5中-09 ブリキの
天使が襲ってきた次の日。
「う、嘘じゃろ?」
テレサは信じられないものを見て、驚愕の表情を浮かべた。
「いえ、本当よ」
そんなテレサに真顔で返答するワルツ。
「酷いですよ、テレサ様〜。こう見えても私だって傷つくんですよ〜?」
・・・テレサの前には、自分と瓜二つだったはずの見目麗しい(?)コルテックスではなく、
ガシャン、ガシャン・・・
まるでブリキの人形のような角ばった見た目に変わってしまった彼女の姿が・・・!!
ガバッ!
「はっ?!(・・・夢じゃったか)」
受け入れがたい悪夢に、思わず飛び起きるテレサ。
「あ、起きちゃった?」
耳元で聞こえたその声のする方向にテレサが振り向くと、メイドの姿をしたワルツがモーニングコールを届けるためにやってきていた。
「う、うむ・・・悪い夢を見ておった・・・」
そして、ふぅ・・・っと溜息をつく。
どうやら彼女は、自分が寝ている間、耳元で、ガシャンガシャンと呟いていたワルツの仕業には気づいていないようだ。
ワルツのモーニングコール作戦は成功、といったところだろうか。
・・・まだ終わってないが。
ガション、ガション・・・
そんな音が彼女の寝室の扉の向こう側から聞こえてきた。
「・・・・・・そんな・・・」
先ほどの夢の内容を思い出したのか、眼を見開いて、扉を凝視するテレサ。
そして、
「失礼しますよ〜?」
部屋に入ってきたのは・・・四角い身体をした、本物のブリキの人形だった・・・。
「ま、まさか、コルテックス・・・」
「はい。私はコルテックスですよ〜?・・・おっほん。ワタシハ コルテックス デス」
ブリキの人形から、テレサが夢で見たように、コルテックスの声が聞こえてきた。
「う、うわぁ・・・あんまりじゃ・・・」
そう言って、両手で頭を抑えるテレサ。
ただでさえ昨日はコルテックス達が全壊したという話を聞いて狼狽えていたというのに、いざ目が覚めてみるとさっきまで見ていた悪夢の再来である。
最悪の目覚めと言ってもいいだろう。
だが、
「ぷふっ・・・」
ワルツから笑みがこぼれた。
「コルテックス。それくらいにしておかないと、テレサが怒るわよ?」
「そうですね〜。よいしょっ・・・」
ガシャン・・・
ブリキで出来た身体がバラバラになって地面に落ちる。
そしてその中心に残っていたのは、
「心配をお掛けしました〜。そしておかえりなさい、テレサ様〜」
天使に破壊される前と何ら変わらぬ様子のコルテックスだった。
「っ!」
するとテレサはベッドから飛び起き、
ボフッ
っと、コルテックスに抱きついた後、
「心配したのじゃぞ?!この戯けめ!」
そう言って、泣き始めてしまった。
「あーあ。起こらせちゃった」
「少しくらい怒らせるくらいで丁度いいと思います。すぐに帰ってきて欲しいって言ったのに、帰ってきてくれないんですから〜」
そう言って、頬をふくらませるコルテックス。
「ぐすっ・・・う・・・うむ。すまなかったのじゃ・・・」
「お互い様です」
そう言ってコルテックスはテレサの頭を優しく抱きしめた。
そんな彼女たちが作る空気とは全く関係無しに、
(・・・見た目が全く同じだから、本当にどっちがどっちか分からないわね・・・)
何とか彼女たちの相違点を探そうとするワルツ。
だが、コルテックスを作り出したカタリナの技術力の前には、徒労に終わりそうである。
昨日からたったの1晩。
その短い時間の間で、カタリナはコルテックスを復元してしまったのである。
彼女曰く、
『骨は殆ど無傷で残っていたので、簡単に修復できました』
ということだった。
(ルシアもそうだけど、カタリナも最近、なんか化け物じみてきてる気がする・・・)
どうやら、弟子たちの成長が著し過ぎるようだ。
なお、アトラスとストレラについては、コルテックスの復元を最優先にしたため、まだ復活していない。
カタリナの話では、恐らく、明日辺りには修復を終える、とのことだった。
「さてと、テレサ。もうみんな食堂で待ってるわよ?早く支度して降りて来なさい?」
朝の家庭で行われていそうな呼びかけをした後、ワルツはコルテックスを残して、部屋から出ていこうとする。
そんな彼女に、
「うむ。・・・ありがとうなのじゃ」
眼を真っ赤にしながらテレサは頭を下げた。
「・・・カタリナが頑張ってくれたからよ。彼女に礼をしてあげて」
メイドの姿をしたワルツは振り返ること無く、手を適当な感じに振ってから、テレサの部屋を出るのだった。
ワルツが食堂に着くと、今度は彼女にとっても予想外の展開が待っていた。
「・・・というわけなんですよ」
「・・・ごめん。いつも説明を端折っている私が悪かったわ・・・」
カタリナとのやり取りである。
何故このような話をしているのか。
それは、
「姉貴!お土産は?」
「・・・これは忘れてたって顔ね」
・・・何故か、アトラスとストレラが食堂にいたからである。
そんな2人を無視してワルツは疑問を口にした。
「いつの間に治したの?」
昨晩、テレサが寝込んだ後、ワルツがコルテックスを受け取った際は、2人はまだバラバラの状態だったはずである。
「徹夜で作ったら、何とかなりました」
と、徹夜したとは思えない、いつも通りの表情のカタリナ。
「・・・zzz」
そんな彼女の横では、机に突っ伏して、賢者がいびきを立てて眠っていた。
そして、その反対側で、
カクン・・・カクン・・・
ルシアもよだれを垂らしながら、船を漕いでいる。
「・・・無理したわね?」
恐らくは3人で徹夜したのだろう。
「そうですね。否定はしません」
「まぁ、程々にね」
「はい。分かっています。」
と言いながらワルツに笑みを向けるカタリナ。
(・・・絶対分かってないわね)
そんな彼女に、ワルツは苦笑を浮かべることしかできなかった。
さて、本来なら地下大工房にいるはずのワルツ達が、何故早朝から王城に来ているのか。
ホムンクルス3人組が治った(直った?)ことをテレサに報告しに来たわけでもなければ、地下大工房の天井に穴が開いて誰かに見られる可能性があったから逃げてきた、というわけでもない。
なお、天井の穴は、昨晩の内に修復済みである。
「じゃあ、朝食を取りながら今後の方針について話し合うわよ?」
サウスフォートレスでの一件や王城での一件がとりあえず方付いたので、これからどうするかを話しあうためにやってきていたのだ。
というわけで、テレサ達が食堂に現れた後、議長権限で貸しきった食堂で会議を開く一行。
なお、今日の朝食は、茹でたてほっかほかのベークドポテト(+バター)とサラダだ。
もちろん、希望者には魔物肉もセットでついてくる(狩人製)。
・・・一部、半解凍された稲荷寿司を美味しそうに頬張っている者もいたが、そのままアイテムボックス内に放置しておくと腐ってしまうので、まぁ致し方無いだろう。
さて、会議の話である。
「それで、まずはコルテックスたちの報告を聞いて欲しいんだけど」
と会議が始まって早々、他者に話を振るワルツ。
だが、コルテックスはそれを気にした様子もなく、話し始めた。
「皆さんが帰って来られる半日ほど前のことです。天使たちに襲われて、私達はバラバラになってしまいました〜」
「・・・それだけ?」
ベークドポテトにかぶりつこうとしていたワルツは、コルテックスの説明が短く終わってしまったことで、食べ損なった。
「天使がどこから来たのか〜・・・それは、捕まえた女天使さんから吐かせてください。私達はいきなり襲われただけなのでわかりません」
「・・・そう」
やはり、説明が短いせいで、湯気が立ち上がる食事に手が付けられなかったワルツは、残念そうに呟いた。
「なら、直接聞くしか無いわね」
というわけで天使に話を聞くことになったのだが・・・、
「そういえば、女天使はどこで捕らえてあるんだ?」
2度に渡る戦いで、天使の面倒さを知っている狩人が当然の疑問を口にする。
「え?言ってませんでしたっけ?」
「えぇ。言ってませんね・・・はっ!健忘症ですね、お姉さま」
「仕様よ!仕様」
いつも通りのやり取りをテンポと交わすワルツ。
「・・・天使は私が捕まえているわ」
「ふむ。で、地下牢か?」
王城と地下大工房の中間辺りの岩盤に新しくワルツ達が作った地下牢に閉じ込めたのか、と聞くテレサ。
「いえ、ここにいるわよ?」
そう言うと、ワルツは隠蔽用のホログラム、そして音を遮断していた真空空間を解除した。
「んーーーー!!!」
口には猿轡と布が撒かれ、舌を噛んで自殺できないようになっている女天使。
カタリナの治療を受けたためか、すっかり元通りの身体になった彼女が、ワルツの横に突如として現れたのだ。
最初、何かを叫んでいた女天使だったが、目の前にいた者たちが一斉に自分の方を向いたので、思わず押し黙った。
皆、ナイフとフォークを持った状態である。
そして、殆どの者の席には、ポテトとサラダの類はあっても、メインディッシュの類は並べられていない。
その上、先程まで、音声を遮断されていたので、女天使には皆が直前まで何を話していたのか聞こえていなかった。
トドメに、
ニヤッ
ルシアが天使に笑みを向けた。
その様子に顔を青くする天使。
つまり、
「ん、んんんーんー!?(た、食べないでー!?)」
お腹を減らした猛獣の前に連れて来られた『か弱き天使』の図、である。
そんな状況に、彼女は力を振り絞って脱出しようと試みるが、ブースト状態のワルツの重力制御を抜け出す事ができるわけもなく・・・再び沈黙するのだった。
おかげで、ワルツは女天使が目覚めてから、ずっと空腹状態である。
「ちょっと、お腹が減るから無駄な抵抗はやめてくれない?」
そう言いながら、バクバクとベークドポテトを口に運ぶワルツ。
「ほっふほっふ・・・うん、熱いけど、これくらいが美味しいわね」
天使を拘束しつつも、いつも通り美味しそうにポテトを平らげる。
「もしかして、ずっとその状態じゃったのか?」
「えぇ、そうよ?牢屋に閉じ込めておけないし・・・」
テレサの質問に答えるワルツ。
するとテレサは、
「・・・羨ましいのう・・・」
ボソッっと呟いた。
さらには、
「・・・一晩中、ずっとワルツ様に手取り足取り看病されていたのですね・・・ゴクリ」
ユリアの挙動も可怪しくなった。
何か2人から良からぬ気配が出ていることを感じつつも、ワルツはとりあえず彼女たちを無視することにする。
「・・・それで、天使さん。何か言いたいことある?カタリナに拷問される前にここでゲ・・・喋っておいたほうがいいわよ?」
・・・皆が食事をしているので、一応言葉遣いには気をつけるワルツ。
すると、
「んんー!んんんん、んんんーんー!!(話す!話すから食べないでー!!)」
その言葉(?)にワルツは眉を顰めた。
「えっと?『馬鹿め!拷問ごときで情報を吐・・・喋るわけないだろ!!』?・・・そう、カタリナ?やっちゃっていいみたいよ?」
「んん?!んんんん、んんんんんんー!!(なんで?!どうしてそうなるのよー!!)」
「『あぁ?!やれるものなら、やってみろ!!』?・・・強情ね」
「ちょうどよかった。実はつい最近、例の自白剤が完成したんですよ」
とカタリナは、食事中だというのに、かばんの中から何か生物のようなものが入った小瓶を取り出した。
「天使さんならいい実験台になってくれそうですね」
そう言って、電子よりも天使らしい(?)微笑を浮かべるカタリナ。
「ひぃぃぃ・・・?!」
ガタン!
「っ・・・!!」
嘗てのことを思い出したのか、後ずさろうとして座っていた椅子ごと倒れ、後頭部を地面にぶつけるユリア。
だがルシアにとっては、カタリナの自白剤(?)や、挙動の怪しいユリアよりも、
「・・・お姉ちゃん、この人が何言ってるのか分かるんだ・・・すごいねっ!」
ワルツの読唇術(読心術?)の方に興味があったようだ。
「当然よ」
見栄えのしない胸を張るワルツ。
「ん・・・んんん、んんんんんん!!(くっ・・・絶対に殺してやる!)」
そう言いながら、天使はキッとした視線をワルツに送った。
すると、その言葉にワルツは笑みを浮かべながら、天使の耳元に顔を近づけ、小さく呟いた。
「そう、精々頑張りなさい」
「ん?!(えっ?!)」
・・・つまり、ワルツは女天使が何を言っているのか分かっていて、わざとやっていたのである。
その後ワルツは、再び彼女を真空の壁で包み込み遮音した後、光学迷彩で視覚的に隠蔽した。
恐らく、女天使から見みると、真っ暗な空間が広がっていることだろう。
「さてと、これからのことなんだけど、まずは勇者たちを救い出しに行こうと思うの」
こうして、ワルツ達の次なる行動の指針について、会議が進んでいくのであった。
なお、今日の朝食はベークドポテトの模様。
かゆい、うま・・・。