5中-02 水路
2日後。
天候は雨。
気温29度。
そして、湿度100%。
つまり不快指数はカンスト状態。
・・・但し、サウスフォートレスの町は、である。
「伯爵邸の中に、地中熱交換式のヒートポンプ式エアコンでも作ろうかしら・・・」
ひんやりとしていて快適な地底で、ワルツは朝食を取りながら呟いた。
地底の開発は随分と進んでおり、今では地底とサウスフォートレスを直結で結ぶトンネルや、地底全体を照らすLEDライトの設置などが済んでいた。
それもこれも、伯爵が伯爵邸の一部をワルツ達に工房として使わせてくれたことが、工期を短縮できた大きな理由だろう。
おかげで、現在の段階でも、もしもカノープス達が兵站輸送用の飛行艇を撃墜できなかった上、ワルツたちも80万の兵士を足止めできない最悪の事態が生じたとしても、サウスフォートレスの人々を地底湖に安全に避難させる目処は立っていた。
ところで、ワルツは何故エアコンの話をしたのか。
「そうですね。この身体だと、高温多湿は堪えますからね・・・」
と、身体は生物、そして頭脳は機械であるテンポが嫌そうに呟いた。
「まぁ、暑いのが苦手なのは、私も同じだけど・・・」
2人共、暑いのが苦手だったのである。
「エアコン?」
隣に座っていたルシアが、何それ?と言った様子でワルツの顔を見上げてくる。
「えっと、部屋の中を夏は涼しく、冬は暖かくするための機械よ」
「ふーん・・・魔法みたいなもの?」
「そうね。エアコンの仕組みが分からなければ、魔法みたいなものかもしれないわね」
恐らく現代世界でも、仕組みを理解していない人の中には、エアコンを魔法のように感じている人もいることだろう。
(ん?エアコンか・・・)
どうやら、ワルツの中で何かが閃いたようだ。
(問題は電力ね・・・うん、あれを使いましょう)
「えっと、お姉ちゃん?」
「あ、ごめんね。ちょっと考え事をしてたから・・・」
といいつつも、口に手を当てて何かを考えている様子のワルツ。
「ルシア様。お姉さまがこの状態になられると、しばらくは戻ってきませんので、そっとしておいてあげてください」
「うん、分かった」
即答するルシア。
いつもの事らしい。
「それはそうとルシア様。そろそろ、お寿司が解けてしまう頃なので、再度冷凍していただけると助かるのですが?」
そう言って、冷凍稲荷寿司といくつかの食品をアイテムボックスから取り出すテンポ。
内部の時間が止まらないアイテムボックスに食品を保管するための定めである。
「あ、うん。忘れてた。教えてくれてありがとうテンポ」
そして、氷魔法を使って食品の温度を下げ、解けないように処理するルシア。
これが2人の毎朝の日課である。
日課といえば、
「さて、今日も作業を始める前に、一狩り行ってくるか!」
・・・雨だというのに、狩人にそれを気にした様子は全く無さそうだ。
「姉さん!お伴します!」
と剣士。
彼らに不快指数などという概念は存在しないらしい。
・・・まぁ、狩り、とは名ばかりの、サウスフォートレス守備隊の戦闘訓練ではあるのだが。
ちなみに狩人の作業は・・・やはり狩りである。
罠に使用するための魔物を捕獲する、という仕事だ。
つまり、毎日一狩り行った後に、また狩りに出かけるという日々を過ごしていたのである。
どうやら、王城での生活で、相当鬱憤が溜まっていたようだ。
「ではニコル。私達も結界の解析を進めましょう」
カタリナも口を開いた。
「あぁ。今日こそは目処を付けたいところだな」
この2人は、王都から離れても、結界の解析を続けていた。
というよりも、カタリナは治療担当なので、誰かが怪我をしない限り仕事が無かったのだ。
そのため、地底の作業指揮所(?)で結界の解析を進めながら、けが人の対応を行っていたのである。
なお、賢者はカタリナの補佐として働いている。
2人その努力が報われる日が来るといいのだが、果たして・・・。
「では妾達も伯爵のところへとゆこうか?」
「はい。今日から偵察ですね」
テレサとユリアもサウスフォートレスへの通路の方へ歩いて行った。
2人にはワルツが情報収集の任を与えていたのである。
なので、彼女たちの作業場は、伯爵が用意した指揮所兼伝令室にあったのだ。
というわけで、ここに残ったのは3人。
ワルツ、ルシア、テンポである。
つまり、この3人が、実質的にサウスフォートレス周辺に広がる罠を作っているのだ。
「それじゃぁ今日は、水路を掘るわよ?」
「お姉さま?ウォータースライダーはやめたのではないのですか?・・・はっ、もしかして壊れ・・・」
「失礼ね!ウォータースライダー用の水路じゃないわよ」
何かあれば、とりあえずワルツが壊れたことにしたがるテンポ。
機動装甲全体の制御権でも狙っているのだろうか。
「どのくらいの大きさの水路を掘るの?」
「そうね・・・20m位?」
「ふーん。なら、簡単に終わるね」
と、大したことはない、といった様子のルシア。
なお、普通ならそう簡単には終わらない。
「じゃぁ、行きましょうか」
・・・こうしてワルツたちのとんでもない水路作成が始まった。
というわけで、外に来たワルツとルシア、それにテンポ。
だが、どういうわけか、ワルツは2人をそこに残して、どこかへと飛び去った。
ルシア達をおろした場所から2kmほど飛んだ辺りで、ワルツは地面に降り立つ。
(この辺ね)
するとワルツは、遠くの方で機動装甲の腕に捕まって空に浮いているテンポ(ルシアの真上辺り)に向かって、話しかけた。
もちろん、パラメトリックスピーカを使って。
『準備はいいわよ!』
すると・・・
ドゴォォォォォ!!
ワルツ目掛けて直径20mほどのビームが地面を削りながら真っ直ぐに飛んできた。
ルシアの魔力粒子ビームである。
(怖っ・・・)
直撃しても問題ないとはいえ、ルシアが放った図太いビームが、地面を抉り、木々をなぎ倒しながら、相当な迫力を伴って眼前に迫ってくる状況である。
恐怖しない方がおかしい。
だがワルツは、怖がりながらも、冷静に飛んできたビームを受け止め、そして熱や光エネルギーに変換した後、空の方向へと発散させた。
こうして一瞬の内に、長さ2kmに及ぶ水路が完成した。
削られた地面は、高温になったためかガラスが溶けたような状態になっており、水を流したとしても崩れることは無さそうだ。
・・・という作業を後3回繰り返して、サウスフォートレスを取り囲むような四角い水路(塹壕?)が完成した。
なお、所要時間は15分である。
「じゃぁ、次はトンネルね」
ルシア達を回収したワルツは、四角い水路の角にやってきた。
「ルシア?ここに深さ30m、幅4mくらいの縦穴を掘ってもらえる?」
「うん」
すると、土魔法を行使して一瞬で穴を掘り終えるルシア。
そして、できた穴の中へと降りるワルツ達。
その穴の底部に降り立った後、ワルツは再び口を開いた。
「じゃぁ、次は横方向に幅4m位で穴を掘ってもらえる?そうね・・・ここ目掛けてビームを撃ってくれればちょうどいいと思うわ」
そう言って、縦穴の壁に印を付けるワルツ。
「土魔法じゃないから、深さまでは調整できないよ?」
「まぁ、大丈夫でしょ」
要は掘る長さが足りていれば、長すぎても問題はないのである。
「じゃぁ、行くよ!」
すると、先ほどと同じような魔力粒子ビームを行使するルシア。
ただし、太さは4m程度だが。
ドゴォォォ・・・
全く抵抗を受けずに、ビームが壁を穿っていった。
「さて、じゃぁ、次ね」
という作業を同じく3回繰り返す。
どうやら、精度も悪くなかったようで、水路のほぼ真下にトンネルが完成した。
・・・まぁ、ワルツが予想した通り、遥か遠方までトンネルが開通してしまったが、誤差の範疇だろう。
なお、こちらも所要時間は15分である。
・・・こんな作業を繰り返して、遥か遠方にあった川から水を引き入れるための水路や、様々なギミック、そして配管の製造と配置を半日で完了させるワルツ達。
気づくと辺りは、外見では分からないが、まさに網の目状に張り巡らされたトンネルと配管だらけの大地になっていた。
「あの、お姉さま?サウスフォートレスをこんな魔改造して、何をおやりになるつもりですか?」
「え?ピタ○ラスイ○チじゃないの?」
「・・・目的と手段を掛け違えていません?」
「ま、結果が同じなら問題ないでしょ」
ワルツのその言葉に、『完全に暴走してますね・・・』と呆れ顔のテンポ。
「さーて、次は・・・」
こうしてサウスフォートレスは『フォートレス』としての機能をワルツによって半ば強制的に拡充されていくのである。
昼時。
この頃には雨も止み、雲の隙間から太陽が覗いていた。
おかげで気温は更に上がり、不快指数も限界を突破していたが、天候を操ることができないワルツにとってはどうしようもないことだった。
さて、彼女には懸念する事があった。
2日前に狩人と話し合ったというのに、すっかり忘れていたことである。
・・・水竜はどうなったのか。
「わー!」
「高い高い!」
「待てよ、俺の番だぞ」
「これ、童たちよ。喧嘩するものではない」
・・・子供達のアスレチックと化していた。
元気に遊ぶその姿を見る限り、どうやら子供達にとっても、不快指数は関係ないようだ。
「・・・マスコット・・・というより、なんか遊び道具になってない?」
粗方配管用のトンネルを掘り終えた後、昼食を購入しにサウスフォートレスの屋台村まで戻ってきたワルツの眼に、噴水前で塒を巻いて子供達と戯れる水竜の姿が入ってきたのである。
ワルツがつぶやくと水竜は、
「ぬ?おっ・・・これは主様。お久しゅうございます!」
と塒を巻いたまま、嬉しそうに、頭だけで礼をしてきた。
「申し訳ありませぬが、童たちがおりますゆえ、このままでも・・・」
「えぇ、全然構わないわ。っていうか、どうしてこうなったの?」
すると、大昔のことを思い出すかのように、遠い視線で空を仰ぎ見る水竜。
「・・・この町に来た当初こそ、儂は静かに暮らしておったのです・・・」
どこか哀愁の漂う水竜。
だが、話が長くなりそうだったので、
「つまり、気づいたら子供達に囲まれて、託児を任されたわけね」
可能な限り短縮するワルツ。
「・・・ま、まぁ、そういうことです」
大体当たっていたようだ。
「貴方はこのままでもいいの?」
つまり、このまま子供達の面倒を見続けるような生活でも問題ないのか、という意味である。
「・・・稀に大海原を自由に泳いでいた頃の夢を見ることがございますが、現状では致し方がない事は理解しておるつもりです。それに、儂自身、子供が嫌いというわけではないのです。このままでも文句はございませぬ」
と、どこか年老いた隠居のようなことを言いながら、眼を伏せて告げる水竜。
そんな水竜にワルツは言った。
「そういえばなんだけど、アルタイルって名前を町の結界の外で言わなければ、とりあえずは攻撃されないみたいよ?」
「それは真でございますか?」
水竜の眼に光が戻る。
「えぇ。何日かに実験してみたんだけど・・・ここまで聞こえなかった?」
「・・・確かに、アルタイル様を罵倒する言葉が聞こえたように思いますが・・・空耳かと思っておりました」
やはり、ルシアの声は相当広範囲に渡って聞こえていたようだ。
「ま、そんなわけで、普通に生活を送るだけなら外でも生きていけそうよ。だけど・・・」
そもそも、彼は、謎の水(?)が湧き出すサウスフォートレスの町の中だからこそ干からびずに生きていけるのである。
もしもこの町を出て行くと言うなら、町に来た時のように、カタリナの延命治療を受け続けるか、大きな水槽に入って移動しなければ、水辺に辿り着く前に干からびてしまうことだろう。
(水路や運河が完成したら、そこを泳いで移動するっていう手もあるのよね・・・)
罠のために作成した水路、そして現在作成中の人工河川のことを考えながら、水竜のために何か出来ないか、考えるワルツ。
「ま、この戦いが一段落したら、貴方の自由についても考えるわよ」
「・・・お心遣い、感謝いたします」
水竜はワルツの言葉に深く頭を下げるのだった。
なお、その様子を見ていた子供達が、ワルツを偉い人だと勘違いしたことは言うまでもないだろう。