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5中-08 憂慮

天使の呼び方を修正

「・・・さすがは天使さんたち。やることが小綺麗なこと」


迷うこと無くルシアを人質に取った女天使に、これまでとは異なる鋭い視線を向けるワルツ。


そんな彼女に対して


「コノムスメ ノ イノチ ガ オシク バ オトナシク トウコウセヨ」


と機械のように喋るもう一人の天使。


「まぁ、私が大人しく投降したところで殺すことなんて出来ないと思うけど・・・ん?貴方、機械(ゴーレム)よね?ちょっと試してみようかしら」


そんな軽いノリでワルツは、とある機能を行使した。


(《EMPバースト Y/N y》《CODE:5043 アクセプト》)


すると、機動装甲を中心にして、音もなく放たれる高エネルギーかつ高密度の電子。

その瞬間、


パン!


そんな音が、ゴーレムらしき長身の天使から聞こえたかと思うと、突如として煙が吹き出し、それっきり動かなくなってしまった。

要は、彼の中にあった電気回路が片っ端から焼き切れたのである。


なお、この攻撃によって、近くにいた仲間達や、ルシアを人質にとっている女天使には、一瞬だけ電子レンジのように身体が温められるような現象が生じたが、一瞬のことなのでほとんど影響は無かった。

また、現在治療を受けているテンポなどのホムンクルス達に搭載されているガーディアン仕様のニューロチップは、EMPバーストに対する対策が設計段階から施されているので、普通の生物と同じように、影響を受ける心配はない。


つまり、仲間に一切危害を加えずに、電気回路を内蔵するタイプのゴーレムや、対策を施していないロボットを一瞬で無力化する上では非常に効果的な攻撃だったのである。


「脆い・・・っていうか呆気ないわね・・・」


電磁パルスに対して耐性のない天使(ゴーレム)に対して、まるで壊れたおもちゃを見るような視線を向けるワルツ。


『!?』


電子の流れや電波が知覚できない周りの者達にとっては何が起ったのか全く分からない様子で、皆、唖然としていた。

もちろん、ルシアの首に刃物を当てている女天使も同じ様子である。


(・・・ま、説明しなくてもいいでしょ)


そもそも説明しても理解してもらえる自信が全く持てなかったワルツ。


そんなことを思っていると、突然空腹に襲われたので、非常食(その3)に口をつける。

ブーストモードを立て続けに使用したために、エネルギーの残量が相当減ってしまっていたのだ。


なお、この非常食は全てビーフジャーキーである。


(野菜も食べたいけど、保存食の野菜って言ったら漬け物くらいしかないわよね・・・でもそんなのカーゴコンテナの中に入れたくないし・・・)


重力制御があるとはいえ、何かの拍子で、カーゴコンテナ内が漬け物まみれになる可能性は否定できなかった。

というわけで仕方なく、ビーフジャーキーをコンテナの中いっぱいに詰め込んでいたのである。


なお、保存食としては、この世界でも硬いパン(乾パン)が馴染み深かったのだが、パンの類だとどうしても質量的に軽くなってしまうので、エネルギーとして取り出せる量が少なくなってしまう。

そのため、ワルツの非常食としては、あまり適さなかった。


そんな余談はさておいて、今解決しなければならない問題は、人質に取られたルシアをどうするかである。


「くっ・・・」


直前まで(ほう)けた表情を見せていた女天使だったが、形勢が不利になったことを悟ったのか、ルシアの首に刃物を当てたまま後退(あとずさ)りを始めた。


そんな彼女たちの様子を見たワルツは、眉を(ひそ)める。


「ねぇ貴女。命が惜しかったら、そのままルシアから離れて、逃げたほうがいいわよ?それも全力で」


その言葉にルシアが人質として使えると判断したのか、


「・・・残念ながらこの娘は頂いていきます」


女天使は笑みを浮かべながら言った。


だが、女天使は知らなかった。

嘗て、王都にいた天使がルシアを傷つけた際、真っ黒になって暴走寸前だったワルツの姿を。

そして、今も似たような状況なのに、普段と変わらない態度を見せる彼女の違和感を。


「この娘を返して欲しければ・・・えっ?」


・・・そして女天使は気づいた。


自分の両腕がいつの間にか無くなり、その腕が、今はルシアの手の中にあることに。


そんな不可解な現象を目の当たりにした女天使は、ルシアから直ぐさま離れ、彼女が乗ってきたエレベータ中まで後退した。

使い方は分からないが、移動するための道具だということは分かっているらしい。


逃げようとしている女天使に向かって、


「・・・お姉ちゃん達が、コル(コルテックス)ちゃんやレラ(ストレラ)ちゃんをあんな風にしたの?」


ゆらゆらと揺れながらルシアは女天使の方を振り返った。

揺れている・・・というよりも、残像なのか、あるいは魔力が実体化したのか・・・ルシアの体が何重にもブレて見えていたのだ。


「そ、そんなはずは・・・」


そう呟きながら、女天使はエレベータの中で腕を回復しようとしていた。

腕を治してエレベータを操作するつもりなのだろう。

だが、思うように回復できないらしい。


「あ、無駄だよ?回復しようとしても、その部分は私がもぎ取ってあるから」


そう言ってルシアが指を向けた先には、いつの間にか山のように女天使の腕が積まれていた。

恐らくは、件の範囲移動ドラッグアンドドロップ魔法を行使しているのだろう。

女天使から出血が無いところ見ると、ルシアは範囲移動魔法を行使しながら、同時に回復魔法を行使して止血しているのかもしれない。


(うわぁ・・・天使にとってはホラーね・・・いや天使じゃなくても・・・)


女天使に少し同情するワルツ。


「あとどのくらい耐えられるかな〜・・・ね?お姉ちゃん!」


急にいつも通りの表情を浮かべ、ワルツの方を振るルシア。


「・・・拷問はカタリナに任せた方がいいと思うわよ?」


「うん・・・でも・・・」


そう言って彼女は俯いた後、


「私はこの人が許せない・・・!」


歯を食いしばり、キッっとした視線を女天使に向けた。

それだけで、


ドゴォォォォンッ!!


と、エレベーターごと、女天使が背後の岩盤にめり込んだ。

魔力が知覚できないワルツにとっては、何が起ったのか全く理解できなかったが、恐らく魔力による力場が生じたのだろうと当たりをつける。


(・・・日に日にルシアが強くなっていく気がするんだけど・・・バングルのせい?)


嘗てルシア自身がバングルに付与したエンチャント。

ワルツにはそれがどのような効果を発揮するのか分からなかったが、せめてそこにルシアが強くなっていく原因があればいい、と彼女は切に願うのだった。

このままルシアが強くなり続けると、いつか取り返しの付かないことになる、そんな気がしたのだ。


色々考えなくてはならないことが山積みではあったが、とりあえず今は、眼の前の女天使に意識を向けることにするワルツ。


「さてと。天使さーん?生きてる?」


女天使は人型のくぼみを作って、壁にめり込んでいた。

返事がないところを見ると、死んだか、あるいは気絶しているのか。


「ま、死んだふり、っていうのもあるかもしれないけど、もしもそうだとするなら、相手が悪すぎよね」


そんなことを口にしながら、重力制御を使って、埋まっている女天使を岩盤から引きずり出すワルツ。


女天使はルシアに吹き飛ばされた際、まだ残っている部分の腕や足、それに骨盤や肋骨など全身の骨をくまなく骨折していたが、生体反応があるところを見ると死んではいないようだ。

だが、意識が無いためか、再生する様子は無い。


「うん、気絶してるわね。カタリナ!」


テンポの治療を行いながら、同時に狩人の治療、そして自分自身の治療を進めるカタリナに声を掛けるワルツ。


「これ、追加で治してもらえる?」


そして、


ドシャッ・・・


カタリナの元に、無造作に女天使を放り投げた。


その際、白いローブが外れて、ワルツの髪色に近い金髪と天使特有(?)の白い()()()翼が露わになった。

だが、岩盤に衝突した際に潰れたためか、翼は彼女自身の血液で真っ赤に染まっていた。


「・・・情報を吐かせるためですね?」


「えぇ、そうよ。手段は問わないわ。どうせ天使なんだし、そう簡単には死なないでしょ」


「カタリナお姉ちゃん。私も手伝うよ?」


拷問を手伝うのか、あるいは、仲間達の治療を手伝うのか・・・。


「じゃぁ、お願いね。ルシアちゃん」


「うん」


すると、まだカタリナの手が及んでいなかった剣士達の治療を始めるルシア。


・・・恐らくは両方を手伝うのだろう。


「さて、面倒なことになったわね・・・」


ワルツは頬に手を当ててこれからのことを考え始めた・・・そんな時だった。


「くはっ!」


治療を受けていたテンポが再起動したのだ。


「テンポ、大丈夫?」


心配そうな様子でテンポに話しかけるカタリナ。


「・・・全身がくまなく痛いですね」


「私達をかばって、相当天使に痛め付けられましたからね・・・」


無表情ながらも痛そうな素振りを見せるテンポに、カタリナは鎮痛作用のある薬品を投与する。


どうやらテンポは、天使たちに対して肉弾戦を挑んだらしい。

だが、ワルツから離れすぎていた事もあって機動装甲の腕をハッキング出来ず、一方的にやられたのだろう。


「・・・テンポ。迷惑かけたわね」


ワルツも心配そうに声をかけた。


「・・・今日、初めて知ったことがあります」


しおらしく話し始めるテンポ。


「・・・死亡フラグは故意に立てるものではありませんね」


「・・・うん。私も初めて知った」


ワルツもテンポ達を無理やり転移させたことを後悔していたのだ。


「彼らはダメですか」


テンポはバラバラになっているコルテックス達の残骸に視線を向けた。


「そうね。ほとんどの細胞が死んでしまってるから身体は造り直さないと」


先ほどまで彼女たちから検出されていた生体反応は、その時点で既に完全に途絶えていた。


「ま、頭部は無事みたいだから、頭脳は大丈夫でしょ」


頭脳は電子部品であるため、身体さえ復元できれば、元通りになる見込みがある。

こうした点は、アンドロイドとホムンクルスのハイブリッドであることの利点だ。


「彼女たちが復活するまでは、テレサとテンポがまた議会のまとめ役ね」


「またテレサ様の補佐(ひしょ)の身長が変化するのですね・・・やめてくださいお姉さま。全身が痛いのですから笑わせないでください」


(笑ってないじゃん・・・)


だが、突っ込んだら負けな気がしたので、そのまま放置するワルツ。


そして、隣でルシアに治療を受けていた剣士たちが処置を終えた頃、ワルツは皆に呼びかけた。


「さてと、みんな。これから忙しくなるわよ?」


「どうしたんだ、急に・・・天使たちもいなくなったんだから、しばらくは安泰なんじゃないのか?」


穴の開いていた腕がいつもどおりに動くか確認しながら、狩人は疑問を口にした。


「あれ?勇者の残した書き置きの話ってしなかった?」


「・・・してないな」


少なくともそのことを、ワルツの口から聞いた覚えはない狩人。


「えっと、勇者が転移する直前に剣士に渡した書き置き?に『にげろ』って書いてあったみたいなのよ。で、もしもさっきの天使たちがその『にげろ』の相手だとするなら、色々と辻褄が合う気がするのよね・・・」


エンデルシアによるサウスフォートレスへの襲撃。

勇者たちの不在。

ミッドエデンの守護たるカノープスの出撃。

すぐに白旗を掲げた敵兵たち(?)。

そして、防衛上空白が生まれた王都・・・。


全てがワルツ達を狙った天使達の罠だと考えるなら、見えてくるものも違ってくる。


「なるほど。だが、それと忙しくなることがどう関係するんだ?」


「んーと、つまり、勇者達は天使たちに誘拐されたんじゃないかってこと。もしもそうなら、助けに行く必要があるんじゃないかしら?まぁ、面倒なことになるかもしれないけど」


なお、面倒なこととは、勇者たちが洗脳されて敵対している場合である。

尤も、勇者たちを助けに行くこと自体が面倒だと考えている節は否定出来ないが。


「ま、そんなことより・・・」


そう言うとワルツは、近くに落ちていた岩に腰掛け、前かがみになって両手で額を押さえながら言った。


「神様に眼を付けられた・・・」


ズーン・・・


っといった様子のワルツ。


彼女は、以前天使を退治した時点で、神に眼を付けられたことは薄々感じていた。

それでも直接的な干渉などが無かったので、積極的に考えることはしなかったのだ。

だが、こうした事態になって改めて考えてみると、実はとんでも無い大事(おおごと)になってしまったのではないか、と頭を抱えたのだ。


(もういっその事、月に移住でもしようかしら・・・)


そんなことを考えながら、ワルツが紺色のオーラを放出していると、それまで気を失っていた剣士が目を覚ました。

勇者と比べて、重力制御に耐性が無いなど、随分とひ弱な様子の剣士だったが、未だに意識を取り戻さない賢者よりも流石に体力はあったようだ。


「・・・あれ?さっきまで姉さんと一緒に温泉旅館に泊まりに来ていたはずなんだが・・・なぜ、こんなとこガハッ!!」


どうやら寝ぼけているようなので、剣士に6Gを掛けるワルツ。


「ギーーーーブッ!!」


しっかりと眼が覚めたようなので解除する。


「・・・そうだ、奴らは!?」


天使は!?と言わないところを見ると、剣士には彼らの正体が分からなかったようだ。


「一人はお星様に。もう一人は体内から黒焦げに。そして最後の一人はボロ雑巾になりましたとさ?」


と、天使たちの結末をおとぎ話のように言いながら、ボロ雑巾(女天使)を指すワルツ。


「・・・強すぎだろ」


自分たちには全く刃が立たなかった相手が無残な姿で横たわっている様子に、剣士は戦慄した。


「あ、3人の内2人をヤったのは私だけど、最後の1人はルシアよ?」


「マジか・・・」


ユリアから離れたせいで変身が解け、元の魔法使い装備が露呈してしまっている一見して普通の少女(ルシア)の姿を、剣士は信じられないような視線で眺めるのだった。


そんなルシアは剣士たちの治療を終えた後、コルテックスたちの亡骸(?)の前で俯いていた。


「・・・治せるの?」


近づいてきた姉に問いかける。


「えぇ。もしかしたら、ちょっと時間はかかるかもしれないけど、大丈夫よ?」


「うん・・・直してあげて」


そう言って、姉の服の裾を掴む妹。


「何も心配することはないわ。ちゃんとカタリナが直してくれるから」


そしてワルツは、ルシアの頭に優しく手を載せる。


(さて、どう行動しようかしら・・・)


ルシアの頭を撫でながらも、ワルツは問題が山積している現状を憂慮するのであった。

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