5前-14 パーティー内対策会議
カノープスの派遣、即ちミッドエデン最強の部隊を派遣することが決まった夜。
ワルツ達は、地下大工房で出発前のミーティングを行っていた。
「そういえば、カノープスさん達って、どうやって移動するの?転移魔法使えないのよね?」
帰りが随分と遅かった彼らのことを思い出しながら、ワルツは口にした。
「妾も詳しいことは知らぬが、別に本人は転移魔法が使えないわけではないようじゃぞ?」
「ふーん、戦いすぎてお腹減ってたとか?」
自分みたいに、である。
嘗て、ルシアが魔法を使いすぎると空腹になると言っていたことを思い出したらしい。
「さぁのう・・・もしかしたら、転移魔法が使えぬ部下たちを置いたままで帰って来れなかったのかもしれぬな」
だが今回は、飛行艇撃墜のためだけに少数精鋭の部隊が編成されるはずなので、転移魔法が使えないということは無いはずだ。
「それに、カノープス殿に情報が届いた時点で、王城は壊滅していたわけでもあるしのう・・・」
そう言って、感慨深げに視線を伏せるテレサ。
つまり、現地の司令官として、既に事が終わった王城よりも眼の前の戦いを優先したのだろう。
「そうね・・・」
変に前王たちのことを思い出させちゃったわね、と後悔するワルツ。
なので、
「さて、じゃぁ私達も、やることやらなきゃね」
と、仕切りなおした。
「で、どうやって80万の兵士と戦うか、それが問題なんだけど・・・」
それも、真正面から。
要は、カノープス隊が作戦に失敗した場合の対処手段だ。
「ルシアの魔法を使えば、80万人や800万人や80億人くらい、一瞬で終わりそうそうだけど、今回それをやられると誰も幸せになれないから全力の魔法は無しね」
「えっと・・・うん」
さすがにルシアも、そこまではできないよ・・・、といった様子である。
「だが、一人ひとりを相手にしていたのでは、こちらが持たんぞ?」
前回は1000体の魔物を切ったあたりで限界を迎えた狩人。
「えっと、とりあえず、今回は死者ゼロを目標に戦いましょう?」
『えっ・・・』
ほぼ全員から声が上がる。
「え?何?私が皆殺しにするとでも思ってたの?」
「違うのですか?」
またまたご冗談を・・・、といった様子のテンポ。
「いや、それをやったら、この国の未来は本当に無くなるわよ?」
恐らくは未来永劫、周辺諸国から、虐殺を行った国として後ろ指をさされることだろう。
「それに、80万人皆殺しとか無意味なことしたくないし」
非生産的よねー、とワルツは内心で呟いた。
ワルツがうんざりとした表情を浮かべていた際、隣では、カタリナがそんな彼女に対して微笑を浮かべていた。
ワルツが誰も殺さないと言ったことに、何か思うところがあったようだ。
命を救うことを至上命題にしている彼女にとっては、できるだけ犠牲を減らそうとしているワルツの姿勢が嬉しかったのかもしれない。
だが、そんな彼女の姿に気づくこと無く、ワルツは非殺傷的な撃退方法を考える。
(一応、方法が無いわけじゃないんだけど・・・)
音響兵器を使えば、迫り来る80万人を一瞬で無害化できるのだが、いつも通り、ワルツはできるだけ表舞台には立ちたくなかった。
だが、今回は流石に数が数なので、仲間達だけに任せっきりにするというのは難しいかもしれない、とも考えているのだった。
まぁ、大抵の場合、気づくと彼女が先頭に立って事に対処しているのではあるが・・・。
「で、何か、奇抜なアイディアとか無い?」
上の議会でも散々話し合われた内容であるとは思いつつも、敢えて聞くワルツ。
議員では思いつかないような、現場(?)の人間だからこそ出てくるアイディアを期待してみたのだが・・・。
まぁ、そう簡単に出てくるはずもなかった。
だが皆が沈黙した時、ホムンクルス2人から声が上がった。
「奇抜というなら、アトラスが爆弾抱えて、敵陣に特攻するっていうのが抜群に奇抜ね」
「なら、ストレラは人間大砲だな。矢だし」
奇抜というよりも、無謀な(だが不可能ではない)話をする2人。
「それで、80万人がどうにかなるならやってもいいわよ?私はそれくらいじゃ死なないと思うし」
「・・・俺はやりたくない・・・」
そんな2人のやり取りを見ながら・・・
「・・・ふむふむ。なるほどね」
ワルツは何故か納得していた。
「ん?まさか、本当にやるわけではあるまいな?」
そこは納得する場所じゃないじゃろ、といった様子で、テレサはワルツに問いかける。
「あと、落とし穴と、ウォータースライダーも必要ね・・・」
どうやら、彼女は完全に自分の世界に入り込んだようだ。
「・・・えっと、ワルツ?」
「はっ!お姉さまが遂に壊れた」
「失礼ね。作戦を考えていたのよ」
「えっと、どこから作戦の話が出てきたんですか?」
「ユリアが爆弾抱えて、サキュバス大砲やるって話があった辺りから?」
「ひうっ!?」
そんな声を上げて、コウモリのような翼を縮こまらせるユリア。
「・・・いや、もちろん冗談だけど。でも、いい案を思いついたわ」
どうやら、ワルツはアトラスとストレラの話から何かを思いついたようだ。
「・・・私思うのよ」
ワルツはそう切り出した。
「80万人の敵が襲ってくるって考えるから、怖いとか、危ないとか、危険とかって考えるんじゃないかって」
大勢の前で話をするときは、皆のことをジャガイモだと思え、と誰かが言っていたことを思い出すワルツ。
「でも、こう思えば、違うものに見えてくるんじゃないかなって思うのよねー」
そして、少し間を置いて言った。
「ドミノ牌・・・」
「まさか・・・」
テンポの顔色が変わる。
「あ、あの遊戯を・・・」
テレサも眼を見開く。
嘗て、彼女たちが、(アルクの村の)工房で狩人に大目玉を喰らった遊び。
即ち、
「・・・ピタ○ラスイ○チ」
その人間版をワルツはやろうというのだ。
それも80万の兵士を使って・・・。
「コルテックス?彼らがサウスフォートレスに到着するまで、どれくらい時間が掛かるの?」
「そうですね〜、国境警備隊から届いた情報であることと、相手の人数を考えると〜、今日から1週間くらいでしょうか〜?」
「そう。じゃぁ後は・・・人員をどう割り振るか、かしら」
「王都周辺の警備は、配置した兵士たちを再編成するなどして強化しますので、王都防衛のことは考えなくても大丈夫ですよ〜?お伝えした懸念の件もあるので、あまり長い間、王都を開けられても困りますけどね〜」
と、コルテックス。
彼女が言う『懸念の件』とは、サウスフォートレスへの侵略自体が罠であった場合のことだ。
この場合、彼女の予想では、王都かその周辺が狙われる可能性が高かったので、ワルツやカノープスが長い間王都から離れる事態をできるだけ避けたかったのである。
だが、今現在、彼女の元に入ってきている情報には、王都を狙った攻撃が行われるといった類のものは一切無かった上、王都周辺の警備には多少余裕があったため、どうにかなると判断したようだ。
つまり、議会をコントロールする立場にあるコルテックスとアトラス、ストレアを除いて、ワルツパーティー全員(+2名)が出撃できる、ということだ。
まぁ、ワルツは最初からそのつもりで話を進めていたようだが。
「すまないわね」
「いえ、これが私達の仕事なので〜」
「そう・・・」
存在理由が不明なガーディアンと違って、自分の役割を明確に持っている彼女に、ワルツは少し羨ましく思うのだった。
「あ、そういえば、剣士さんと賢者さんはどうします?一緒に行きます?」
と勇者たちに置いて行かれた2人に声を掛けるワルツ。
「・・・このままここにいても埒が明かないので、一緒に行っても良いだろうか?」
と賢者。
そして剣士も、
「姉さんが行くところ、どこまでもお供します!」
狩人に対して熱い視線を送りながら、口にするのだった。
ちなみに狩人は、『お、そうか。がんばれよ』と言った様子である。
「分かったわ。でも死んでも文句は言わないでよね?」
「・・・死んだ時に考えますよ」
「姉さんのためなら・・・」
賢者の言っていることもどこか可怪しいが、剣士はもう手遅れの様子だ・・・。
というわけで、2人の参加が決まった。
「なら、早速、出掛けましょうか!」
ひと通りの事が決まって、そうワルツが声を上げた時、不意に言葉が飛んできた。
「うむ。後は任せたぞ?」
テレサが、まるで自分は留守番している、と言わんばかりのことを口にしたのだ。
「もちろん、テレサも行くのよ?そのためのコルテックスたちなんだから」
「じゃ、じゃが・・・」
国のトップとして、踏ん切りがつかないようだ。
「テレサ様〜?王都は私達に任せてください」
「って、コルテックスも言ってるんだし」
「・・・本当に、いいのじゃな?」
「はい。もちろんですよ〜?」
「・・・では、連れて行ってほしいのじゃ」
「えぇ。もちろんよ?むしろ、拒否しても誘拐するけど」
「・・・いいのう・・・拒否するというのも」
両手を顔に当てて恍惚な表情を浮かべるテレサ。
「・・・やっぱり、置いていこうかしら・・・」
「・・・冗談じゃ」
即座に普段の状態に戻るテレサ。
・・・こうして、テレサの参加(?)も決まった。
「あと、何か理由があって、王都に残りたいって人いる?強制的に連れて行くけど」
「大丈夫だよ!お寿司はちゃんと100人前買って冷凍してあるから、しばらくは王都に戻ってこなくても私は平気!」
と、テンポの指輪の方を見るルシア。
「・・・うん、なら大丈夫ね」
ルシアがワルツには理解できないことを口走っていたようだが、どうやら皆、特に問題は無いようだ。
「さてと。じゃぁ早速、行こうと思うんだけど・・・どうしよう・・・」
直前の状態から一転して、落ち込んだ様子を見せるワルツ。
「ん?財布でも落としたか?」
どうやら、今のワルツの姿に、狩人は財布を落とした際の自分の姿を垣間見たようだ。
「いや、私達が王都を出るってことは、いつアルタイルに攻撃されてもおかしくないってことよね?」
「そういえば、そうだったな・・・すっかり忘れてた」
てへぺろ、と言った様子の狩人。
「というか、この2ヶ月の間、王都から何度も狩りに出掛けたが、一度も攻撃されなかったぞ?」
「えっ・・・いつの間に・・・」
朝早く狩人が出かけるのは、鍛錬をしているからだと思っていたワルツ。
その上、最近の狩人は令嬢の格好をしているので、気付かなかったようだ。
(ん?・・・つまり、令嬢の格好で狩りに出掛けたり、鍛錬してたりするのかしら?)
とワルツが疑問を口にしようとすると、カタリナに別件で先を越されてしまう。
「ということは、やはり、アルタイルの転移攻撃には何らかの制約があると考えてもいいのではないでしょうか?」
ほぼ無防備状態であるはずの狩人を攻撃して来なかったということは、やはり何らかの条件があるのだろう。
「えっと・・・もしかしてアレかしら?『名前を言ってはいけないあの人』メソッド・・・」
「ごめん、何を言っているか分からないんだが・・・」
「・・・結界の外で『アルタイル』って言ったら目をつけられるわけですね?」
水竜が攻撃された際も、諜報部隊の隊長が攻撃された際も、彼らはアルタイルの名前を口にしていた。
その後、都市結界が張られるまでの間、ワルツ達もアルタイルの名前を会話の中で連呼している。
つまり、転移攻撃を受ける直前には必ずアルタイルの名前が上がっていたのである。
「ま、そういうこと。何なら試してみましょうか?」
もしも、ワルツの予想通りなら、ポータブル都市結界を開発する必要は無くなる。
というわけで、サウスフォートレスへと出発するはずが、急遽、アルタイルの転移攻撃のパターンを調べるための実験をする事になったのだった。