・・人生に悔いはありません!」
「昼食、まだかなぁ・・・」
・・・大体、戦々恐々とした様子だった(?)。
「さてと、進路速度そのまま。パルスメーザー砲、及び、パルスレーザー砲スタンバイ」
「イエス・マム」
すると、機種前方の方から、メーザー砲やレーザー砲の発射口の保護カバーが開く音が聞こえてきた。
「オートロックオンモード。対象は天使翼部」
「ラジャー、天使翼部オートロックオン」
そして攻撃準備が整った。
・・・だが、
「・・・本艦が速すぎて天使たちが追従できない模様です」
天使の力では、亜音速まで加速できないらしい。
「・・・現状維持、カロリス上空に接近後、最大火力をもって対抗する」
「イエス・マム」
というわけで、天使に対する攻撃はおあずけになったのだった。
さて、ワルツには一つ懸念があった。
敵が、ルシアのように、いつでも好きなところへ転移できるタイプの転移魔法を行使してくる可能性である。
その場合、直接艦内に乗り込まれてもおかしくないのだが・・・
(・・・流石に高速で移動している船に転移するのは無理みたいね)
遂に天使と会敵したにも関わらず、それでも転移魔法を使って接近してこないところを見ると、やはり動いている物に対しては転移出来ないのだろう。
ちなみに、動いているものに対して転移できないことはルシアの転移魔法で確認済みである。
だが、彼女の転移魔法は一般的なそれとはことなるので、天使達の転移魔法も同様とは限らなかった。
ある意味、ちょっとした賭けだったと言えよう。
まぁ、乗り込まれたらワルツが排除するだけなのだが。
メルクリオ領空内と思しき場所に入ってから、15分ほど経過した頃。
「・・・それで、シルビア。カロリスの方角はこっちでいいの?」
この世界にGPSがあったなら、ワルツはこんなことを言わなかっただろう。
ワルツとストレラは王城にあった周辺諸国地図(大陸地図?)を使って飛行していたのだが、実はこの地図の精度があまり良くなかったのである。
見た目としては、子供の落書きのような地図に無駄に装飾が加えられたもの、といった感じだ。
まぁ、特徴的な山や湖などの地形から、多少ズレたとしてもなんとか辿り着くことは出来るはずだが・・・。
「・・・ここは・・・どこでしょう・・・」
・・・早速、道案内が迷子になった。
「うん、私達にも分からないわ」
「あ、でも前の方に見えてきた湖には見覚えあります。恐らく、カロリスに隣接する湖かと」
「ということは、あの湖の向こう側が、首都カロリスというわけね」
「はい」
予想よりも、多少距離は短かったようだが、どうやら方角は間違ってはいなかったようだ。
「ストレラ。首都カロリス上空通過後、首都を中心に半径20km程度の場所を旋回して頂戴。高度は2000m、速度は500km/h程度で」
「イエス・マム」
するとものの数分でカロリス上空を通過するエネルギア。
そして、そこからカロリスを中心とした旋回軌道に移行した。
「それで、天使の数は・・・?」
「・・・城から出てきた者たちと、追尾してきた者たちを合わせると、50体です」
「あれ・・・思ったより少ない・・・」
ワルツは2000人程度出てくると予想していたのだが・・・。
なお、メルクリオ全体で一体何人の天使がいるのかは、シルビアの記憶に残っていないらしく、不明である。
「・・・まぁいいわ。威嚇の意味も込めて倒しちゃいましょ。パルスメーザー砲、及びパルスレーザー砲、両方とも1番タレットのみ使用で攻撃開始」
「ラジャー。パルスメーザー砲、及びパルスレーザー砲、攻撃開始」
すると、不可視のエネルギー照射(マイクロ波と赤外レーザー)を受けた50体の天使は、人体発火現象よろしく一瞬にして火達磨となり、地上へと墜ちていった。
ちなみに、天使撃墜に使ったメーザー砲やレーザー砲の発射口はそれぞれ1箇所ずつだが、短い時間の間に照射の方向を細かく調整する事が可能なので、今回のように複数の目標に対する同時攻撃が可能である。
「・・・ま、たぶん死んでないでしょ。でも、少しピントが甘いんじゃない?」
本来なら、翼を切断するつもりで放った攻撃だったが、天使の全身が燃え上がったところを見ると、ピントが合わずに拡散していたらしい。
「次回から試し撃ちして調整します」
・・・ところが、その『次回』がなかなかやってこない。
どうやら、王都にいた天使を全て撃墜してしまったようだ。
そんなあまりの呆気なさに、ワルツはストレラに問いかけた。
「・・・どう思う?」
「地上に潜んでいる可能性は否定できません」
「・・・速度200km/h、高度200m程度でカロリスを通過した後、カロリスを中心に半径2km程度で旋回して」
「イエス・マム」
威嚇の意味を込めて、カロリス上空を低高度で通過するエネルギア。
この高度からだだと、ワルツやホムンクルス達でなくとも、町の人々が空を見上げながら逃げ惑う様子を観察することが出来た。
「なんか、一方的な侵略な気がしてきた」
「・・・超兵器を振りかざしてるんだから、そんなもんでしょ」
と先程までは敬語を話していたストレラの言葉が急に砕ける。
あまりの天使の少なさに拍子抜けして、気が抜けたのだろうか。
その後、カロリス周辺を旋回するエネルギアに対して、思い出したかのように天使達が近づいてくるものの、カロリスからではなく、その外側からやってきた者たちだけであった。
「・・・今何人?」
わざわざ聞かなくてもワルツは分かっているが、それでもストレラに問いかける。
「72人よ」
「・・・少ない・・・少なすぎるわ・・・。試しに、城にレールガン撃ちこんでみましょうか」
「・・・榴弾じゃなくて通常弾ならいいんじゃない?」
とストレラ。
榴弾を使うと、城が弾け飛んで、城を取り囲む町に被害を出す可能性があるからである。
「・・・じゃぁ、右舷レールガン第二砲塔に通常弾装填。装填後敵居城に向かって発射」
「了解、発射」
・・・少し投げ遣りなストレラ。
だがそんな彼女の様子とは裏腹に、
バァァァンッ!
という爆音と共にマッハ10を超える速度で、砲弾が飛んでいった。
すると、
ドパァンッ!
といった様子で吹き飛ぶ敵居城上半分。
流石にエネルギアの艦橋までは、吹き飛んだ音は届かなかったが。
最早、榴弾でなくとも、町に被害が出ていそうな様子である。
「・・・やっぱり天使達、出てこないわね」
家のチャイムを鳴らしたにも関わらず住人が出てこない、といった様子のワルツ。
「もう少し脅してみたら?」
借金の取り立て屋のようなことを言うストレラ。
「じゃぁ、通常弾頭の空対地ミサイルを城のど真ん中に落として」
「了解。VLS6番ハッチオープン。ASM発射」
シュゴォォォッ・・・
ドゴォォォォン!!
「・・・やっぱり出てこないわね」
「なら次は・・・」
姉妹揃ってどんどんエスカレートしていく。
そんな時、
「・・・あのワルツさん?」
2人の行動を見かねたカタリナが口を挟んだ。
「・・・もう、天使はいないんじゃないでしょうか?」
「いや、だって相手は神を名乗っているのよ?まさかこの70人ちょっとしかいないってことはないんじゃない?」
「えっと・・・あれを見てください」
するとカタリナはモニターに映る人影を指さした。
どうやら撃墜した天使らしい。
だが、
「黒い翼・・・?」
そう、まるで今のシルビアのように、黒い髪、黒い翼の天使が気を失ったような姿で倒れていたのである。
堕天したのだろうか。
だが、ただの物理的な攻撃で堕天するわけではないので、
「・・・あれ?もしかして神さま倒しちゃった?」
ということになるだろう。
あるいは倒してないとしても、何らかの問題が生じたに違いない。
「恐らくは」
そんなカタリナの言葉に微妙な顔を浮かべるワルツ。
そして思い出す。
「・・・あ、勇者たち」
『あ・・・』
どうやら仲間達も気づいたようだ。
そして皆、モクモクと煙を上げる城に眼を向ける。
「・・・黙祷」
そして亡くなった勇者たちのために、ワルツは頭を下げるのだった・・・。
というのは彼女の冗談である。
勇者達ならどうにかできると信じて攻撃したのだから。
「突入するわよ」
『はいっ!』
ワルツの言葉に頷く仲間達。
そんな彼女たちやエネルギアの攻撃を思い出しながら、
「・・・一体何なんだ・・・」
カノープスは頭を抱えていた。
「・・・カノープス様。こいつらはこういう奴らなんです。気にしたら負けグヘェ!」(6G)
「聞こえてるわよ」
剣士を問答無用で押しつぶすワルツ。
「・・・余計なことを言ったらこうなるので気を付けてください」
「あ、あぁ・・・」
青い表情を浮かべる賢者とカノープス。
何はともあれ、こうしてワルツ達は敵居城へと突入することになったのである。