5中-14 最終ブリーフィング
そして6日後。
「ハッチ完成〜」
「完成〜」
地下大工房から王都北側に伸びる巨大な横穴を前に、ワルツとルシアは声を上げた。
「ここを船が通るの?」
と、航空戦艦のことを船と呼ぶルシア。
海に浮かぶ本物の船を見たことがないので、ワルツやテンポが時折言っている船という言葉を航空戦艦の呼び名として使っているようだ。
なお、その見た目は船とは似ても似つかない。
「そのつもりよ。これでルシアが転移魔法を使って戦艦の出し入れをしなくても良くなるわ」
「そうなんだ・・・」
少し、残念な様子のルシア。
「それともやりたかったの?」
「ううん、別に!」
「・・・そう」
一見健気に振る舞う彼女の様子を見て、ワルツは言葉を追加した。
「これからも、たまに、戦艦の出し入れや移動を頼むと思うわよ?」
「うん!」
すると尻尾を振って笑みを浮かべるルシア。
やはり、姉に仕事を振ってもらうことが嬉しかったようだ。
「さてと、こっちの準備は終わったから、みんなのところに行きましょうか」
ワルツの言う準備。
すなわち、明日に迫った戦艦の出撃の準備のことである。
皆それぞれに役割があり、ワルツとルシアの場合は、戦艦出入り用のハッチの建設であった。
まぁ、彼女たちの場合は、それだけではなく、艤装のための部品作成や装備なども行っていたのだが・・・。
というわけで、この2週間、仲間達は皆、働き詰めであった。
なのでワルツは、皆に対して、一つサプライズを予定していたのだが・・・それは後に語られることだろう。
まぁ、それはともかくである。
航空戦艦用出入口を大工房に設置したワルツ達は、皆が作業(荷積み)している戦艦の方まで歩いて戻ってきた。
すると、ワルツたちが歩いてきた方を向いて、大工房の中央に1隻の巨大な戦艦が駐機している様子が彼女たちの眼に入ってきた。
(うん、美しい流線型ね)
大方の艤装が終わった戦艦は、白に近い灰色のボディーで、殆ど突起のない流線型が特徴的であった。
旅客機でいうところの尾翼は付いておらず、代わりに、主翼が斜め45度程度の角度で上方向にカールしていて、尾翼の代わりに方向舵として機能する仕組みだ。
一方、武器の類は、空気抵抗にならないように、機体表面に埋め込まれる形で設置された。
そのため、一見すると武装しているようには見えないが・・・そこはワルツの趣味の世界(?)。
以前にも況して、様々な兵装が取り付けられているのだが・・・。
そんな戦艦の外見を見ながらワルツ達が歩いて行くと、最初に眼に入ってきたのは、
「・・・やっぱり、乗らなきゃダメだよな?」
・・・戦艦から伸びるタラップ(乗り降りするための階段)の前で自前の荷物を持ったまま、足踏みをしている剣士の姿だった。
「何してるの?」
「ん?あぁ、ワルツ殿とルシア殿か。いや、実は飛行艇が苦手で・・・」
「ふーん。たまにいるわね。そういう人」
そんなワルツの言葉に、
「ワルツ殿は分かってくれるか?!」
何故か満面の笑みを浮かべる剣士。
「・・・もしかして、今まで誰にも理解されなかったとか?」
「あぁ、そのとおりだ。今までは、リアに睡眠魔法を掛けられて無理やり乗せられていたんだが、今回はそういうわけにもいかないしな・・・」
そう言って溜息を吐く剣士。
「まぁ、飛ぶときは最悪、カタリナに睡眠薬でも貰って乗ればいいと思うけど・・・でも、今はまだ飛んでないじゃない?」
「いや、止まっていてもなんか想像するだけで気持ち悪くなってくるというか・・・うっぷ!!」
嘔吐こそしなかったが、青い顔を見せる剣士。
「もう、ダメかもしれない・・・」
『・・・』
どこか不憫な剣士に、憐れみの視線を向けるワルツとルシア。
「お空の上は綺麗なのに・・・」
ルシアがそう呟いた時だった。
「皆どうしたんだ?こんなところに立ち止まって」
何故か狩り道具を持った狩人が現れた。
どうやら、私物として持ち込むつもりのようだ。
メルクリオでも狩りをするのだろうか。
「剣士さんは飛行艇に乗るのが苦手らしいんですよ」
「ほう?そうか・・・」
ワルツの言葉に、どこか納得した様子を見せる狩人。
すると、彼女は剣士の方に近づき・・・
「ちょっ・・・姉さん?!」
・・・甲冑こそ纏っていないが、それなりにいい体格をした剣士を軽々と持ち上げた。
それもお姫様抱っこで。
「すごい力持ち・・・」
ルシアは狩人に対してキラキラとした視線を向けた。
「うん。線は細いのに、すごいわね・・・」
(まぁ、魔物1000体切りが出来るくらいだから、相当な体力はあるんでしょうけど・・・)
だが、令嬢が剣士を持ち上げるというのはいかがなものかと思うワルツ。
ついでに、ルシアにはこうなってほしくないとも・・・。
剣士を持ち上げた後、
「じゃぁ、剣士は私が運んでおくから、荷物は頼んだぞ?」
そう言うと狩人は、戦艦の中へと消えていった。
「・・・何のために荷物だけおいて行ったのかしら・・・」
出発は明日なので、人だけ持ち込んでもどうしようもないのである。
ともあれ、ここにそのまま荷物を放置していてもしかたがないので、ワルツは2人分の荷物を重力制御で浮かべながら、ルシアと共に、艦橋へと向かった。
艦橋で剣士を下ろす狩人を見ながら、
(あの2人、絶対、できてるわね・・・)
2人の関係について考えるワルツ。
事ある度にいつも2人で行動する彼女たちのことである。
まさかのカップル誕生か、などとワルツは考えたのだが・・・。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
と狩人。
「えっ?!あ、はい。落ち着きました」
・・・逆に興奮気味の剣士。
そんな剣士に、狩人は言った。
「実はな・・・。昔、私も飛行艇が苦手だったんだ」
『えっ・・・』
2人のやり取りを聞いていた、ワルツとルシアだけでなく、艦橋に居た仲間達からも声が上がる。
どうやら、皆、狩人と剣士の話に耳を欹てていたらしい。
「だが、今では何の問題もなく乗れるようになったんだ。父様に同じようにして連れて来られてな」
と言いながら、昔のことを思い出すような表情を見せる狩人。
一方剣士は、
「・・・」
どこか難しい表情を浮かべていた。
もしかして自分は小娘扱いではないのか、と思っているのかもしれない。
「今度また飛行艇に乗るのが怖くなったら、言ってくれ。また連れてきてやるから」
そう言って、剣士に笑顔を向ける狩人。
「あ、はい・・・」
剣士はそんな彼女に、身の入らない返事しかすることが出来なかった。
(これは・・・しばらく無いわね・・・)
その場に居た者たちは、ワルツと同じことを思ったのか、苦笑いを浮かべた後、自分の作業へと戻っていったのだった。
この夜、王城の会議室で、出発前の最後(?)のブリーフィングが開かれた。
「さてと。とりあえず、おおまかな武装は終わったわ。いつでも出発できる状態だけど・・・みんなはどうする?」
『どうする?』とは、つまり、今ならまだ引き返すことが出来ると言う意味である。
曲がりなりにも神に喧嘩を売るのだ。
命を失う可能性も低くはないだろう。
そんなワルツの問に対して、
「一蓮托生だな」
と狩人が口を開いた。
他のメンバーたちも今の狩人と同じような表情を浮かべているところを見ると、皆、同行に異論はないのだろう。
「むしろ、行かないメンバーを探したほうが早いんじゃないか?」
「じゃぁ、行かない人は挙手!」
・・・命のやり取りをしに行くというのに、非常に軽いノリのワルツ。
「・・・妾も行っていいじゃろうか?」
そんなテレサの言葉に対し、
「えぇ。もちろんですよ〜。王都には私がいますので〜」
コルテックスが返答する。
「あ、そうだ。コルテックス?アトラスかストレラが必要なんだけど、貸してくれない?」
コルテックスの顔を見て思い出したのか、ワルツは突然そんなことを言い出した。
「えぇ。構いませんよ〜。この場合、ストレラの方ですね〜。どうぞ連れて行ってください」
「えっ・・・何のこと?」
理解が追いつかない様子のストレラ。
「ま、簡単にいえば、操縦士ね」
「・・・ワルツ姉さんも、テンポ姉さんも出撃すると、戦艦を操縦できる人がいなくなるから?」
「そういうこと」
「まぁ、勇者たちの船を操縦するのは嫌だけど、姉さんたちの船ならいいわ」
すると、
「じゃぁ、俺が勇者たちの船を操縦することになるのか?」
アトラスが声を上げる。
「そういうことですね〜」
「・・・なんか、俺だけ遠いところに行って戻ってこれなくなる気がする・・・」
現行の戦艦はガーディアン並みの知識が無ければ操作することができないため、全くの同型艦を作ると、勇者たちの戦艦には専用の操縦士が必要になってしまうのである。
「ま、半自動化の目処が立つまでの話よ」
「なんか、なあなあになる気がするけどな・・・」
結局、魔王城への突入に同行させられるんじゃないかとアトラスは危惧しているようだ。
ともあれ、ワルツ達が乗る戦艦の操縦はストレラが担当することになった。
「それで、行かないって人いる?」
ワルツは改めて問いかけた。
「俺達も、もちろん行っていいんだよな?」
「えぇ。ちょうどいい囮に使えそうだから、むしろここに留まるっていう選択肢の方が無いわね」
「・・・そう言うと思ってた」
と剣士。
「私達はワルツ殿が神の相手をしている間に、勇者たちを救い出すという役割になるのかな?」
「よく解ってるじゃない。まぁ、洗脳されてないとも限らないから、危険でしょうけど」
「単に防御するだけなら、どうとでもなるさ」
賢者の方は自分の役割を十分に理解しているようだ。
「あと、危険だから、個人的にはルシアに残っていて欲しいけど・・・」
「えっ?!」
「・・・でも、一人にしておいたほうが危険な気がするからやっぱり一緒に行きましょう」
「えっ?!う、うん・・・」
ワルツとしては皆にもここに留まっていてほしかったが、恐らく全員が神に眼を付けられているはずなので、彼女の眼の届かないところに仲間達を置いておくと、前回のコルテックスたちのように知らないところで危害を加えられる可能性を否定できなかった。
その上、もしもワルツが神に負けてしまえば、彼女たちを庇護する者はいなくなるのである。
ならば、多少危険であったとしても、最後の瞬間まで仲間達と共に行動出来たほうが後で後悔しなくて済むのではないか、と考えたのだ。
・・・まぁ、ルシアの場合は、また別の理由で一人にできなかったのだが。
「貴女はどうするシルビア?」
と元天使である彼女に問いかけるワルツ。
これらからワルツ達がやることは、彼女たちの故郷に攻め入ることと同義である。
本来なら攻撃に反対する側にいるはずだが・・・
「もしもメルクリオ神国の神さまが悪いことをしているとして、それをワルツ様がどうにかしてくれると仰るのなら、私は一向に構いせん。それに、他の天使たちも堕天してくれると、私も故郷に帰れる可能性が出てきますし・・・。私には道案内程度しかできませんが、それでもよろしければ微力ながら尽力させて頂きます」
彼女もワルツ達と共に行動することを選んだのだった。
「そう・・・なら、その道案内、任せるわね」
「はいっ!」
ビシッ!
とシルビアは敬礼した。
「・・・なら、みんな。出撃は明朝8時。出発までにやり残したことを方付けておくこと」
すると・・・
「はっ?!お、お寿司屋さん・・・」
一人の中毒患者が恐慌状態に陥っていたが、
「ご安心くださいルシア様〜。100人前を事前発注済みです。明日の7時には納品されるかと〜」
「・・・本当?コルちゃん?」
「はい」
「ありがとっ!」
そう言ってギューッっとコルテックスに抱きつくルシア。
「・・・なんか、自分が抱きつかれている感じがして、不思議な気分じゃな・・・」
そう言いながら、自分の身体を擦るテレサ。
「・・・じゃぁ、明日の8時に出発でいいわね?」
『はい(うむ)(分かりました)(了解)』
「じゃぁ、Dismissed!」
こうして、出撃前の王城での最後の会議(?)は終わったのだった・・・。
WiFiが不安定・・・