5前-07 議会?
それから1週間が過ぎた頃。
王都民から選出した議員たちと、王都に集まってきた貴族たちの間で話し合いの場が持たれることになった。
選出された議員達は、例えば大きな商会の会長や、名のある剣豪、あるいは学舎の教諭など、様々な人々から選出された者たちである。
・・・とはいえ、結局選挙を行ったわけではなく、議員の募集に応募してきて、なおかつ一定の条件を満たした王都民の中から、ワルツとテンポが作為的に選び出したのだ。
ちなみに議員募集の要項は以下の通りである。
1、100人以上の推薦があること
2、推薦したものは応募できないこと
3、定職に就いていること
4、推薦した人数に応じて応募金を支払うこと
(ただし、落選しても還って来ない)
5、重犯罪歴が無いこと
あとは、ひとつの分野の人間だけが集まる(例えば、商人だけが集まる)ようなことが無いように、ワルツ達が調整した。
その際、経歴が怪しい者達は省いてある。
一方、こちらは貴族たちが王都に集まってきた時の話である。
王都へやって来た貴族たちは、何故か皆、我先にと王城へ入ろうとしていた。
どうやら、国の重要なポストが軒並み空席になったので、必死さをアピールして、何とか自分の座席を得ようとしていたようだ。
尤も、それを評価する者自体が既にいないので、だれにアピールをしていたのかは不明ではあるが。
ちなみに、王城へと繋がる橋はすべて落としていたままので、皆、堀の前で足踏みをせざるを得なかった。
一部、転移魔法による王城への乗り込みを画策した者がいたようだが、王都の結界はルシアによって管理されているので、結局、誰も城へ入ることはできていない。
何故リセットされているのか?
まぁ、ほぼ一人の我儘と言っておこう。
それはそうと、このまま彼らを放置していたのでは、(主にテレサが)単なる籠城でしかなくなってしまうので、テレサと勇者がリアの転移魔法を使い、堀を越えて彼らに説明をしにいった。
王城で何があったのか、貴族たちの持っていた情報はごく断片的なものすぎなかった。
流石に、伝令のシステムも壊滅しているためか、正しい情報が伝わっていなかったらしい。
伝わっていたのは、1週間前のテレサの演説で語られた内容の一部分だったので、どうやら、王都に駐在していた家臣達から伝えられたもののようだった。
テレサが王城での出来事を説明した際、彼らの反応は、悲しむ者たち、そして怒り狂う者たちの2種類だった。
悲しむ者に関しては説明は要らないだろう。
問題は怒れる者たちだ。
果たしてそれは、魔王アルタイルに対する怒りなのか。
確かに、怒りを感じること自体は自然なことだろう。
自分の王たちが他者に悪意を持って葬られたのだから、当然の感情である。
だが、ワルツにとって、その怒りはまるでテレサに向けられているように思えて仕方がなかった。
そう、怒鳴っている方向が、何故がテレサや勇者たちだったのである。
そんなこと言われても・・・、という状況だ。
あるいは、余計な小娘が生き残っていることで、自分の不利に働くと思ったのか・・・。
尤も、全ての者の怒りが、邪な雰囲気を持っていたわけではない。
もちろん、アルタイルに向けられた怒りも中にはあっただろう。
では、そうではない、とワルツに判断された者はどうなったのか?
・・・恐らく3日間は寝込み続けることになっただろう。
主に、心労で。
さて、貴族たちと議員達の初めての話し合いについてである。
この時までには、流石に王城の橋を簡易的に修復して、馬車1台づつ位なら出入りできるようになっていた。
そう、会議は王城の会議室(謁見の間の隣)で行われたのである。
議長はテレサ、そしてその補佐に勇者とテンポが付いた。
ただ、テンポは顔が見えないようベールを被っていたため、周りの人間からは怪しい者が王女を籠絡しているように見えたようで、一部の者達から指摘が上がっていた。
だが、勇者がテンポを庇い、『自分の仲間だ』と言い包めることで事無きを得ている。
流石に、勇者の発言力は、小さくなかったようだ。
テンポがこのような格好をしているのは理由があってのことだが、それは後で判明することになるだろう。
こうして集まった者達による最初の議題は、絶対君主制から議会制への変更とその承認に関するものだった。
言うまでもないが、青い血と赤い血がうまく協調出来るわけもなく、いきなり議会は紛糾する。
が、そこをうまくどうにかするのが、ワルツの仕事であった。
なお、彼女がどこにいたのかというと、天井に張り付いていていたのだ。
もちろん、光学迷彩を展開した状態なので、誰にも分からない。
その上で、非協力的な者に対して、プレッシャーを浴びせかけ、精神的にご退場願うというやり口で、強制的に議会を支配していたのである。
とはいえ、議会制への変更についてネガティブな意見を持っていたのは貴族の一部の者たちだけだったので、失神者が大量生産されて議会が大混乱に陥り破綻する、ということはなかった。
最後は、テンポが落とし所として用意していた両院制(上院が貴族、下院が市民)をテレサの口から提案して、これを失神した貴族達も含め、全会一致で可決したのだった。
どうやら、反対していた貴族たちにとっては、自分の椅子さえ用意されていれば、あとはどうでもよかったらしい。
なお、こうした非生産的振る舞いを見せている者は、ワルツやテンポのブラックリストに点数付けで登録され、後日粛清の対象になるのだが、それは2人だけの秘密である。
ちなみに、両院の議長はテレサが兼任で務めることになった。
この日の会議はここでお開きになる。
殆ど何も決まっていないように見えるが、国の未来が大きく変わるだろう節目の話し合いが、たった1日でスムーズに終わったのは、そこに居た全員にとって大きな収穫であったと言えよう。
というわけで、初めての議会は、ワルツ達の思惑通りの結果で終わるのだった。
さて、議会を王城に設置する上で、やらなくてはならないことがある。
王城の修復だ。
何故なら、魔王達との戦いで天井や床に穴が開いていたり、謁見の間がモザイク無しに直視できないような荒れ方をしていたり、食堂が大規模に陥没して使えなかったり、至るところで物が散乱していたりするためである。
このままだと、所謂、幽霊屋敷であった。
ワルツ達は、本来ならもっと早い段階で方付けたかったのだが、議会の設立や根回し(?)のために多忙で、王城を整理する暇が無かったのだ。
だが、初めての議会も無事終わったことで、ようやくワルツにもまとまった時間ができたわけである。
というわけで、彼女は王城の修理、兼、清掃にとりかかった。
ただ、ワルツは誰かに姿を見られることを嫌がった。
王城には、見ず知らずの議員たちや、貴族たち、そしてその付き人たちが出入りしているのだ。
ワルツにとっては、彼らに目をつけられて余計な面倒事に絡まれるのは、たとえ国が滅びそうな今の状態であっても御免なのである。
では、どうしたのか?
「おかえりなさいませ、ご主人様っ!」
自室に戻ってきたテレサに声を掛けるワルツ。
・・・もちろんメイド服で、だ。
「・・・って私がそんな簡単に尻尾を振ると思わないことね」
直後に180度、方向転換する。
すると、
「(キュン・・・)」
ゾクッ・・・
テレサの眼にハート型の何かが浮かんだような気がして、思わず後ずさるワルツ。
「・・・ワルツ殿?ずっと妾のそばに居てくれないじゃろうか?」
「無理」
「ぐはっ!!」
仕掛けたのはワルツなのに、一方的にテレサの心を弄んでから彼女の部屋を出て行った。
・・・一体、何がしたかったのか。
・・・もちろん、部屋の掃除である。
そう、ワルツはメイドの姿をして、王城の中を徘徊していたのである。
もちろん、メイドらしい仕事をしながらだ。
(但し、給仕は除く)
ワルツは一人、黙々と清掃を続けた。
謁見の間、会議室、浴場、応接室、来賓室、書架、各自の部屋、廊下、鍛錬場、食堂、厨房・・・。
ついでに穴の空いた屋根や床を修復し、出てきた廃材をエネルギーに変換して宇宙に投棄する。
料理が出来ないことを除けば、普通のメイド(?)としては非常に優秀な部類ではないだろうか。
その後、会議が終わってからたった3時間ほどで、王城が見違えるほどに綺麗になった。
そんな短時間で終わるなら、深夜、皆が寝静まった後にやればいいじゃないか、とも思えるが、それをやらないのがワルツである。
というより、夜は自己修復の時間なので、彼女なりに忙しかったのである。
というわけで、ワルツが清掃を終わった頃、少し遅めの夕食を皆で摂ることになった。
皆忙しかったので、一同が一箇所に集まる機会は、朝食と夕食くらいだったのだ。
「えっと・・・」
皆が集まった食堂で、メイド服の姿のまま、ワルツは口を開く。
そんな普段と違う不可解な格好をしている彼女のことを、皆は食事を摂りながら眺めていた。
だが、特に指摘がなかったのは、これまで彼女が積み上げてきた、彼女自身の印象のためだろうか。
「カタリナ?進捗状況は?」
ワルツは新しいホムンクルスの製造の状況について聞いた。
「3体ともほぼ完成しています」
何故3体なのか。
その理由は、後々、分かるだろう。
「あとはワルツさんの仕上げだけですね」
ワルツの仕上げとは、ホムンクルスへのニューロチップの埋め込みとプログラム、そして起動コマンドの送信である。
この時点で、地下大空間に設置された簡易工房(?)は既に完成しており、ワルツの半導体製造工場(仮)も順調に稼働している。
つまり、ニューロチップ自体は既に完成していたのである。
あとは、どんな知識をプログラムするか。
それを決める作業が残っているくらいであった。
尤も、それもワルツにとっては、一瞬で終わってしまうほどの簡単な作業ではあったが。
「そう。なら、急ぎましょうか」
「えっと・・・いつやりますか?」
「もちろん、今日よ?」
「ずいぶん早いですね・・・分かりました。食事が終わり次第、準備します」
そう言って、食事の速度を上げるカタリナ。
同じようにして、賢者と僧侶の少女もスピードアップする。
「いや、私だって、食事が終わらないと作業できないんだし、そんな急いで食べる必要は無いわよ・・・」
自分もスピードアップしなきゃダメかしら、などと思うワルツ。
だが結局、彼女はマイペースで食べることにしたのだった。
王城内の施術室を改造して作られた生体魔法研究施設(仮)。
そこに設置された作業台に横たわる3体のホムンクルスを前にして、ワルツは言った。
「それじゃぁ、やりましょうか」
・・・とはいえ、それほど複雑なことをするわけではない。
頭部に用意されたニューロチップ用スロットにチップを差し込んで、耳の裏にあるポートからワルツの持っている知識をプログラムするだけである。
というわけで、3体とも、ニューロチップのインストールとプログラムは簡単に終わった。
「テンポの時に比べたら、随分手際が良くなったわよね」
テンポの製作の際は、完成までに1ヶ月ほどかかっていたのである。
その内の、半分以上の時間は、カタリナやルシアに対する講義や実験などに費やしていたので仕方ないとしても、1週間で3体も作ってしまうカタリナの力量は相当なものであった。
「ニコルとリティアちゃんに手伝ってもらいましたから」
「いや、カタリナには色々と驚かされたよ。私には道具を持つくらいしか出来なかったからね」
と賢者。
「私もただ見てただけ・・・です・・・」
僧侶の少女も、はにかみながら答えた。
「いえ、そんなことはありませんよ。2人がいなければ、ここまで早く完成はしなかったでしょうから」
そう口にしながらも、手は休めないカタリナ。
チップを埋め込み終わったホムンクルスの頭部を、傷が残らないように綺麗に接合していく。
しばらくして、
「はい。完成です」
そう言った彼女の前には、まるでホムンクルスとは思えない完成度の、3体の『国の管理者』達が横たわっていた。
注:
ニコラがアルクの村の酒場の店主
ニコルが賢者
そろそろ、人名リストを作らにゃねぇ・・・