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5中-04 結果

大切なこと。

ワルツがそのことに気づいたのは、テンポが核融合炉からの熱水を罠全体に行き渡らせる操作を行った直後の事だった。


「えっ・・・白旗振ってる?」


彼女の眼には、武器も持たずに自分の着ていたシャツを棒に(くく)りつけて、それを必死になって振っている兵士たちの姿が映っていた。


・・・直後、


モワァ・・・


と言った様子で、辺り一面を霧が覆い尽くす。

もちろん、敵の兵士たちのことも・・・。


この霧はワルツ達の作った核融合炉で生じた熱水が、ルシアによって作られた水路を循環して蒸発し、地下の巨大熱交換器から放出された冷たい空気と触れ合うことで生じたものだった。

だが、それだけではない。

他にも、より直接的に空気中に水分を補給するため、地面に設置された配管から核融合炉で生成した蒸気を吹き出すシステムも稼働していた。

要は、霧を使った目眩ましだ。


何故霧を生成するためにここまで大規模なシステムを設置したのか。

実のところ、それは副次的なものであって、霧を生成するために設置したわけではない。

その本当の使い道は・・・後々語れることだろう。


それはともかく、


「ちょっ・・・これ拙いんじゃない?」


白旗を振っていた兵士達が、最初の(めくらまし)にかかったのである。

まだ、怪我をするものではないので、ワルツ達が引き返すなら今のうちだった。


なので、伯爵邸に向かって、声を上げるワルツ。


「テンポ!今すぐや『うぉぉぉぉ!!』」


・・・突然叫びたくなったわけではない。

ワルツが罠を操作するテンポに向かって指示を飛ばそうとすると、辺り一面から雄叫びのような声が沸き上がってきたのだ。

どうやら、まるで自分たちを守るかのようにして霧がサウスフォートレス全体を包み込んだことが、マイナスに振れていた兵士たちの士気を刺激したらしい。

一応、この状況でもパラメトリックスピーカーの使用に差し支えはなかったが、残念なことに、小心者のワルツ自身が兵士たちに気圧されて、言葉が出てこなくなってしまったのだ。


(と、止められない・・・。予定だと次は、放電ね・・・)


地面に大量の電極を仕込んであり、その上を歩いた者を感電させるというものだ。


(どうにかして止めないと・・・)


だが、ワルツのいた場所からでは伯爵邸まで随分な距離がある。

飛べばすぐに着く距離ではあったが、今のワルツは飛ぶことが出来なかったのだ。

実は、既に手遅れだというのに、未だに他人の目を気にしていたのである。

どうやら、透明になれば問題ないという考えは、冷静ではない彼女には発想できなかったようだ。


彼女が自分の取るべき行動に悩んでいると、


ブーン・・・


という、低い音と、


『うわぁぁぁ!!!』


という無数の叫び声が霧の中から聞こえてきた。


(う、嘘。予定よりも早いじゃない!)


と混乱状態のワルツ。


どうやら、彼女が中途半端に伯爵邸に向かって声をかけたことが拙かったらしく、テンポが彼女の声を次の罠を稼働させる合図ととらえたようだ。


ともかく、一刻も早く罠を止めようと伯爵邸に向かって走りだそうとするワルツだったが・・・


「あ、お姉ちゃん」


「作戦はうまくいっているようだな」


「・・・うまくいっても・・・喜んでいいんだろうか・・・」


ルシアと狩人、そして剣士が現れた。


「ちょ、ちょうどいいわ。ルシア!あの敵の兵士たちに全力で回復魔法をかけてあげて!」


「えっ・・・」


姉の慌てふためく様子に、戸惑うルシア。


「理由は後で説明するわ。とにかく急いで!」


「う、うん・・・」


すると、塀の上からルシアは霧の方に向かって特大の回復魔法を放ち始めた。


「おい、どうしたんだワルツ?」


普段とは違うワルツの様子に、訝しげな表情を浮かべる狩人。


「すみません、説明している時間がないんです。ちょっと伯爵邸に行ってきます」


そんなやり取りをしている間にも・・・


ジャキンッ!!『ぎゃぁぁぁ!!!』

ジャキンッ!!『ぎゃぁぁぁ!!!』

ジャキンッ!!『ぎゃぁぁぁ!!!』


という音が立て続けに聞こえてきた。


「うわぁ・・・あそこに勇者たちはいないよな・・・」


心底嫌そうな顔をしながら、剣士は呟いた。


どうやら、地面に設置した針が、空気圧で迫り出し、兵士たちの身体に刺さったようだ。

長さ的には3cm程度だが、辺りどころが悪いと死ぬこともあるだろう。

まぁ、ルシアが回復魔法を立て続けに使っているお陰で、命を落とすところまではいかないかもしれないが・・・。

しかし、それはそれで問題があった。


霧の中を彷徨っていたら、電極に触れて感電し、転んだところを針に串刺しにされる。

一部の兵士は電極や針をうまく回避するかもしれないが、その先には高圧で吹き出すスチームの嵐・・・。

更にその先にはルシアが作った熱湯風呂(すいろ)(90度)が待ち構えているのだ。


その上、ルシアの超高出力の回復魔法を浴びて、死ぬことすら許されない状態なのである。

最早、ピタ○ラス○ッチどころではなく、単に地獄でしか無かった。

恐らく現場では、気絶することすらも許されない状況が広がっていることだろう。


ここまで問題が大きくなってしまったのは、敵兵達が皆、装備らしき装備をせず、罠の上で進軍を停止してしまった事が原因だろう。

ワルツたちも、まさか敵が罠の上で旗を振って立ち止まるとは思わなかったのだ。


今は電極から放たれた電流が彼らを襲っているが、次は霧の中に向かって、狩人や騎士たちが周りの森から集めてきた魔物を放つ、という段階である。

これによって、敵兵を拡散させ、より罠の効率を上げるという腹積もりだ。

そのために、カタリナに頼んで罠一帯の都市結界を弱めてもらったのだから。


必死になって白旗を振っている敵兵が、無残にも魔物に食い殺される姿が脳裏に浮かび上がってきた頃、ワルツはようやく伯爵邸に辿り着いた。


「て、テンポ!今すぐ作戦中止よ!」


地下施設のリモコン(リモートコンソール)の置いてある司令室に、扉が壊れるのではないかと思うような勢いで入り、ワルツは声を上げた。


「どうしたのですか、お姉さま?丁度、最後の仕上げだったのですが・・・」


恐らくは捕まえた魔物たちを開放するためのものであろう赤い実行キー(ボタン)に手をかけたテンポが、そんなワルツに首をかしげる。


「敵兵が白旗振ってたのよ。しかも、防具とか一切着ずに。このままだと、80万人を本当に皆殺しにしてしまうわよ」


「おや、そうでしたか。では、システムを停止させます」


それは災難でしたね、といった様子で、核融合炉と各種罠を素直に停止するテンポ。


「すまない、ワルツさん。一体どういうことだろうか?」


総司令を務める伯爵も、ワルツの言葉が気になったようだ。


「最初の霧が発生する直前に見えたのよ・・・。罠の真上で旗を振る兵士たちが・・・」


正しくは、白旗でなく、下着だ。


「まさかとは思うけど、この世界では白い旗を振ったら開戦の印とかじゃないわよね?」


「・・・いえ、降伏の印です」


と、苦笑を浮かべる伯爵。


「・・・ですが、どういうことでしょう。80万人も兵士がいるのに、なぜ降伏しようと思ったのか・・・」


口に手を当てて、考えこむ伯爵。


そして結論を口にする。


「最初から戦う気がなかった・・・のでしょうね」


「戦う気がなかった・・・ね」


防具も付けずに旗を振っていた兵士たち。

そして、異常に早かった行軍の速度。


ワルツたちが今朝もらった斥候からの報告が伝わるタイムラグを考えると、恐らく数日前には鎧を脱ぎ捨て、移動を初めていたのだろう。


「なら、カノープスとか言う魔術師が(兵站輸送用の)飛行艇を撃墜したのも無意味だったってことになるのかしら?」


「それはどうじゃろうな・・・」


今度はテレサから声が飛んできた。


「カノープス殿が飛行艇を撃墜したからこそ、兵站を失って、混乱状態に陥ったとも考えられるのう」


その言葉にワルツは一度伯爵邸の外を見渡した後、口を開いた。


「・・・いろいろ考えられることはあるけど、本当のことは相手に直接聞いてみなければ分からないみたいね」


「うむ。それが一番早いじゃろう」


ワルツは考えを一旦停止することにした。

そろそろ霧が晴れる頃なのだ。


「さてと、なら、様子を伺いに行きましょうか」


この頃には落ち着きを取り戻したワルツが宣言した。




ワルツ達がやってきた戦場は散々たるものだった。


全身に火傷を負って倒れている者。

ハリネズミのように、全身から針を生やしている者。

まるで身体を何かが這ったかのような、感電の痕が生々しく残る者。

そして、今もなお、所々から上がるうめき声。


地獄があるとすれば、間違いなく、このような場所なのだろう。


「どうしようこれ・・・」


そんな言葉がワルツの口から漏れだしてきた。


彼女が思っていた中で、下から2番目くらいの散々な結果。

つまり、襲ってきた80万人全員が、罠にかかって全滅していたのである。

幸か不幸か、ルシアのお陰で死者はいないようだったが。


「・・・なぁ、一体どこまで罠を仕掛けたんだ?」


と視界に広がる死屍累々(生きてはいるが)を見渡して狩人が問いかけてくる。


「・・・サウスフォートレスを中心に10km四方?」


「どうしてそうなった・・・」


なぜここまで規模が大きくなったのか。

ワルツとしては当初、2km四方程度で止めるつもりだったのだが、結果はその5倍、面積的には25倍である。


「つまり、罠づくりに没頭しすぎて、気づいたら広大なエリアに罠を仕掛けていた、ということです狩人様」


ワルツの代わりにテンポがそっけなく答える。


「・・・本当に80万人を無力化してしまうとはな・・・」


とはいえ、相手は武器を持たない投降兵だったが。


「えっと・・・うん。やり過ぎたと思ってます。後悔はしていないけど」


と、反省しているのかしていないのかはっきりしない態度を見せるワルツ。

ともあれ、彼女の暴走がサウスフォートレスを救ったことに違いはないのだが。


「それよりも、この兵士たちをどうするのかが問題よ。それに、何で投降しようとしていたのかも分からないし」


死んでいないとはいえ、生きてもないと表現すべき状況の兵士たち。

夏の気温と罠のせいで高温なったこの場所に放置しておけば、いずれは脱水症状などで衰弱し、命を落としてしまうことだろう。

その上、ここサウスフォートレスには、彼ら80万の兵士に食べさせるだけの食料も飲用水も無いのだ。


「情報を吐かせるのはなんとかなるだろうが、兵士たちの処遇についてはなぁ・・・」


そう言いながら、眉を顰めて顎に手をやる伯爵。

他の仲間達もどうしていいのか分からず、大体同じような反応を見せていた・・・。


・・・但し、1人を除いてだが。

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