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5前-11 伝達

エンデルシア王国の侵攻に、本来あるはずの事前通告はなかった。

突如として、国境を超え、ミッドエデンの領地に侵入してきたのである。

それも、ワルツ達には何かと縁があるサウスフォートレスへ向かって、だ。


「直ちに対策会議を開く!関係各員は速やかに第一会議室に集合じゃ!」


「はっ!」


顔色を変えたテレサが、伝令の兵士にそう告げると、先ほどの兵士同様、彼もどこかへ走っていった。

恐らくは、各大臣のところに、議長の命令を伝えに行ったことだろう。


「コルテックス。情報の収集と、戦力の再計算を頼むのじゃ」


「わかりました〜。では、アトラスとストレラは、防衛相のところと伝令室に、本件に関する情報を収集しに行ってください」


『了解!』


すると2人は勢い良く執務室の扉を飛び出していった。


彼らがいなくなった後、


「テレサ。私達も出る準備をしておくわ」


とワルツは出撃の意思を伝えた。


これまで、国同士のイザコザには手を出してこなかったワルツ。

今でもギリギリまで様子を見るスタンスは変えていない。

それ以外にも、魔王アルタイルからの攻撃がいつ飛んでくるかわからない都市結界の外を、仲間を連れて歩きたくなかったということもあった。


だが、流石にサウスフォートレスが絡んでくるとなると、そうも言っていられなくなったようだ。

とはいえ、彼女にとって最も大事だったのは、サウスフォートレスの町、というわけではない。

サウスフォートレスからほど近い(?)アルクの村が心配だったのである。


村では、嘗て魔女として処刑される予定だった女性達を救い出して匿っている上、世話になった酒場の店主などが住んでいるのだ。

そして何よりも、自分たちが手間暇かけて作り上げた工房があった。

サウスフォートレスが敵対する者たちの手に落ちるようなことがあれば、アルクの村もただでは済まないことだろう。


そんなわけで、ワルツは遂に出撃を決めたのである。


「うむ、すまぬ。現状じゃと、流石に80万の敵に対向する手段は、この国には存在しないのじゃ」


実のところ、ミッドエデンの総兵力は200万を超えている。

だが、その殆どは東西南北の要塞と、国境を中心に分散しており、一箇所に80万の兵力が集中されてしまっては、いくら大国といえど戦線を維持することは不可能であった。


それも相手は、神に選ばれた勇者たちを輩出するほどの、魔法による戦闘技術に特化したエンデルシア王国である。

例え、彼の国とミッドエデンが80万対80万で戦ったとしても、こちら側の分が悪いことに変わりはないだろう。


「エンデルシアねぇ・・・勇者たちにも話を付けておくわ」


「うむ。恐らくは後で彼らも会議に招集されるじゃろうから、その前に、話を通しおいてもらえると助かるのじゃ」


本来なら、友好関係にあったはずのミッドエデンとエンデルシア王国。

だからこそ勇者たちはこの国へとやって来て、各地で盛大な歓迎を受けたのである。


(まさか、この国の政情が変わったからっていう理由で攻め入ってきたわけではないでしょうね・・・)


ワルツの中ではいろいろな可能性が立ちあがっては消えていった。

結局、情報不足で、何も判断はできなかったが。


「じゃぁ、テレサ。会議をしてる最中にいきなり隣に現れるかもしれないけど、びっくりしないでね」


「・・・今更じゃ」


そう言ってテレサは苦笑を浮かべながら溜息を吐くのだった。




「というわけなのよ」


「あぁ、そういうこと。全っ然分からん」


来賓室にいた勇者達に話を伝えに来たワルツ。


部屋の中には勇者と剣士しか居なかった。

恐らく他の者達は、カタリナ達と共に、地下大工房(ジオフロント)で作業をしていることだろう。


ちなみに勇者は、部屋の中で逆立ち腕立て伏せをしていた。

筋肉を変に痛めそうだが、そこは勇者補正でなんとかなるのだろう。


一方、剣士はベッドの上で瞑想している。

全く動いていないが・・・まぁ、寝てはいないはずだ。


「もう、面倒臭いわね」


「ったく、一体何の用だよ?」


ここまでいつも通りのやり取り、つまりテンプレである。


「エンデルシア王国が攻めてきたらしいわよ?」


面倒そうに端的に説明するワルツ。


「・・・あのなワルツ。言っていい冗談と、悪い冗談があるのは分かるな?」


「何それ、冗談は顔だけにしてくれって言いたいわけ?」


ワルツ自身、自分で言っておいてダメージを受けていたことは秘密だ。


「・・・ま、冗談だったらよかったんだけどね」


「えっと・・・どっちが?」


「死にたい?」


光のない眼を勇者に向けながら、微笑を浮かべるワルツ。

彼女の手に、何か光る粒子が集まってきた。


「・・・えっ、いや・・・ん?いやいや・・・それはないだろ?」


この分かりにくいやり取りの中から、エンデルシアの侵攻が本当のことであると勇者は感じ取ったようだ。


「80万の軍勢がサウスフォートレスに向かって進行中らしいわ」


位置関係的には、ミッドエデンの南南西に2つほどの山脈を越えた向こう側に、エンデルシアがある。

なので、エンデルシアからミッドエデンに進行しようとすると、最初に戦場と化すのはサウスフォートレスだったのだ。


本来であれば、80万の兵士がこの2つの山脈を超えてミッドエデン(サウスフォートレス)に侵攻するなど、正気の沙汰とは言えなかった。

実際、これまでのミッドエデンの歴史の中で、エンデルシアと戦火を交えたことは1度も無かったのだ。


両国の行き来が大変であることを知っている勇者は、最初は『いや、まさか』といった否定的な表情を浮かべていた。

だが、ワルツの表情が本気であることを語っていたため、勇者は次第に難しい表情を浮かべ始めるのだった。


「・・・いや、ありえん・・・」


「確かに、100%間違いないとは言い切れないわ。私だって、伝令の兵士から聞いただけなんだから」


「・・・」


遂に彼は黙り込んでしまった。


「とにかく、後で臨時会議に呼ばれると思うから、今のうちに、仲間達との間で情報交換をしておいて欲しいのよ」


「あぁ、分かった。何れにしても、会議が終わったら一度、クレストリング(エンデルシア首都)に戻ってみる」


リアの転移魔法を使えば一瞬で戻ることができるだろう。


事の重大さを理解した勇者は、それまでの逆立ちの状態から飛び上がり、体操選手のように、足から地面へと綺麗に着地した。

どうやら、早速、仲間達に声を掛けに行くようだ。


そんな勇者に、ワルツは浮かび上がってきた疑問を聞いてみる。


「もしも、本当だったとしたら、勇者はどうするの?」


つまり、この国と戦うのか、という問である。


「ふん、今ではこの国の内情までほとんど知ってる俺達が、この国を攻めるとか、あり得ねぇだろ」


鼻で笑う勇者。


「ま、それもそうよね」


(洗脳とかされなければいいけど・・・)


そもそも、あるはずのないエンデルシアの侵略行為に、そこはかとなく不安を感じていたワルツ。

起こりえる可能性の中から、最も面倒なことを想像して、内心で溜息を吐くのだった。


「さてと。じゃぁ、私は、王都を出発する前に、結界システムの様子でも見てこようかしら」


結界システム。

いわば、ポータブル都市結界である。

要は、旅をしていても、アルタイルからの急な転移攻撃を受けないようにするためのシステムだ。


現在は、カタリナとリア、そして賢者が協力して開発にあたっていた。

ちなみに、バッテリー(電池)役はルシアである。


というわけで、言いたいことは言ったので、部屋を出ていこうとするワルツ。

そんな彼女に勇者は問いかけた。


「・・・もしかして、ワルツ達も出撃するのか?」


「えぇ。流石に、サウスフォートレスを攻撃されると、この国だけじゃなくて、私達も困るし」


「・・・皆殺しとかやめろよ?」


「なら、私達が動く前に、軍勢を止めることね」


ワルツは勇者に笑みを送った。


すると勇者は、彼女の言葉を真に受けたのか、真っ青な顔をして、ワルツよりも先に扉から外へと走って行ってしまった。


「・・・いや、流石に80万人も殺せないわよ・・・」


一人になってしまった後、ワルツは呟くのだった。


・・・いや、部屋の中にはもう一人いた。


「・・・」


瞑想を続ける剣士だ。

エンデルシアが侵攻してきたというとんでもない情報をワルツが持ってきたというのに、今もなお瞑想を続けているとは、凄まじい集中力である。


「・・・寝てるわね」


その後、ワルツは静かに部屋の外へと出た。

・・・ただし、剣士に8Gの重力制御をかけた後に、だ。




「あら、狩人さん」


ワルツが来賓室から出て、鍛錬場の横にあった回廊を食堂に向かって歩いていると、反対側から狩人がやってくるのが見えた。

彼女の格好は、いつもの狩人スタイルではなく、ドレスが良く似合う令嬢スタイルだった。


今、彼女は、ベルツ伯爵の代理として、上院議会に参加しているのである。

その姿から予想すると、流石に狩人スタイルで議会に参加することはできなかったのだろう。


それはそうと、彼女の顔色はあまり良くないようだ。

どうやら狩人の耳にも、既にエンデルシア侵攻の情報が入ってきていたらしい。


「ワルツ!聞いたか?」


「えぇ。流石に今回は私達も出撃しようと思います」


と、狩人に考えを伝える。


「すまない。今からだと、私の足では間に合わないんだ」


どうやら、1人でも戦うつもりだったらしい。


「テレサの会議が終わり次第、出発しようと思うのですが・・・狩人さん、会議はいいんですか?」


彼女は、アレクサンドロス領(サウスフォートレス)の代表代理なので、テレサの言っていた『関係各員』の一人に恐らく入っているはずだった。


「・・・いても立ってもいられなくなって、抜け出してきた」


「狩人さんらしいですね・・・」


(もしかして、隠密スキルを使ったのかしら・・・)


だが今、様々な情報が飛び交っている会議から狩人に抜け出されると、ワルツとしては色々と困ることがあった。


「・・・すみませんが、正確な情報収集は必要なので、できれば、会議に参加してもらってもいいですか?」


一応、完全な情報はコルテックスから入ってくるだろう。

だが、土地勘のある彼女にしかわからないことがあるはずなので、ワルツは狩人に会議への参加を提案したのだ。


「そうだな・・・すまん、ワルツ。また行ってくる!」


そう言う狩人の表情は先程とは違い、余裕が戻ったようだった。

どうやら、ワルツが出撃の意思を見せたことに、安心したらしい。


その後彼女は、会議室のある3階に向かって、近くにあった階段を10段飛ばしで駆け上がっていった。

・・・服装と行動が全く合っていないが、彼女らしいのかもしれない。




さて、食堂までやってきたワルツは、『Private』と書かれた扉を開けて中に入った。

所謂、従業員専用スペースである。

妙に大きな扉だったが、王城の中のほとんどの扉が大きかったこともあって、それほど目立つものではなかった。


中は単なる倉庫になっていたが、特に目立った物が置かれているわけではない。

では、彼女は何をしにここに来たのか?


ワルツは、そのまま何もない壁の方に近づいて、壁に手を(かざ)した。

すると、


ピピッ


という電子音と共に、一部の壁が凹み、その向こう側に3×4×4mほどの小部屋が現れる。

中は、アルクの村にある工房のように、真っ白に発光する壁と床、そして天井からなる、一切影のできない部屋だった。


その部屋にワルツが何事もないかのように入って行くと、開いていた扉は自動的に閉ざされ、小さな浮遊感を彼女に与えてきた。

そう、エレベーターである。


行き先は、地下大工房だ。

ワルツが深く掘りすぎたせいか、梯子や階段を使って乗降するのが大変だ、という意見が仲間達から上がっていたので、彼女が最近設置したものである。

ちなみに、このようなエレベータが王都全体に7箇所ほど設置されているので、たとえ街の中が混雑していても、工房経由なら短時間で移動することが可能である。


まぁ、縦方向はともかく、横方向の移動は人力で移動しなければならないが。


というわけで、1分ほどして、エレベーターは大工房に到着した。


「あ、ワルツ様」


ワルツがエレベーターから降りると、眼の前をパタパタと飛んで行くユリアと目があった。


「ユリア、情報は来てる?」


「情報?何のですか?」


ここまでエンデルシアの情報は来てなかったらしい。


(あれ?勇者のやつ、まだ来てないの・・・?)


ワルツよりも先に駆け出していった勇者だったが、大工房にはまだ着ていないようだ。


「えっと、サウスフォートレスに80万の軍勢が向かっているみたいよ?」


この30分で何度目になるか分からない言葉を口にするワルツ。


(今度、インカムでも作ろうかしら・・・)


なお、今まで作ってこなかったのは、小型のバッテリーの開発がそれほど進んでいなかったからである。


それはさておき。

ユリアはワルツの言葉に驚いていた。


「えっ・・・80万ですか?魔物・・・ですよね?」


「いえ、人らしいわよ?」


「うわぁ・・・80万の人って・・・どうやって数えたんでしょう・・・」


「さぁ?一人ひとり数えたんじゃない?って、それはいいのよ。私達も出発するつもりだから、このことをここにいる皆に知らせてほしいんだけど・・・」


「は、はい。わかりました」


そう言うとユリアは、随分と離れた場所(300m)にいたカタリナ達に、情報を伝えるために飛んで行った。

・・・それも、工房の中央に鎮座する2つの巨大な物体を避けて、だ。


「・・・問題はホント結界よね・・・」


その巨大な物体を見上げながら、ワルツは呟くのだった。


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