5中-19 ようやく
「・・・で、この場所ねぇ・・・」
ワルツ達は赤茶けた荒野に立っていた。
ここは、嘗てワルツとルシアによって平地化された荒野である。
ここからだと、ルシアの魔力(?)によって生成されたダンジョンを望むことが出来るのだが・・・平原に一箇所だけ盛り上がった入口の様子が、以前とは少々異なっていた。
扉が付いていたのである。
どうやら冒険者たちによって、ある程度、管理されているらしい。
(ダンジョンができると村が発展するっていうのも、強ち間違いじゃないのかもね・・・)
そんな光景を眺めながら、しばらく見ない内に発展した村について考えるワルツ。
そして、皆が位置についた頃、少し離れた場所で対峙しているカノープスに向かって、彼女は口を開いた。
「勝敗の条件は?」
「神を倒そうというのだ。どちらかが戦闘不能になるまで戦い続ける、それ以外にあるまい。何なら8人いっぺんにかかってきてもいいぞ?」
怪我するな、と言っていた酒場の店主とは真逆のことを口にするカノープス。
「うーん・・・多分、8人も要らないと思うのよね・・・。じゃぁ、ここは、狩人さんが相手ね」
「えっ?!カノープス殿相手に私一人で?」
ワルツのまさかの発言に驚く狩人。
とはいえ、以前サウスフォートレスが魔物の大軍に襲われた際も、同じように無茶振りしていたのだが。
「・・・やめときます?」
そして、ニヤッとするワルツ。
すると狩人も口元を釣り上げ、
「実は、一度やってみたかったんだ・・・国内最強の相手との戦いってやつを!」
眼に闘志の炎を宿らせた。
・・・どうやら、狩人は戦闘狂になりつつあるらしい。
「・・・無謀と思えるが・・・まぁ、いい。掛かってこい」
カノープスがそう口にした直後だ。
サクッ・・・
「それで?」
一瞬の後、20mほど離れた彼の首筋にダガーを突きつけながら呟く狩人の姿があった。
普通の人間には、瞬間移動したように見えたことだろう。
そう、普通の人間には。
「・・・囮だ」
すると、カノープスの身体は残像のように消えていった。
だが、
「あぁ、知ってる」
狩人も負けてはいない。
その後も、至るところで2人が現れては消え、現れては消え、といった事を繰り返す。
その様子から察すると、どうやら膠着状態のようだ。
そしてしばらく経ってから、
「ふむ」
「中々当たらないな・・・」
満足気なカノープスと、思い通りにいかなさそうな表情を浮かべる狩人。
そんな2人が元の立ち位置へと戻ってきた。
カノープスの首筋に赤い線のようなものが浮かんでいるところを見ると、狩人の攻撃が当たらなかったわけではないらしい。
そしてカノープスは笑みを浮かべたまま、自分の首筋に指を当て、回復魔法を行使した。
「中々に良い筋をしている。天使程度なら遅れを取ることはないだろう。だが、神を相手にするのとでは次元が違うぞ?」
彼はそう言うと、全身に魔力を纏い始めた。
身体強化の魔法を行使したらしい。
ゲームなどのボス戦に例えるなら、1段階目の変身といったところだろう。
「さて、掛かってくるがいい」
「あぁ、言われなくても!」
そして、狩人も更に加速した。
(2人とも速っ・・・)
既に双方とも生身の人間が出せる速度を大幅に超え、ワルツやテンポの瞳でなくては、追いかけることすら困難であった。
キン!キン!
戦っている彼女たち以外には、2人が斬り結ぶ音だけが聞こえていることだろう。
そして戦いが3分ほど継続した後、
「はぁはぁ・・・」
「ふむ。令嬢の身でその技術とは、なかなかに素晴らしい」
2人は再び元の位置へと戻ってきた。
少々息が切れた様子の狩人。
そんな彼女に対して笑み向けるカノープス。
どうやら、今回はカノープスの方に軍配が上がったようだ。
「狩人さん。そこまでですね」
ワルツが声を掛ける。
「そうだな・・・やはり国内最強の名は伊達ではないみたいだ」
と言いつつも、その最強と戦って無傷の狩人。
彼女自身も、どこか納得できるものがあったのか、満足気な表情を浮かべていた。
「だが、その程度では神には勝てぬぞ?」
身体強化のためか、金色のオーラを放つカノープス。
一般人なら、その迫力に、尻尾を巻いて逃げ出すことだろう・・・。
「じゃぁ私がやってみる!」
そう言って前に出る年端もいかぬ少女。
一般人どころか、ひ弱にしか見えない彼女が前に出てきたことに、カノープスは怪訝な表情を浮かべた。
だが、そんな彼よりも更に困った表情を浮かべている者がいた。
・・・ワルツである。
「・・・絶対、殺しちゃダメよ?あと、村に危害を加えたりしてもダメだからね?」
「うん、任せて!」
先日のカタストロフな光景が脳裏をよぎるワルツだったが、悩んだ末、ルシアに任せることにした。
(ま、少しくらいバラバラになっても、カタリナが直してくれるでしょ)
誰がバラバラになるのか?
もちろん、カノープスである。
「・・・本気かね、お嬢さん。やるというのなら手加減はしないぞ。痛い目に遭いたくなければ・・・っ?!」
杖を構えたルシアに驚愕の視線を向け、口を開けたまま固まるカノープス。
見えてはいけない何かが、彼には見えているらしい。
「・・・死にたくなければ避けてね」
ワルツが殺すなと言ったにもかかわらず、笑顔でそんなことを口にするルシア。
直後、
チュウィーーン!
無数の光線がノーモーションでルシアの前方50cm程度の場所から放たれた。
そして辺りを水平に薙いだ後、突如として曲がり、カノープスを一瞬で捉える。
「くっ!」
ガガガガガガ!!!
カノープスが事前に展開していただろう結界に阻まれ、轟音を上げる無数の光線。
だが、それだけではない。
彼が防御している間にも、ルシアからは追加でビーム、レーザー、大量の水魔法などが放たれ、更には、どこからとも無く雷が落下し、水浸しになった地面を通して辺り一帯に電流を流した。
更には、火魔法を行使て周辺の水を一瞬で蒸発させ、超高温の蒸気で辺り一面を蹂躙しつつ、転移魔法(?)を使って隕石のようなものを落としていく。
一体、どんな化け物なら、そんな彼女の攻撃に耐えられるというのだろうか。
「ちょ、ちょっと待ってルシア!カノープスさん死んじゃう!」
真っ青になって、自分の考えが甘かったと後悔するワルツ。
直後、姉の言葉に、ルシアは一方的な魔法の連射を止めた。
だが、ルシアの表情にカノープスの命を奪ってしまったかもしれないという後悔の色はない。
「多分、大丈夫だと思うよ?」
ルシアには、今もなお、結界魔法を使って防御し続ける彼の存在が聞こえているのだろう。
そしてしばらくすると、爆煙の中に隠れて見えなかった彼の姿が徐々に顕になる。
ルシアの反応通り、かろうじて生きてはいるようだが、息も絶え絶えといった様子だ。
身体の部位の一部が欠損(?)しており、全身が傷だらけである。
(やっぱり、この国最強の魔法使いでもそうなっちゃうのね・・・)
実は、カノープスがもう少し耐えてくれるか、とワルツは期待していたのだ。
いや、期待というよりは、願いに近いのかもしれない。
ワルツの懸念通りに、彼女の予想を超えて、ルシアが現在進行形で強くなっていっているのである。
「・・・カタリナ?カノープスの治療をお願い」
「分かりました」
直ちに治療に取り掛かるカタリナ。
流れるようなその治療の手際は、まるで魔法そのものであるかのような錯覚を見せるほどに洗練されており、相当な早さで彼の失われていた手の指や足を復元していった。
「くはっ?!」
ほんの短い時間であったが、気絶していたカノープスが目を覚ます。
「一体、何なんだあれは・・・」
気を失うほどの衝撃を受けたというのに、記憶はハッキリとしているらしい。
そんな彼の疑問に、
「・・・ルシアが適当にあしらっただけですね」
カノープスに憐れみの視線を向けながらワルツが答える。
「・・・信じられん・・・」
顔色を悪くしながらルシアの方を振り返るカノープス。
なおルシアは、まだ物足りないのか、手のひらの上に魔力塊を作り出して弄んでいた。
「彼女を前にしたら、大抵の人が同じようなことを言うんじゃないでしょうか」
「・・・末恐ろしいな」
そう言いながら、額を垂れる汗を手で拭おうとしていたカノープスは、とあることに気づいた。
「うおっ?!指が元に戻ってる?!」
「無くなってたので元に戻しておきました」
と、カタリナ。
「あ、足も?!」
「えぇ、ついでに」
「義手と義足だったんだぞ・・・」
どうやら、最初から欠損していた部位だったらしい。
「えっと、何か復元したら拙い理由でもありましたか?」
今まで直さなかったことに何か理由でもあるのか、といった様子でカタリナが問いかける。
「いや・・・うん。すまない。恩に着る」
そう言って、カノープスは彼女に頭を下げた。
だが、身体が治ったというのに彼の顔色は悪いままであった。
恐らくは、ワルツパーティーのメンバーの異常さに改めて気付かされたのだろう。
「・・・それで、私達の強さは分かってもらえたかしら?」
これ以上の無駄な戦いは、この後に控えるメルクリオへの侵攻に差し支えになるので、そろそろ終わりにしたいと思うワルツ。
「あぁ、十分だ。・・・だが、神は俺なんかよりもはるかに強いぞ?」
神と過去に何かあったのか、彼は妙に神の強さを強調した。
「まぁ、その時は私が相手しますよ?」
そんな彼に、ワルツはトドメを刺さす。
笑顔を浮かべたまま、ロックオン128個分のプレッシャーをカノープスに向けたのだ。
「?!」ビクン!
圧倒的な殺意を浴び、カノープスは眼を見開いて身体を強張らせる。
だが、それも一瞬のこと。
彼に気絶されると面倒なので、ワルツは直ぐに解除した。
「さてと、じゃぁ、工房の様子を見てから、エネルギアに戻りましょうか」
と、彼女がそう言った時である。
「・・・俺も連れて行ってくれないか?」
『えっ・・・?』
カノープスに思わず聞き返す仲間達。
「・・・これから私達がどこに行こうとしてるのか、忘れたわけじゃないわよね?」
もちろん、酒場のことでも工房のことでもない。
「神のところに行くのだろう?俺も奴には用があるんだ・・・」
と苦々しい表情を見せるカノープス。
店主の弟ということは、魔女狩りの犠牲になった祖母の件などもあるので、何か因縁めいたものがあるのかもしれない。
「・・・一応言っておくけど、別に死ににいくわけじゃないわよ?むしろ、死んだら死ぬよりも酷い目に合わせるんだから」
「あぁ、分かった」
「・・・さて、みんなどうする?」
ここで初めて仲間達に問いかけるワルツ。
「・・・確認する順番がおかしくないですか?」
「なんか勝手に決めてから、私達に確認を取ったよな・・・まぁ、いいけどな」
「・・・偶然よ、偶然」
ともあれ、こうしてメルクリオにカノープスが同行することになった。
その後、工房の様子を見て何も変わっていないことを確認したワルツ達は、荷物をまとめて出発の準備を終えたカノープスを連れ、エネルギアへと戻ってきた。
その際、彼はエネルギアを見て閉口していたようだが、一々反応していると面倒なので、ワルツは一切の説明を省いた。
恐らくは、後々、テレサ辺りが説明することだろう。
「というわけで、彼がルームメイトになるから、仲良くやってね」
エネルギア内に用意された剣士たちの部屋に、カノープスを案内する。
「えっ?!カノープス様が?」
「一体どういう流れでこうなったんだ・・・」
「まぁ、紆余曲折あってな・・・」
もちろん、いつも通り、ワルツからは説明しない。
まぁ、3人とも顔見知りのようなので、その内、カノープスから説明することだろう。
そして皆が艦橋に戻ってきた後。
「さてと、いよいよ出発ね。全艦発進準備」
艦長席に着いたワルツの言葉に仲間達は全員頷いた。
そして彼女は宣言する。
「エネルギア、メルクリオ神国首都カロリスに向けて発進!」
こうしてワルツ達は、勇者たちが捕らえられている戦場へと、ようやく出発したのである。