5前-16 一応出撃
「じゃ、行くよ!!」
ルシアが転移魔法を行使すると、いつも通り、仲間達の姿が消えた。
恐らく、今頃はサウスフォートレス正面入口付近に立っていることだろう。
(今度、伯爵にルシアの転移魔法の使用許可を貰えないか頼んでみようかしら)
入町手続きをするために、一々、町の外に転移するというのも面倒なので、普通の転移魔法が使える魔法使いのように、町の中にあるという転移魔法発着所(?)への出入りの許可を貰おうと思うワルツ。
さて、仲間達の転移が終わったとはいえ、全員を転送したわけではない。
まだここにはワルツを含め、4人が残っていた。
「じゃぁ、私達も行きましょうか。ルシア、テレサ、それにユリア」
テレサは前回の飛行で空中散歩(?)が随分と気に入ったらしく、彼女の強い意向で今回のサウスフォートレス行きも共に移動することになったのだ。
一方、ユリアだが、彼女はワルツが招待した。
彼女はこれまで、パーティーの中で唯一、ワルツと共に空を飛んだことがなかったのだ。
「えーと、私も飛べるんですけど・・・?」
「でも、アルタイルの攻撃を避けれるって私が言った時、何か変な顔してなかった?」
「へ、変な顔・・・してないですよ!確かに、本当に避けれるか心配に思ったのは事実ですけど・・・」
変な顔をしていない、とは言いつつも自信がないのか、自分の顔を手で触って確認するユリア。
「そういえば、前に王城からアルクの村まで高速で飛んだことがあったけど、あの時の私達の速度を見てたら、普通の攻撃は当てられないって分かるんじゃない?」
と、魔女として捉えられた後、逃げる自分たちをユリアが追いかけてきた嘗てのことを思い出したワルツ。
「あぁ・・・あのときは王城から飛び立った時点でワルツ様方は点くらいにしか見えなかったので、速度まではよく分からなかったですね」
「えっ・・・じゃぁ、そんなに距離が離れてたのにどうやって私達に追いついたの?」
「えーと、ワルツ様って、アルクの村まで真っ直ぐに飛びましたよね?なので、見失ってもその方向にある町か村に降り立ったんだろうな、って予想して飛んで行ったんです」
「あ、そういうこと。じゃぁ、今度からジグザグに飛んだほうがいいわね」
すると、
「・・・えっと・・・ワルツ様を追いかける私が困りますけど・・・」
そういって、手をモジモジさせながら、ワルツから視線を逸らすユリア。
「ん?お花を摘み?行くなら出発する前にしてね?」
「えっ・・・いや・・・」
「ぬ?!ライバルの予感・・・!」
とテレサ。
不毛な戦いがユリアとテレサの間で勃発しようとしている・・・のかもしれない。
ワルツがそんな彼女たちの発言に眉を顰めていると、
「早く行こっ?お姉ちゃん」
ルシアから声がかかった。
「そうね。じゃぁ、私達も行きましょうか」
サウスフォートレスでは仲間が待っている上、飛行中に確認したいことがあったのだ。
ワルツは、先を急ぐことにした。
コルテックス達に別れを告げた後、議長室にあるテラス(テレサが演説した場所)から飛び立ったワルツ達は、何層かの雲を突き抜け、急速に高度を上げていった。
そして高度1万mを少し越えた辺りで上昇をやめて、ゆっくり(500km/h)とした飛行に切り替える。
旅客機の巡航高度だ。
「こ、ここ、どこですかー?!」
機動装甲の背中に作り出した即席の座席に縛り付けられている(?)ユリアが、ベルトにしがみつきながら、声を上げた。
先ほどまでは見えていた月も今では完全に沈んでしまい、雲の上も下も真っ暗になってしまっていた。
その上、電気なども発達していないこの世界では、ここまで高度が上がると町や村の光は届かない。
辺りを照らすものは、もはや星の光しかなかった。
つまり、辺りは真っ暗だったのである。
「下ばかり見てないで、たまには上でも見上げてみたら?」
飛べる割に高所恐怖症(暗所恐怖症?)なのか、地面ばかりを探そうとしているユリアに、ワルツは声をかけた。
「えっ、上?・・・・・・うわぁ・・・」
そこには、地表近くでは大気に邪魔されて見ることができない多くの星々が輝いていた。
興味深いことは、地球と同じような天の川や星座が見て取れることだろうか。
(やっぱり、ここって並列世界かもしれないわね)
今まで、何度も考えてきたことを、改めて思うワルツ。
「すごいです!星がこんなに綺麗に見えるなんて・・・」
どうやら、ユリアも星空が気に入ったようだ。
「私も、お姉ちゃんと一緒に夜に飛ぶのが好き!」
と機動装甲の腕に掴まれているルシアも声を上げた。
一方、
「・・・」
テレサはどこか感慨深く星空を見上げていた。
(亡くなった人が星になるって話が、この世界にもあるのなら・・・思い出してるのかもしれないわね)
ワルツは彼女をそっとしておくことにした。
ところで、ワルツがそれほど高度も上げず、しかも亜音速よりも更に遅い速度で飛んでいるのは何故か?
(さてと、じゃぁ私なりの《千里眼》でも使ってみようかしら?)
エンデルシアが飛行艇を多数保有しているという話を聞いたので、レーダーが届く範囲でどの程度の飛行艇が存在するのか調べるためである。
ワルツは、機動装甲の表面に配置された無数のレーダー素子を音もなく稼働させて、全方位のスキャンを開始した。
コンフォーマルアレイアンテナを用いた、アクティブフェーズドアレイレーダー・・・要は、アンテナ自体を動かすこと無く、全方位を確認できる指向性レーダーである。
(えっと?・・・意外に多いわね)
ミッドエデン国内には飛行艇の反応は無かったが、エンデルシアがあると思われる方角には、200を超える飛行物体が検出された。
それ以外の方角には、周囲2000km以内に4〜5隻あるかどうか、といった様子である。
尤も、大型の飛竜などもレーダーに映るので、検出された飛行物体の全てが飛行艇とは限らないのだが。
(で、サウスフォートレスの方にある飛行物体が兵站輸送用の飛行艇ってわけね)
サイズは大型輸送機(全長50m)程度といったところである。
流石に、レーダーだけではその姿を捉えることは出来なかったが、そこまで大きな飛竜がいるわけではないなので、エンデルシアの飛行艇で間違いないだろう。
彼女としては可能なら撃墜することを考えていたのだが、今回は単に様子見である。
現在位置からでは距離は離れすぎているため、荷電粒子砲もレーザーも大気や空気中の水分に減衰されるなどして攻撃を当てることができなかったのだ。
(まっ、カノープスとかいう魔術師に後は頼むとしましょ)
わざわざ目立つ必要もないので、戦果をカノープスに譲ることにしたワルツ。
そう、彼女たちは、カノープス達が飛行艇撃墜に失敗した場合を想定して、行動しているのである。
合計で1時間ほど飛行した後、ワルツ達はサウスフォートレスにある伯爵邸内の庭に着陸した。
この際、ワルツ自身も機動装甲も不可視状態だったので、町の人々の眼には、3人の少女たちが空を飛んできたように見えたことだろう。
「なんか、結局、速いのか遅いのか、よく分からなかったです・・・星はキレイでしたけど」
「・・・真っ暗だったしね。ま、今度は、昼間に連れて行くわよ」
ユリアに対してそう言いながら、ホログラムの姿を表示するワルツ。
「その時は、また連れていって欲しいのじゃ」
「えっ・・・じゃぁ、私も!」
テレサとルシアが羨ましそうに声を上げた。
すると、その声を聞きつけたのか、彼女たちの到着を察した仲間達が伯爵邸から外へと出てくる。
「みんな、大丈夫だったか?『例の魔王』から攻撃を受けなかったか?」
移動に随分と時間がかかったことを心配したのか、狩人が声をかけてきた。
「えぇ。大丈夫でしたよ。やっぱり『ルシアにバカにされたあの人』は名前さえ言わなければ攻撃してこなさそうですね」
とワルツ。
「えーと、結界内なら、普通に名前を言ってもいい思うんですけど・・・」
ユリアが指摘するも、
「いや、なんか怖いだろ?」
と、意外と小心者の狩人。
「アルタイルのバカ、アルタイルのバカ、アルタイルのバカ・・・」
ルシアの真似をするワルツ。
だが、6秒経っても攻撃が飛んでくることはなかった。
「・・・うん、大丈夫です」
自信ありげに言うワルツだったが、内心でビクビクしていたのは秘密である。
そんな姉の姿に羨望の眼差しを向ける妹。
だが、ワルツは敢えて彼女の方を見なことにした。
(やっぱり、言葉遣い的に良くないわよね・・・)
これでも、一応は教育のことを考えているワルツ。
・・・尤も、既に手遅れ感は否めないが。
「さてと、とりあえずサウスフォートレスが無事なようなら、今日はもう寝て、明日から作業を開始しましょう」
ワルツたちが到着した時点で、既に夜半は過ぎている。
「わかった。既に部屋は用意してあるから、いつも通り家の客間を使ってくれ。賢者さんと剣士は、さっき案内した別の客間を使ってくれればいい」
どうやら狩人によって、既に部屋の手配は終わっていたらしい。
「あぁ、すまない」
「お世話になります、姉さん!」
と賢者と剣士の2人。
(剣士が狩人さんの従順な下僕になってる気がするけど・・・気のせいね)
そんなやり取りをしている2人に、テンポが近寄っていく。
「剣士さんと賢者さん?お話があるんですけど・・・」
ちょっとこちらに・・・、といった様子で2名を少し離れた場所に誘導していき、
「(部屋の中を覗いたら・・・殺す)」
そんなことを笑顔で言いながら、ワルツからいつの間にか奪った機動装甲の腕を顕現させる。
そして、
ジャキン!、
と指と指を擦り合わせて何かを切断するような音を出した。
『ひぃっ・・・!?』
すると内股になる2人。
(いや、私がいるんだから、覗くとか無理でしょ?)
とはいえ、これで2人が不埒なことを働くことは無いだろう。
「・・・じゃ、明日から作業ということで」
2人を不憫に思いながら解散を口にするワルツ。
こうして今日も長かった1日がようやく終わるのだった。
・・・ところで、
「あれ?そういえば伯爵は?」
彼の姿がここには無かった。
忙しいのだろうか。
「あぁ、実はまだ戻ってきていないんだ」
「・・・もちろん、連絡はとれてるのよね?」
誰かに襲われたのではないかと心配になるワルツ。
「あぁ、それは問題ない。途中で湯治してたらしいぞ?」
(あれ?王都とサウスフォートレスの間に、温泉が湧くような場所なんてあったかしら・・・。ま、サウスフォートレスみたいに『わけの分からないもの』が湧いて出る場所もあるんだし、温泉が出てる場所もあるんでしょ、きっと)
今度、みんなで行きたいわね、と思うワルツ。
果たして、超多忙な毎日を過ごす彼女たちに、暇は訪れるのだろうか・・・。