5前-10 厄介事
さらに2週間が経過した。
つまり、王都に来てから合計で2ヶ月近く経過したわけである。
そんな折、隣国との大規模な戦闘に遠征していた部隊が、王都へと帰還した。
この部隊は、国王達が亡くなる前に戦場へと出撃していった者達で、議会が派遣したわけではない。
どうやら、戦闘には勝利したらしく、王都に入ってくる兵士たちの顔は、晴れやかな様子だった。
・・・一部の者を除いて。
その部隊を率いていたのは、ここミッドエデン(旧王国)が誇る最強の魔法使い、所謂魔術師であった。
その彼が、王都へ、そして王城へと入ってきて一番最初に驚いたのは、やはり、知った顔が誰もいなかったことだろう。
「・・・一体、何があった?」
王城の広場で、彼を待ち構えていた議員たちの前で、彼はそう問いかけた。
とはいえ、王城で何があったのかを、彼は知らないわけではない。
彼らの戦っていた戦場はここからずいぶんと離れた場所ではあったが、2ヶ月弱もの間、伝令が滞ったわけではないのだ。
だが、それでも直ぐに戻ってこれなかったのは、部隊をそのままにしておけなかったのか、あるいは、転移魔法が使えなかったのか・・・。
いずれにしても、事の顛末を知った上で、彼がそう口にしたのは、やはり王城に居たものから直接何があったのかを聞きたかったのだろう。
「カノープス殿」
テレサが代表して返答する。
「この王都・・・いや王城は、魔王アルタイルによって壊滅的被害を受けたのじゃ・・・」
テレサは王城での惨事を、一つ一つ説明していった。
そして彼も、どこか悲痛な様子で説明を続ける元王女の姿を前に、口を挟むこと無く静かに聞き入るのだった。
一通り彼女の話を聞いた後、カノープスと呼ばれた彼は、目を瞑ってうなだれ、そして静かに口を開いた。
「・・・王に、報告がしたい」
「うむ。では案内するのじゃ」
その言葉を聞いて、議長と魔術師のために、道を開ける議員たち。
そしてその2人の後を、議長の側付きのメイドが、周りの人々の邪魔にならないように、付いていくのだった。
・・・ワルツである。
彼女の役目は側付きメイド、ではなく、どちらかと言うと護衛のための戦闘メイドだ。
・・・とはいえ、議会公認ではなく、バレないように変装して紛れているだけだったが。
ちなみに、何故、偉い人達の苦手なワルツがこんなところにいたのかというと、要はかつて(今も?)国の魔法戦力の代表だった魔術師が帰還するというので、何か問題が起こらないか心配になり、様子を見に来たのだ。
・・・単に暇だったから、などということは恐らく無いだろう・・・。
(うーん・・・。なーんか、あの人、どっかで見たことある顔なんだけど、思い出せないのよね・・・)
2人が纏う空気とは全く関係なく、ワルツは一人悩んでいた。
もちろん、いつも通り内心だけで、表には出していない。
その後、2人が向かったのは、王城の北側にある宗廟である。
ここには、歴代の王家の者達が祀られており、遺灰の無い前王達も形式上はここで眠っている事になっていた。
その中に作られた石造りの大きな祭壇へと続く階段を登り切った辺りで、2人は立ち止まる。
するとカノープスは、
「あぁ・・・友よ・・・」
そう言って、地面に膝と手を付き、項垂れた。
(年齢的には、テレサの親くらいよね。ということは、王とは幼なじみとか、そういう関係だったのかもね)
大体40代中盤くらいのカノープスを見て予想するワルツ。
彼女が2人の様子を見ていると、項垂れた彼に対してテレサが声を掛けた。
「すまぬのう、カノープス殿。父たちにゆっくりと顔を見せてあげて欲しいのじゃ。妾は先に執務室へと戻っておるので、何かあったら近くの者に声をかけて欲しいのじゃ」
だが、彼からの返事は無かった。
なのでテレサは、彼をそのままにしたまま祭壇の前から降り、宗廟から外へと出るのだった。
出てきたテレサに対し、透明状態(?)から戻ったワルツが話しかける。
「ねぇテレサ?あの人、どっかで見たことあると思うんだけど、見覚えない?」
先程からの疑問を口にするワルツ。
「うむ・・・妾もそんな気がしておったのじゃが・・・すまぬ。思い出せぬのじゃ」
「だよねー」
ずいぶんと軽い反応を見せる偽側付きメイド。
「ま、そのうち思い出すでしょ」
「そうじゃな。では戻ろうかのう」
テレサは、今や、国を代表する議会の議長なのである。
コルテックス達3人が殆どの仕事を方付けてくれているとはいえ、テレサに全く仕事が無いわけではないのだ。
2人がテレサの執務室前に辿り着いた際、慌てた様子の兵士がテレサに向かって駆け寄ってきた。
「て、テレサ議長!」
(うわっ・・・面倒ね・・・)
ワルツは兵士の様子に大体の事を悟る。
どうやらそれは、テレサも同じだったらしく、
「・・・敵襲じゃな?」
兵士の言葉を先読みして言った。
「は、はい!イーストフォートレスに向かって4万ほどの軍勢が進行中とのことです!」
「・・・ならば、緊急で議会を開くので招集を!国防相に連絡は?」
「はい、既に」
「うむ。では、30分後に第1会議室で」
「了解!」
そう言うと、兵士は走って行った。
「ずいぶん、慣れてきたんじゃない?もうすっかり、一国の主って感じね」
ワルツはテレサの手際を見て言った。
「それはそうじゃ。もう何回目になるか分からぬからのう・・・」
そう、これが初めてのことではなかったのだ。
彼女が議長になってからこれまでの間に、南を除いて東西北と満遍なく攻撃を受けていたのである。
通常、大国同士の戦闘の場合、事前連絡があって、お互いに降伏宣告をしてから戦闘を行うということが一般的である。
このミッドエデンも大国の1つに数えられるほど大きな領地と戦力を有していたので、このルールはこの国にも適用されるものだった。
一方、今回のように、宣戦布告も無しに戦闘を仕掛けて来るのは、大国ではなく小国である。
ミッドエデン周囲に無数に存在する小国が、隙あらばとこの国の領地を狙っているのだ。
しかも、面倒なことに、小国同士が結託して、大規模な軍勢を派遣してくるのである。
それぞれは小さな国だというに、一体どこからそれだけのモチベーションが湧いて出てくるのだろう。
皆でやれば・・・というやつだろうか。
という余談はさておき。
ワルツ達は議長専用の執務室へと足を踏み入れた。
「おかえりなさいませ〜、お姉さま〜。それにテレサ様〜」
気の抜ける挨拶が、ベールを被ったコルテックスから返ってくる。
部屋の中では、彼女の他に、アトラスとストレラもいたが、デスクに向いているのはコルテックスだけだった。
ちなみに、他の2名が何をしていたかというと、
「・・・なんで、チェスをしてるの?」
床に座ってボードゲームで遊んでいた。
他にも、将棋やオセロ、さらには人生ゲームのようなものまである。
「え?だって暇じゃん」
「大した作業量じゃないからでやることがないのよ」
2人揃って同じことを言う。
そう、機械であるガーディアンと同じ頭脳をもった彼らにとって、書類をチェックしてサインすることや会計のチェックを行うことなど、造作も無いことなのだ。
彼らをプログラムしたワルツとしても、現状で特に問題は起こっていなかったので、職務中にゲームで遊んでいたとしても、とやかく言うつもりはなかった。
しかし、気になることはある。
「っていうか、そのボードゲーム、一体どこから持ってきたのよ・・・」
「えっと、カタリナ姉ちゃんとリア姉に、作って、って頼んだら作ってくれた?」
「まぁ、私達が設計図を持ち込んだんだけどね」
と、アトラスとストレラがそれぞれ言った。
どうやら、カタリナとリアは仲良くやっているようだ。
「ふーん。あ、そう言えばなんだけど、イーストフォートレスに4万人くらい敵が来たみたいよ?」
すっかり忘れていた、といった様子のワルツ。
「・・・はぁ・・・またか」
「・・・また、みたいね」
素材は全く異なるが、まるで兄弟のような反応を見せる2人。
「そうですか〜。ですが、今、イーストフォートレスへ回せる部隊は王都にいないんじゃないでしょうか〜」
今朝の時点での情報を元に、コルテックスが判断する。
「そうじゃな・・・あとは、カノープス殿の部隊がおるが・・・」
カノープスの部隊。
即ち、ミッドエデン最強の部隊である。
だが、彼らは、先ほど帰還したばかりなのだ。
直ぐに再び派遣するというのは、些か難しいことなのではないだろうか。
「・・・イーストフォートレス周辺の部隊を編成して、救援に当たらせることはできぬじゃろうか?」
「そうですね〜。ギリギリですが、いけそうです」
「うむ。ではその方向でゆこう」
「わかりました〜」
というわけで、イーストフォートレスへの対処は決定した。
議会を通さずに、だ。
そう、コルテックスの決定は、議会の決定よりも上位の決定なのだ。
つまり、彼女が『決めた』と言えば、それはこの国の決定である。
まさに、影の支配者と言えるだろう。
ちなみに、その決定を無理やり通すのがワルツの仕事であることは言うまでもないことである。
と、イーストフォートレスの件に関して、一段落ついた頃だった。
ゴンゴンゴン!
部屋の扉を乱暴にノックする音が聞こえてきた。
「ん?何じゃ?」
「テ、テレサ議長!」
今度は別の兵士が部屋に入ってきた。
「まさか、また敵襲とは言わぬよな?」
呆れた顔を兵士に向けるテレサ。
「い、いえ。そのまさかです!」
「はぁ・・・」
(はぁ・・・)
『(はぁ・・・)』
そこにいた全員が深く溜息をついた。
尤も、ワルツとホムンクルス3人は、心の中だけで、だったが。
「で、次はどこじゃ?」
北か東か。
テレサは皺が寄るのを防ぐため眉間を指で抑えながら、兵士に問いかけた。
「サ、サウスフォートレスです!」
『んな?!』
王都に来てから今まで聞かなかった町の名前が、遂に兵士の口から出てきてしまった。
(・・・厄介ね)
サウスフォートレス周辺を統治するベルツ伯爵は、2週間前に帰ったばかりだった。
既に到着したか、あるいは、そろそろ到着する頃だろうか。
(・・・まぁ、なんとかなるかしら・・・)
ワルツは、これまでの状況から、彼らの戦力を予想した上で答えを導き出した。
ただし、敵の人数はイーストフォートレスと同様に4万人と仮定した場合だが。
一方、テレサはまだ測りかねていたのか、追加の疑問を兵士に投げかける。
「それで、敵の数は?」
すると見る見るうちに顔色が悪くなっていく兵士。
その姿を見て、ワルツ達は嫌な予感を浮かべた。
「は・・・はち・・・」
(8万か・・・ずいぶん、多いんじゃないかしら)
これまでの小国からの攻撃は2〜5万程度だったことを考えると破格の数と言えた。
(ということは、さっきのカノープスさんに、助けに行ってもらうってことになるのかしら?)
ワルツの中で、戦力の再計算が行われる。
だが、どうやら、事態はとんでもない方向に流れているようだ。
「80万・・・」
『ふぁ?』
とんでも無い数字が出てきたことに、そこにいた全員の口から変な声が漏れ出した。
「・・・すまぬ。もう一度言ってもらえぬか?最近、疲れているようじゃ・・・」
そんな、死亡フラグのようなことを口走るテレサ。
もちろん、兵士の言葉は変わること無く、
「80万の軍勢が南の国境を超えて進行中です!」
『・・・は?』
やはり、5人の反応は同じである。
「友好を結んでいるはずのエンデルシア王国が攻め入ってきたようです!」
エンデルシア王国。
即ち、勇者たちを派遣した国が、ミッドエデンに侵攻してきたようだ。