4後-16 都市結界
城内に敵がいないことを確認したワルツは、食堂に待たせていた3人を会議室まで呼び寄せた。
カタリナに、依然意識の戻らない勇者の仲間達を治療させるためである。
中でも剣士は重症で、顔の骨が陥没骨折しているだけでなく、肺が潰れていたり、一部内臓が破裂しているなど、重篤な状態だった。
だが、カタリナのおかげか、あるいは本人の体力が功を奏したのか、辛うじて一命をとりとめ、今は静かに眠っている。
他の者たちも、500kgを超えるシリコン塊を受けたせいか、複雑骨折や脱臼、内出血などを起こしていたが、命に別状がある者はいなかった。
とはいえ、そのまま回復魔法を掛けたのでは、骨が変なつながり方をしたり、体内に血の塊が残ったままになる可能性があったので、カタリナの手術を受ける事になっのだ。
その際、切り刻まれていく仲間の様子を見て、気が動転していた勇者だったが、『五月蝿い』とワルツの重力制御(10G)を受け再び地面に這いつくばる羽目になっていた。
その後、治療を終え元通りになった仲間の様子を見て、涙を流しながらカタリナにお礼を言っていたことは言うまでもないだろう。
ちなみに、勇者自体はそれほど大きな怪我もなく、打撲だけで済んだようだ。
さすがは神に選ばれた『勇者』である。
さて、問題は身体の傷ではない。
心の傷だ。
身体の傷は回復魔法やカタリナの治療でどうにでもなる。
だが、心の傷には、回復魔法も効かなければ、付ける薬もない。
況して、カタリナの治療だって万能というわけではないのだ。
もしも現代世界なら、カウンセラーや精神科に掛かるといった治療手段はあるのだが、残念なことに、ここは異世界である。
ワルツには、身体の傷を直すための情報は記録されていても、精神を癒やすための手段は記録されていないのだ。
心に傷を負ったなら、その本人がどうにかするしかないのである。
そしてワルツにできることは、その手助け・・・のようなことだけだった。
「テレサ・・・」
ワルツが話しかけても反応はない。
既に涙も枯れ果てたのか、目を真っ赤にして、一人、座り込んでいた。
・・・そして、もう一人厄介なのがユリアだ。
「死なせて下さい!」
壁にかかっていた剣を取り外して、自分の首に当て、自殺しようとしたのだ。
ただ、運が良かったのか、悪かったのか。
その剣は鈍らで、ユリアの首を傷つけることは出来なかった。
今は、これ以上、自傷できないよう、狩人に取り押さえられている。
テレサの家族を奪い、彼女の心をボロボロにしたのは、ユリアの仲間であり上司であった者である。
そのことに、ユリア自身、どうしようもないほどの責任を感じていたのだ。
朝までは、皆、仲睦まじかったというのに、今では随分な変わり様であった。
「お姉ちゃん・・・」
ルシアは不安になったのか、ワルツの手を握って顔を見上げる。
「・・・ルシア。大丈夫よ。人は見た目ほど弱い生き物ではないわ」
ワルツ自身、どうしていいのか分からなかったが、ここで諦めては全てが駄目になると思い、ルシアにそう言い聞かせながら、同じようにして自分にも言い聞かせた。
そして、ユリアに近づいていく。
「狩人さん。離してあげて下さい。あとは私がやります」
「・・・こんな時に、仲間を押さえることしか出来ないなんて・・・私も無力だな」
「私はそれで助かってるんです。気を落とさないで下さい」
そう言って、ワルツは狩人からユリアを受け取った。
受け取ったとは言っても、ワルツもユリアを押さえつけているわけではない。
飽くまでも、ユリアを自由にして、単に彼女の前に立っただけである。
「ユリア」
地面に伏せているユリアに声を掛けるワルツ。
「この一件の責任は私にもあるの。だから、もしも責任を負うというのなら、一緒に背負ってあげる」
「そ、そんなこと・・・」
そんなこと無いと否定できなかったユリア。
実際、こうなってしまったのは、ワルツが王都にいた天使を消してしまったことが原因の一つであった。
「でもね。今は責任をどうこう考えるときなの?」
ワルツは静かにユリアに告げた。
「どうして貴女の上司がアルタイルと繋がっていたのかは、もう分からないわ。だけど、その元凶が分かっていて、今もホムンクルスを匿って何かを画策しているかもしれないというのに、死ぬだの生きるだのと考えるのはおかしいんじゃないの?」
「っ!」
ワルツの言葉に、顔が青ざめていくユリア。
「まだ、何も終わってないのよ。だから・・・」
そう言うと、ワルツはユリアを重力制御で立たせた。
「だから、まだ今は眼を閉じる時じゃないわ」
「・・・っ・・・」
失った仲間達、そして隊長を思い出したのか、ユリアの眼から涙がこぼれてきた。
ワルツはユリアを抱き寄せて呟く。
「言ったでしょ?その責任は、私も一緒に背負ってあげるって。だから、死にたいなんて二度と思わないで」
ユリアはワルツの肩に顔を寄せて大声で鳴き始めた。
しばらく経ってから、ワルツはユリアを狩人に任せることにした。
そして、テレサの方へと足を運んだ。
ワルツが歩み寄ると、テレサは光のない眼で、どこか遠くの方を見ていた。
魂が抜けた状態とはこういうことを言うのだろうか。
「テレサ・・・」
ワルツは再び話しかけた。
彼女自身、この呼び掛けでテレサが反応するとは思っていなかった。
時間を掛けてでも彼女の心を開いていこう、そう思っていたのである。
だがその予想に反して、テレサは真っ赤な目をワルツに向け、口を開いた。
「何も・・・無くなってしまったのじゃ・・・」
家族も、王国も、昔から知っている宰相やメイドたちまで・・・。
もう彼らに会うことはできない。
「テレサ・・・私は貴女に謝らなければならないことがあるの」
ワルツは、苦々しい顔をしながらテレサに言った。
「貴女の家族の命を奪ったのは・・・私よ」
「・・・知っているのじゃ」
テレサから意外な言葉が返ってきた。
「あの時、皆の胸に穴を開けたのはお主じゃな・・・?」
あの時、つまり地下の扉を消失させて突入した際のことである。
「えぇ、そうよ」
テレサの質問に迷うことなく答えるワルツ。
「・・・すまなかったな。礼を言う」
と言って彼女は頭を下げてきた。
「お主がやってくれたから、父や母達に安息を与えられたのじゃ・・・」
「・・・」
ワルツに返せる言葉はない。
少し無言の時間が続いてから、テレサは再び話し始めた。
「妾だって、王族じゃ。戦で家族を失うことも、覚悟はしていたつもりじゃ・・・じゃが・・・」
両腕で膝を抱え込むテレサ。
「すこし、寒いのう・・・」
寂しいと言いたかったのか、それとも人恋しいと言いたかったのか。
どちらとも言えない言葉をテレサは呟いた。
ワルツはそんなテレサの様子を見て、彼女の後ろに膝を付けて座り、そして抱きかかえた。
「私にはこんなことしか、してあげられないけど・・・」
そう言ってテレサの頬に顔を寄せる。
「貴女の力になれるように全力で協力するわ」
「うむ、約束じゃからな」
そう言うとテレサもワルツの頬に顔をくっつけ、眼を瞑った。
「えぇ、約束よ」
しばらくするとテレサは眠ってしまったようだ。
ワルツは眠ったテレサを空中に浮かべ、勇者に問いかける。
「で、アルタイルって何者なの?」
ワルツ達には魔王(?)アルタイルについての情報は全くなかった。
「・・・俺にも分からん・・・」
「分からんって、一体、何と戦う勇者なのよ」
あまりに相手についての情報を知らなさ過ぎるのではないかと思うワルツ。
「・・・俺達は確かに魔王相手に戦うことが仕事だ。だが、全ての魔王を滅ぼすように言われているわけではないんだ。それに俺達はそんなに強くもない」
そう言って、狩人の方を見る勇者。
どうやら、狩人には恋心というよりも憧れを抱いているようである。
「・・・なら、どうすれば情報が得られるか、何か知ってるかしら?」
「・・・すまない。俺達だって、自分の足で情報収集してるんだ。以前は飛行艇があったから自由に動けたんだが・・・」
そう言ってワルツの方をチラッっと見て、視線が合うとすぐに目をそらす勇者。
「・・・その件は、謝るわ。まさか、私達以外に空を飛んでいるものがいるとは思わなかったから・・・」
不運が重なって起こった事故だったのである。
ルシアも眉間にしわを寄せて、どこか居心地が悪いようだ。
「そうねぇ・・・」
ワルツは色々と考える。
直近で一番面倒なことは、アルタイルに眼を付けられたことだろう。
手っ取り早いのは、アルタイルをさっさと退治してしまうことだが、問題はアルタイルに関する情報が全くないことだった。
元アルタイルの部下である水竜に詳細を聞こうにも、言霊で縛られているせいで、アルタイルのことに関しては全く情報が引き出せない状態である。
歩いて情報を集めようにも、アルタイルは転移で杭を飛ばしてくるため、転移防止結界が張られた場所や都市用の結界(以下、都市結界)が張られた町以外での行動は、非常に危険だった。
もちろん、ワルツが毎回反応して杭を押さえることが出来れば、問題はない。
だが、皆と行動する以上、ワルツの眼が届かない場面は必ず生まれるはずだ。
あるいは、ずっと転移防止結界を張り続けて移動するという方法も考えられるが、まさかカタリナにそこまでの負荷をかけ続けるわけにもいかないだろう。
「やっぱり、都市結界をどうにかするしか無いわよね・・・」
ワルツはボソッと呟いた。
何か案があるらしい。
「あれ?そういえば、王都の結界はどうなったの?」
ワルツは勇者に問いかけた。
「いや、どうにかする前に襲われたから、どうにもなってないな」
「えっ・・・じゃぁ、今も狙われ続けてるってこと?!カタリナ、どうにか出来る?」
「えっと・・・調べてみないことには・・・」
都市結界の情報はカタリナから教えてもらったものだが、さすがの彼女も結界自体を扱うのは初めてだったらしい。
「場所はどこにあるか分かる?勇者?」
「えーと、確か、王城の一番高いところにあるって賢者が言ってたな」
その賢者を始め、勇者の仲間達は、カタリナの手術に使った麻酔の影響もあって、未だ気を失ったままである。
「一番高いところ・・・カタリナ、行くわよ?」
そう言って、カタリナを重力制御で浮かべ、窓を吹き飛ばして表に出るワルツ。
テレサはしかたがないので、その場の床に寝かせておいた。
(・・・あれね)
ワルツの眼に入ってきたのは王城の屋根についた、透明なガラスのようなオブジェだった。
その側にカタリナと共に降り立つ。
「今のところ、アルタイルからの攻撃は無いみたいだけど、急いで結界が使えるか確認してもらえる?」
「・・・はい。少し時間を頂きます」
すると、カタリナは透明なガラス球を調べ始めた。
10分ほど経って、カタリナから声が掛かる。
「ワルツさん。一応、使い方が分かったんですが・・・」
そう言った彼女の歯切れは悪い。
「魔力が足りないとか?」
「はい」
「分かったわ。じゃぁ、耳を塞いでいて。ルシアを呼ぶから」
ワルツがここを離れてルシアを呼びに行くと、アルタイルに攻撃を受ける恐れがあったので、代わりに、
「テンポー!!ルシアを連れてきて!!」
と呼びかけた。
するとそれを聞きつけたテンポが、機動装甲をハッキングしてワルツから借り受けた(奪った?)掌に、自身とルシアを乗せて飛んできた。
「ルシア様の宅配に参りました」
「よいしょっ」
高いところが怖くないのか、ルシアは掌から屋根の上に飛び降りて、ワルツ達のところに駆け寄ってきた。
「呼んだ?」
「えぇ。この球体に魔力を注いで欲しいの。あ、全力は出さなくていいわよ?」
「え?・・・うん・・・」
すこし残念そうなルシア。
そして、ルシアが魔力を注ぎ始めた瞬間だった。
ゴォォォォォーーーーン!!
鐘の鳴るような音が辺りに響き渡った。
アルタイルからの攻撃である。
どうやら、標的はルシアだったようだが、警戒していたワルツが杭を受け止めたのだ。
耳元で鳴った轟音に、思わず魔力を注ぐ手を止めるルシア。
「ルシアちゃん、急いで」
カタリナがルシアを急かす。
その間にも、
ゴォォォォォーーーーン!!
ゴォォォォォーーーーン!!
ゴォォォォォーーーーン!!
ゴォォォォォーーーーン!!
ゴォォォォォーーーーン!!
立て続けに5本もの杭が飛んできた。
だが、全てワルツによって撃ち落とされる。
ワルツ達が都市結界に気づく前に破壊しても良さそうなものだが、破壊しなかったところを見ると、相手側もどこにあるのか分からなかったのかもしれない。
「ちょっ・・・カタリナ?転移防止結界張ってくれない?」
だが、カタリナから返ってきた答えは・・・
「転移防止結界は、内側からの転移は防止できても、外側からの転移は防止できないんです」
「え・・・あ、そう・・・」
残念ながら、ルシアの作業が終わるまで、ワルツは飛んでくる杭に気を配る必要がありそうだ。
そして、2分ほど経過した頃、
「もう十分ですルシアちゃん」
「うん」
都市結界への魔力の充填が完了した。
「それじゃぁ行きます!」
カタリナが、都市結界に触れて何かを呟いた瞬間、
ピカッ・・・
ガラス球の中がまるで灯台のように輝いたかと思うと、そこを中心として透明な波のようなものが周囲に広がり、王都全体を包み込んでいった。
修正:「転移防止結界は、内側からの転移は防止できても、外側からの転移は防止できないんです」周辺
↑追加
書くの忘れてた