5中-17 寄り道
皆がカタリナ特製の日焼け止めクリームを全身に塗りこんだ後。
意気揚々と海に突入する約2名。
ルシアとテレサの狐娘たちである。
彼女たちは海で泳いだことがなかったので・・・、
「足がつかなっ・・・っぷ・・・」
「ルシアじょ・・・はっぷ・・・」
・・・いきなり溺れた。
そんな彼女たちを、
「息継ぎが出来るようにならないと、深いところに行くのは危険ですよ」
「まずは浅いところで訓練ですね」
と言って溺れている2人を空から吊り上げる、ユリアとシルビア。
彼女たちも海で泳いだことが無いらしいが、口ぶりからすると川や湖などで泳いだ経験はあるらしい。
メンバーが泳げるか泳げないかの話をすると、元勇者パーティーであるカタリナと海女である狩人(?)は言うまでもなく泳げた。
他、テンポだけは体重的に泳ぐことができなかったのだが、これは仕方が無いことだろう。
なお、ワルツは、水中でも音速で移動することが可能だ。
さて、本来なら、ここで泳げるように2人の水泳訓練が始まるところだろう。
だが、ここは魔法が存在する異世界。
しかも、一人は魔力の塊のような少女に、もう一人は変身魔法が使える少女なのである。
そんな彼女たちは、早々に普通に泳ぐことを諦めた。
では、どうしたのか。
ドゴォォォォ!!
「飛んでる気分!」
相当な勢いで、水魔法を背中から吹き出し、水上を滑っていくルシア。
そして、
「鱶(サメ)じゃー!」
ジョ○ズよろしく、背びれだけ出して泳ぐテレサ・・・。
そう、魔法を行使して泳ぎ始めたのである。
・・・まぁ、現実には影響を及ぼさない変身魔法を使って、テレサがどうやって泳いでいるのかは不明だが。
なお、変身魔法が見えないワルツの眼からは、テレサが『ぷかーっ』といった様子で、うつ伏せで流されていくようにしか見えなかった・・・。
「ひぃっ!?」
そして、そんなサメに襲われるユリア。
・・・ワルツから見ると、サキュバスが水死体に襲われる図である。
(カオスね・・・)
そんな彼女たちの様子を、海上に普段着のまま寝そべりながら水面に立てたビーチパラソルの下で、静かに眺めるワルツ。
重力制御を使っているので、彼女の周りだけ波が一切ない謎空間が出来上がっているが、彼女的にはこれをカオスとは言わないらしい。
そんな彼女の隣では、
「ワルツ様を真似て見せます・・・!!」
と、言いながら、ワルツのように水上に寝そべろうとしているシルビアがいた。
どうにか翼をバタつかせて、水面に身体が浮くように調整しようとしているが、その姿は、泳げない鳥が誤って水中に落ちて溺れている姿に酷似していた・・・。
「・・・ねぇ、シルビア。溺れてるの?」
「え?・・・いや、溺れてるわけじゃ・・・」
・・・どうやら、羽が水を吸って、徐々に重くなってきたようだ。
「うぅ・・・重・・・ぶはっ・・・!!」
・・・そして沈んでいった。
「・・・静かねぇ・・・」
ワルツは何事もなかったかのように、空を流れていく雲に眼を向けるのであった・・・。
その後、シルビアは付近の海岸で死体となって発見され・・・なかったが、ぐったりとした様子で砂浜に倒れていた。
もしかすると本当に溺れかかっていたのかもしれない。
ちなみに、シルビアが力なく倒れているその横では、カタリナとテンポが泳がずに浜で日光浴を楽しんでいた。
普通に泳ぐことが出来ないテンポに、カタリナが付き添っているといった雰囲気である。
さらにその横5m程度の場所では、意識のない剣士、そしてそんな隣人が忌々しいのか、難しい表情を浮かべた賢者が読書を続けながら寝そべっているといった様子であった。
なお、狩人は・・・まぁ、その内、帰ってくることだろう。
そんなこんなで、一日中、思い思いに海を楽しんだ一行。
日が暮れ、海から上がった後は、ログハウスの外に用意した野営用の焚き火で狩人の採ってきた海産物をいただくことになった。
「これって、食べれるの?」
初めて見る巻き貝を前に、疑問を口にするルシア。
「えぇ。これは生でも焼いても食べられる巻き貝です」
と言って、巻き貝から、少々グロテスクな見た目の中身を引き抜いて、口を付けるカタリナ。
「うん。海水がいい具合の塩味になっていて、美味しいですよ」
「本当?」
「見た目が気になるなら、小分けにしましょう」
と言って彼女は、指先に結界魔法を展開し、巻き貝を殻ごとキレイに切断した。
硬いはずの殻が何の抵抗もなく切れていくところを見ると、相当な切れ味なのだろう。
他にも、
「ふむふむ、これが海魚か・・・。中々に脂が乗っていて美味なものじゃな」
と口の周りを少々汚しながら、脂の滴る鯛のような焼き魚にかじりつくテレサ。
どうやら、彼女も、初めての味に舌鼓を打っているらしい。
そんな中、
「・・・これ、食べれるんですか?」
ゲテモノに挑戦しようとするサキュバスがいた。
「先輩、頑張ってください!」
「もちろん、新人ちゃんも一緒に食べるんだよね?」
「何を言っているんですか、先輩。無理です」
と真顔で返すシルビア。
彼女たちが何を食べようとしているのか。
・・・なまこ酢(?)である。
「なんだお前たち。なまこが食べられないのか?」
と、元から海育ちのようなことを言う狩人。
彼女は箸を使って器用になまこ酢を掴むと、
ぱくっ・・・
と何事もないかのように口に入れた。
「うん、この少し硬い食感がいいんだよな・・・」
そう言いながら、次々とパクパクなまこ酢を口に入れていく狩人。
彼女の様子を見て、
「すごいですね狩人さん・・・なら、私も!」
ぱくっ・・・
ユリアよりも先にシルビアがなまこ酢に手を付けた。
「ふーん・・・好みの違いが出る味かもしれませんけど、私は嫌いではないですね」
「んな・・・新人ちゃんに先を越されるとは・・・はむっ!」
といった様子で、皆、今日一日だけの休暇を楽しんだのだった。
・・・今回の休暇を企画したワルツを除いて。
「お姉さま」
宴が終わり、皆が寝静まった後。
ログハウスの外で雲ひとつ無い満点の星空を見上げていたワルツに、彼女と同じようにして寝室から抜け出してきたテンポが声をかけた。
「・・・一人で行く気ですね」
「・・・正直迷ってる」
ワルツは空を見上げたまま、テンポの方を振り向かずに言った。
するとテンポは無表情の中にも呆れた様子を見せながら口を開いた。
「もしも、お姉さまが一人で行ったとしても、後々、皆さんがお姉さまのことを追いかけてメルクリオに向かうと思うのですが・・・」
「そうでしょうね・・・だから1人で行っても無駄だって分かってるんだけど・・・」
ワルツの中でのベストなストーリーは、仲間達が目覚める前に、神を倒して戻ってくること。
そうすれば、仲間達が傷つけられる可能性は低くなる。
・・・その代わり、メルクリオの民に被害が出てしまう可能性は否定できなくなるのだが。
そう、ワルツにとって問題なのは、神を倒せるかどうかではなく、戦闘の果てに罪もない天使や民の命を奪ってしまうか否か、なのである。
戦艦は、仲間を守るための『揺りかご』であるだけでなく、同時に、ワルツによるオーバーキルから天使たちやメルクリオの民を守るためのものでもあったのだ。
「・・・罪もない民を蹂躙する者をどう思いますか?」
まるで、魔女狩りをする天使たちのように、である。
「・・・うん、やっぱりあんまりメリットが無いからやめとくわ」
「それが懸命な判断かと」
そう言って、無表情の中に笑みを浮かべるテンポ。
「全く、自分自身が嫌になるわね・・・」
「それ、前にカタリナにも言ってましたね」
「あの時とは別の理由よ」
「分かってます」
そんなやり取りをしながら、眠ることのない姉妹は、夜が明けるまで星を見上げ続けるのであった。
そして明くる朝。
「・・・私も泳ぎたかったなー」
スク水ではない普通の水着姿で、ビーチパラソルをエネルギアのタラップの横に立てて、寝そべっているストレラの言葉である。
エネルギアを無人には出来なかったので、ストレラが船番(?)をしていたのだ。
「・・・泳いだんじゃないの?」
「あんな大爆発がいつ起こるか分からないのに、そうそう海で泳げないわよ」
と、昨日のルシアの魔法を思い出すストレラ。
「・・・なんかごめんね、レラちゃん」
と申し訳無さそうなルシア。
「いや、いいのよルシアちゃん。それもこれも、姉妹使いが荒い姉さんが悪いんだから」
そう言って、ベーッ、っとワルツに向かって舌を出すストレラ。
「お土産は持ってきたら、これでも食べて機嫌直してくれない?」
「もう、アトラスじゃないんだから・・・」
といいつつも、ストレラは今朝焼いたばかりの魚介類が乗った皿をワルツから受け取って、早速口に運び始めた。
「これを食べ終わるまで、出発は待ってよ?」
「えぇ。かまわないわ」
というわけで、食べ物でストレラの機嫌を回復することに成功したワルツ。
その後、昨日降ろした荷物の積み込みなどを行い、15分ほど経ってから、ワルツ達は再びエネルギアへと乗り込んだのであった。
そしてワルツは宣言する・・・。
「じゃぁ、今度こそ、出発よ!・・・と見せかけて」
『えっ!?』
まだ何かあるの?、と言った様子の仲間達。
「いや、もう一箇所ついでに寄っておきたい場所があるのよ」
「寄っておきたい・・・あっ・・・」
カタリナには分かったようだ。
「アルクの村ですね」
「そういうこと。近くに来たついでだし、問題ないんじゃない?まぁ、ちょっと様子を見る程度よ。剣士さんたちも問題はないわよね?」
「あぁ。昨日の今日だし、今更だ」
復活した剣士が了承した。
「ごめんなさい。これが最後の寄り道よ」
そして、ワルツ達はアルクの村へと向かった。
アルクの村近くの森にエネルギアを着陸させ、歩いて村に入るワルツ達。
今回の船番は、この村の工房に来たことが無い、剣士、賢者、そしてストレラである。
そしてワルツ達は村に入り、信じられないものを見た・・・。
「・・・嘘でしょ?」
村が・・・
発展していた。
メインストリートを中心に家が増え、至る所に街灯のような魔道具が飾られていた。
村のエントランスも、嘗ては単なる柵だったものが、今では立派な木製の門へと変わっており、その様子はちょっとした宿場町といった雰囲気である。
ワルツ達がそんな村へと足を踏み入れると、
「あっ、ワルツさん!」
見知らぬ建物から出てきた女性に話しかけられる。
彼女は嘗てワルツと同じ部屋に囚われていた魔女(?)であった。
「ごめんなさいね。長い間村を開けちゃって」
「いえ、気にしないでください。私達も好き勝手やってるので」
そう言う彼女の表情は、言葉通りに晴れ晴れとしていた。
「えっと・・・随分、村の様子が様変わりしたいみたいね」
「はい!村長さんが、私達に自由に行動していいって許可を出してくれたお陰で、色々と変わりましたね」
今まで、魔女呼ばわりされて行動が制限されていた彼女たち。
それがこの村では全く制限されることがないので、どうやら様々な才能が開花していっているようだ。
「心配してたのよ。長い間見ない間に、また魔女狩りに遭っているんじゃないかって・・・」
そう、事あるごとにワルツは、彼女たちやこの村にある工房のことを気にかけていたのだ。
だが、今まで、アルタイルの転移攻撃がいつ飛んでくるか分からなかったため、ワルツ達は敢えてアルクの村へと近づくことが出来なかった。
今回は、彼の者の攻撃のパターンがある程度判明したので、立ち寄ることができたのである。
「大丈夫でしたよ。実は、領主さんもたまに様子を見に来てくれるんですよ。領主さんはこの領地から魔女狩りを根絶するって言ってくれました」
そう言って、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「それは良かったわ」
どうやら、ワルツの知らないところで、伯爵が行動を起こしているようだ。
尤も、議会の法案として、魔女狩り根絶案が承認されているので、この国から魔女狩りが無くなるのも時間の問題なのだが。
そして、今回のメルクリオの件である。
もしも、魔女狩りを推進する全ての天使がメルクリオにいるという神によって統べられているというのなら、その神をどうにかできれば、近いうちにこの付近の隣国からも次第に魔女狩りは根絶されていくのではないだろうか。
さて、
「それで、今日は村長さんに用事があって来たんだけど」
ワルツはこの村に来た目的の一つを口にした。
「恐らくは酒場にいると思いますが・・・」
村長という言葉を口にしてから、彼女の表情が曇る。
「・・・なんか、怖い人が来てるんですよね・・・」
「怖い人?」
「えぇ・・・あ、すみません。人を待たせているのを忘れてました。それではまた!」
そう言ってメインストリートを走って行く女性。
その先には同じようにして牢屋に捕まっていたもう一人の女性が待っていた。
2人はこちらを向いて礼をした後、新しく出来た店の中へと入って行くのであった
「随分、様変わりしたわね・・・」
そうワルツが呟くと、
「3ヶ月いないだけで随分と変わるものですね・・・」
「違う村に来たかと思った・・・」
カタリナとルシアが彼女の言葉に頷いた。
「・・・さてと。店主さんに声をかけてから、工房の様子を見に行きましょうか」
そう言ってワルツ達は、工房の向かいにある酒場へと足を進めるのであった。
今日中に日本に帰れるだろうか・・・