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4後-14 発覚

隊長と呼ばれたサキュバスは、魔力特異体であった。

前にサウスフォートレスで狩人が大怪我をした際に騎士たちが戦っていた魔物マギマウスが、ワルツ達が遭遇した前例である。

魔力特異体とは魔物だけに発現するわけではなく、魔族、そして人にも現れることがあるのだ。


魔力特異体の特徴は、他の同種族よりも攻撃的になり、より積極的に魔法を使おうとする傾向があることである。

これを人に言い換えるなら、自分の力に溺れ、力を誇示し続けたい欲求にかられた状態といえるだろう。

攻撃的になるメカニズムは、人も動物もそう違いがあるものではない。


だが、人や魔族と動物(まもの)との大きな違いは、知性を使って社会を構築し、その中で生きているか否かだ。

人の営みから外れて生きていくことは例え魔力特異体であっても容易(たやす)いことではなく、たとえ力を持っていたとしても、それを隠しながら生活を送ることが普通なのである。




但し、稀に自分の力を世界のために役立てようとする者が現れることがある。

例えば、男性の場合は、国を代表する最上位の魔法使いである『魔術師』が良い例だ。

彼らは自分の国や故郷を守るために、常に前線に立って、今も兵士たちを率いて戦っていることだろう。


しかし、女性の場合は、ワルツ達(特にルシアやカタリナ)の魔女認定にあるように、一定以上の魔力を持っていた場合、天使によって間引かれて(処刑されて)しまう。

この対象になるのは、人であることが多いが、魔族がその例外になるわけではない。


隊長と呼ばれた彼女もこれに巻き込まれないよう、以前は魔族の住む地方で目立たないようにひっそりと生活していた。

時折、変身魔法が暴走して、彼女が住む辺り一帯を迷宮化させたこともあったが、それ以外に特に大きな問題もなく、穏やかな生活を送っていたと言えよう。


だが、そんな彼女に目をつけたのが、現(あるじ)(?)である魔王シリウスだ。

元々、彼女の住んでいた場所が、シリウスの収める国の中だったこと、そして、シリウスが地方行脚の際に暴走した彼女の幻術を見かけたことが彼女をスカウトするきっかけとなった。

それからと言うもの、シリウスは彼女を自分の配下に加えようと躍起(やっき)になる。


まるで男性が女性に言い寄るかのように、何度もアプローチを掛けるシリウス。

だが、彼女自身は魔力特異体なので、隠遁したい身だった。

そのため、シリウスの話を、何年にも渡って断り続けていたのだ。


だが、アプローチを続けること3年。

突如として、彼女はシリウスの配下に加わる事を受諾する。

一体、彼女にどんな心境の変化があったのかは今でも分かっていない。

どんな理由があるにしても彼女が自分の配下に加わったことに、シリウスは大いに喜んだ。


シリウスの部隊は攻撃よりも防御に特化した者達が多かった。

そして、シリウス自身も国政を司るものとして戦争が起こらないように努力していた。

つまり、シリウスの国は可能な限り戦いは行わないという、現代世界の日本のような立ち回りをしていたのである。


だが、それでも犠牲者が無くなるわけではない。

故に、シリウスは、攻撃でもなく、防御でもない方法で、自分の国を守ろうとしたのである。

それが、諜報部隊結成の理由だ。


事が起きる前に、その芽を摘むため。

あるいは、もしも戦いになったとしても被害を最小限に食い止めるために、事前に備えるための情報を集める。

それが、諜報部隊の役割だ。


シリウスは、そのトップに、能力的に相性のいい彼女を据えたのである。


ここまでが、ユリアの知っている、自分の隊長の情報だ。




「・・・はぁはぁ・・・ば、馬鹿め」


「っ!みんな目を閉じて!」


だが、反応が遅れたテレサとユリアは間に合わず・・・魔眼の効果を受ける。


「くはっ・・・くはははは・・・」


目の前にいる2人を自分の術中に嵌めたと確信したのか、痛みに引き攣りながらも笑みを浮かべる隊長。


だが、この展開は、アルクの村で問題が無いことを証明済みである。


「どうしてですか、隊長!」


「くはっ・・・?」


笑っていた隊長の表情が、そのまま固まる。


「な、何故だ・・・」


何故、魔眼が効かないのか。

ワルツ達がいつも身につけているバングルの効果(魅了無効)である。

隊長の疑問に、そのことを話す者はいない。


そしてカタリナは、警戒しながらも、ワルツによって押さえつけられている隊長へと近づいていく。

ワルツが言った通り、手段を問うことなく、強引に情報を引き出すことだろう。


「カタリナさん!ワルツさん!待って下さい!」


ユリアが止める。

だが、かつての隊長を庇うわけではない。


「・・・私にやらせてくれませんか?」


そう言った彼女の眼には、怒り、悲しみ、苦しみ、寂しさ・・・、色々なものが渦巻いているように見えた。

大切な仲間(同僚)達、テレサの家族(王族)、そして騎士や衛兵達の命を奪った自分の部隊の隊長。

自分の関係者の行動に、ユリアは決して小さくはない責任を感じていたのだ。


「・・・いいわ。任せる。だけど、一体何が目的でこんなことをしでかしたのか、絶対に情報を吐かせなさい」


ワルツは、機動装甲とホログラムの両方で言った。


「・・・分かりました」


ユリアの眼に迷いはない。


そして彼女は使い魔の姿のまま、隊長の方を振り向いた。


「失礼します」


そう言って、ユリアも魔眼を行使する。


「ふん、ユリア。その程度の魔力で私が『魅了』されると思ってるわけ?」


どういった理屈かは分からないが、ユリアの変身が見ぬかれているらしい。


「・・・はい」


隊長の質問に、ユリアは静かに答えた。


「精々頑張ることね」


そう言って目を閉じる隊長。

ユリア達サキュバスの魔眼は、相手の目が閉じていると通用しないのだ。


しかし、


「・・・目を開いて下さい、ロザリー(隊長)


ユリアの言葉に、素直に目を開ける隊長。


「はっ?!ば、馬鹿な!」


隊長は既にユリアの術中にあった。


それはユリアがバングルに自ら付与したエンチャントの効果なのか、あるいは彼女自身の鍛錬の結果なのか・・・。


「それでは質問します」


ユリアは告げる。


すると、全身全霊を持って抵抗しようとする隊長。

そして幻術を行使しようとした。


だが、それも、


「・・・許さぬのじゃ・・・」


いつの間にかユリアの隣に、まるで幽霊の如く立っていたテレサによって打ち消される。


テレサが幻術で対抗した世界。

それは、真っ白な世界だった。


工房も一面が光り輝いているが、それでもパネル同士の繋ぎ目があるので、完全に真っ白というわけではない。

だが、テレサが作り出した世界は、完全な白。

どこにも影はなく、見渡す限り全ての方向が光源である。


「テレサ様・・・」


「・・・情報を吐くまで殺しはせぬ」


テレサの真っ赤な目が、俯いて前に下がってきた髪の隙間から、隊長の姿を射抜いていた。


「そ、そんな・・・」


魔力特異体だというのに、幻術魔法も、魔眼も通用しない。

王都全体を己の力で好きなように操作できるというのに、目の前の2人には全く意味を成さないのである。

隊長と呼ばれたサキュバスは、今度こそ、逆らう全ての手段を失った。


故に取る手段は一つである。


「申し訳ありません!アルタイル様!」


そう言って、舌を噛み千切ろうとした。


・・・が、それも許されない。

ワルツの重力制御によって顎を固定されたのだ。


「あがーーー?!」


そう、隊長にはできることなど何もないのだ。

動くことも、自由に思考することも、死ぬとも・・・。


・・・故に、こうなることはワルツにとって予想できたはずだった。


ドゴーーーーーン!!


辺り一面を、突如として土煙が覆い隠す。

が、1秒にも満たない時間で、舞い上がったチリはワルツによって地面に叩き落とされた。


そして、彼女達の眼に入ってきた光景は・・・


「かはっ・・・」


直径30cm程度の黒い金属のような柱(杭?矢?)に貫かれた隊長の姿であった。


「っ!アルタイルね!」


先ほど隊長が叫んでいたということもあるが、ワルツはこの杭をサウスフォートレスで見かけたことがある。

アルタイルの麾下であった水竜を殺害しようとするものだったが、その際はワルツが受け止めて事無きを得た。

しかし、今回は距離が離れていた事もあって、ワルツが反応しきれなかったのである。


距離が離れていたこと以外にも、ワルツには反応できない理由があった。

そもそも、この杭は転移によって現れたものだが、本来なら、都市を防護する結界によって転移自体キャンセルされるはずなのだ。

彼女は、その効果が今も持続していると考えていたのだ。


だがどうやら、今のこの王都は、中枢が機能していないためか、防護結界も停止しているらしい。


「カタリナ!杭には毒が仕込んであるらしいから解毒と治療を急いで!勇者達は、都市の結界の確認をして!」


「はい!」


カタリナからすぐに返事が帰ってくる。


「と、都市の結界?!」


「・・・分かりました。テレサ様、私達を幻術の外へ出して下さい」


どうやら勇者には都市の結界がどんなものか分からなかったようだが、賢者が代わりに反応して勇者たちを引き連れ外へと走っていった。


ホログラムの姿のワルツは、杭に貫かれた隊長へと瞬時に近づいて、カタリナと共に容態を確認し始める。


杭は隊長の下腹部を貫いており、上半身と下半身が完全に分かれていた。

まだ意識はあるようだが、この分だと持って数分だろう。


「カタリナ!出血を最優先で止めて!それが終わったら、解毒しながら髄液が漏れるのを防いで!」


ワルツが指示を飛ばす。


その間、


「隊長!答えて下さい!何のためにこんなことをしたんですか!」


ユリアは、意識が薄れつつあった隊長から、情報を聞き出そうとしていた。


すると、


「・・・魔王アルタイル様に、命じられた、からだ」


途切れ途切れに話し始める隊長。


「・・・ここで一体何をしていたんですか?」


隊長に残された時間が残り少ないことを感じたユリアは、矢継ぎ早に質問を続ける。


「ホムンクルス、を、造っていた」


「そのホムンクルスはいったいどこに?」


「知らない・・・私をここ、に閉じ込めて、外に出ていった」


つまり、ワルツが分解した金属製の扉はホムンクルスが造り上げたものだったのだろうか。


「どうして閉じ込められたんですか?」


「分からない・・・」


「どこに行ったんですか?」


「・・・」


「隊長!」


ユリアが意識の飛びそうな隊長の頬を叩く。


「・・・分からない」


再び話し始める隊長。


「・・・昨日、王城の橋に避難して出てきた人達は何なの?」


今度は治療を進めながらワルツが聞いた。


ワルツ自身が直接見たわけではないが、昨日王城から飛び出るときには、間違いなく生体反応センサーに堀付近で(たむろ)している生命体が映っていた。

まさか、昨日まで生きていた人々が、今日にはホムンクルスの材料になっていた、などということはないだろう。


「・・・あれは、私の、使い魔だ。アルタイル、様に、特別な奴がいるから、と、言われて・・・幻影に・・・忍ばせた」


(・・・っ!バレたわ・・・)


アルタイルに目をつけられたことを確信し、苦々しく思うワルツ。


「次です」


ユリアが口を開こうとした時だった。


「ユリア」


魔眼の効果を受けているはずの隊長が口を開く。


「・・・仲間達を・・・手にかけたのは・・・私・・・だ」


「っ!」


「幻術で・・・殺した・・・」


どうやら、ワルツが死因を調べても分からなかった理由はこれだったらしい。

肉体が殺されたのではなく、精神が殺されていたのだ。

即死魔法というものがあるなら、恐らくは同じ原理なのではないだろうか。


そして、隊長は言った。


「すまない」


そんな彼女の言葉には先程までの反抗的な態度は含まれていなかった。


「言い訳・・・を・・・言うつもり・・・は・・・な・・・かはっ!」


吐血する隊長。


「・・・ユリ・・・ア・・・ホムン・・・クル・・・ス・・・には・・・気を・・・つけ・・・」


その言葉を最後に隊長の眼から光が失われた。


「ワルツさん。ダメです。この杭の毒に触れると、血液自体が変質して・・・」


「・・・もういいわ、カタリナ。大体のことは聞けたから」


(でも、何のためにこんなことをしたのかしら・・・)


ユリアの質問は『なぜホムンクルスを造ったのか』、そして隊長の答えは『アルタイルに命令されたから』だった。

ワルツ達が聞きたかったのは『何に使うためにホムンクルスを造ったのか』ということだったのだが、ユリアも急いでいたので、そこまで気が利かなかったのだろう。


不明な点はまだある。

何故、王族をホムンクルスの材料にしたのか。

普通の街人ではダメな、何か特別な理由があったのだろうか。


どうして魔王シリウスの麾下からアルタイルの元へと移ったのか。

籠絡されたのか、それとも脅されていたのか。

死に際に部隊の仲間を殺したことについて謝罪していたところ見ると、もしかすると、アルタイルに言霊か何かで操られていたのかもしれない。


諜報部隊の仲間達を何故殺したのか、というのも謎の一つである。

王城内の行動(ホムンクルス造り)がバレたのだろうか。


本来ならじっくりと尋問すべきだったが、アルタイルによる口封じを許してしまった以上、ワルツ達には情報を得る手段は無かった。

流石のカタリナでも、死んだ者まで蘇らせることは出来ないのだから。


そして何より、


「ホムンクルスはどこへ行ったのかしら・・・」


ワルツの生体反応センサーによると王城内には、地下にいる自分たちと、階段を上がっていった勇者たち以外に、王城内に生き物の反応は無かった。


そのことにワルツは安堵する。

とりあえずは、これ以上、戦闘が起こることはないだろうと。


だが、ふと思い出す。


(・・・あれ・・・昨日、私達が来た時、使い魔を使って生体反応を偽装したって言ってたわね・・・)


そして、その後にはこうも言っていた。


(それにホムンクルスに閉じ込められた・・・って・・・)


つまり、閉じ込められた地下から、外部に対して使い魔を放っていた、ということになるのだろうか。


(もし、遠隔で召喚できるような仕組みじゃなかったら・・・)


そこまでワルツが考えて、使い魔の仕組みについて仲間達に聞いてみようと口を開こうとした時だった。


ゴーーーーンッ!!


地面を揺らす大きな地響きが辺りを包み込んだ。


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