5前-04 化学
この際なので、もう一点、仕事を方付けておくべきだろう。
というわけで、昼食が終わる頃、ワルツは再び切り出した。
「ねぇ勇者。今日の葬儀の時なんだけど・・・国民に向かって演説してくれる?」
「・・・それは火葬しながら、っていうことか?」
「えぇ、そう」
ワルツの言葉に眉をしかめたのは勇者だけではなかった。
「お姉さま?勇者様が話す言葉の内容が、まだ決まってないのですが・・・」
「大丈夫よ。テレサもつけるから」
「む?何の話じゃ?」
テレサは、昨晩や今朝に行った皆との話し合いの場にいなかったので、事の成り行きを知らなかった。
そこで、ワルツは、テレサに対して、どういった流れでこれからのことを進めていくのか、話し合った内容を伝える。
王政の廃止、議会制の導入、そしてワルツ達がこれから何をしようとしているのか。
それを一通り話した。
「・・・というわけよ?」
今度は端折らずに説明してある。
「ふむ・・・いや、しかし、それは難しいのではないじゃろうか?」
絶対王政(?)から議会制(+黒幕)に切り替えることが、である。
「そうね。もしかしたら、簡単にはいかないかもしれないけど、国の未来を考えるなら、多分これが一番争いが少ない選択肢にに思えるのよ」
もちろんその言葉には、争いが多いか少ないかではなく、少なくする、という意味を含んでいる。
テレサはそんなワルツの言葉に、心から彼女が国王になればいいのに、と思った。
その場合はテレサが王妃に・・・という下心があったことは言うまでもないだろう。
尤も、ワルツの性格を考えると、彼女にそんなことを言えるはずはなかったのだが。
代わりにテレサは、
「ふむ・・・そうじゃな。妾も協力しよう」
そう言ってワルツの言葉に同調することにした。
王政を廃止するということは、彼女は王女では無くなってしまうというのに、テレサにそれを気にした様子は無かった。
既に、心の整理はつけた、ということかもしれない。
「ありがとう。それじゃぁ、テンポと一緒に、国民に対して、王城で何があったのか伝えるための言葉を考えて欲しいんだけど・・・」
「うむ・・・なら、一つお願いしてもいいじゃろうか?」
「ん?何?」
するとテレサは、身につけていた指輪に触れた。
誰か親しい人からプレゼントされたものだろうか。
そして、視線を一度落として、覚悟を決めた様子を見せた後、口を開いた。
「妾に演説を任せてもらえないじゃろうか?」
「・・・」
ワルツには、すぐに決めることが出来なかった。
王族の義務を考えるなら、むしろテレサが自分の親族の訃報を国民に対して知らせるべきである。
だが、王政から脱却するというのに、ここで王族関係者が表立って目立つと、国民が余計に混乱するのではないか、とワルツは思ったのだ。
・・・要は、彼女の考えていた政治の世界に、テレサは存在しなかったのである。
(んー、勇者と一緒に立てば大丈夫かしら・・・)
ワルツにも、シナリオを考えているテンポにも、こういった経験は無かったので、どうなるのかは実際にやってみなくては分からなかったのだ。
あるいは、勇者にカリスマ性があれば、演説で国民の心をうまく掴むことができるのかもしれないが、『絶対に無理』という確信がワルツにはあった。
そう、人には向き、不向きがあるのである。
(というか、落とし所をどこにするかによって、話も変わるのよね・・・)
「テレサ?少し待ってもらえる?」
「うむ」
「テンポ?」
「はい、なんでしょうお姉さま?」
「演説のシナリオって、どんなのを考えてるわけ?」
「そうですね。流れだけを言いますと、魔王を勇者が倒したことにすること、王族や国の重鎮が亡くなったこと、そしてこれから臨時の政府として議会制を敷くこと。この3本立てですね」
「・・・既成事実として議会を作るわけね」
あとは、ズルズルと流れ、結局、議会政治が定着する、というわけである。
「なら、テレサは・・・そうね」
ワルツは考えた末に、テレサの位置づけを決めた。
「貴族や騎士たちが集まってくるまでの間、臨時議会の議長を務める、ってことでいいかしら?」
議会が設立された後も、王族としての最後の責任を全うできうる立場を考えるのなら、議長を務めることがが妥当だろう。
これなら、元王族が国民の前に出て行ったとしても、議会制の導入には大きな影響を与えないのではないだろうか。
「議長?妾がか?」
「そうテレサが。それで、初代議長として挨拶をするって感じで」
「ふむ・・・」
今度はテレサが考えこむ。
国民の前で演説する、と言ったことを発端に、何故か議会の議長を務めることになったのである。
どうやら、自分の役割をうまく熟せるか考えているようだ。
しばらく考えた後、
「うむ。やってみるのじゃ」
テレサから、明るい返事が返ってきた。
「じゃ、お願いね」
こうして、演説はテレサが行うことになった。
「なら、俺の仕事はないな!」
勇者は、人前で話すことが苦手だったらしい。
演説から開放されて、晴れやかな表情を浮かべていた。
「もちろん、議長様のエスコートをやってもらうわよ?」
「まぁ、それくらいなら」
そう、人には向き、不向きがあるのだ。
演説の予定は、日没頃。
理由は第二次世界大戦頃の歴史を調べていただければ分かると思うが・・・、まぁ、人民に対する説得力が最も高まる時間、とだけ言っておこう。
それまでの間、演説のプロデューサーであるテンポは、テレサ、ルシア、勇者、剣士、狩人を集め、作戦会議を行うようだ。
その際、やることのなかったユリアも一緒に付いて行っている。
また、雑用をさせられるのだろうか。
カタリナ達は医務室(施術室?)を改造して、新しいホムンクルスを作るための準備を進めていた。
昼食が終わって席を立つ際、いつも通りクールなカタリナに対して、嬉しそうに話しかける賢者の姿が印象深かったが、こちらもやはり、恋愛と言った様子ではなく、知的欲求によるもののようだ。
その際、僧侶の少女も眼を輝かせながらカタリナをことを見上げていた。
やはり、同じ穴のムジナなのかもしれない。
そう思いながら、ワルツは隣に立っているムジナに眼をやる。
「?」
「いえ、何でもないわ」
というわけで、ワルツとリアは、午前中と同様に、工房作りの準備を進めることにした。
王城の広場まで来たところで、リアが口を開いた。
「ところで、ワルツさん。もしかして、召喚者か転移者の方ですか?」
「えっ?どうしたの急に」
ワルツは、まさかこの世界の人間から、召喚や転生という言葉が聞けるとは思わなかったので驚いた。
「いえ、お花を積んでいた時もそうでしたが、さっきも『この世界の葬儀』とお聞きになっていたので・・・。もしかしてこの世界の出身の方じゃないのかな、と思ったんです」
リアが聞き難そうに言った。
「まぁ、隠すほどのことでもないんだけど、この世界の人間ではないわね。だけど、転生者でもなければ、召喚者でも無いわよ」
「えっと・・・じゃぁ、何なん・・・いえ、こういうことを聞くのは失礼ですね」
「んー、別に気にしないけど。まぁ、私がこの世界に来たのは、単に事故だったのよ。まぁ、話すとむちゃくちゃ長くなるから、今度時間があるときにゆっくりと話すわ」
「はあ・・・」
「それはそうと、私としては召喚者の話の方が気になるわね」
もしも、逆召喚が可能なら、意外に簡単に帰れる可能性があるからだ。
「そうですね・・・ここから西に国を2つ超えたところにエクレリアという国があるんですが、その国は召喚者が齎した力によって栄えていると言われています。私達も行ったことがないので、確たることは言えないんですけどね」
どこかの空港のような名前の国である。
「ふーん」
今度時間があったら行ってみようと思うワルツ。
果たしていつになることやら・・・。
「さてと、それじゃぁ今度は・・・そうねぇ・・・」
ワルツは午前中と同じように金属の精錬をするつもりだったのだが、彼女の言葉を待つリアの姿を見て、あることを考えた。
弟子の専攻分野(?)である。
ルシアは科学(量子力学?)、カタリナは医療だ。
なら、リアも何か得意分野を身につけるべきではないか、と考えたのである。
「・・・リア?錬金術に興味ある?」
「錬金術・・・ですか?」
すると顔を顰めるリア。
「あの卑金属から貴金属を作り出す学問(?)のことですよね?あまりいい噂は聞かないんですけど・・・」
恐らくは、貴金属を実際に作り出したという前例が無かったり、あったとしても眉唾的なものだったりするためであろう。
「まぁ、そうね。科学だって、最初はそうだったんだし・・・」
「かがく?」
「錬金術が変化して出来た学問よ。この世界には無いかもしれないけど、私達の世界では主流な学問ね。それで、私としては、リアに、この科学を学んで欲しかったのよ」
科学がどんなものであるのか想像できなかったリアの反応は、あまり良いものではない。
なので、ワルツは実演することにした。
「まずは・・・」
そう言って、目の前に積まれた原石の中から、アルミニウムの多い鉱石と、マグネシウムの多い鉱石、それにリチウムの多い鉱石を持ち上げ、空中に浮かべた。
「これを加熱してもらえる?」
「は、はい!」
すると、午前中ほど量が多くなかったためか、すぐに赤熱して融解する鉱石。
「これを・・・」
加熱された鉱石が融け合って、一つになったところで、重力制御を使い、分離する。
そこから、アルミニウム、マグネシウム、それにリチウムを規定の量で混ぜれば、マグネシウム-リチウム合金の完成である。
もちろん、重力制御で作り出した真空中での話だ。
ワルツはそれを、棒状に伸ばして言った。
「で、これを冷やしてもらえるかしら?できれば氷魔法で」
「分かりました!」
水で冷却するとリチウムと反応して水酸化リチウムが析出するので、氷魔法により熱を奪う。
「で、完成っと」
ワルツは空中に浮かべた『ただの棒』を手にとって振り回した。
「うん、成功ね」
そんなワルツの姿を訝しげに見つめるリア。
「じゃ、これを持ってもらえる?」
そう言ってワルツはリアに向かって棒を放り投げた。
「うわっと・・・!?えっ、なにこれ・・・樹の枝より軽い・・・?」
思わず、受け取った棒をブンブンと振り回すリア。
「これが科学(化学?)よ?」
「見た目はただの鉄なのに・・・ミスリルより軽くて強いんじゃないですか?」
(ミスリル・・・ね。一説によると、アルミニウムがそうじゃないかって言われてるけど、どうなのかしらね・・・)
実のところ、物性が分からないミスリルには、ワルツはあまり興味が無かった。
(魔法材料の研究者を育成するっていうのもいいかもね)
ただし、リアのことではない。
次、新しく弟子ができた時の話、である。
「じゃぁ、次の実験をするわよ?・・・さて、ここに金属Aと金属Fが有ります」
そう言って、先ほど合金棒を作った際に余った金属の中から、アルミニウム(Al)と鉄(Fe)を取り出す。
「これを粉にします」
そして、重力制御を駆使して、それぞれの金属を削っていく。
具体的には、高速回転する金属同士(アルミならアルミ、鉄なら鉄同士)を溶けない程度の強さで擦り合わせていくといった感じだ。
すると、金属同士の摩擦によって削れた際に出る粉が、徐々に周囲に溜まっていった。
・・・ただし、地面にではなく、空中にである。
本来なら金切り音が生じて、盛大に騒音を奏でるはずだが、空気を遮断しているので、音が漏れることはない。
「で、出来た粉を混ぜて火を着けるんだけど・・・あ、これがいいわね」
そう言って、近くに転がっていた廃材の中から、壊れた椅子(玉座)の足を引きちぎるワルツ。
これは、昨日、会議室の窓から投げ捨てたものであった。
「これに火を付けてくれる?」
「えっと・・・はい」
リアは、そんなワルツの行動に戸惑いつつも、彼女が手にしていた木の棒(玉座の足)に魔法で火を着けた。
「じゃぁ、行くわね?あ、眩しくなるから気をつけてね」
そう言ってワルツは粉に向かって火の着いた松明(玉座・・・)を放り投げる。
すると、
シュボォォ・・・
っという音と、激しい光を上げながら燃焼するアルミニウムと鉄の粉。
現代世界なら中学校の実験やりそうな、テルミット反応の実験である。
「金属が・・・燃えてる?」
「これ、眼に悪いから、あまり直視しちゃダメよ?」
「あ、はい」
だが、眼を細くしながらも、リアは激しく燃焼する金属から眼を離さなかった。
そして、燃焼が終わったころ。
「ってな感じで、科学の知識を使えば、色々と面白いことが出来るのよ」
(本当は硝石と硫黄があれば、黒色火薬かニトログリセリンでも作ったんだけどね・・・)
とはいえ、ノーベルの逸話もあるので、作り方を教える気はないワルツ。
「それで、貴女には、攻撃魔法と化学が融合した分野の開拓を任せようと思ったんだけど・・・」
「やります!やらせて下さい!」
当初とは違って、目を輝かせながらワルツに迫るリア。
そんな彼女の反応を見て、ワルツは苦笑を浮かべた。
「私が全てを教えるわけじゃないのよ?飽くまでもエッセンスだけ。それでもいいかしら?」
「はい。もちろんです!」
リアのやる気に変化は無いようだ。
「うん、じゃぁよろしくね。あ、ちなみに、カタリナは回復魔法と医術が融合した分野をやってるから、怪我したりしたら治してくれるわよ?昨日のことだから記憶は無いかもしれないけど、貴女の腕や足だって、カタリナが治してくれたんだから」
「えっ?」
「まぁ、詳しい話は彼女に聞くといいわ」
弟子同士の交流を促すという点で考えるなら、ちょうどいい機会ではないだろうか。
「・・・はい、分かりました。後でカタリナに聞いてみます」
そう言いながら、腕を擦る魔法使い。
だが、昨日骨折していたのは、逆側の腕だったので、ワルツは思わず笑みを浮かべてしまったのだった。
修正:エンデルシア→エクレリア
国設定ファイルが・・・orz
ちなみに、エンデルシアは勇者を派遣した国の名前