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5前-09 変わったこと

それから1ヶ月。


ほぼ毎日のペースで開催される議会と、それに付随する形で招集された作業部会(所謂官僚)、そして国民に対する実務的な窓口の役割を担う公務員達の手により、ミッドエデン(共和国?)の政治は安定への一途を辿っていた。

大臣などの役職と共に、簡易的ながらも省が設置され、その様子は(さなが)ら近代国家の先駆け、といった様子だった。

・・・形式上は。


その背後で暗躍していたのは、テレサの影武者であるコルテックスである。

彼女は頻繁にテレサと入れ替わるほか、テレサが議長を担当している時もその隣でベールを被って補佐をするなどして、議会をコントロールしていたのだ。

要は、最初にテンポがやっていた役割をそのまま引き継いだのである。


テンポとコルテックスの身長は随分と異なるが、何とか議会の眼を誤魔化すことはできたようだ。

というより、誤魔化し通したというべきか。

もちろん、ワルツのプレッシャー(ロックオン)による無言の脅迫を使って、である。


それはさておき、議員達には意見をコントロールしていることを悟られないよう、彼女たちは上手く立ちまわった。

時にネガティブな意見を採用しつつ、時にワルツによるプレッシャーを与えつつ、といった形で上手くバランスを取りながら(?)、政治の近代化を進めていったのである。

その手腕は、多くの議員たちにも認められるようになり、最近では、初代首相に彼女(テレサ?)を据える動きも見えているほどだ。


そして、コルテックス(テレサ)直属の部下として動いているのが、アトラスとストレラである。

彼らが持っている知識もコルテックスと同じく現代世界のものなので、簡単な情報伝達さえあれば、後はそれぞれが独自で判断して行動することが出来るのだ。

まさに自分の両腕といった様子で、コルテックス(テレサ)は議会とその周囲に対して根回しを進めていった。


ちなみに彼らの身分は、勇者の弟と妹ということにしているので、どこの馬の骨とも分からない、などと言われることは殆ど無かった。

その辺は、流石、勇者のネームバリューと言えただろう。

もちろん、ゼロではなかったが、その場合はワルツが直接出向いて、制裁(ロックオン)を加えるという形を取ったので、今では彼らを(ないがし)ろにする者は誰もいない。





政治以外にも、様々なことがこの1ヶ月の間に起こった。


まず、挙げるべきは、王族たちの国葬の件だろうか。

議会が設立されてから3週間ほど経って、矢継ぎ早に行われたのだ。


ちょうどその頃が、全国から貴族たちが集まってくるタイミングであったということもあったが、やはり、議会制に変わったというのに王政の痕跡をいつまでも残しておくべきではない、という議会の判断が大きかっただろう。

なお、この件については、ワルツ達は関与しておらず、この国の者たちによる純粋な議決によって決まったことであった。


その際、葬儀費用として、王城の中にあった金塊が使われることになったのだが、この金塊は、前にワルツがリアと共に『火竜の巣』に赴いて採掘してきたものの一部であった。

つまり、形式的にはワルツが寄付したということになるだろう。

・・・単に、食堂前に放置していた金属塊を彼女が方付け忘れていただけだが。


その他、王城の中の事情も大きく変化した。


議会が、王城を管理するための者達を雇い始めたのだ。

執事、メイド、コック、庭師、衛兵・・・。

数だけを見るなら、国王達が生きていた頃と謙遜無いほどの者達が働いていることだろう。


・・・そう、議会が出来た当初のように、ワルツ達は我が物顔で王城の中を跋扈できなくなってしまったのである。


ただ、狩人は、ベルツ伯爵の令嬢として賓客扱いになったので問題はない。

カタリナも、元勇者パーティーの優秀な施療士として迎えられているのでこちらも問題はない。

勇者達の場合は言わずもがなである。


問題は、身元を証明できないワルツ、ルシア、テンポ、ユリアの4人だった。

ではどうしたのか。


「ユリア?次の建材まだー?」


「今、ルシア様とテンポ様が加工しているので、もうしばらくお待ちくだしゃい!」


作業していた。


ここは王城地下にワルツが設置したジオフロントである。

要は、彼女が国王達を()()()火葬した際にできた空間であった。


長さ、幅共に500m、高さは200mほどだろうか。

ここで4人は生活を送っていたのである。


とはいえ、ずっと地下に篭っている訳ではない。

王都内にあった空き家の下に穴を開けて、街の中へ自由に出入りできるようにしたのである。

もちろん、それだけでなく、王城へのアクセスも可能だ。


そう、王都の地下は、ワルツたちの秘密基地化されていたのである。


それはそうと、もう一つだけ大きく(?)変わろうとしていることがあった。


「お姉ちゃん、できたよー?」


ルシア達が作った材料を、重力制御を使って大量に受け取っていくワルツ。


「ありがとう。おっと、そろそろ昼食ね」


「うん!」


元気よく頷くルシア。

ついでに、ブンブンと千切れんばかりに尻尾を振っている。


何故、彼女がここまで元気なのか。

理由は昼食にあった。


・・・遂に稲荷寿司屋が開店するのだ。

重要な部分は、開店()()のではなく、()()というところである。


「おすしー、おすしー♪」


即席の音色に『おすし』をかぶせるルシア。


何故ワルツ達が開店することを知っているのかというと、王都内で効率よく徴税を行うために、屋台を含めた全ての店に対して、営業の実態を届けるよう義務化したためである。

その書類の中に、サウスフォートレスからやって来た稲荷寿司屋の名前があったのだ。

それによると、今日がその開店日らしい。

開店までに随分と時間がかかってしまったように思うが、政治情勢の刷新が原因で生じた王都内の混乱を考えれば、致し方ないことかもしれない。


「あぁ・・・お寿司・・・」


少女漫画張りのキラキラした眼で明後日の方向を見上げるルシア。

恐らく、地下と地上を隔てる岩盤の向こう側に、彼女がずっと追い求めてきた寿司屋があることだろう。


「じゃぁ、行きましょうか」


ワルツはルシアの手を引いた。


「うん!」


「お寿司ですか・・・楽しみですね」


「どんな味がするんでしょう」


食べたことのない者たちは、皆、楽しみにしているようだ。




というわけで、王都の中にある屋台街(中央通)までやってきた。

まだ少し早かったせいか、回りにいた人は疎らで、屋台に並んでいる者の姿は無かった。


ワルツ達は、立ち並ぶ屋台の中でも、見覚えのあるデザインのテントを張った稲荷寿司屋の前へと真っ直ぐにやってきた。


「お寿司屋さーーーん!!」


ルシアが風を切って、全力で駆け寄る。


「お、おう、お嬢ちゃん。こんなところで会うとは奇遇じゃねえか」


ルシアの気迫に退き気味の寿司屋。

だが、どうやら彼女のことを覚えていたらしい。


「お寿司10人前下さい!」


「ちょっ・・・」


暴挙に出たルシアを止めようとするワルツ。

だが、眼を輝かせた彼女を、一体誰が止められるというのか。


「へへっ、オイラの寿司を随分と気に入ってくれたんだな」


「うん!」


満面の笑みを浮かべるルシア。


「じゃぁ、おまけだ!追加で10人前!」


「わー!」


「えっ・・・」


寿司屋も暴挙に出てきた。


「ちょ、ちょっと、いいんですか?!」


ワルツは思わず聞き返した。


「おや、お嬢ちゃんも久しぶりだな。なーに、今日は開店祝いで2倍増量だ!もってけ!」


そう言って、20パックの稲荷寿司を紙袋に小分けにして渡してくる寿司屋。


「いやー、なんかすみません」


「いいってことよ!」


江戸前な寿司屋の目尻には、汗のようなものが輝いているのだった。




というわけで、地下大工房(仮)に戻ってきたワルツたちの前には、大量の稲荷寿司と、ついでに買ってきた果実水が置いてある。


「えっと・・・これ、食べきれないよね」


「大丈夫だよ?」


まさかワルツ達の分を除いた残り全ての稲荷寿司をルシア一人で処理するというのだろうか。


「えっとね?」


ルシアが何かを言おうとした時、


「買えました?」


カタリナが現れた。


「あ、カタリナお姉ちゃん」


その他にも・・・


「おや、もう買ってきたのじゃな?」


テレサだ。

それに、


「皆が集まるって話を聞いたんだが・・・」


狩人がやってきた。

ただし、彼女は自分の分の食事を持ってきている。

どうやら、皆と一緒に、昼食を摂りたかっただけのようだ。


「あれ?そういえば、伯爵は?」


そう、狩人の父親(伯爵)テレサ(議会)の招集に応じて、この町に来ていたのである。

昨日まで狩人は、昼食をワルツたちとではなく、ベルツ伯爵と一緒に摂っていたので、昼食を持ってやってきた彼女をワルツは疑問に思ったのだ。


「あぁ、父様なら、昨日帰ったよ。あまり長い間、領地を開けるわけにも行かないらしい」


「あらそう・・・そういえば、水竜は元気かしら?」


「なんか、マスコット化してるようだぞ?」


「・・・うん、聞かなかったことにする」


ワルツの脳内では、全長が妙に短くなってしまった水竜(60%)が、サウスフォートレスの町中で見世物になっている様子が浮かび上がってきた。


とワルツが悲しい想像をしていると、


「おねえちゃん?早く食べよ?」


ルシアからの催促があった。


「そうね。じゃぁ、食べよっか?」


「うん。いただきます!」


『いただきます』


ちなみに、いただきますの挨拶はワルツが広めたものである。


こうしてルシア達は念願の稲荷寿司にありつけたのだった。




・・・というわけで。


「これが稲荷寿司・・・なのじゃな?」


興味深く観察するテレサ。


そして、


はむっ・・・

きゅぴーん!


(人って、眼が光るのね・・・)


恐らくは魔力的な何か、ではないだろうか。


その他にも、


「おすーし?いただきます!」


はむっ・・・


「うん、おいひぃいでふ(おいしいです)!」


(とろ)けそうな顔を見せるユリア。


更には、


「これが異世界の稲荷寿司ですか。見た目は現代世界と全く同じですね」


はむっ・・・

モキュモキュモキュ・・・

ゴクリ


「・・・初めて食べましたが、中々に美味しいものですね。これなら50個位は行けるのではないでしょうか」


10人前を食べられると豪語し始めたテンポ。


どうやら皆、お気に召したようである。


結局、

ルシア6人前

カタリナ5人前

テレサ5人前

テンポ5人前

ユリア3人前

ワルツ2人前

狩人2人前

計28人前を平らげるのだった。


不足分のおかわりは、ルシアとユリアの2人で買ってきた。

その際の様子をワルツは見ていないが、何故か寿司屋が号泣していたと言う話である。

職人冥利に尽きるとはこのことを言うのだろうか。


なお、稲荷寿司1つ辺りのカロリーはおよそ130kcalである。

食べ過ぎによるカロリーの過剰摂取には気をつけたいところだ。

(注:一人前5個入り)


・・・ちなみに、コルテックス(テレサのコピー)ストレラ(ルシアのコピー)のことを忘れていたのは、そこにいた者たちだけの内緒である。

稲荷寿司は自作に限ると思う今日このごろ。

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