5前-13 派遣の是非
「さて、どうしたものかしらね?」
勇者たちがエンデルシア、もといその首都であるクレストリングに戻ったことについて、である。
「なんで、俺だけ置いていったんだ・・・」
剣士が食堂前の廊下の壁に寄りかかって、悔しそうに項垂れていた。
「下には、賢者さんもいるわよ?」
だがワルツがそう言っても、
「・・・そう、か」
剣士からは、空返事が返ってきた。
勇者に置いて行かれたことが相当堪えているようだ。
「もう、シャキッとしなさいよ!」
ドゴォォォ!
「ぐはぁっ!!」
重力制御による6Gである。
「ぎ、ギブっ・・・」
どうやら、勇者とは違い、高重力に対する耐性はあまり無いようなので、ワルツは直ぐに重力制御を解除した。
「ま、まじで勘弁・・・」
まるで、生まれたばかりの子鹿のように、地面に伏せながらプルプルと震えている剣士。
「軟弱モノね・・・。で、どうして勇者たちが国に帰ったことを知ったわけ?」
「眼の前で転移していったんだ・・・」
立ち上がりながら、剣士は何かクシャクシャになった紙の切れ端のようなものを渡してくる。
「で、これを勇者が落としたのを見て拾ったんだが・・・」
その紙には、
「・・・『にげろ』?」
と短く書いてあった。
(ん?エンデルシアの兵士たちを止めに帰ったわけじゃない?・・・というか、なんでわざわざ紙に書いたのかしら・・・)
「ちなみになんだけど、転移した時、勇者たちの他に周りに誰かいた?」
「いや、いなかったな」
(ということは、誰かに見られていたわけじゃない・・・?)
アルタイルのことを思い出すワルツ。
(遠隔で誰かに監視されてたとか?っていうか、逃げろって何からよ・・・)
様々な可能性について考えたワルツだったが、結局、答えが出ることはなかった。
と、2人のところに狩人がやってきた。
「ワルツ、それに剣士殿。勇者殿はどちらだろうか?」
どうやら、エンデルシア対策会議へのお呼びが掛かったらしい。
「そのことなんだけど・・・」
ワルツは勇者たちのことを狩人に説明した。
「・・・ふむ、逃げろ、か・・・気になるところだが、まぁいい。なら、仕方がないから剣士殿と賢者殿は第一会議室へ来てもらえるだろうか?議員達がエンデルシアの情勢について直接聞きたいらしいんだ」
「・・・分かった。なら、俺は姉さんと先に行くから、ワルツ殿はニコルに声をかけてくれないだろうか?」
「分かったわ。じゃぁ、狩人さん。会議の方はお願いしますね」
「あぁ、任せてくれ」
そう言うと、狩人と剣士は、上階へと続く階段の方へと足を進めていった。
・・・
「というわけで、賢者さんも第一会議室に行ってもらえる?」
今回は端折らずに、ワルツは勇者やリアたちのことを説明した。
「あぁ・・・わかった」
そう言うと賢者は、エレベーターに乗って、王城へと上がっていった。
剣士ほどダメージを受けていないところを見ると、賢者は賢者なりに何か思うところがあったようだ。
まさか、勇者たちと一緒にいることよりも、カタリナ達と一緒に居たほうが嬉しい・・・などということはあるまい。
・・・なんて言ったって、賢者なのだから。
「なんだか、雲行きが怪しくなってきましたね・・・」
賢者の背中を見送ったユリアが口にした。
「そうね・・・ま、勇者なんだから、どうにかしてくるでしょ?」
『にげろ』という書き置きに一抹の不安を覚えながらも、ワルツはそのことをとりあえず脳裏の片隅に追いやることにした。
それよりも、
「さて、サウスフォートレスに向かう準備をしましょうか」
目の前に迫っている80万の敵兵をどうするか、である。
「私達は既に準備を終えているので、いつでも出発できます」
「今すぐでも問題はありません」
カタリナとテンポがそれぞれ口にした。
「あ・・・」
だが、どうやら、一人だけ準備が終わっていない者がいたようだ。
「わ、私、お寿司買ってくる!」
「・・・程々にね」
完全に依存症に陥った(?)様子のルシアをワルツは見送ることしか出来なかった。
非常分を含め、100人前は買ってくるのではないだろうか。
「じゃぁ、後はテレサたちの会議が終わるのを待つだけね・・・っと、なら私は会議の様子を見てくるから、みんなは必要な物の買い出し・・・そうね稲荷寿司以外の食料の買い出しに行ってもらえる?」
「承知しました」
輸送係のテンポが答えた。
というわけで、ワルツは王城3階にある会議室へとやってきた。
部屋の扉の前には屈強そうな衛兵が2名ほど警備にあたっていたが、透明化した彼女にとっては単なる笊に過ぎなかった。
彼らを無視して、ワルツは普通に扉を開けて中に入る。
その際、一見すると誰もいないというのに勝手に開い扉に対して、衛兵や議員達は訝しげな視線を向けていたのだが、すぐに皆、元の位置へと視線を戻すのだった。
そう、まるで何事もなかったかのように・・・。
実は、彼らにとって会議室の扉が勝手に開くという経験は、これが初めてのことではなかったのだ。
もしも、初めてのことだったら、原因が分かるまで議論は中断していたことだろう。
尤も、議論が中断したところで、議長によって強制的に再開されることになるのだが。
ちなみに、この『勝手に会議室の扉が開く』という現象は、王城に出入りする者たちの間で『実は王城で亡くなった王族たちの霊が通過したためではないか』などと言われていた。
そして、例によって例のごとく、ワルツはその噂について気づいていないため、彼女が王城にいる間は同様の現象が起こり続けるのである。
なおこの現象は、後に、王城7不思議の内の1つとして語り継がれることになるのだが・・・。
さて、ワルツは議長席に座るテレサのところへやって来た。
ここから見る限りだと、狩人は議長席からは少し離れた場所で大人しく会議の流れを聞いているようだ。
同じようにして、剣士や賢者たちも、普段とは異なる真剣な面持ちで、参考人席に腰をおろしている。
そして、ワルツも、議長席の隣に用意された自分専用の椅子に透明なままで腰をかけた。
そう、この席は、テレサがワルツのために用意したいつも空席の座席なのだ。
尤も、議員たちは、亡くなった元国王のために用意した座席だと思っているようだが。
席についた後、ワルツは議長席に座るテレサに対して、周りの者達に聞こえないよう小さな声で話しかける。
「(テレサ?勇者たちのこと聞いた?)」
だが・・・
「(はい。さきほど、剣士さんや賢者さんから聞きました〜)」
「(・・・ごめん、人を間違えた)」
どうやら、コルテックスとテレサが入れ替わっていたようだ。
というわけでワルツは、議長席の後ろにあった秘書席に座っている、顔にベールがかかった人物に話しかけた。
「(テレサ?)」
「(・・・お主、間違えおったな?)」
「(間違えるくらいでちょうどいいと思うけど?)」
「(まぁ、そのために似せたのじゃからな)」
ベールで顔が隠れてしまっているが、テレサは笑みを浮かべていることだろう。
「(それで、私達の方は出発できそうだけど、こっちの様子はどう?)」
「(まだ対策を話し合っている最中なのじゃが、堂々巡りで芳しくないのじゃ。八方ふさがりじゃな)」
80万の兵士に対抗するための策はないか、議題はその一点に絞られていた。
「(80万もの兵士が進軍できるほどの兵站がいったいどこから来てるのか。それさえ分かれば対策を講じられるんですけどね〜)」
今度は前を向いたまま、何かを書き留めているコルテックスから、後ろに向かって言葉が飛んできた。
随分と器用なことをしているようだ。
「(やっぱり、転移輸送じゃない?折角の転移魔法なんだし)」
「(確かに食事や秘密兵器みたいな重要物資は転移魔法で運ばれているじゃろうな。じゃが、何でもかんでも送れるほど、転移魔法は自由度の高い魔法ではないのじゃ)」
(そういえばリアも、金を採掘しに行った時、掘り出した鉱石を全部王城まで運べるか心配・・・、的なことを言ってたような・・・)
要は、転移できる物量は、魔法使いが保有する魔力量の大きさに比例(?)するのである。
その上、転移魔法を使えるものはごく限られた者たちだけなので、80万人分の兵站を転移魔法だけで輸送するということは現実的ではなかった。
例えば、リアを基準として考えるなら、バングルを用いて1日に転送できた鉱物の量が、平均しておよそ10tだった。
バングルによる魔法攻撃+10のエンチャントがどれだけの魔力増強に繋がっているか分からないが、少なく見積もって倍加とするなら、リアの普段の全力だと5tの物資を運べることになる。
もちろん、距離によっても魔力の消費量が変化するのだが、ここでは敢えて一定として考えるなら、1人の転移魔法使いが1日に運べる食料はおよそ2000人分(5t/2.5kg)。
つまり、80万人の兵士を養うのに、最低でも400人のリア級魔法使いが必要になるということである。
その上、武具や消耗品を考えるなら、全ての兵站を転移輸送で賄う場合、1000人前後は転移魔法使いが必要になるのではないだろうか。
ちなみに、ミッドエデンの転移魔法使い人口はおよそ100人である。
果たして、エンデルシアに1000人もの転移魔法が使える魔法使いはいるのだろうか。
そもそも、1000人もの転移魔法使いがいるのなら、奇襲攻撃で50000人の兵士を一気に運んだほうが効果的であるのだが・・・。
というわけで、転移魔法による兵站輸送の可能性は極めて低いのである。
ならば、一体どのようにして、兵站を運んでいるというのか。
「(・・・飛行艇?)」
「(恐らく、最も可能性の高い輸送手段は飛行艇じゃろうな)」
空を飛ぶ手段があるなら、2つの国の間を隔てる山脈も、何の問題もなく飛び越えることが出来るだろう。
「(勇者たちも使ってたしね)」
ワルツは嘗て見た、船型飛行艇を思い出した。
まぁ、正確に確認する前に、撃墜してしまったが。
「(エンデルシアは飛行艇の国じゃからな・・・)」
テレサの口から、意外な言葉が漏れてきた。
どうやら、ミッドエデンとエンデルシアとの距離が離れているせいか、あるいは国を隔てる山脈のせいで、ワルツの対空レーダーには映らなかったようだ。
「(あれ?それなら、この王都まで飛行艇を飛ばして、爆撃しに来ればいいんじゃないの?)」
「(ば、ばく・・・?何じゃそれは?)」
「(飛行艇から爆弾・・・そうね、この世界なら火魔法を空から大量に落とす戦術ってことになるかしら?)」
「(ほう?そういった戦術があるのじゃな?)」
どうやらテレサの知識には、爆撃の概念が無かったようだ。
「(で、なんでエンデルシアから直接、飛行艇で攻撃してこないの?)」
「(単純じゃ。要は燃費が悪いのじゃ)」
燃費という概念はあるらしい。
「(ふーん。ちなみにどのくらい?)」
「(そうじゃな・・・国境の山脈を超えると、エンデルシアに戻れなくなるという話を聞いたことがあるのう)」
「(なら、勇者たちはどうやってサウスフォートレス周辺まで飛行艇を飛ばせてこれたのかしら・・・)」
「(サウスフォートレスで補給を受けたからではないか?)」
「(そう・・・つまり、サウスフォートレスを落とされると、ここまで飛行艇の攻撃範囲になる可能性があるわけね)」
「(そういうことになるのう)」
「(ふーん・・・面倒ね)」
(・・・なんかさっきから質問ばかりしてるから聞きにくいんだけど、飛行艇の燃料って何なのかしら・・・マナとか?)
だが、結局聞かなかったワルツ。
「(じゃぁ、兵站輸送用の飛行艇を墜すことができれば、なんとかなるってことかしら?)」
「(恐らくはそういうことでしょうね〜)」
と、今度はコルテックスから返ってきた。
「(飛行艇を撃墜する事自体は、カノープスさんに頼めばなんとかしてくれると思いますが〜・・・)」
そこで一旦、言葉を止めるコルテックス。
何かを書いていた手も止まる。
「(・・・おそらく、それ自体も、相手の策略のうちの一つでしょうね〜)」
つまり、
「(罠・・・ってこと?)」
「(これは完全に予想になってしまうのですが〜、カノープスさんが王都を離れた瞬間に、別働隊が王都か周辺の町を攻撃するといった流れになるのではないでしょうか〜?)」
「(・・・考え過ぎじゃないの?)」
「(いかにも狙ってくれって言っているような気がして、わざとらしいんですよね〜)」
進行速度の遅い大軍、そして兵站輸送という弱点、そして、相次ぐ敵襲に伴って手薄になる王都の警備。
「(・・・そう考えると、なんか意図的ね)」
「(偶然である可能性も否定はできないですけどね〜)」
コルテックスが言った頃だった。
「議長!採決を!」
(・・・何の?)
全く議会の話を聞いてなかったワルツ。
だが、コルテックスは違ったようだ。
「・・・うむ、では諸君。カノープス殿に、敵補給部隊に対する攻撃命令を下すか否かについて、採決を行うのじゃ!」
とコルテックスは自分よりも年上で、恰幅もよく、視線も鋭い議員たちに対して、堂々と宣言した。
それも、テレサの喋り方で。
「(・・・あなた、本当にテレサよね?)」
ベールを被ったテレサらしき人物の方に確認を取るワルツ。
「(・・・わ、私は、コルテックス・・・です)」
「(うん、無理しなくてもいいわよ?)」
「(・・・一体、どうやったら普通にしゃべるのじゃ・・・)」
テレサは頭を抱えた。
それはそうと、問題は採決の行方である。
この件に関してコルテックスは、どちらに転がったとしても事態に大きな違いはないと考えていた。
カノープスを派遣すれば王都に防衛的な穴が空き、派遣しなければ、サウスフォートレスに未来はない。
更に先のことを言えば、前者の場合は王都が壊滅的被害を受ける可能性があり、後者の場合は占拠されたサウスフォートレスを拠点にミッドエデンが侵略される可能性がある。
つまり、どちらにしても、ミッドエデンに未来は無いのだ。
ただし、ワルツ達の存在が無ければ、である。
「では、攻撃命令に賛成の方は起立を!」
こうして、議会の採った結論は、カノープスをサウスフォートレス救援のために派遣する、というものだった。