4後-12 MCCM
ワルツ達が入った王都は随分と静まり返っていた。
生体反応センサーによると、住民たちは家の中でじっとしているらしい。
ここまでは昨日と同じである。
未だ、魔王ベガに占拠されていると思っているのだろうか。
一方、そのベガ達の姿は無かった。
やはり、居城に帰ったこともあって、幻術の効果範囲の外側へと逃げ延びたのだろう。
これで、まだベガ達が居たなら、問題は更に複雑になっていたに違いない。
「さて、どこから探そうか?」
「ねぇ、お姉ちゃん?」
ルシアが怪訝な顔をして、ワルツに問いかけてくる。
「変身しなくていいの?」
先ほど、王都の門を破壊するために《反重力リアクターブースト》を使った際、姿が元に戻ったことを知らなかったのである。
「あ・・・」
ワルツは直ぐにホログラムを使って、自分を含め仲間達5人分の変装を行った。
「えっ?で急に姿が変わったんだ?」
勇者達は驚く。
「・・・気分よ」
素性をばらしたくないと勇者達に説明するのが面倒なので、誤魔化すワルツ。
「気分で、そんなカッコイイ装備に変えるとか、一体どうなってるんだ・・・」
厨二装備をカッコイイと思う勇者。
ちなみに、勇者の年齢は、高2である。
ワルツ達が変身すると、それに合わせて、テレサとユリアも姿を変えた。
昨日と同じ幻獣である。
『?!』
またも驚く勇者たち。
だが、ワルツは一々気にしないことにした。
「2人の準備も整ったわね。じゃぁ、これからどこを見て回る?」
まるで、町の中をウィンドウショッピングするかのような口調で問いかけるワルツ。
「そうですね・・・これだけ街の中が静かだと、魔力の出てる方向が分かる気がするんですが・・・」
先程から耳をピコピコとさせて、周りの魔力の様子を感じ取っているカタリナ。
だが、どうも芳しくないらしい。
「だめですね。ノイズだらけで、何も分かりません」
「そう・・・」
一瞬、ワルツの脳裏に、アクティブソナーの文字が浮かび上がったが、魔力の性質が分からないので諦める。
その時、
「あ」
ユリアが閃いた。
「恐らくなんですけど、幻術の効果範囲の中心に、原因があると思うんです」
「中心?」
「はい。だって、テレサ様が幻術を使う時って、常にテレサ様を中心に魔法が発動するじゃないですか」
「む?そうじゃったか?」
「えぇ。この前、サウスフォートレスで戦ってた時とか、そんな感じでしたよ?」
(いつの間に調べたのかしら・・・)
「じゃぁ、王城に原因があるってこと?」
「そうですね。恐らくは」
「王城・・・そうじゃ。父・・・いや国王達は大丈夫じゃろうか」
『・・・えっ?』
勇者たちの反応である。
だが、ワルツは努めて気にしない。
「そうね。王城から様子を伺いに行きましょ」
「妾としたことが、頭の中から抜けておったわ。王都のことは気になっておったのに、家族のことを忘れるなど、何たる失態・・・」
これも幻術の効果だろうか。
「・・・えっと、その喋り方・・・第四王女のテレサ様ですか?」
魔法使いが、もしかして、といった様子で聞いてくる。
「いかにも。妾はテレサ=アップルフォールじゃ?」
「・・・お前の仲間、どうなってるんだ・・・」
「さぁ・・・。これが普通じゃないの?」
ワルツを基準に考えれば、普通かもしれない。
「その他にも色々いるけど・・・紹介はいいわよね?」
「・・・この一見が終わったら、是非紹介してほしんだが?」
公務員にとって、コネは重要である。
「はいはい。この一件が無事に終わって覚えてたらね。ほら、行くわよ」
そしてワルツ達は、大通りを王城に向かって歩き始めた。
だが・・・、
「ちょっと・・・みんな、何でそんな変なところで曲がろうとするわけ?」
正門から王城までは真っ直ぐである。
正門を入ったら目の前に王城が見えているというのに、皆、全く関係のない交差点で曲がろうとしていた。
「え?王城はあそこだよね?」
ルシアが明後日の方向を指さす。
(・・・今まで気にしてこなかったけど、ルシアが幻術で騙されたら拙いわね・・・)
ルシアの力が悪用されると、碌なことにならないと確信が持てるワルツ。
「皆も、そうなの?」
「あぁ、私もあそこに王城が見えるな」
と、狩人はルシアとは別の方向を指差した。
「・・・じゃぁ、こっちには何が見えてる?」
そう言ってワルツは本物の王城を指さす。
『壁?』
そこにいた半数の者達の声が重なった。
「王城ですね」
どうやら、テンポにはちゃんと見えているようだ。
「うー・・・この展開はもしかして・・・」
するとワルツは、王城の少し上を狙って荷電粒子砲を発射した。
「・・・どう?壁は無くなった?」
「・・・いや、そのままだな。何か光が突き抜けて行ったのは見えたが、壁には傷ひとつ付いてないな」
と言う勇者。
「これ、このまま行ったら、王城まで辿りつけないわね・・・」
まさか、壁がある度に、ルシアのビーム(?)を撃つわけにもいかないだろう。
「念のため言っておくけど、正しい王城はこっちよ?みんな思い出して。正門からまっすぐ先にお城があったじゃない?」
「ん?何を言ってるんだ?昨日は右に曲がっただろ?」
「左でしたよね?」
「上でしたね」
カタリナと狩人が右か左かで混乱している。
ちなみに、上と行ったのはテンポだ。
もちろん、彼女なりの冗談である。
それはさておき、
「ECCM・・・やってみましょうか」
ワルツが呟く。
「いーしーしーえむ?」
Electric Counter-Counter Measures、対電子対策である。
現代の戦場において、レーダーなどがジャミングを受けて使えなくなった時に、より強い電波を飛ばしたり、送受信アルゴリズムを変更したりして、対向する手段のことをECCM、あるいはEP(Electric Protection)と言う。
ワルツの言ったECCMは正しくは、MCCM(Magic Counter-Counter Measures)とも呼べる物で、早い話が、
「より強い幻術を使って、相手の幻術を無効化すればいいんじゃない?ってこと」
である。
「なるほどのう・・・」
テレサが深く頷く。
「じゃぁ、テンポ?テレサに旧バングルを渡してあげて?」
「む?どうすればいいのじゃ?」
「そうねぇ・・・適当な場所を再現してくれればいいわ」
「適当な場所のう・・・じゃぁ、ここじゃな」
とテレサは幻術魔法を展開した。
問題は、テレサが王都に掛かっている原因不明の幻術よりも、更に強い幻術を展開できるかどうかだが・・・
「で、どこなの?」
「工房じゃよ?」
どうやら、問題なく展開できたようだ。
「代わり映えしないわね・・・」
「それはお主達が工房に慣れているからじゃ」
テレサにとっては極めて印象深い場所なのだ。
その証拠に・・・
「おわっ!なんだここ?!」
「床と天井が光ってる・・・壁が見えない・・・」
勇者たちが驚く。
「ここがどこかって?そうね・・・私達の秘密基地ってところかしら?」
「実在する場所なのか?」
「もちろん」
工房の情報を話すワルツ。
もちろん、どこにあるか、場所までは教えない。
「王女様って、幻術魔法が使えたんですね・・・」
「使えるようになったのは、ワルツ殿に嫁入り・・・じゃなかった、弟子入りしてからじゃな」
誇らしげに言いながらも、どこか悔しそうなテレサ。
「カタリナにしても、テレサ様にしても、あの方とお付き合いをするようになってから変わったんですね・・・」
賢者はワルツの背中を見て、つぶやいた。
(聞こえてるわよ〜、もっと褒めなさい!)
思わずニヤリとするワルツ。
「(おわっ、こいつこんな状況なのに・・・)」
「(おお、流石ワルツ・・・)」
『((不敵な笑みを浮かべているな・・・))』
ワルツの両脇にいた勇者と狩人がワルツの顔を見て、何故か感心していた。
というわけで、壁が無くなった王都内(工房内?)を歩いて行くワルツ達。
バングルのおかげでテレサの魔力が増強されたためなのか、王城に辿り着くまで一切の壁が無くなって、ずっと先まで平地が広がっていた(ルシア視点)。
もちろん、実際にある壁も、である。
(そういえば、この状態で本物の壁にぶつかったらどうなるのかしら?)
「ねぇ、剣士さん?そのままだと、本物の壁にぶつかるから、もう少し左を歩いてくれる?」
「・・・あぁ、済まないな・・・ぶへっ?!」
「うーん、やっぱりだめか・・・」
「な・・・なんで・・・」
剣士は『ワルツの実験台』に転職した!
・・・半分冗談である。
どうやら、幻術か現実のどちらかで壁があると、そこから先は進めなくなるらしい。
というわけで、色々あったが、王城の堀の前までなんとかたどり着くことが出来た。
生体反応センサーによると、どうやら王城に囚らわれている者達は地下に集められているようだ。
地上部には小鳥の影が映っているくらいで、生体の姿は一切無かった。
さて、ここまでは、皆の自力で歩いてこれたが、この先は橋が落ちているので、歩いて進むことは出来ない。
「さてと、これからどうしようかしら・・・テレサ?一度幻術を解いてくれる?」
「うむ」
テレサが魔法を解いたので、皆の見える景色が、原因不明の幻術が掛かった元の世界に戻った。
「みんな、目の前に何が見える?」
「王城ですね」
「お城?」
「我が家じゃ」
どうやら、ここまで来ると城は本物の城として見えるらしい。
「それで、ここから先は幻術を打ち消しながら進むっていうのは難しいと思うのよ・・・」
「どうして?」
「だって、王城の中に入ると、階段とか、扉とか、壁とか、色んな障害物があるでしょ?そんな場所に、幻術を掛けながら進んでいったら・・・」
「あ・・・」
先ほどの剣士の姿を思い出すルシア。
「剣士のおじさんみたいに、壁にぶつかる?」
「お、おじ・・・」
ルシアの言葉に、錆びついたブリキの人形のような動きをする剣士。
ちなみに、剣士は20歳である。
「そうね。それにこのままだと、最悪、仲間同士で戦う羽目になりそうだし・・・」
「幻術で騙されて、か・・・それは拙いな・・・」
狩人がルシアの方を見て顔を青ざめる。
「うん・・・私も、それは困るよ・・・」
ルシアも、最悪の状況を想像したのか、表情が優れない。
「妾が幻術を打ち消せればいいのじゃが・・・」
「まぁ、無理は良くないわ」
(とは言っても、このままだと手詰まりよね・・・私が単独で乗り込んだ方がいいかしら・・・)
王城地下にいる人々はまだ無事なようだが、これから先、どうなるかは分からない。
(町の中に幻術が張り巡らされていた時点で気づけばよかったけど・・・城をみんなだけで攻略するとなったら、相当な時間がかかるわね)
なのでワルツは、力を行使することにした。
「テレサ?床も壁も何にもない空間って作れる?」
「何もない空間、じゃと?」
「そうね、例えば、すっごい大きな空間の中心に浮いてる感じ?」
「ふむ・・・中々に難しい注文じゃのう・・・」
するとテレサは、工房の天井と床までの高さを拡張して、中間にワルツ達が浮いているという幻術を作り出した(カタリナ視点)。
「う、うわっつ、落ちるーー!!」
使い魔として飛んでいるはずのユリアが、さらにパタパタと飛ぼうとする。
「・・・幻術だから。その場所から動かなければ、落ちることはないわよ?」
前に進み過ぎると、堀の中へ落ちてしまう可能性はある。
「うわぁぁぁ!!落ち」
「五月蝿い!」
ドゴォ!
「ぐへぇ・・・」
勇者がうるさかったので、高重力(8G)を掛けるワルツ。
前回の三割増しだ。
「ね?落ちないでしょ?」
「わ、わかった・・・だ、だから、と、といてくれぇ・・・」
と勇者が懇願してきたので、重力制御を解除する。
「ふう・・・肩こりがいい感じに治ったぜ」
・・・誰かに背中を踏んでもらった感じだろうか。
「・・・変態ね」
「・・・えぇ。なんなら、もっと強くして頂いても構いませんよ?」
と魔法使い。
「多分、これ以上やると、生物として生きていられなくなると思うから、やめとくわ」
と言いつつも、次なる手を考えるワルツだった。
というわけで、幻術の世界の空中に浮いている一同。
一体何をするというのか。
「それじゃぁ、みんな?一列に並んでくれる?」
その言葉に、素直に従うメンバーたち。
順番は、前衛、後衛、殿の順である。
「テレサ?幻術の壁まではどのくらいの距離があるの?」
「そうじゃな・・・地面と天井までは300mくらい、4方の壁までは、500mといったところじゃろうか」
「なら十分ね。それじゃぁ、みんな。舌をかまないように注意してね」
そういって、ワルツは皆を浮かせた。
『うぉっ?!』
『きゃっ!』
勇者たちの声である。
(うん、新鮮な叫び声ね)
「じゃぁ、行くわよ?」
「あの、お姉さま?私まで浮かべなくても・・・」
「えっと・・・忘れてたけど、別にいいわよね?」
「・・・えぇ・・・まぁ・・・」
勢いでテンポまで浮かべてしまったが、テンポにも幻術は効かないので、あまり意味はない。
そして、ワルツは皆を一列に並ばせたまま、堀を越えて、王城の中へ向かって歩き出した。
こうすれば、幻術の壁にぶつかることも、実際の壁にぶつかることもない。
仲間を一緒に連れて行く意味があるのか、疑問は残る所だが・・・まぁ、仲間の修練や、勇者たちを政治的盾として使うことが目的と考えるなら、致し方無いのだろう。
こうして総勢12人も及ぶパーティーは、どこかで見たような隊列を組みながら、王城へと向かっていくのだった。
※馬は王城の外にある小屋で飼われています。