4後-13 転換
今ワルツ達は、一列になって、真っ暗な階段を下っている。
ここは、王城にある地下牢への螺旋階段だ。
ワルツの生体反応センサーには、王城の地下に囚われている者と思わしき多数の生体が映っていた。
ここまでは、昨日、テレサ達が生存者を救出する前の状況と、大体同じシチュエーションである。
王都全体に掛けられている幻術の影響を考えると、救出された後、自分達の足で再び牢屋の中に戻ったのだろう。
というわけで、囚われている(?)人々を救う出すべく、ワルツは皆を連れて階段を下っているのである。
「何か、不思議な感じがするのう・・・」
「地下なのに空を飛んでいるっていうか・・・」
テレサとユリアの感想である。
彼女らの眼には、幻術で作られたアルクの村にある工房風の大空間の中を、ゆっくりと落下しているように映っていることだろう。
要は、ワルツが階段を下れば、皆もそれに応じて幻術の中で降下するのである。
「で、今どの辺なんだ?」
ワルツの後ろにいる勇者から声がかかった。
「地底まであと半分ってところね」
「そうか・・・思ったよりも深いな」
今度は、昨日ここに来たはずの狩人が言った。
「そうですね。何か、ジオフロントみたいな場所ですね・・・」
ワルツが現代世界にあった、地下都市のことを思い出して言った。
とは言っても、この地下空間はそれほど大きいというわけではない。
もしも、大規模なジオフロントが広がっていたなら、ワルツが隠し通路を潰すために堀に超重力を掛けた時点で、王城ごと落下していたことだろう。
「ジオフロント?」
「地下に住もうとして掘った、大規模な地下の空間のことです」
「そうか・・・でも昨日来た時はそんなに広くなかったような・・・まぁ、暗かったし、見えない部分があったのかもしれないな」
と夜目の効くはずの狩人が言う。
(もしかして、昨日は真っ暗な中で階段を下ったとか?)
ワルツが聞こうとすると、狩人は続けざまに言った。
「・・・ワルツはサウスフォートレスにも同じような空間があると思ってるのか?」
2ヶ月以上雨がふらないのに干上がらない土地である。
地下に何かあるとワルツは踏んでいるが・・・
「いや、ジオフロントがあるとは思ってませんよ。地底湖じゃないかな、と」
だが最近は、ワルツのセンサーではH2Oとしか反応しない魔力を帯びた不思議な水が、サウスフォートレスの至る場所から噴き出していることが分かったので、一概に地底湖があるとも言い切れなくなっていた。
もちろん、湧き出ている原理は未だ不明である。
「まぁ、何もないと思うが、何か分かったら教えてくれ」
「えぇ。もちろんです・・・っと、地底に付きました」
ワルツ達は螺旋階段を降りきって、金属のようなもので作られた大きな扉の前に辿り着いた。
飾り気が一切ない重厚な雰囲気を漂わせた扉だったが、その奥にはいかにも何かありそうな感じを醸し出していた。
「なんか、変な扉ね・・・。っていうか、昨日、この扉を開けて皆を救い出したのよね?」
テレサ達の腕力だけで開けられるのだろうか。
ワルツがそんな疑問を口にするとテレサは言った。
「扉?何じゃそれは?」
「え?昨日は扉は無かったの?」
「えぇ。まっすぐの階段を下ってから、そのまま牢屋でしたね」
「・・・螺旋階段じゃなかった?」
「はい。ただの階段でした」
仲間達の記憶と、ワルツの見ている景色が食い違っていた。
(景色も記憶も改ざんされてる・・・?)
「テレサ?ここで一旦、幻術を解除してくれる?あ、でも、解除した途端に『かべのなかにいる』になっても困るから、5秒経ったら元に戻してね?」
溶岩の中や針の筵の上だった場合を考慮しないワルツ。
まぁ、そもそも、そんなトラップがあるなら、既に展開されていることだろう。
尤も、全て無視して突入してきたが。
「ん?・・・まぁ、よい。いくぞ?」
すると、テレサは幻術を解いた。
そして5秒後再び元に戻す。
「で、何があった?」
「昨日見た牢屋じゃったな・・・」
「・・・みんなも?」
「えぇ。牢屋の入り口でしたね」
昨日、牢獄に来ていた仲間達が口々に同じことを言う。
どうやら、視覚的な幻術は展開されているようだが、記憶に綻びは無いようだ。
「・・・本当に?」
「・・・どうしたんだワルツ?」
「うん・・・」
ワルツは背筋に何か嫌なものを感じ始めていた。
「このまま進むわね」
そして、扉に手をやるワルツ。
だが・・・
「・・・開かない」
「開かない?・・・お姉さま、本気で言ってるのですか?」
「・・・うん。全然びくともしない・・・」
ブーストしていないとはいえ、重力制御を行使しているにも関わらず、扉はうんともすんとも動かないのだ。
これまでに無かった展開に、普段は冷静なはずのテンポも戸惑っていた。
そして、
「・・・お姉さま。撤退を進言します」
テンポが提案する。
『えっ?』
そこに居た全員から声が上がる。
「ど、どうしてなのじゃ?」
家族は目の前だというのに、何故撤退しなければならないのか。
テレサの脳裏には、昨日見た家族の笑顔が浮かび上がっていた。
「・・・何か、お姉さまが来ることを見越した対策な気がするんです」
テンポが胸のうちにあった不安の原因を口にする。
「・・・テンポ、撤退はあり得ないわ」
「なら・・・全力でやる、というのですね?」
「えぇ」
「そうですか。分かりました」
「でもそうね・・・先に食べ物だけ貰っておこうかしら」
ワルツは、テンポから朝食の残りを貰って食べ始めた。
ブーストモードを使用するためである。
だが、そのことを知らない勇者は、
「おい、何で突然、飯なんか・・・」
当然、疑問の声を上げた。
「勇者様。お黙り下さい」
テンポはいつも以上に冷たい声を勇者に浴びせかける。
だが、その声には余裕は無かった。
「お姉ちゃん?」
ワルツとテンポの変わり具合にルシアが心配になる。
「・・・大丈夫よルシア。貴女はここで見ていなさい」
貰った食べ物を口に全て放り込んだワルツが、ルシアに優しく微笑んだ。
そして、
「勇者達、今から私の本当の姿を見ることになると思うけど、他言無用よ。もしも誰かにバラしたりしたら、死ぬより恐ろしい目にあわせてあげるわ!」
そう勇者たちに告げてから、ワルツは姿を消し、機動装甲を顕現させる。
『!』
勇者たちが驚いて後ずさるが、ワルツにそれを気にした様子は無い。
最後に、ワルツはテレサに声を掛けた。
「テレサ・・・。もしも・・・・・・いえ」
ワルツは喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、代わりの言葉をはっきりと言った。
「私を恨みなさい」
(そして自分を恨んで後悔しないで欲しいの)
もしも、手遅れだとしたら、自分のせいなのだから、と。
「えっ・・・」
唐突な言葉にテレサが言葉を失っている内に、ワルツは扉の方へと振り返り、機動装甲の両腕を扉に当てる。
・・・扉の質量をエネルギーに変換することで排除するためだ。
その行為自体はホログラム状態でも可能であるが、変換可能な最大質量が決まっていた。
あまりにも質量が大きいと、所謂ブラックホールの『蒸発』が起こるので、ブラックホールの生成-蒸発を繰り返すことになり、扉を消すまでに相当な時間がかかってしまう。
だが、機動装甲を直接使えば、両腕に搭載された反重力リアクターを利用して、比較的大きなブラックホールの生成が可能になる。
これなら、相当大きな質量の物体だったとしても、問題なく質量をエネルギーに変換することができるのだ。
難点は、機動装甲で直接触れなくてはならないことだろうか。
扉が消え去った後に分かったことがある。
・・・扉は、扉ではなく、厚さ4mにも及ぶ金属の壁だったのだ。
元より開けることを想定した作りにはなっておらず、単なる金属の塊でしかなかったのである。
こうして、皆の目の前から扉が無くなって、代わりに、ワルツが放出したエネルギーが天井に穴を開け、空が見えるようになった・・・。
そして・・・
辺りに腐臭のような、異様な空気が立ち込めてきた。
発生源は、扉があった穴の向こう側だ。
ワルツは音を立てることもなく、ゆっくりと扉があった場所に足を進めていく。
側には空中に浮かせたままの仲間達も一緒だ。
最初は、置いていこうと考えていたワルツだったが、王たちに何かあった場合、テレサや仲間達に隠し通せるものではないと思い、連れてきたのだ。
それに、直接見るまでは、希望的な可能性も決してゼロではなかった。
だが、
「・・・」
ワルツは扉の中の部屋が見える場所まで来て、足を止める。
機動装甲には表情が無い。
なので、今のワルツがどのような表情を浮かべているのか、誰にも分からなかった。
代わりに、
「ひ、酷い・・・」
テンポが両手で口を塞ぎ、いつもは眠そうな碧い目を大きく見開いた。
「・・・何があるのじゃ?」
幻術で造り上げた空間の中にいるテレサが、問いかけてくる。
「・・・」
対して、ワルツは無言だった。
しばらくその状態が続いた後、皆の背後に、ホログラムの姿を投影するワルツ。
そして言った。
「・・・テンポ?ルシアと僧侶の女の子を連れて、外で待っててくれる?」
「えっ・・・」
「わ、私も?」
「・・・分かりました」
2人とも、何が起こっているのか気になっていたようだが、テンポに手を掴まれ、部屋の外へと消えていった。
「・・・テレサ」
ワルツは静かにテレサの名を呼び、事の次第を告げようとした。
だが、テレサが口を開く。
「・・・分かっておるのじゃ」
家族が、既にこの世にはもういないことを。
「・・・・・・」
ワルツには言わなければならない言葉が沢山あった。
だが、何を言っていいのか、そして何言ってはいけないのか、判断が付かなかった。
テレサの為を思って、言葉を慎重に選びたかったのだ。
「お主のせいではないのじゃ・・・」
「・・・・・・」
既に悲痛な表情のテレサに、何も答えられないワルツ。
暫し、無言の時間が続く。
だが、ワルツは結局、真実を教えることにした。
「・・・家族がどうなったのか・・・知りたい?」
「もちろんじゃ!」
ワルツの言葉に即答するテレサ。
「そう・・・。なら、これだけは覚えておいて。あなたの側には、いつだって仲間達がいるっていうこと。・・・これだけは絶対に忘れないでね」
そしてワルツは、そこにいた仲間達を除いた全ての生命反応に対して、レーザーを放った。
「グギャァ!!」
ただし、その叫び声の主だけは、一撃ではトドメを刺ささない。
「・・・テレサ。覚悟を決めたら、幻術を解きなさい。そうすれば、全てが分かるはずだから」
ワルツの言葉に一旦眼を閉じるテレサ。
そして、眼を見開き、
「・・・うむ」
テレサは幻術を解いた。
テレサが見た景色は、王城にあるはずの部屋なのに、見たことも無い場所だった。
壁には紫色の炎が燃え盛る松明。
地面近くには、霧か煙のような気体。
壁は石造りではなく、岩盤を直接削って作ったような痕が残っていた。
そして、覚悟を決めたはずのテレサだったが・・・
「ーーーーー!!」
両手を口に当て、叫び声にならない声を上げた。
テレサの眼に映っていたもの。
それは、首のない胴体と、頭のあっただろう場所からチューブで繋がった黒いオーブのようなものだ。
それがまるで倉庫のように広い部屋の中に、無造作に並んでいたのである。
そして、それぞれのオーブからは太いケーブルのようなものが伸び、巨大で透明なカプセルに集中している。
カプセルの大きさは幅が2m、高さが3mほどのもので、表面のガラス部分にはヒビが入り、一部には血液のようなものが付着していた。
どうやら、内部からは何かが這い出てきた際に割れたようだ。
・・・つまりここは、人体を使った、何らかの実験施設だったのである。
だが今では、実験施設としては用をなしていない。
先程まで首がないままで鼓動を続けていた人体の心臓を、ワルツのレーザーが貫いて・・・機能を停止させたからである。
「・・・これは・・・」
カタリナが、周りの実験器具を観察しながら呟いた。
「ホムンクルス・・・」
生きている人を大量に犠牲にして作るホムンクルス。
テンポを造ったからからこそ、彼女はそこにあった機器がどのようなものなのかを理解できたようだ。
「なんてことを・・・!!」
勇者も言葉を失う。
そして体勢を崩して、倒れそうになったところを魔法使いと賢者が支えた。
「レオ・・・」
「・・・勇者よ。まだ終わってはいないぞ」
そう、まだ終わっていないのである。
「・・・きさまぁ!!!」
最初に、目の前の敵に刃を向けたのは狩人だ。
「狩人さん、ここは私に任せてもらいます」
ワルツが狩人を制止する。
「ワルツ!こいつに生まれてきたことを後悔させてやるんだ!」
「その前に、聞かなくてはならないことがあります。カタリナ?手段は問わないわ。情報を吐かせなさい」
そう言ってワルツが重力制御で抑えた敵・・・。
それは・・・
「隊長・・・」
・・・ユリアの言葉である。
そう、ユリアが所属していた諜報部隊の部隊長が、何故かここに居たのである。
情況証拠から、敵と判断して間違いは無いだろう。
そして隊長と呼ばれた彼女は、ユリアと同じサキュバスだった。
「死んだはずじゃ・・・」
昨日、ユリアは諜報部隊全員の死亡を確認していた。
だが、その死んだはずの隊長が、皆の目の間で、ワルツに両手両足と全ての奥歯を貫かれ、地面でのたうち|回っているのである。
昨日の死体も、ユリアにだけ分かるように幻術で自分を作り出していたとしてもおかしくは無い。
「・・・はぁはぁ・・・ば、馬鹿め」
「っ!みんな目を閉じて!」
危険を感じた魔法使いが叫んだ。
すると目を閉じる勇者たち。
・・・だが、地面にへたり込んだテレサ、そして隊長と対峙していたユリアは反応が遅れた。
そして、敵の魔眼が効果を発揮したのである。