4後-15 ステルス?
ゴーーーーンッ!!
辺りが揺れて、部屋の壁に亀裂が走る。
どうやら、岩盤の重さに耐え切れなくなった天井が、崩れ落ちそうになっているようだ。
その光景を見たワルツは声を上げる。
「逃げるわよ!」
そう言って彼女は、部屋の外で待っていたルシアとテンポも一緒に、無理やり皆を重力制御で持ち上げ、扉(?)を破壊した際に開けた天井の穴へと飛び上がった。
隊長と呼ばれたサキュバスが絶命したことで、テレサの幻術も解かれているので、無理やり皆を連れ出しても、幻術の壁にぶつかる可能性は無い。
まぁ、ワルツはそのことをすっかり失念していたようだが。
ワルツ達が穴から外へ出た瞬間・・・
ドゴゴゴゴ・・・
という目の前に巨大な滝が現れたかのような音を立てて、地面が陥没していく。
崩落が落ち着いた頃には直径50m、深さ20m程度の大きな穴が出来上がり、地下の空間が完全に潰れてしまった事を物語っていた。
ちなみに今、ワルツ達がいる場所は城外ではない。
城の中にある比較的大きな食堂の隅であった。
つまり、王城の直下で大きな崩落が起こったのである。
だが、城全体が傾いたり、天井が崩落してこないところは、流石、王城と言える作りなのだろう。
しかし助かったというのに、テレサやユリアを始め、そこにいた全員の表情は重かった。
最もダメージが少ないのはルシアだったが、周りの仲間達の表情を見て、普通じゃないことが起こっていたことを悟ったようだ。
中でもテレサの状態は酷く、唇を強く噛んだのか血が出ており、今も俯いたままで静かに泣き続けていた。
ユリアも、どこか思いつめており、悔しそうに歯を食い縛っている。
「ふう、危なかったわ・・・」
どこかで見たことのあるような展開に、思わず胸を撫で下ろすワルツ。
彼女だけはどんなことがあってもいつも通りらしい。
とはいえ、事はまだ終わっていない。
ゴーーーーンッ!!
再び振動を伴った大きな音が聞こえてくる。
音源はもっと上だろうか。
「っ!?」
カタリナや狩人が獣耳を押さえる。
彼女達の様子から察するに、魔力による何かが起こっているようだ。
「・・・もしかして、勇者たちが戦ってる?」
生体反応センサーに映る勇者達のマーカーが、上階の部屋の中で高速に移動していた。
どうやら、戦闘をしているらしい。
だが・・・
「・・・おかしいわね。反応が5人分しかない・・・」
生体反応センサーには、勇者、剣士、魔法使い、賢者、僧侶の5人しか反応が無かった。
一部、勇者と剣士のマーカーが重なって、どちらがどちらか分からなかったが、総数は5人分なので、間違いはないだろう。
再び、ワルツを不安が襲う。
(・・・可能性としては十分にあるわね・・・)
もちろん、勇者パーティーの誰かが敵だった・・・という可能性ではない。
敵・・・恐らくはホムンクルスが、生体反応センサーに映らない可能性、である。
もしもそうだとすれば、ワルツが敵を追尾することは困難であった。
(もしかして、私対策・・・?)
だとすれば、相手は相当、ワルツのことを知っている、ということになる。
それが確定したわけではないが、ワルツは手札が封じられることに対して不安を感じざるを得なかった。
「カタリナ?テレサとユリアと一緒に、ここで待っていて」
2人は見た目にも精神的にもボロボロであったため、このまま戦闘へ参加させるにはリスクが高すぎた。
そこでワルツは2人をカタリナに任せることにしたのだ。
カタリナが居れば、たとえ王城が崩壊するようなことになっても、結界魔法でなんとか生き残ることができるだろう。
「んな!どうしてじゃ!」
酷い表情のテレサが声を上げる。
「・・・テレサ」
「妾は・・・妾は許すわけにはいかぬのだ・・・!!」
もしも怨念があるというのなら、今のテレサはそれに取り憑かれていることだろう。
目に入る者全てを呪わんとする勢いで、テレサはワルツを睨みつける。
だが、ワルツはそんなテレサに臆することなく、優しく抱きしめ、耳元でつぶやいた。
「・・・貴女を失うわけにはいかないの。分かって」
「・・・なんでじゃ・・・どうして、みんな妾を置いていくのじゃ・・・」
テレサの眼から再び大粒の涙がこぼれ始める。
「妾だって無力ではないのに・・・!」
「それは、みんなが貴女を大切に思っているからよ」
そして、テレサは大声で泣き始めた。
「カタリナ?あとはお願いね」
そう言って泣き続けるテレサをカタリナに託す。
「分かりました。気をつけて行ってきて下さい」
「ユリアもいいわね?」
パーティーの中では、テレサの次に大きな精神的ダメージを負っているユリアに声を掛けた。
「・・・はい」
弱々しいながらも、ユリアから返事が帰ってくる。
「・・・それじゃぁ行ってくるわ!」
そう言ってワルツは、ルシア、狩人、テンポを連れて、更に上の階に続く穴へと飛んでいった。
2つほど階を上がると、広い廊下に出る。
「ここは・・・昨日歩いた廊下?」
つまり、謁見の間に繋がる回廊だ。
「このフロアで勇者たちが戦っているわ」
そう言って、ワルツは戦場に向かって歩き出そうとした。
だが、立ち止まる。
そして、今まで出しっぱなしにしていた機動装甲を消した。
更には、浮かせていたルシア達を地面に下ろす
(もう既にバレてるかもしれないけど、隠せる内はこちらの手の札も隠しておきましょう)
「じゃぁ、行くわよ!」
今度こそ、ワルツは仲間達を連れて、戦場に向かって歩き出した。
そして、とある部屋の前まで来る。
ここは、昨日来た謁見の間、の隣にある部屋だ。
扉のサイズから考えると、差し詰め『謁見の間(第二)」といったところだろうか。
ワルツ達が部屋の前に辿り着いた時には、既に戦闘が行われている様子は無かった。
だが、生体反応センサーに勇者たちの姿は映ったままだったので、既に死んでいるなどということはないだろう。
ワルツは中の勇者たちが無事であることを祈りつつ、部屋の扉を開いた。
そしてワルツ達の目に飛び込んできたもの。
それは・・・
聖剣を杖代わりに辛うじて立つ勇者の姿と、床にめり込む剣士の姿だった。
まだ生きてはいるようだが、虫の息のようである。
他のメンバー達は扉の場所からでは見えない。
だが、この部屋にいることは間違いなかった。
「3人とも、離れないでね」
ワルツは後ろにいる自分の仲間達と周囲に気を配りながら、部屋の中へと入っていった。
中は謁見の間に非常に近いデザインの場所であった。
だが、長机や椅子が散乱しているところを見ると、恐らくは会議を行うためのスペースなのだろう。
今やその机や椅子は、何か爆風で吹き飛ばされたかのように、壁際に追いやられている。
それらと一緒に、何故か丸い岩のようなものも数個転がっていたが、オブジェか何かだったのだろうか。
(もしかして、魔法使いたちは机の下敷き?)
ワルツの生体反応センサーは、壁に積み上がった瓦礫の下に3名の生体がいることを示していた。
「勇者!敵は?!」
ワルツは勇者に問いかけた。
だが、勇者からの返事はない。
どうやら、剣を杖にしたまま気絶しているようだ。
勇者の防具は、何かで押しつぶされたかのように凹んでいた。
切り傷が無いところをみると、戦っていた相手は、刃物で襲ってくる者ではないらしい。
「ルシア?勇者たちに簡単な回復魔法をお願い」
簡単な回復魔法とは、つまり、全快させない程度の回復魔法ということである。
出血など、命にかかわる傷だけを修復して、骨折などは直さない。
その理由は、後で判明する。
その後、ワルツは瓦礫を重力制御で丁寧にはね除け、下敷きになっていた残り3人を救出した。
魔法使い、賢者、僧侶共に、骨折はしているようだが目立った外傷はない。
だが、皆、何か大きな質量(例えば車など)にぶつかったような痕が防具に残っていた。
攻撃を受けた際に付いたのか、あるいは勢い良く障害物にぶつかって付いたのか、どちらなのかは定かではない。
ワルツは3人を、勇者と剣士を寝かせた場所の側に同じようにして並べた。
すると、全員に対して回復魔法を行使するルシア。
ルシアが治療している間、周囲の警戒を怠らないようにしながら、情報収集に務めるワルツ。
(さっきの振動の原因は・・・)
ワルツの視線の先には床に大きな穴が開いているのが見えた。
何か巨大な質量を持った物が落下してきて床に穴を開けた、といった様子だ。
恐らくは王城を貫いて、地面まで貫通していることだろう。
ワルツはふと、ベガと遭った時のことを思い出す。
隕石を使った攻撃魔法を受けたが、その際の隕石は魔法で作られた幻影のように、周りの壁や床、天井などには影響を及ぼすものではなかった。
(隕石が実体を持っていたら、こんな風に床に穴を開けたのかもね)
そう思い、天井を見上げる。
「・・・な・・・なにこれ・・・」
ワルツは天井を見上げ絶句した。
同様にルシア、狩人も天井を見上げ、開いた口が塞がらないようだった。
テンポだけは、周囲の警戒を続けていたようだったが。
ワルツ達が見たもの。
それは・・・
「・・・鍾乳洞?」
そう、まるで王城の天井から鍾乳石か氷柱が伸びるようにして、巨大な何かが垂れ下がっていたのだ。
謁見の間にしても、この会議室(?)にしても、ここが最上階なので、天井までの距離は15m程度と随分高いものだった。
なので、ワルツが見上げるまで、誰の視界に入ることもなく、気づかなかったのだ。
「天井が・・・溶けた?」
ルシアの感想である。
「・・・え?ちょっと待ってよ?!」
ワルツは気づいた。
「これ、相当な純度のシリコンじゃない!」
それが天井から生えていたのだ。
「天井の石が、シリコンに精錬されてる・・・?」
床は大理石なのでシリコンは殆ど含まれていなかったが、天井や壁を作っている堆積岩には多量のシリコンが含まれていた。
その中からシリコンだけが溶け出して、氷柱のようになっていたのである。
そして、地面に転がっていた球体のオブジェにも目をやる。
「これ・・・天井から落ちてきたのか?」
「・・・えぇ、そうみたいです」
狩人の質問にワルツが答えた。
「つまり、勇者たちは、天井から落ちてきたこの金属の塊にぶつかってやられたってことか?」
ワルツの代わりにテンポが答える。
「勇者たちの外傷を見る限りだとそういうことになるでしょう。ですが、落ちてきたものに当たったのだとすると、頭にも怪我があって良さそうですが、その痕跡は見られません。この塊を使って攻撃する何らかの手段があったのではないでしょうか」
「で、問題は、その犯人がどこにいるかよね・・・」
ワルツ達が部屋に入ってから随分と時間が経過したが、犯人らしき人影は姿を現さない。
「もしかして・・・カタリナ達が危ない?!」
「・・・いえ。そういうわけではないみたいです・・・」
まさか、床に開いた穴を通じて仲間の元へ移動したんじゃないかと不安になった狩人。
だが、ワルツは否定する。
「3人とも、その場から全く動いていないので、誰かに襲われたということはないと思います」
「そ、そうか。ならいいんだが・・・」
では一体、どこへ言ったというのか。
ワルツ達は周囲を警戒しながら、そんな疑問を浮かべていると、
「うぅ・・・」
勇者が目を覚ましたようだ。
「勇者!何があったの?!」
まだ、ぐったりとした様子の勇者に、ワルツは声を上げた。
勇者は上体を起こし、近くにいた狩人を見て言った。
「うっ・・・め、女神様・・・?」
「・・・さっさと目を覚ましなさい!」
ワルツが勇者の目を覚まそう(?)と前人未到の超重力(10G)をかけようとした時、勇者はようやく状況を判断したのか、声を上げた。
「み、みんなは!?」
「はぁ・・・横で寝てるわよ。それより、敵は?」
「敵・・・」
勇者はワルツの言葉に少し考えた後、
「そ、そうだ!魔王が現れたんだ!」
「・・・どの魔王よ・・・」
まだ記憶が混乱しているのかと思い、訝しげに問いかけるワルツ。
「アルタイルだ!自分でアルタイルって言ってたから間違いない。何故か俺たちを攻撃してきた少年を連れて、どっかに転移して行きやがった」
「ん?少年?」
「あれだ・・・」
そう言って、天井を指さす勇者。
「あれをやったのは、少年の魔法だ」
そして忌々しそうに言った。
「そして、俺達をこんなボロボロにしたのも・・・」
たった一人の少年だったのだろう。
「じゃぁ、地下にいたホムンクルスは少年って事?」
「分からない・・・」
ワルツにも分からないのだ。
一方的にやられただけの勇者に分かるはずもなかった。
そして、勇者は言った。
「分かったことは・・・アルタイルの野郎が、俺達を何故か生かしたってことだけだ・・・」
そう言って、苦々しく歯をくいしばる勇者。
(・・・まぁ、ここで勇者を殺してしまったら、女神とか天使とかに目を付けられそうよね。それに、ホムンクルスを作るくらいだし・・・何か計画があって、今は邪魔されたくないんじゃないかしら)
ここで勇者を殺さないことによる、相手にとってのメリットを考えるワルツ。
いずれにしても、
「じゃぁ、もう敵はいないのね?」
「あぁ・・・恐らくは・・・」
「そう・・・」
どうやら、王城での一件は、最悪の形を持って終わろうとしているようだ。