5中-16 溺死?
雲の上を飛び続けること約30分。
比較的雲が多かった王都周辺とは異なり、雲の量が疎らになってきた頃。
とある景色が、艦橋の全方位モニターに広がってきた。
「ここがメルクリオか・・・?なんか、どこかで見たことのある景色な気がするんだが・・・」
その光景に、狩人は思わず呟いた。
そんな彼女の言葉が耳に届きつつも、特に反応を見せず、
「着底準備」
指令を出すワルツ。
彼女の言葉に、
「ラジャー」
と答えるストレラ。
するとエネルギアは徐々に高度を下げていった。
そして遂には、
ドォォォン・・・
と轟音を上げて砂浜に着陸したのである。
「はい、着いたわよ〜」
「着いたわよって・・・ここメルクリオじゃないですよ?」
ワルツの言葉に、思わず異論の声を上げるシルビア。
他のメンバーたちも彼女と同じような戸惑いの表情を浮かべている。
「はっ?!遂にお姉さま・・・」
「テンポは知ってるじゃない。この計画・・・」
「えぇ、口癖みたいなものなので気にしないでください」
「嫌な口癖ね・・・」
と言いながら、半眼をテンポに向けた後、ワルツは初めて今回ここに来た目的を口にした。
「皆には秘密にしてたけど、今日一日だけ休暇の時間を取ろうと思うの。この海で」
『えっ?!』
てっきり敵地へと乗り込むものだと思っていた仲間達。
「それとも、休み無しで戦いに行きたい?」
そんなワルツの言葉を聞いたテレサの脳裏には、行方を眩ませたカノープスの姿が浮かび上がってきていたが、それを口にすることはなかった。
その代わりに、
「・・・じゃが、勇者たちはよいのか?」
今回の出撃目的の半分である勇者たちの救出について疑問を口にした。
「まぁ、3週間待たせてるんだし、1日くらい長引いても問題ないんじゃない?」
「それはそう・・・んー・・・まぁ、よいか」
納得がいかないが、無理矢理自分を納得させようとしている様子のテレサ。
「・・・というわけで、今日一日海で遊んでから明日出撃しようと思うんだけど、異論ある人〜?」
剣士と賢者辺りが微妙な表情を浮かべていたが、ワルツの横暴さを前に、異論を唱えることを諦めたらしい。
「じゃぁ、総員退艦!」
こうして、ワルツ達の短い休暇が始まった。
・・・まぁ、半分は休暇を目的にやってきたわけではないのだが。
エネルギアを降りた後。
「・・・ここ、アレクサンドロス家の別荘じゃないか」
と、砂浜から少し離れた場所にある高台に建てられたログハウスを見上げて、狩人は呟いた。
そんな狩人に、
「前に、伯爵夫人と海に行くって約束していたのを思い出して、場所を聞いておいたんです」
ワルツは事情を説明した。
なお、伯爵夫人はスケジュールが合わなかったため、ここにはやってきていない。
「ただ、どの部屋をどういう風に使っていいかまでは分からないので、狩人さんが案内してくれますか?」
「あぁ、もちろん。じゃぁ、皆!荷物を持って付いて来てくれ!」
そう言うと先行してログハウスの方へ歩いて行く狩人。
だが、そんな彼女に気づいていないのか、海の方を眺めたまま立ち止まっている者達がいた。
「これが・・・海?」
と近くで海を見たことがなかったルシア。
「思ったよりも水が多いのじゃ・・・」
海を大きな水たまりだと思っていたテレサ。
「コレジャナイ感が・・・」
・・・海を何だと思っていたのか不明なユリア。
「湖とはやっぱり違いますね・・・」
シルビアも海を見たことがなかったようだ。
この4人がそれぞれに海を眺めたまま、呆然と立ち尽くしていたのである。
「・・・さぁみんな?後でいくらでも海で遊べるから、とりあえず荷物を運んでしまいましょ?」
「え?・・・あ、うん」
「うむ・・・」
「海・・・これが海・・・」
「あ、ワルツ様、待ってください!」
ワルツの言葉に、我を取り戻した様子の4人だったが、それでも海が気になるのか、何度も振り返りながらワルツのことを追いかけていくのだった。
彼女たちが想像していた海とは、随分と異なっていたのだろう。
そしてログハウスに着くと、
「いいですか皆さん。もしも、泳いでいる最中に足が攣って溺れそうになっても、慌ててはいけません」
カタリナが海水浴に関する注意点を講義し始める。
なお、ワルツやテンポが頼んだわけではない。
(・・・順応が早いわね・・・)
未だに自分たちだけ休暇をとっていいかどうかを悩んでいる剣士たちとが対照的に、カタリナの講義を熱心に聞き入る仲間達。
「・・・その他、クラゲや水性魔物などにも気をつけてください。もしも襲われたとしても、水中で雷魔法を使うのは止めましょう。自分を含めて周りの仲間も一緒に感電してしまうので絶対に使わないようにしてくださいね。特にルシアちゃん」
「はーい!なら、火魔法は?」
「・・・念のため止めましょう。風魔法か光魔法ならいいと思います」
カタリナの脳裏には、一瞬で沸騰する海の様子が浮かび上がっていたことだろう。
と言った形で、15分ほどで講義が終わった。
すると次はテンポが口を開く。
「では、皆さんに水着を配ります。名前を呼ばれた方は取りに来てください。・・・まずは、ルシア様」
「はーい」
そして彼女が手にしたものは・・・スク水だった。
(何故にスク水・・・しかも昔のデザイン・・・)
この時代の現代世界では、紺色のスクール水着は最早絶滅していた。
一応、アニメの世界や漫画の世界ではまだ現役ではあったが、コスプレでもしない限り実際に目にすることはない。
だが、それでも配られたということは・・・
(・・・コルテックスの趣味?)
海で休憩を取るという計画を知っていたのは、ホムンクルス達とワルツだけである。
内、テンポにはスク水を調達する手段が無いはずなので、消去法で考えると、残るのは議長の権限を持つコルテックスだけとなる。
絶滅したはずのスク水をわざわざ配るとは、随分とマニアックな趣味のようだ。
もしかすると、コルテックスにはコスプレの趣味があるのかもしれない。
・・・そう、例えば、極限までテレサの真似をする、といったように・・・。
ふと、ルシアと同じようにして水着をもらったテレサの方を見ると、
「これが水着というやつじゃな?」
彼女は『てれさ』と平仮名が書いてある水着を興味深そうに観察していた。
薄い字で『こるてっくす』と書いてあるのは・・・おそらく気のせいだろう。
「で、最後はお姉さまの分です」
「・・・いや、それはおかしい」
何故か『わるつ』と書かれた水着を渡されるワルツ。
だが、そもそもホログラムの姿である彼女は、普通の服や水着を着ることは出来ない。
「どうやって着るのよ・・・」
「さぁ?ノベルティーグッズみたいなものではないですか?」
「・・・部屋に飾っておけってこと?」
「まぁ、その辺はお任せします」
「・・・気づいたらクローゼットの中がコスプレグッズまみれになってそうね」
ワルツの脳裏には、ワルツの部屋のクローゼットに、嬉しそうにコスプレグッズを詰め込んでいくコルテックスの姿が浮かび上がっていた・・・。
というわけで、海で泳ぐ上での注意喚起や、水着の受け渡しがひと通り終わった。
ここまでは海に入る前のテンプレである。
その後、一行は、再び海へとやってきた。
ごく一部の『例外』を除いて、皆、スク水姿だ。
ちなみに、ホログラムであるワルツもその『例外』の一人で、普段着のまま泳ぐ(?)つもりらしい。
十二単衣で泳ぐというのも新鮮かもしれないと思っているようだが。
ところで、そんなやる気満々の彼女たちを差し置いて、更にテンションの高いもの達がいた。
「よっしゃぁ!!泳ぐぞ!!」
と言いつつ、ふんどし姿で水上を走る剣士。
思いの外、体力はあるようだ。
一方、
「全く、これから戦いに行くというのに、今から体力を消費してどうするのか・・・」
と言いながら、ビーチパラソルの下で読書を始める賢者(こちらは自前の水着+シャツ姿)。
彼は彼で、海を楽しんでいるようだ。
というわけで、遠慮していたはずの2人が、いつの間にか一番海を楽しんでいたりするのであった。
そんな彼らの様子を遠巻きに見ながら、ワルツパーティーの面々は、カタリナの先導の元、準備運動を始める。
そう、剣士みたいに準備運動もせず急に海に飛び込むものは、ワルツパーティーにはいないのである。
そして、準備運動を終えた頃、もう一人の『例外』が口を開いた。
「それじゃぁ、狩りに行ってくる」
海女だ。
・・・つまり、狩人である。
確かに色合いと名前が書いてある部分の雰囲気はスク水だが、どう見てもダイビングスーツにしか見えない水着(?)を着ている狩人。
手には銛と網、それに大きな桶のようなものを持っていて、どこからどう見ても海女にしか見えなかった。
どうやらコルテックスが狩人のために気を回したらしい・・・。
それも、小道具まで用意して。
(・・・狩人さんもロールプレイヤーなのかしら・・・)
実はコルテックスと趣味が合うのではないか、と思うワルツ。
既に2人で趣味(?)を楽しんでいる可能性も否定は出来ない。
さて、一連の準備を終えた仲間達が海に入ろうとしている頃、ワルツは波打ち際で呟いた。
「・・・ルシア。遂にこの日が来たわね」
「えっ・・・あ!」
ルシアもワルツの意図に気づいたようだ
そしてワルツは口元を釣り上げ、宣言した。
「じゃぁ、これからルシアが全力で魔法を使う実験を始めまーす!」
『・・・え?』
その言葉に、これから泳ごうとしていた仲間達、そして寝そべって本を読んでいた賢者が思わずワルツとルシアの方を振り返る。
皆、『泳ぐんじゃないの?』といった表情を浮かべているが、
「あ、みんなごめんね。これだけは泳ぐ前にさせてもらうわよ」
とワルツが言うと、仲間達は、仕方ない、と言った様子で海に入るのを中断した。
・・・まぁ、既に泳いでいる(?)剣士には聞こえてなかったようだが。
「じゃぁ、テンポ?杖と新しい方のバングルを出してもらえる?」
「はい。どうぞルシア様」
「うん!ありがと!」
そう言って、尻尾をブンブンと振り回しながらテンポから装備を受け取るルシア。
「そうね・・・じゃぁ、あの無人島に向かって全力で魔力粒子ビームを放ってもらえる?」
標的は、人の住んでいない20kmほど前方の無人島(岩場)だ。
「うん、分かった」
そして唐突に、ルシアの魔法実験が始まった・・・。
・・・とはいえ、相当前からワルツとルシアとの間で約束していたことだが。
ルシアの雰囲気が変わる。
目を瞑り、杖を無人島の方角に向け、魔力をチャージし始めたのである。
ゴゴゴゴゴ・・・
ルシアを中心にして、呻りを上げる地鳴り。
反重力が生じたかのように、空中に浮き上がる小石やホコリ。
更には、異常を感じ取ったのか、周囲の林や森から一斉に飛び立つ鳥や、逃げ出す魔物たち・・・。
そして、以前のように辺り一面から光の粒がルシアの杖目掛けて集中し始め、青白い光の玉を形成し始めた。
まさに魔力の塊といった様子だ。
しばらくチャージしているとルシアが声を上げる。
「これ以上は溜められないけど、どうするの?」
以前と同様、ルシアがチャージできる魔力量には限界があるようだ。
「・・・まぁ、最初はルシアの力だけで試しましょう」
不慮の事故を防ぐため、今回も魔力の圧縮のために重力制御によるアシストは行わないことにしたワルツ。
「わかった。じゃぁ、行くよ!」
自分の限界まで魔力をチャージし終えたルシアが宣言した。
すると、
ぽわー・・・
と言った様子で光弾が杖から放たれた。
見た目には、光るシャボン玉が風に流されて飛ばされていく、といった感じだ。
「・・・やっぱり、魔力粒子ビームとは違うわよね・・・」
「やり方は同じなんだけど、不思議だよね・・・」
ルシア的には、ビームを撃っているらしい。
そしてゆっくりと放たれた光弾が10分ほどかけて無人島まで浮遊していく様子を、仲間達は固唾を飲んで見守っていた・・・。
・・・但し、海で泳ぐ剣士を除いて。
そして遂に、
ピカッ・・・
光弾が無人島に着弾し、光り輝いた・・・。
それも、ワルツやテンポでしか直視できないほどの輝きで、だ。
直後、2万m上空まで一気に立ち上がるキノコ雲。
その光景に、皆の顔から、さーっと血の気が引いていく。
そしてワルツは思った。
(うん、前に王都で放った魔力弾は一体どこに飛んでいったんでしょうね・・・)
ドゴーーーー!!
衝撃波を伴った暴風が吹き荒れた。
付近の海岸線とログハウスはワルツの重力制御による障壁を展開して守ったので、仲間達に危害は無かった。
砂浜に停泊(?)しているエネルギアも、相当な重さがあるので、この程度の爆風でどうにかなるものではない。
だが、ワルツによる障壁が展開されていなかった近くの林や森などでは、一部、木々が吹き飛んでしまったことだろう。
なお、この核実験(?)は大気中で行われたので、多少の潮位の変化はあるかもしれないが、津波の心配は無いので、近隣の村などで死者が出るということは無いはずである。
・・・まぁ、家の屋根くらいは吹き飛ぶかもしれないが・・・。
そんな、カタストロフな光景を前に、ルシアは一人胸を張っていた。
彼女の後ろ姿は、見事に仕事を果たした花火職人、といった様子である。
「うん、全力での爆発系魔法は止めましょう」
「えっ・・・」
その言葉が意外だったのか、思わず姉の顔を見上げるルシア。
「まぁ、『例の魔王』相手ならいいかもしれないけど」
「うん!」
どうやら、ルシア自身も普段から連射する気は無いようだが、『例の魔王』と会敵した暁には、本当のカタストロフが訪れることだろう・・・。
「・・・さてと。泳ぎましょうか」
ルシアの魔法に唖然としていた仲間達だったが、やはり順応が早いのか、ワルツの言葉を受けて、何事もなかったかのように海に入っていった。
一部、賢者とシルビア辺りがルシアの方を見て固まり続けていたが・・・まぁ、近いうちに、彼らも高い順応能力を身につけることだろう。
ところで一人先行して泳いでいた剣士だが、
ぷかー
波打ち際で力なく浮いていた・・・。
(まったく、準備運動もしないで海に入るから、そういうことになるのよ)
と思いつつ、彼を救助するワルツ。
そう、ちゃんと準備運動をしていれば、ルシアがこれから実験を行うという話を聞きそびれずに済んだのである・・・。