5中-15 呼称
会議後。
会議室には、ホムンクルス4人とワルツだけが残った。
「後のことは任せるわコルテックス」
「異世界転移システムに関する部品の製造ですね〜。承知しました〜」
「それとアトラスは私が居ない間、1番艦(勇者たちの戦艦)と3番艦(特殊艦)の設計をお願いね」
「あぁ。任せとけ」
「帰ってくる気満々ですね」
「そりゃそうでしょ。人のことを道具か何か程度にしか思ってない神なんかに負けるわけないじゃない」
テンポの言葉にそう答えながら、ブンッ、ブンッ、とシャドーボクシングを始めるワルツ。
「私は帰って来れる気がしないんだけど・・・」
とワルツ達の戦艦の操縦士に任命されたストレラがこぼす。
「大丈夫よ。頭さえ無事なら、またカタリナに作ってもらえばいいだけだから。次作り直すときは、ブリキのロボットみたいな堅牢な体のほうがいい?」
「・・・それって堅牢なの?まぁ、姉さんもいるんだし、滅多なことは起こらないと思うけど・・・」
「大丈夫よ(たぶん)。それで、コルテックス?どうして私達を集めたの?」
そう、ここに皆を集めたのはワルツではなく、コルテックスだ。
「実は〜、無線技術を使って、この国の至る所とリアルタイムで通信できるような設備を配備しようかと思いまして〜。それで、この件に関する承認を皆さんから得たいのですが〜・・・」
と、ミッドエデンの政治を裏から牛耳るコルテックスが発言した。
さすがの彼女でも、現代世界の技術を勝手に使うことは出来ないのだ。
「メルクリオ神国にはオーバーテクノロジーとも言える結界技術、そしてエンデルシアには類稀な飛行艇技術があります。ですがここミッドエデンには肥沃な土地以外に、他国と渡り合うための技術が無いのです」
とはいえ、ミッドエデンを大国にまで押し上げた底力は、この大地にこそあったのだが。
「なるほど。それで、他国と対抗するために、情報技術に手を染めようっていうわけね」
「はい。できれば電気電子工学と医療も扱いたいところですが〜・・・」
「あまりやり過ぎると、世界のバランスを崩してしまうわよ?」
「えぇ〜。なので、まずは通信技術から手を入れて、そこから様子を見てみようかと〜」
コルテックスの思考は、この国ミッドエデンの発展ではなく、他国とのバランスを如何にして取るかというところにあった。
彼女は、今現在、この国は他国よりも劣っているという評価し、このままでは他国からの侵略に曝され続けると判断したようだ。
そこで、迅速なコミュニケーションが可能となる無線通信技術(モールス信号など)を用いることで、国全体の情報共有速度を高速化し、不測の事態にも備えられるようにするという腹づもりなのだろう。
だが、通信技術が齎す効果はそれだけではない。
現代世界が産業革命後、急激に発達した理由は、電信が出来るようになったからだと言われている。
技術や知識の迅速的な共有、戦時における戦場の把握、人々のコミュニケーションの高速化・・・。
ただ遠くの者と高速に情報を共有できるようになるだけで、随分と世界のあり方が変わるのだ。
それ故に、扱い方を間違えると、周りの国とのバランスを一気に崩してしまう恐れは否定できなかった。
「制限付きならいいんじゃない?例えば、今、転移魔法で行っている情報共有の部分だけ無線化した上で、これまで手の届かなかった村や町にも通信機を配備するとか」
「どの程度の深度まで行き渡らせるかが問題になりますが・・・そこは試しだめしでしょうね〜」
「じゃぁ、細かいところはコルテックスに任せるから、その方向で進めてもらえる?」
「承知しました〜」
「異論は?」
「無いな」
「無いですね」
「いいのではないでしょうか」
というわけで、ミッドエデン内での無線通信技術の限定的な波及が決定した。
「他には?」
「姉貴・・・」
アトラスが口を開く。
「お土産・・・」
「神さまとやらの首で良ければ」
「うん、いらない」
「メルクリオ上空の新鮮な空気を缶に詰めて持って帰ってきてあげるわよ」
とストレラ。
「うん、それもいらない。なんか、食べられるものがいいな・・・」
「・・・まぁ、町に降りて平和に買い物が出来そうなら、考えておくわ」
「頼むぜ姉貴!」
というわけで、今回の戦いとはほぼ関係のない会議を終えたワルツ達。
そう、彼女たちはこの戦いで負ける気は更々ないのである。
ガチャッ・・・
会議室の扉を開けて外へと出るワルツ。
(・・・誰もいない・・・)
実は、誰か自分のことを待っていてくれているんじゃないか、などと考えていたのだ。
例えばルシア辺りが、『不安だから一緒に寝てもいい?』といった様にである。
だが、誰もいないということは、皆、不安ではないということのなのだろうか。
(・・・まぁいいけどね)
むしろ、不安だったのはワルツなのかもしれない。
少し消沈した様子で、彼女はエレベーターを下り、地下大工房にある自分の部屋までやってきた。
王城で生活する者達以外の寝室は、この大工房の壁面に作られており、サイズ的には、王城の貴賓室に優るとも劣らない規模であった。
その上、王城からベッドや絨毯、家具などを拝借(?)しているため見た目も立派な部屋となっている。
そんなワルツの部屋の中に、
「・・・何故にパジャマ姿?」
ワルツパーティーの面々が集結していた・・・。
「これは、パジャマパーティーと呼ばれる催し物だと、テレサさんに聞きましたが?」
とカタリナ。
「話に聞いたことはあったのじゃが、やるのは初めてじゃ。故に作法などは分からぬが・・・まぁ、楽しければいいじゃろう」
「パーティーと聞いたから、適当につまむ物も用意したのだが・・・寝る前にいいんだろうか・・・」
という紺色のパジャマ姿の狩人の手には、大きな皿と、その上に一口サイズのサンドイッチとクッキーが大量に載っていた。
一部、小さな稲荷寿司のようなものが載っているのは、恐らく、ルシア用だろう。
「小さいお寿司?」
「あぁ。試しに作ってみたんだ」
「・・・美味しそう」
ジュルッ、っといった様子のルシア。
パーティーを楽しもうとしている、そんな彼女たちとは別に・・・
「ここがワルツ様の部屋ですか・・・チラッ?」
「ワルツ様の匂いがする・・・?」
サキュバスと堕天使がワルツの部屋の中を物色していた。
「・・・いやユリア?何を探してるのかは知らないけど、何も無いわよ?それにシルビア。匂いを嗅いでも無意味だからやめなさい・・・っていうか、やめて・・・」
「はっ?!わ、ワルツ様」
「あ、ワルツ様!」
「で、ユリアは何を探してたわけ?」
「えっと・・・やましいことではないんですけど・・・」
と言いつつもどこか話しにくい様子のユリア。
「・・・ワルツ様の好きなモノって何かな、って思って。でも、この部屋、本当に何もないですね・・・」
どうやら、ワルツにプレゼントか何かを贈ろうと思っていたらしいユリア。
そのためにワルツの部屋の中を色々探していたようだが、服の類も、アクセサリーの類も、その他趣味の類の物も部屋の中にないので困惑していたようだ。
「あっ、見つかっちゃったの?」
ルシアが声を上げた。
「残念ながらダメでした・・・」
どうやら、ユリアが単独で探していたわけではないようだ。
「そっか・・・なら、直接聞くしか無いよね?」
「いえ、ルシアちゃん。まだ時間はあるから、もうすこしゆっくり探してみましょう?」
「うん・・・でも中々見つからないよ・・・」
そう言いながら、俯くルシア。
(・・・ま、好きなようにさせておきましょうか)
ワルツは彼女たちの行動を黙認することにした。
「・・・・・・で、どんな話をしてたの?」
・・・
ワルツは、何故パーティーを開いていたのか、とは聞かず、パジャマに着替えた後、仲間達の会話へと参加していくのであった。
この後、狩人が持ってきたサンドイッチに1個だけ加熱したヘルチェリーが紛れているというロシアンルーレットを仲間で楽しんだり、ガールズトークに花を咲かせて狩人と剣士の関係やカタリナと賢者の関係を問い詰めたり、夏の深夜にありがちな怖い話で盛り上がったりするなどして、パジャマパーティーは夜遅くまで続いていった。
そして、徐々に仲間達が寝落ちして、最後まで起きていたカタリナを反重力ベッドで寝かせた後、ワルツはひとり悩んだ。
(仲間を戦いに巻き込みたくないよ・・・)
その後もワルツは朝まで、一度は心に決めたはずの決意を再び取り戻すための方法を、延々と探し続けるのであった・・・。
翌朝。
「総員発進準備」
いつもと変わらない様子でワルツが仲間に号令を掛ける。
・・・とは言っても、操縦士であるストレラと艦長のワルツ以外は、決められた座席に着く位で、特に何かやることがあるわけでは無いのだが。
「推進用タービン推力0.01%。微速前進」
「0.01%、微速前進」
前回はテンポが担当していた操縦を今回はストレラが担当し、復唱する。
「ポートハッチ、オープン」
ワルツがそう言うと、戦艦の前方にあった地下大工房の天井が割れ、外が顕になった。
「アップトリム45度、Gスタビライザー動作確認」
「アップトリム45度、Gスタビライザー動作確認完了」
すると戦艦は艦首を持ち上げる形で斜めになり、天井に開いた穴から覗いている空の方を向いた。
戦艦は45度という相当な傾斜角で傾いていたが、重力制御が効いていることもあって、乗っているものに対して傾いているようには感じさせなかった。
そして、ゆっくりと船体が外へと顕になり、遂には全体が露出した頃、
「ポートハッチ、クローズ」
大工房に繋がる戦艦用の扉が閉ざされる。
そして、ワルツは宣言した。
「これより本艦を、『エネルギア』と呼称します。エネルギア出撃。推進用タービン、出力最大」
「推進用タービン、出力最大」
こうしてワルツ達の造った戦艦は、轟音を上げて空へと上がっていくのであった・・・。