5前-08 顔合わせ
出来上がった3体のホムンクルス。
彼らはテンポとも随分毛並みが違うようだ。
「・・・これ、誰の体細胞を使ったの?あ、1人は見れば分かるから、2人だけ言ってくれればいいわよ」
ワルツの前の作業台には、ホムンクルスが右から順に男性、女性、女性の順で並んでいた。
「そうですね。まず右側の男性ですが・・・勇者です」
見た目は勇者よりも小柄で、勇者の弟のような風貌だ。
「あぁ・・・なるほど。きっととんでも無い生命力ね」
ゴキ○リ並み、と言おうと思ったが失礼だったのでやめるワルツ。
「それで、中央ですが・・・ルシアちゃんです」
ルシアのように獣耳はないが、背格好は彼女と同じ位である。
容姿からすると、勇者の妹、といったところだろうか。
「・・・それ、大丈夫なの?」
魔力を持て余して大変なことにならないか、あるいは誰かに利用されて惨事に見舞われないか、と言う意味である。
「他に強そうな女性がいなかったので・・・」
「そりゃそうなんだけど・・・まぁ、いっか」
「それで、最後が・・・」
「うん。見れば分かる・・・というか、凄い完成度ね。テレサとそっくり・・・」
そう、最後の1体はテレサである。
要は、彼女の影武者だ。
「・・・この耳は使える耳なの?」
彼女の獣耳のことを指して問いかけるワルツ。
「恐らくは。器官の配置的には問題ないかと思います」
「ふーん・・・」
少々残念そうに、ワルツは相槌を打った。
ワルツは相当前から獣耳の構造がかなり気になっていた。
だが、既に完成したホムンクルスでは、獣耳の器官を外から窺い知ることはできなかったのだ。
気を取り直して、ワルツは質問を続ける。
「皆、普通の肉体じゃないのよね?」
見た目は、普通の少年少女達である。
「もちろんです。ワルツさんが簡単に『暗殺されないように』と言っていたので、各部に工夫を凝らしました」
「・・・なんとなく想像がつくから、詳細までは言わなくてもいいわ。多分、テンポよりも凄いことになってるんでしょ?」
「はい。あと、毒物を摂取した場合に、自動的に無毒化するフィルターも追加したので、毒殺はあり得ないのではないでしょうか」
カタリナの結界魔法を応用して作った魔道具のようなものを搭載しているようだ。
「そう。オーダー通りって感じね」
「私でも、簡単には殺せないと思います」
(一体、何をしたのよ・・・)
気になるが、『言わなくていい』といった手前、聞けないワルツ。
「・・・じゃぁ、起動してみましょうか。もうやることはないわね?」
「はい。いつでも大丈夫です」
そう言いながら、ホムンクルス達に繋がっている生命維持装置のようなものを調整するカタリナ。
「じゃぁ行くわよ?」
そう言ってワルツは3体全てのホムンクルスに起動シグナルを送った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
いつ起動するのかハラハラドキドキ、といった感じでホムンクルスを見つめる僧侶の少女、そして賢者。
だが一方で、ワルツは、またか、といった表情で彼らを眺めていた。
ちなみにカタリナは、ホムンクルス達が中々起きない理由をテンポから直接聞いていたので、僧侶たちとは異なる表情を見せている。
「ちょっと、賢者さんと僧侶ちゃんは外で待っててもらえます?」
ワルツは2人に声を掛けた。
「え・・・あ、あぁ・・・」
「えっ・・・残念です・・・」
そう言いながら部屋から出て行く賢者と僧侶。
そして、ワルツとカタリナ、それにホムンクルスだけになった。
「そうねぇ・・・こういう場合は・・・」
ワルツは、勇者の体細胞を使ったホムンクルスだけに20Gを掛ける。
「ぐぉぉぉぉ?!」
普通の人間であれば20Gもかけるとただでは済まないのだが、そこは流石の強化ホムンクルス。
簡単には死なないようだ。
「うん、感度良好」
ワルツは満足気だった。
「あねきぃぃぃぃ、やめろぉぉぉぉ!!」
勇者似のホムンクルスが、必死の形相で声を上げる。
「ちょっ・・・、姉さん?!」
ルシアの細胞で作ったホムンクルスも、兄弟の異常を察したのか起き上がった。
「・・・えっと・・・どうしたんですか〜?」
・・・見た目はテレサとそっくりだが、テレサとは似ても似つかない喋り方のホムンクルスも目を覚ました。
どうやら、全員が起きたようなので、弟に掛けていた重力制御を解除する。
「ふぅ・・・朝の運動にしては辛すぎだぜ・・・」
「なら、さっさと起きなさいよ」
どこかの家庭で繰り広げられていそうな朝のやりとりを交わす姉弟達。
「というわけで、みんなおはよう。分かっていると思うんだけど、ここは異世界よ?いつまでも寝てないで、自分の仕事の準備をしてね?」
ゴゴゴゴゴ・・・
という雰囲気を出しながら、ワルツは弟と妹達に発破をかけた。
「で、でも姉ちゃん。情報が漏れるのは拙いんじゃ・・・」
テンポの時と同じようなことを言う弟。
「一応、ある程度の記憶もコピーしたはずなんだけど・・・まぁいいわ。貴方達が知ってるガーディアンに関する情報さえ漏らさなければ、何でもいいわよ。漏らしちゃいけないことと、漏らしてもいいことは、各自で判断してくれればいいわ」
「うーん、適当だな・・・」
「随分と難しい注文ね・・・」
「わかりました〜」
3人ともワルツの説明を、一応理解したようだ。
「カタリナ?3人の服は用意出来てるんでしょ?」
「はい。ユリアのお手製です。皆さん、これをどうぞ」
そう言ってカタリナは皆に服を配った。
「あぁ、ありがとう」
「って、私達裸じゃない!」
「?」
どうやら一人は裸でも気にならないらしい。
そして、皆が服を着終わった頃。
「遅くなっちゃったけど、これから仲間達と顔合わせしてもらうわね。3人には挨拶をしてもらうから、話す内容を考えておいて」
「挨拶?」
「んー、まぁ、初めて合う人に、何か適当な事言えばいいのよ」
「いや、それは分かるけど・・・」
投げやりなワルツ。
相手は身内なので、そんな形式張った挨拶は要らないのである。
そして、施術室を出る際、
「あっ・・・そういえば・・・」
とあることにワルツは気づいた。
「名前をつけてなかったわね」
「私はてっきり皆さんと話し合うのかと思っていましたが・・・?」
「うーん。でも皆に紹介する時、誰が誰って説明するのが大変だからここで決めちゃいましょ」
「分かりました」
「ちなみに、カタリナにはいい案ある?」
すると、考えこむカタリナ。
「いつも検体AとかBなどと呼んでいたので、特には・・・」
「・・・なら、私が勝手につけてもいいかしら?」
「えぇ、構いません」
というわけで、ワルツによる名付けが始まった。
「まず、貴方」
「かっこいい名前にしてくれよ?」
「・・・死亡フラグ?」
「いや、普通にお願いします」
「そうねぇ・・・」
ワルツは悩んだ挙句、2人には地球で嘗て存在したロケットの名前を付けることにした。
「じゃぁ、貴方はストレラで」
「いや、意味は分かるけど、女の子みたいな名前じゃね?」
「ならR-7にする?」
「いやちょっと待って・・・せめてアトラスにして欲しいんだけど・・・」
「じゃぁ、アトラスで」
というわけで、弟の名前はアトラスに決まった。
「じゃぁ、次は、貴女ね」
「なら、私はストレラ?」
「えぇ、ストレラで」
「そう・・・」
見た目はルシアに似ているストレラだったが、性格は似つかないようだ。
「それで貴女は・・・」
ワルツは、最後の1人だけ、命名ルールを変えるつもりだった。
アトラスやストレラとは役割が異なるからだ。
・・・だが、
「私がコルテックスですね〜?」
彼女はワルツがまだ何も言っていないのに、自分の名を口にした。
「・・・なんで?」
「だって、お姉さまの記憶によると、本来私達3人の名前は、廃番になったガーディアンの名前から取る予定だったじゃないですか〜」
そう、最初ワルツは、13番以降の廃番になったガーディアンの名前を3人に付けようと思っていたのだ。
廃番といっても、縁起の悪いものではなく、単に彼女の創造主が寿命で天珠を全うしたために、作られなかっただけのことである。
ちょうど3人分セットで兄弟の名前があったので、それを彼らに付けようと思ったのだが、役割を考えると、その名前はこれから別のものに使う方が適切だと考えて、結局、ロケットの名前を付けたのである。
だが、眼の前のテレサそっくりのホムンクルスは、そのことを知った上で、自分の名前を廃番のガーディアンから取り、コルテックスと名乗ったのだ。
コルテックス、大脳皮質。
即ち、頭脳である。
一応、これからの予定では、欠番の3人の名前の内、コルテックスの名前だけは余る予定だったので、『ま、いっか』と思うワルツ。
「これからの役割を考えるなら妥当じゃないかなって思うんだけど、女の子の名前としてはどうかとも思うのよね・・・」
「別に構いませんよ〜」
と彼女は、呑気な返事を返してきた。
「じゃ、貴女の名前はコルテックスで」
こうして全員の名前が決まった。
「ま、そういうわけだから、3人で協力して、国をまとめていってね?」
「マジか・・・」
「面倒ね・・・」
「は〜い」
そんな彼らの言葉に、何となく、先行きが不安になってくるワルツだった。
というわけで、仲間達との初顔合わせである。
場所はすっかり綺麗になった謁見の間である。
そこに勇者パーティーとワルツパーティーの面々が集まっていた。
既に、夜も更け、辺りは真っ暗である。
だが、謁見の間は魔力で輝く暖色系の光源によって照らされ、どこか夜のパーティー会場といった雰囲気を出していた。
ところどころに置かれたテーブルの上に、夜食のようなものがおいてあるのは、狩人が用意したものだろう。
「はーい皆さん、注目〜!新しいメンバーを紹介しま〜す!」
謁見の間に入るなり、声を上げるワルツ。
「まずは、彼、アトラス君0歳です!」
「いや、0歳の部分はいらないと思う」
「では、挨拶をどうぞ」
姉の無茶振りである。
「えっ・・・ちょ・・・あ、アトラスです。よろしくお願いします」
と、アトラスが礼をしようとした時、彼と、その目の前に居た勇者との間で目線が衝突する。
『っ!』
ドンッ!!
何故か、突如として走りだした勇者とアトラスがぶつかり合って、殴り合いを始めた。
所謂、『この世界には、俺は一人だけで十分だ!』というやつだろうか。
「さて、じゃぁ次の娘の紹介をするわね」
『おいっ!』
殴りあっていたはずの2人から声が上がった。
「え?だって、今、『拳という名の肉体言語』とかいうやつで挨拶してるんでしょ?そんな挨拶を妨害するような無粋な事はしないわよ。変態同士、仲が良くていいんじゃない?」
ワルツのその言葉に、沈黙する2人。
実際、仲は悪くないようだ。
「・・・普段の俺とレオも、こんな風に見えてるんだろうか・・・」
・・・剣士は、自分の行動を振り返っているようだ。
「で、次なんだけど」
「皆様、初めまして。ストレラです。趣味や好物はまだありません。ですので、色々と紹介していただければ嬉しいです。よろしくお願いします」
ワルツが促す前に挨拶を始めるストレラ。
恐らくは、稲荷寿司が好物に違いない。
そして、
ペコリ
とおじぎをする。
彼女が頭を上げた時、目の前にいたルシアと視線が合った。
するとルシアが口を開く。
「私とそっくり?」
「いや、そこまでは似てない?」
ルシアとストレラの頭に疑問符が乱立し始める。
そこに、
「あ、あのう・・・」
リティアが加わった。
「もし良かったら、お友達になってください・・・なのです!」
「えっと・・・うん、よろしくね」
と、ストレラ。
「私も友達に・・・って姉妹?」
と、ルシア。
どうやら、自分の体細胞で作られたことを知っているらしい。
「・・・やっぱり姉妹?」
どうやら、ルシアとストレラが2人揃うと、不思議空間が発生するようだ。
「・・・じゃぁ、最後の娘を紹介するわね」
「って、いつの間にこんなにホムンクルスを作ったんだ?」
狩人が質問してくる。
「流石はカタリナよねー。一週間で3体も作っちゃうんだから」
そんなワルツの言葉に、カタリナは特に表情を変えること無く、胸を張った。
まさに、ドヤ顔というやつだろう。
「もう、凄いのか何なのか・・・」
狩人は、何がなんだかと言った様子である。
一方、
「カタリナ・・・負けないわよ!」
ライバル心を燃やしているのはリアだ。
彼女もホムンクルスを作るつもりなのだろうか。
「えっと、もう一人廊下で待ってるから、さっさと紹介するわよ?」
そう言って、最後の一人を紹介しようとするワルツ。
だが・・・
「・・・あれ?」
コルテックスを呼んだにも関わらず、部屋に入ってこなかった。
「コルテックス?いないの?」
ワルツは謁見の間から廊下に顔を出して辺りを見回す。
すると、本来、あり得ない光景が彼女の視界に飛び込んできた。
「・・・嘘っ・・・寝てる?!」
ガーディアン(と同じニューロチップを使った彼女)は寝ないはずである。
あるいは・・・
「まさか、壊れた?!」
そんな、あり得ない、と思いながら、ワルツはコルテックスに近づいて肩を揺すった。
すると、
「んあ?・・・あ、お姉さま。寝てました〜」
「寝るって・・・一体どういう構造してるのよ?」
「え〜と、眼を開けていられなくなる感じですね〜」
原因は不明だが、やはり寝ていたらしい。
(なんか、ヘマをした?いえ、それなら3人とも寝るはず・・・すこし様子見ね)
ワルツは、原因の調査を後回しにすることにした。
というわけで、
「待たせたわねみんな。紹介するわ、コルテックスよ」
急に部屋から出て行ったことに対して不安そうな表情を見せていた仲間達に、ワルツは何事もなかったかのように振る舞った。
そう、自分たちが寝ないことは秘密なのである。
そして、コルテックスが部屋の中に入ってきた。
「皆さんこんばんわ〜。コルテックスです〜」
気の抜けたコルテックスの声だけが、謁見の間に響き渡る・・・。
事情を知らない者達が、彼女を見て、唖然としながら固まったのだ。
その中で最初に口を開いたのはテレサだ。
「・・・妾じゃ・・・妾がおる・・・」
トボトボとコルテックスの前まで歩いてきて、顔や獣耳、そして身体中を触り始めるテレサ。
そして、
「・・・きゅん」
何か、変なスイッチが入ったようだ。
「えっと、テレサ?」
「・・・妾は幸せものじゃなぁ・・・」
何故か恍惚な視線をワルツとコルテックスに向けるテレサ。
ゾクッ・・・
その視線にワルツは後ずさる。
だが、
「・・・大丈夫ですか〜?」
コルテックスに、それを気にした様子はないようだ。
「うむ、気にするでない」
どうやら普通のテレサが戻ってきたようなので、話を続けるワルツ。
「・・・えっと、コルテックスにはテレサの影武者をやってもらおうと思うの。このままずっと議長を務めていたら、行動を阻害されちゃうでしょ?」
「そうじゃったか・・・妾のことを考えて用意してくれたのじゃな?」
「えぇ。テレサにはまだ夢を諦めてほしくないから」
「夢、のう・・・」
ある意味、テレサの夢は叶っているといえるだろう。
だが相当に歪んだ形の叶え方であることに変わりはなかった。
「ま、テレサが納得するまで私達と一緒に旅を続けて、納得したら帰って来てもいいんだし?・・・まぁ、現状、旅ができてないけど」
「うむ・・・ありがとうなのじゃ。・・・ワルツ」
テレサは名前の後に『殿』を付けなかった。
「どういたしまして」
そんな彼女にワルツは笑顔を返した。
そして、ワルツはこれからのことを話し始める。
「皆にも言っておくけど、私は旅をすることを諦めたわけじゃないから。当面の目標は、この国を安定化させることだけど、一段落ついたら、旅を再開するつもりよ。まずはカタリナの故郷へ。それから、アルタイルを探す旅に、ね」
(そして、私自身を修復するためにも・・・)
その言葉に重々しく頷く仲間達。
そして勇者一行。
皆、ここでいつまでも立ち止まっているわけにはいかないのだ。