5前-01 立て直し
国の中枢が崩壊してから、国全体に波及するまで、いったいどれくらいの時間が掛かるのだろうか。
そして、一体、どんな形でその現象は現れるのだろうか。
そもそも、国とは、一つの生物のようなものだ。
貨幣という血液を、市場というポンプが循環させて、経済という生命を維持させる。
国民たちは流れてくる血液を使って、必要な食料を確保し、次の世代を生み出すという新陳代謝を繰り返して、国という生命の成長に寄与する。
この時、国の中枢とは、脳、というよりも、自律神経に近い働きをしているのだろう。
国という生命を維持させるために、血圧(経済活動)を上げ(活発化させ)たり、下げ(抑制し)たり・・・。
そして、病気や怪我(戦争)から身体の細胞(国民)を守るために、白血球(兵士)を派遣したり、身体の防御力を上げるために発熱し(戦時体制を敷い)たりするのである。
もしも、この調整機構が無くなったのならどうなるのか。
例としては、自律神経失調症という病気があげられる。
動機や息切れを起こして血圧が安定しなかったり、体温の調節がうまくできなくなったり、さらには、免疫力が下がって病気にかかりやすくなったり・・・といった問題が生じるのである。
生命の維持ができなくなるわけではないが、外部(環境)からの影響を大きく受けやすくなるのだ。
新しく国の政府が樹立し、安定するまでは、同じような症状が続くに違いない。
「というわけで、ここに臨時の工房を作ることになったから協力してね」
次の日の朝、目を覚ました勇者パーティーに対して、朝食を摂り終えた後に、ワルツは声を掛けた。
ここは、王城2階にある来賓用客間である。
昨晩は、ワルツ達も勇者たちも、外で野営する・・・という選択肢は取らずに、誰もいなくなった王城の一室に泊まることにしたのだ。
朝食に関しては、食堂が地下空洞の崩落によって陥没して使い物にならなくなっていたので、勇者たちは寝泊まりした部屋で食事を摂っていた。
そこに、隣の部屋で同じようにして朝食を摂り終えたワルツ達一行が押しかけた、というわけである。
ちなみに、テレサだけは、まだ部屋で寝ている。
『・・・はい?』
あまりに唐突過ぎるワルツの言葉に、固まる4+1人。
「え?勇者から聞いてない?」
「俺も聞いてねえよ」
「昨日、国管理用のAI作るって言ったじゃん?」
「えっ・・・いや、まずAIってのが何なのか分からないし、どうして工房が必要なのかも分からんぞ?」
するとカタリナが手を上げて、ワルツの代わりに口を挟んだ。
「まずAIですが、人の手で作る機械の頭脳のようなものです」
「・・・機械の頭脳?ゴーレムのようなものか?」
と賢者。
「・・・ゴーレムがどんな仕組みになっているかは分かりませんが、魔術的なものではありません」
カタリナの知識は、基本的に、彼女自身の眼で見て触れて身につけたものだ。
なので、ゴーレムを分解(解剖?)したことのない彼女にとっては、どのような仕組みなのか分からなかった。
・・・とはいえ、AIの中枢であるニューロチップについても、ワルツしか作れないので、彼女が詳しく知っているわけではない。
「ほう?興味深いな・・・」
『賢者』が自分の知らない知識に反応する。
その様子を見たカタリナがふとテンポの方を見てから、勇者に言った。
「・・・勇者様?昨日、メンバーの紹介をして欲しいと仰っていましたね?」
「あぁ、出来れば」
「ちょうどいい機会ですね、ワルツさん?」
どうやら、AIを搭載しているテンポの紹介をするらしい。
「いいわよ。もう、大体の事はバレてるんだし」
「・・・?」
勇者はそんなワルツとカタリナのやりとりに、眉を潜めていた。
「じゃぁ、紹介します。テンポ?」
「私の出番ですね」
そう言うと、カタリナの後ろに立っていたテンポが彼女の隣に並び立つ。
「こうして挨拶するのは初めてになるでしょうか・・・。なので改めて挨拶しましょう。初めまして、勇者様方。ホムンクルスのテンポと申します」
そう言って恭しく礼をするテンポ。
『・・・』
たっぷりと5秒ほどフリーズした後に、
ガタン!
勇者と剣士は臨戦態勢に入った。
他の2人は驚いた素振りは見せたものの、戦う様子は見せていない。
どうやら、ワルツたちのことに関しては、色々と諦めているらしい。
最後の1名には、何が何なのか分からなかったようだ。
「ど、どういうことだ!」
先日、地下で沢山の人々が犠牲になっていたのを思い出したのか、顔を青くしながら剣を構える勇者。
同様に、剣士も、顔色はすぐれない。
「私は、カタリナによって作られたホムンクルスです」
少しずつ情報を開示していくテンポ。
すると、勇者たちはカタリナを、まさか・・・、といった表情で見た。
「はい。ワルツさんと、ルシアちゃんの3人で作りましたね」
どや?っと言わんばかりの表情を浮かべるカタリナ。
「・・・なんで、最初に犠牲者を1人も出してないって言わないのよ」
ワルツが痺れを切らして言った。
「・・・その方が、面白そうではありませんか」
「・・・分かってませんね。ワルツさん」
2人が同じような反応を見せる。
(なんか、イラッとするわね・・・)
ワルツは半眼を二人に向けた。
一方、ルシアは、そんな姉たちのやりとりに特に気にした様子もなく、一人だけ胸を張っていた。
「というわけよ。ホムンクルスを作るのに、人を犠牲にするとか、すでに時代錯誤なのよ!」
といってワルツも無い胸を張る。
「し、信じられん・・・」
そう言いながら、剣を鞘に収める勇者。
「カタリナが・・・作った・・・だと」
黙って座ってことの成り行きを見えていた賢者も思わず口から言葉が漏れる。
「ふえぇ・・・」
(・・・ふえぇ?・・・キャラ濃いわね・・・)
僧侶の言葉(?)に、自分のアイデンティティについてもう少し考えるべきか悩むワルツ。
それはさておき、カタリナとテンポの思惑通りに、勇者たちの度肝を抜くことが出来たようだ。
「で、臨時の工房を作るっていうのは、彼女みたいなホムンクルス・・・のようなものを作って国を管理させるためよ。要は
、工房がないと何も出来ないわけよ。もちろん、航空戦艦も、ね」
「なるほどな・・・」
どうやら、今度こそ、勇者達は理解したようだ。
ワルツの航空戦艦という言葉に対して、周りの者達から疑問の声が上がらなかったところを見ると、どうやら、ある程度の話は勇者から聞いているようだ。
「ちなみにどれくらいの期間、手伝えばいいんだ?」
勇者たちは、魔王との戦いやその準備を行う事が仕事なので、暇、というわけではないのである。
「そうね・・・2ヶ月?」
つまり、2ヶ月で、新しいAIを作って、国を盤石にして、さらには航空戦艦まで作る、ということである。
まぁ、ワルツがこの世界に来てこの場に至るまでが2ヶ月ちょっとなので、一概に不可能とは言えないだろう。
「・・・できるのか?」
「ま、出来るんじゃない?急いで作れば、ね」
ワルツの言葉に、勇者は多少の不安を感じたものの、とりあえずは納得したらしい。
「で、いつ国が崩壊し始めてもおかしくないわけだから、急いで作んなきゃなんないのよ。だから、協力してくれない?」
いつ、国が崩壊し始めるのか議論するのではなくではなく、今できることを全力でやる、のである。
「・・・私は協力しても構わないわ」
緑のたぬき、こと、魔法使いが協力を申し出た。
「それでカタリナみたいに強く成れるのなら・・・」
どうやら、カタリナにライバル意識を持っていたようだ。
「私も、協力させてもらおう。中々に面白そうだ」
知的好奇心、というやつだろうか。
賢者も前向きな反応を見せる。
「えっと・・・わ、わたしもお願いします!」
先輩2人に流されたのか、それとも、もっと勇者たちの役に立つために力を付けたい、と思ったのか、僧侶の少女も申し出た。
そして、チラッとルシアの方を見て、
「よろしくお願いします!」
ペコリと礼をしてきた。
どうやら、同じくらいの年齢のルシアが気になるようだ。
「・・・えっと、よろしく・・・」
ルシアも言葉を返すが、突然の事だったので、尻すぼみの挨拶になってしまった。
「で、貴方達は?」
「・・・なぁ、俺に手伝えることなんてあるのか・・・?」
剣の道一筋だったのだろう、剣士が訪ねてくる。
「ふむ。ならば、私と一緒に狩りにでも出るか?」
「ご一緒させて下さい!」
剣士の答えではなく、勇者の言葉だ。
「あ、あぁ・・・構わん・・・よ?」
突然の勇者の申し出に戸惑う狩人。
「・・・おい、レオ。俺の出番を横取りするなよ」
「早い者勝ちだぜ?」
「早いとか遅いとか関係ないだろ・・・あ、俺も狩りにご一緒させて下さい。それで、強く成れるのなら・・・」
狩人が剣士の答えを待っていることを感じたのか、勇者との言い合いをやめて、返事を返す剣士。
どうやら、勇者と剣士は、所謂腐れ縁の仲らしい。
というわけで、勇者パーティー全員が、ワルツの計画(?)に賛同(?)してくれることになった。
ちなみに、勇者と狩人のやりとりを見た魔法使いの方から、ドス黒い何かが漏れ出しているように見えたが、背景なので問題はない。
「じゃぁ、早速なんだけど・・・」
ワルツが切り出す。
「勇者、剣士と、ルシアと、テンポは、王都民に対して、今回の出来事をオブラートに包みながら説明してもらえる?テンポなら、どんな感じで説明すればいいか、何となく想像はつくでしょ?」
「つまり、私がプロデューサーってことですか。そうですか・・・」
「えぇ、そうよ?それとも、表立って喋りたかった?」
「いえ。一度やってみたかったんですよ。そういう裏方の仕事」
「・・・いいこと?普通にやってね?王都中を混乱の渦の中に叩き込んだりしないでね?」
「・・・・・・そんなわけないじゃないですか、お姉さま」
(変な間があったのが心配・・・うん、すごく心配)
「で、勇者がテンポの用意した文を喋って、ルシアが魔法を使ってその声を周りに広げるって感じね」
ワルツは、前にルシアが世界のどこかにいるだろう稲荷寿司屋に向かって叫んだことを思い出しながら言った。
「おう。任せとけ」
二つ返事で同意する勇者。
どうやら、人々に対する自分の一言の重さを理解しているようだ。
「うん、分かった」
ルシアも同意する。
(こういうとき、勇者みたいな性格だといいわよね・・・)
自分にはないモノを勇者が持っていることに、すこし羨ましく感じるワルツ。
「・・・で、俺は?」
名前だけ呼ばれて、役割が何も無い剣士。
「ちゃんと役割はあるわよ?ま、簡単に言うと衛兵や騎士の代わりね」
つまり、
「暴動や混乱が起こった時の鎮圧担当か・・・?」
「そういうこと。まぁ、1人や2人でどうにか出来るものでもないから、もしかすると別の仕事が回ってくるかもしれないけどね。あ、ついでに狩人さんも一緒に行ってもらえます?」
本物の騎士が行ったほうが、対処しやすいだろう。
「あぁ、分かった。で、暴動を起こした奴はどうすればいいんだ?」
既に地下牢はない。
「うーん・・・じゃぁ、謁見の間にでも入れといてもらえますか?」
「・・・あそこか・・・」
すると、露骨に嫌な顔をする狩人。
「謁見の間に捕らえた人々を入れるとか、何を考えてるんだ?後で謁見でもするのか?」
勇者が疑問の声を上げる。
「そうね・・・部屋の様子を見てくれば分かるわよ」
すると、訝しげな表情を浮かべた勇者は、剣士を連れて、3階へと行ってしまった。
そして、
『う、うわぁぁぁぁ!!!』
2人の叫び声が聞こえ、慌てて走って帰ってきた。
「な、なん、なん・・・何なんだ、あの部屋は!?」
「夢に出るぜ・・・あれ・・・」
どうやら、本来は国の重鎮に見せるはずだった魔王ベガの生首のレプリカと、一面血まみれで肉塊が散乱する部屋の中を見てしまったようだ。
あれから2日経過しているので、この気温だと、うまい具合に発酵しているのではないだろうか。
「やっぱり刺激が強すぎるかしら・・・」
「・・・あんな部屋にいつまでもいたら、精神がおかしくなるぞ?」
そんな精神がおかしくなる部屋の惨状を作り出したのはワルツたちである。
その後も勇者と剣士がギャーギャー騒いでいたので、重力制御で黙らせた後、他の3人に眼を向ける。
「で、魔法使いさんと賢者さんと僧侶ちゃんなんだけど・・・」
今もなお、ドス黒い何かを放出している魔法使いに役割を言い渡す。
「魔法使いさんと私で金属精錬。カタリナと賢者さんと僧侶ちゃんはホムンクルスの体づくりをお願い。簡単に暗殺されないような強靭な身体を作ってね」
尤も、テンポもそう簡単には死ななそうではあるが。
「強靭な身体・・・ですか」
「その辺はカタリナに任せるわ」
「・・・分かりました」
というわけで、カタリナに丸投げした。
「あと忘れてる人はいないわね・・・」
「あのう・・・私は?」
ユリアがとても申し訳なさそうに口を開いた。
「・・・冗談よ。ユリアには大切な仕事があるわ」
「は、はいっ・・・」
ワルツの言葉に背筋を伸ばすユリア。
そんな彼女の姿を見た後、ワルツは少し目を伏せながら言った。
「・・・テレサの側についていてあげて」
「・・・はいっ!」
ビシッ!っと敬礼するユリア。
「で、もしもテレサが、手伝いたいとか、やりたいことがあるって言うなら、2人で・・・そうね、私のところに来なさい。多分、昨日居た食堂辺りにいるはずだから。居なかったら、少し待ってて頂戴」
「分かりましたっ!」
そう言うと、ユリアは部屋を出て、テレサが寝ている隣の部屋へと駆けて行った。
「さてと、みんな!これから忙しくなるけど、逃げられると思わないことね!」
ワルツは不敵な笑みを浮かべながら、部屋にいた皆に声を掛けた。
仲間達は、そんなワルツに笑みを返す。
逆に、勇者たちは戦々恐々といった様子だったが。
「じゃぁ、Dismissed!」
こうして、ワルツ達の長い(?)一日が、再び始まった。